2022年09月18日

令和4年司法試験の結果について(6)

1.以下は、今年の受験生のうち、法科大学院修了生の資格で受験した者の各修了年度別、未修・既修別の合格率です。

修了年度
既修・未修
受験者数 合格者数 受験者
合格率
平成29未修 187 26 13.9%
平成29既修 120 26 21.6%
平成30未修 168 16 9.5%
平成30既修 148 32 21.6%
令和元未修 153 30 19.6%
令和元既修 165 48 29.0%
令和2未修 194 42 21.6%
令和2既修 326 125 38.3%
令和3未修 319 104 32.6%
令和3既修 897 559 62.3%

 毎年の確立した傾向として、以下の2つの法則があります。

 ア:同じ年度の修了生については、常に既修が未修より受かりやすい
 イ:既修・未修の中で比較すると、常に修了年度の新しい者が受かりやすい

 今年は、平成29年既修と平成30年既修が同水準である点、平成29年未修の方が平成30年未修よりも合格率が高い点が例外ですが、それ以外はこの法則が当てはまっています。このように既修・未修、修了年度別の合格率が一定の法則に従うことは、その背後にある司法試験の傾向を理解する上で重要なヒントとなります。

2.アの既修・未修の差は、短答・論文の双方で生じています。今年の短答・論文別の既修・未修別合格率はまだ公表されていませんので、昨年のデータ(「令和3年司法試験受験状況」)を参考に参照すると、以下のようになっています。短答は受験者ベース、論文は短答合格者ベースの数字です。

令和3年
短答
合格率
論文
合格率
既修 82.79% 54.90%
未修 63.50% 28.61%

 短答・論文の双方で、差が生じていることがわかります。短答で生じる差は、単純な知識量の差とみることができます。未修者よりも既修者の方が知識が豊富なので、単に知っているかどうかで差が付く短答では、単純に有利になるということです。
 他方、論文で生じる差は、規範の知識と演習量の差とみることができるでしょう。当サイトで繰り返し説明しているとおり、論文で合格点を取るには、基本論点について規範を明示し、事実を摘示して解答すればよい。したがって、普段の学習では、知識として基本論点の規範を覚えておく必要があり、演習を繰り返すことによって、どの事例でどの論点が問題になるのかを瞬時に判断できるようになっておく必要があるわけです。また、演習は、時間内に必要な文字数を書き切るという、「速書き」の訓練になるという点も、無視できない要素です。既修者は、早い段階から論文用の規範を記憶し、過去問や事例演習系の教材を用いた演習を繰り返すことによって、論文でも点を取ってくる傾向にあるのに対し、未修者は、短答レベルの知識の習得に時間がかかってしまい、論文用の規範を覚えきれず、過去問等の演習も不足したまま本試験に突入してしまうので、論文でも点が取れない傾向にある。それが、上記のような結果として反映されているのだろうと思います。

3.イの修了年度による合格率の差は、論文で付いています。今年の短答・論文別の修了年度別合格率もまだ公表されていませんので、昨年のデータ(「令和3年司法試験受験状況」)を参考に参照しましょう。短答は受験者ベース、論文は短答合格者ベースの数字です。

令和3年
修了年度
短答
合格率
論文
合格率
平成28 70.45% 19.71%
平成29 70.83% 25.37%
平成30 68.22% 32.53%
令和元 76.23% 39.09%
令和2 79.75% 65.71%

 短答では顕著な差がないのに対し、論文では顕著な差が付いていることがわかります。修了年度が古い受験生は、ローを修了してからの期間が長いわけですから、それだけ勉強時間を確保できます。上記2で説明した規範の知識量と演習量という点で、有利といえます。しかも、受験経験がより豊富なので、試験当日、試験会場での勝手もわかっていて、心理的な動揺なども少ないはずです。そうであれば、修了年度が古い受験生ほど、論文も有利になるのが自然であるとも思えます。しかし、結果は逆になっている。それはなぜか。当サイトでは古くから、この現象を、論文特有の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則によるものと説明してきました。すなわち、論文試験は、勉強時間ではなく、「受かりやすい人」か、「受かりにくい人」かという要素が決定的に重要である。「受かりやすい人」は、1回目の受験で受かる確率が非常に高い。そのため、修了年度の新しい受験生の合格率は、高くなりやすい。他方で、「受かりにくい人」は、ほとんどが受からないので、2回目以降に滞留する。「受かりにくい人」は、どんなに勉強量を増やしても受かりやすくならないので、2回目以降の受験でも、ほとんどが受からない。1回目の受験で例外的に不合格になった「受かりやすい人」は、2回目以降も受かりやすい。こうして、「受かりやすい人」がどんどん抜けて、「受かりにくい人」がどんどん滞留していくので、修了年度の古い受験生(ずっと滞留した受験生)ほど受かりにくいという結果が出力される、という仕組みです。つまり、受かりにくい人を選抜する負のセレクションが働いているというわけです。
 では、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則の原因は何か。法律に向いていないとか、やる気がないというようなことでは、説明になりません。上記の表をみればわかるとおり、短答に関しては、修了年度の古い受験生も、それなりに健闘しています。本当に法律に向いていないとか、やる気がなくてだらけているなら、短答も同様の傾向となっていなければおかしいでしょう。実際の経験からみても、なかなか合格できずに苦労している人ほど、むしろよく勉強していて、法律の知識・理解は豊富であることが多いように思います。
 この原因は、最近になってかなりわかってきています。現在の論文試験は、基本論点について、規範を明示し、問題文の事実を摘示し(書き写し)て書けば、合格できます。しかし、そのためにはかなりの文字数を書き切る必要がある。体力的に書き切る力がなかったり、速く書くという意識がない人は、そもそも必要な文字数を制限時間内に書くことが物理的に不可能です。そのような人は、何度受けても受からない。また、一定以上の筆力があっても、当てはめの前に規範を明示するクセの付いていない人は、何度受けても規範を明示せずにいきなり当てはめに入るので、何度受けても受からない。規範を明示するクセが付いていても、問題文の事実を摘示し(書き写し)て書くクセの付いていない人は、何度受けても問題文の事実を摘示し(書き写し)て書かないので、何度受けても受からない。上記の各要素は、勉強量を増やして知識が豊富になったからといって、なんら改善されるものではありません。だから、受験回数が増えても合格率は上がるどころか、かえって下がってしまうというわけです。最近では、意識的に事務処理の比重を下げようとする方向性が示されてはいる(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)ものの、実際の司法試験の結果を数字としてみる限り、上記で説明したような傾向を変化させるに至っていないといえます。

4.以上のことをまとめましょう。短答は、単純に知識量で勝負が付きますから、とにかく勉強時間を確保することを考えましょう(具体的な勉強法については、「令和4年司法試験短答式試験の結果について(2)」参照。)。論文も、基本論点の規範を記憶し、論点抽出等に必要な演習をするために、最低限の勉強時間を確保する必要があります。しかし、勉強時間を確保できても、制限時間内に必要な文字数(概ね1行平均30文字程度で6頁程度)を書く能力と、規範を明示し、事実を摘示する答案スタイルで書くクセが身に付いていないと、何度受けても受かりにくい
 今年、不合格だった人で、誰もが書く基本論点に気が付かなかったとか、基本論点の規範すら覚えていなかったなら、勉強不足が原因である可能性が高いでしょう。今年の例でいえば、行政法で処分の相手方以外の者の原告適格の規範を覚えていなかったとか、民法で背信的悪意者及びその転得者の論点に気が付かなかったとか、民訴で自白及びその撤回の要件を覚えていなかったとか、刑法で横領の構成要件の定義を覚えていなかったとか、刑訴で訴因変更の要否の規範を覚えていなかった、という場合が、これに当たります。これは未修者的な不合格の例です。他方、基本論点を抽出できて、その規範も覚えていたが、規範の明示と事実の摘示というスタイルで書けなかった、というのは、修了年度の古い受験生的な不合格の例です。原因は2つあり、対処法が違います。時間が足りなくて平均5頁以下しか書けなかったので、規範を明示して事実を摘示するというスタイルでは書けなかった、というのなら、時間内に書ける文字数を増やす訓練をすべきです。漫然と「できる限り速く書こう。」というのではなく、答案構成の時間を減らしたり、書きやすいボールペンや万年筆に変えてみたり、意識して字を崩して書いてみるなど、目に見えるような違いが出る工夫をしてみましょう。平均6頁以上書いているけれども、問題提起や理由付け、事実の評価などを中心に書いているために、規範の明示や事実の摘示を省略してしまっているのなら、規範の明示や事実の摘示を優先して、問題提起や理由付け、事実の評価などを省略する答案スタイルに改めるべきです。今までのこだわりがあるので抵抗はあるでしょうが、その点を見直さないと、「受かりにくい人」になってしまいます。 

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2022年09月15日

令和4年司法試験の結果について(5)

1.前回の記事(「令和4年司法試験の結果について(4)」)では、「論文の合格点」について説明しました。論文は、憲法、行政法、民法、商法、民訴法、刑法、刑訴法、選択科目の8科目、それぞれ100点満点の合計800点満点となっています。したがって、「論文の合格点」を8で割ると、1科目当たりの合格点の目安がわかります。以下は、そのようにして算出された1科目の平均点、合格点及び両者の差の推移です。

1科目の
平均点
1科目の
合格点
平均点と
合格点の差
平成30 46.1 48.3 2.2
令和元 47.0 48.6 1.6
令和2 47.7 47.6 -0.1
令和3 45.8 45.1 -0.7
令和4 46.3 45.1 -1.2

 上記の1科目当たりの点数は、全科目の合計点の数字を8で割っただけですから、各年における推移の傾向は、全科目の平均点、合格点の推移と同じです。ただ、このような1科目当たりの数字は、論文の採点基準との関係で意味を持ちます。論文式試験の採点においては、優秀、良好、一応の水準、不良の4つの区分が設けられ、その区分ごとに点数の範囲が定められています(「司法試験の方式・内容等について」)。以下は、100点満点の場合の各区分と、得点の範囲との対応を表にしたものです。

優秀 100点~75点
(抜群に優れた答案 95点以上)
良好 74点~58点
一応の水準 57点~42点
不良 41点~0点
(特に不良 5点以下)

 上記の各区分の得点の範囲と、各年の平均点、合格点をみると、すべて一応の水準の幅の中に収まっていることがわかります。令和2年までは、概ね一応の水準の真ん中より少し下くらいが合格点という感じでしたが、昨年及び今年は、もう少し下の水準となっています。

2.上記のことは、試験対策という視点から考えるとき、どのような意味を持つのでしょうか。司法試験の結果が出た後に出題趣旨が出されますが、さらにその後、採点実感が出されます。そこでは、上記各区分に当たる答案の例が紹介されていることがある。まだ今年のものは公表されていませんので、例として、昨年の刑訴法をみてみましょう。

(「令和3年司法試験の採点実感(刑事系科目第2問)」より引用。太字強調は筆者。)

3 答案の評価

(1)  「優秀の水準」にあると認められる答案

 〔設問1〕については,下線部①の差押えに関して,令状に基づく差押えの要件を関連条文に即して的確に示した上,被疑事実との関連性が認められる証拠の範囲について自己の見解を的確に示し被疑事実を意識しつつ,警察官が甲から得ていた事前情報,捜索・差押え場所の性質,名刺の記載内容などの具体的事実を的確に抽出,分析して,適法性を検討できている答案であり,下線部②の差押えに関しては,判例を意識しつつ,電磁的記録媒体の差押えの適法性に関する判断基準を的確に示した上,事例に現れた具体的事実を的確に抽出,分析して,適法性を論じるものである。〔設問2〕については,本件メモ1の証拠能力に関して,伝聞法則の意義・趣旨を的確に論じ,伝聞証拠該当性を検討した上,非伝聞証拠として証拠能力を認める場合,いかなる推論過程を経れば,その記載内容の真実性を問題とすることなく,要証事実を推認することができるのかを的確に示し具体的事実を的確に抽出,分析して,結論を導き出すものであり,本件メモ2の証拠能力に関しては,刑事訴訟法第321条第1項第3号に規定された伝聞例外の要件の意義を的確に示し,事例に現れた具体的事実を的確に抽出,分析して,結論を導き出すものである。

(2)  「良好の水準」にあると認められる答案

 〔設問1〕については,下線部①の差押えに関して,令状に基づく差押えの要件を踏まえ,差し押さえられた名刺と被疑事実との関連性が問題になることを指摘し,事例に現れた具体的事実に基づく検討ができていたが,その名刺が被疑事実それ自体を立証する価値を有する物なのかという証拠としての位置付けに関する検討や,具体的事実の抽出,分析にやや物足りなさが残るような答案であり,下線部②の差押えに関しては,電磁的記録媒体の差押えの適法性に関する一定の判断基準を示すことができているが,その理由付けにやや不十分な点が見られ,あるいは,事例に現れた具体的事実を抽出して,当てはめを行うことができていたが,個々の事実が持つ意味を十分に分析することには,やや物足りなさが残るような答案である。〔設問2〕については,本件メモ1に関して,伝聞法則の意義・趣旨を踏まえ,非伝聞証拠としての証拠能力を検討できていたが,いかなる推論過程を経れば,その記載内容の真実性を問題とすることなく,要証事実を推認することができるのかについての説明や事例に現れた具体的事実の抽出,分析にやや物足りなさが残るような答案であり,本件メモ2に関しては,伝聞証拠該当性や刑事訴訟法第321条第1項第3号の要件該当性につき,一定の検討ができていたが,同号の要件該当性に関する具体的な判断基準の提示や,事例に現れた具体的事実の抽出,分析にやや物足りなさが残るような答案である。

(3)  「一応の水準」に達していると認められる答案

 〔設問1〕については,下線部①の差押えに関して,差し押さえられた名刺と被疑事実との関連性につき,事例に現れた具体的事実を当てはめて結論を導き出すことはできていたが,令状に基づく差押えの要件の提示や具体的事実の抽出,分析に不十分な点がある答案であり,下線部②の差押えに関しては,その適法性を判断するための判断基準を一応示した上,事例に現れた具体的事実を当てはめて結論を導き出すことはできていたが,その理論構成や具体的事実の抽出,分析に不十分な点がある答案である。〔設問2〕については,本件メモ1に関して,伝聞法則の意義・趣旨を踏まえつつ,非伝聞証拠としての証拠能力を一応論じることができていたが,その理論構成や事例に現れた具体的事実の抽出,分析に不十分な点がある答案であり,本件メモ2に関しては,刑事訴訟法第321条第1項第3号の要件に該当するか否かを検討し,事例に現れた具体的事実を当てはめて結論を導き出すことが一応できていたが,同号の各要件の提示や具体的事実の抽出,分析に不十分な点がある答案である。

(4)  「不良の水準」にとどまると認められる答案

 前記の水準に及ばない不良なものをいう。一般的には,刑事訴訟法上の基本的な原則の意味を理解することなく機械的に暗記し,これを断片的に記述しているだけの答案や,関係条文・法原則を踏まえた法解釈を論述・展開することなく,事例中の事実をただ書き写しているかのような答案等,法律学に関する基本的学識と能力の欠如が露呈しているものである。例を挙げれば,〔設問1〕では,下線部①の差押えに関して,令状に基づく差押えの要件の提示が不十分で,かつ,本事例における被疑事実の内容や差し押さえられた名刺の記載内容を考慮せず,甲の供述する乙と丙組との関係だけを指摘して,差し押さえられた名刺と被疑事実との関連性を認めるような答案,下線部②の差押えに関しては,具体的な判断基準を示さず,本事例における罪証隠滅のおそれだけを指摘して結論を導くような答案,〔設問2〕では,伝聞法則の意義・趣旨についての理解や前記各メモの記載内容の把握が不十分・不正確で,伝聞・非伝聞の区別を誤ったり,伝聞証拠とした場合に適用すべき伝聞例外の規定の選択を誤った答案などがこれに当たる。

(引用終わり)

 多くの人は、上記の区分のうちの、優秀や良好の水準について言及した部分に注目します。しかし、合格レベルが一応の水準の真ん中より下であることを知っていれば、優秀や良好となるために必要な事項は、合格するために必要でないことが理解できるでしょう。重要なことは、一応の水準として必要なことを、しっかり守るということです。ですから、まずは、一応の水準として求められている内容を確認する必要があるのです。
 昨年の刑訴法でいえば、設問1下線部①では、「具体的事実を当てはめて結論を導き出すこと」ができていれば、「要件の提示や具体的事実の抽出,分析」が不十分でもよく、下線部②では、「判断基準を一応示した上,事例に現れた具体的事実を当てはめて結論を導き出すこと」ができていれば、「理論構成や具体的事実の抽出,分析」が不十分でもよい。設問2では、本件メモ1で「伝聞法則の意義・趣旨を踏まえつつ,非伝聞証拠としての証拠能力を一応論じること」ができていれば、「理論構成や事例に現れた具体的事実の抽出,分析」が不十分でもよく、本件メモ2で「要件に該当するか否かを検討し,事例に現れた具体的事実を当てはめて結論を導き出すことが一応」できていれば、「各要件の提示や具体的事実の抽出,分析」が不十分であってもよい。ざっくりいえば、当サイトでいう「規範の明示と事実の摘示」の概ね一方がそれなりにできていれば、他方が不十分でもまあまあなんとか一応の水準になる、という感じです。これが現在の合格レベル。ですから、普段の学習において、規範の明示と事実の摘示を十分にできるよう訓練しておけば、余裕を持って合格答案を書けるようになるというわけです。当てはめにおける事実の評価ないし意味付けについては、良好以上の水準にしか記載がないことからも、このことを確認できるでしょう。最近では、意識的に事務処理の比重を下げようとする方向性が示されています(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)。しかし、それは「規範と事実」の配点が低下したという意味ではない、ということに注意すべきです。今年の刑法のように、論点の数が少ない場合には、規範の明示と事実の摘示に加えて、規範の理由付けや事実の評価まで書く時間の余裕がでてきます(「令和4年司法試験論文式刑事系第1問参考答案」)。しかし、それは規範の明示と事実の摘示ができていることを当然の前提として、さらに加点を狙うという趣旨であって、規範と事実を軽視して理由付けや評価を優先すべきという趣旨ではありません。ちなみに、「伝聞法則の意義・趣旨」については、優秀の水準のところで、「伝聞法則の意義・趣旨を的確に論じ」とされているのに対し、一応の水準は、「踏まえつつ」で足りるので、答案に明示して書く必要はない(※)。適切な規範を覚えていれば、当然、明示された規範は伝聞法則の意義・趣旨を踏まえたものになるはずなので、一応の水準をクリアします。伝聞法則については、かつての旧司法試験時代には、「そもそも、伝聞法則の趣旨は、供述証拠には知覚、記憶、表現・叙述の各過程に~」と必ず書くものとされ、受験生であれば当然それを暗記していて、それを書かないとまず合格答案にはならない、という感じでした。同じ文字数を書くのであれば、当てはめをスカスカにして伝聞法則の趣旨を書くべきだったのです。現在では、これが逆で、同じ文字数を書くなら、規範の明示と事実の摘示を優先すべきです。そこに、異常な配点がある。伝聞法則の趣旨を手厚く書いて、当てはめがスカスカ、という答案では、まず合格答案にはなりません。優秀の水準のところに、「伝聞法則の意義・趣旨を的確に論じ」とあるので、「伝聞法則の意義・趣旨は答案に書かないとダメなのかな。」と誤解されがちですが、これは、一応の水準をクリアした人が、これを書いたらちょっとだけ加点されるよ、という程度の意味なので、筆力に自信のない人は、狙って書く必要はないのです。
 ※ 問題文で、「踏まえつつ~論じなさい。」とされているような場合には答案で明示して書くことを要求するのが通例ですが、出題趣旨、採点実感では、文脈により明示の記載を要求しない趣旨と読むべきものがあります。

 不良の水準は、明確な不合格答案で、受かりにくい人の例として、参考にすべきです。まず、「法解釈を論述・展開することなく,事例中の事実をただ書き写しているかのような答案」とありますが、これは、「規範欠落型」の不合格答案の例です。ここでの「法解釈」というのは、趣旨からの理由付けとか、学説の対立の説明などということではなくて、「〇〇とは~△△をいう。」という解釈、すなわち、「規範の明示」を指しています。規範を明示して当てはめに入ろうとすると文字数を消費するので、筆力のない人は当然の前提として省略したがりますが、それは現在の司法試験では大きく評価を落とすのです。次に、設問1下線部①では、「被疑事実の内容や差し押さえられた名刺の記載内容を考慮せず,甲の供述する乙と丙組との関係だけを指摘して,差し押さえられた名刺と被疑事実との関連性を認めるような答案」が挙げられています。これは、問題文に色々な事実があるのに、ごく一部の事実だけを摘示して結論を出してしまう、「事実欠落型」の不合格答案の例です。下線部②では、「具体的な判断基準を示さず,本事例における罪証隠滅のおそれだけを指摘して結論を導くような答案」が挙げられていて、これは「規範欠落型」と「事実欠落型」のミックスですね。そして、設問2では、「伝聞・非伝聞の区別を誤ったり,伝聞証拠とした場合に適用すべき伝聞例外の規定の選択を誤った答案」が挙がっていて、これは「基本知識不足型」の不合格答案の例です。「基本知識不足型」については、書き方、答案スタイル以前の単純な知識の問題ですが、このように、「一応の水準」、「不良の水準」を対照することで、絶対に間違えてはいけない基本知識、というものがわかることもあります。採点実感から直接わかるのはごく一部ですが、毎年の内容を確認しておくことで、大体の相場観を掴むことができるでしょう。
 普段の学習では、まず、一応の水準を時間内に確実に書けるようにするそれだけでも、相当の筆力が必要です。優秀・良好を狙うのは、その後の話です。法科大学院や予備校等では、優秀・良好レベルの話が強調されがちです。それを真に受けてしまうと、優秀・良好に書いてあることを優先して書こうとしてしまう。その結果、「事実の評価、意味付けを優先するあまり、規範を省略するクセが付いた。」、「趣旨から丁寧に論証するので、当てはめはどうしてもスカスカになる。」、「問題文の事実を書き写すのはバカバカしい、事実の摘示を省略しても、自分の言葉で評価を書けば、考査委員はきっとわかってくれる。」、「過去問で似た問題があり、設問1はそのときの出題趣旨・採点実感を踏まえて丁寧に書いた。そしたら、設問2は時間がなくなって途中答案になった。」、「応用論点を自分の頭で考えていたら、答案構成で1時間経っていた。」というようなことが起こるのです。こうした書き方をしている人は、毎年同じような書き方をするので、「受かりにくい人」になってしまう。そのような人は、どんなに知識・理解を深めても、書き方を改めない限り受かりやすくはなりません。

3.以上のようなことを知っておけば、本試験の現場で、どの部分をしっかり書き、どの部分は無視してよいかということを、判断することができるようになります。自分で具体的に確認すると、法科大学院や予備校等で一般に言われているものとは、かなり違うことに気が付くでしょう。よく、論文の成績について、「主観と客観のズレ」などということが言われますが、当サイトは、そのうちの多くの部分は、法科大学院や予備校等による必ずしも適切でない指導に起因するものだと考えています。
 以上のように、1科目当たりの合格点は、採点実感と照らし合わせることで、どこまでが合格ラインなのかを読み取る際の目安としての意味を持つのです。

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2022年09月13日

令和4年司法試験の結果について(4)

1.今回は、論文の合格点を考えます。司法試験の合否は、短答と論文の総合評価で決まりますから、論文単独の合格点は存在しません。もっとも、短答の影響を排除した論文の合格点の目安を考えることは可能です。
 今年の合格者数は、1403人でした。これは、論文で1403位以内に入れば、短答で逆転されない限り、合格できることを意味しています。そこで、論文で1403位以内になるには、何点が必要か。法務省の公表した得点別人員調によれば、論文の合計得点が361点だと1392位、360点だと1407位となっています。したがって、1403位以内の順位になるためには、361点が必要だったということになります。ここでは、このように定まる得点を便宜上、「論文の合格点」と表記します。

2.直近5年間の司法試験における論文の全科目平均点、論文の合格点及び全科目平均点と合格点の差をまとめたのが、以下の表です。なお、全科目平均点は、最低ライン未満者を含み、小数点以下を切り捨てています。

全科目
平均点
論文の
合格点
平均点と
合格点の差
平成30 369 387 18
令和元 376 389 13
令和2 382 381 -1
令和3 367 361 -6
令和4 371 361 -10

 今年は、昨年から平均点が4点上がる一方で、合格点は変わっていないことがわかります。その結果、平均点より合格点の方が10点低くなっています。平均点を取れれば、優に合格できる。「みんなが普通に書くようなことを書いてさえいれば合格できる。」という格言は、かつての旧司法試験時代には、「しかし、普通の答案を全科目揃えるのは実はとても難しい(だから合格率はとても低い。)。」という含意がありましたが、現在は、これを額面どおり捉えてよい状況になったといえるでしょう。
 さて、平均点と合格点との間には、どのような関係があるか。現在のところ、合格点の決定は、求められる一定の学力を基準に設定されるのではなく、「修了生7割」を大きく超えないような受験者合格率にとどめるという観点からされているとみえます(「令和4年司法試験の結果について(2)」)。ですから、平均点が上昇すれば、合格点も上昇するのが自然です。今年は、平均点が上がったのに、合格点は上がっていない。これは、どうしてなのでしょうか。

3.論文の合格点を上下させる要因は、平均点の他に2つあります。1つは、論文の合格率です。論文の合格率が上昇すれば、合格点は下がりやすくなる。これは、以下のような単純な例を考えれば、すぐ理解できるでしょう。

受験生 得点
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10

 受験生AからJまでの10人が受験して、上位2人が合格(合格率20%)であれば、合格者はABで、合格点は90点になります。それが、上位4人合格(合格率40%)になると、合格者はABCDで、合格点は70点に下がる。単純なことです。
 実際の数字をみてみましょう。以下は、直近5年の短答合格者ベースの論文合格率の推移です。

論文
合格率
平成30 41.5%
令和元 45.6%
令和2 51.9%
令和3 53.1%
令和4 56.2%

 今年は、昨年よりも、3.1ポイント合格率が上昇しています。仮に、今年の論文合格率が昨年同様の53.1%だったとすると、論文合格者数は、2494×0.531≒1324人。今年の1324位は、概ね366点に相当します。すなわち、合格率の上昇が、5点程度合格点を押し下げたといえるでしょう。平均点が4点上がれば、合格点も4点程度上がってもおかしくないところ、合格率の上昇による合格点押し下げ効果が5点程度あったので、結果的に、ほぼ相殺されて合格点が動かなかった、というわけです。

4.合格点を上下させるもう1つの要因は、論文の合計得点のバラ付きです。単純な例で考えてみましょう。

表1
受験生 得点
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
平均点 55

 

表2
受験生 得点
64
62
60
58
56
54
52
50
48
46
平均点 55

 受験生AからJまでの10人が受験して、上位3人が合格するとすると、表1では合格点は80点ですが、表2では60点まで下がります。平均点や合格率が同じでも、バラ付きが縮小すると、通常は合格点が下がるのです。令和元年までは、この説明だけで十分でした。しかし、厳密には、これは合格点が平均点より高い場合に当てはまることです。合格点が平均点未満の数字になる場合には、バラ付きが縮小すると合格点は上昇する。このことも、上記の表1と表2を対照することで確認できます。上記の表において、合格者数が7人だとしましょう。そうすると、表1・表2のいずれについても、AからGまでが合格できます。そして、合格点はというと、表1では40点、表2では52点。バラ付きの小さい表2の方が、合格点が高いことが確認できました。
 もう1つ、合格率が5割に近いとどうなるか、という点も、確認しておきましょう。上記の表で、合格者数が5人だと、表1・表2のいずれについても、AからEまでが合格でき、合格率はちょうど5割になります。そして、合格点はというと、表1では60点、表2では56点。表1と表2の合格点が、非常に接近していることがわかります。このように、合格率が5割に近い(より厳密には、合格点が平均点に近い)と、得点のバラ付きの影響は、非常に小さくなるのです。
 上記のような説明に対しては、「論文試験では得点調整(採点格差調整)がされるので、バラ付きは常に一定になるんじゃないの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。そのように思った人は、得点調整が各科目単位で行われることに注意する必要があります。得点調整によって、各科目のバラ付きは一定(※1)になりますが、それを合計する段階では、何らの調整もされないのです。
 ※1 法務省の資料から逆算する方法によって、これは各科目につき標準偏差10であることがわかっています。

 単純な例で確認してみましょう。憲民刑の3科目について、3人の受験生ABCが受験するとします。

表3 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 10 50 150
受験生B 50 90 10 150
受験生C 10 50 90 150

 表3では、各科目ではABCに得点差が付いていますが、合計得点は全員一緒です。ある科目で高得点を取っても、他の科目で点を落としたり、平凡な点数にとどまったりしているからです。

表4 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 90 90 270
受験生B 50 50 50 150
受験生C 10 10 10 30

 表4も、各科目の得点のバラ付きの程度は、表3の場合と同じです。しかし、合計得点に大きな差が付いている。これは、ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取るという、強い相関性があるからです。このように、各科目の得点のバラ付きが一定であっても、合計得点のバラ付きは変動し得るのです。そして、そのバラ付きの大小は、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という相関性の強弱を示すものでもあるといえます。
 実際の数字をみてみましょう。以下は、法務省の公表する資料から算出した平成26年以降の論文式試験の合計得点の標準偏差の推移です。標準偏差の数字は、大きければバラ付きが大きく、小さければバラ付きが小さいことを示します。

論文式試験
合計得点
標準偏差
平成26 71.5
平成27 78.1
平成28 80.4
平成29 81.0
平成30 76.3
令和元 81.1
令和2 83.3
令和3 83.0
令和4 85.3

 今年は、昨年より標準偏差が2.3上昇しています。上記で説明したとおり、現在では合格点が平均点未満となっていますから、令和元年までとは逆に、バラ付きが拡大すると、合格点は下落することになるのですが、合格率が5割に近いため、その影響は非常に小さい得点のバラ付きによる影響がほとんどないので、前記3のとおり、論文合格率の上昇という要因だけで、平均点と合格点の相関を説明できたのでした。
 近時、標準偏差は高めの水準で推移する傾向にあります。今年は、平成26年以降、最大の標準偏差となりました。これは、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という科目間の相関性が強くなっていることを意味します。このことは、当サイトが繰り返し説明している、基本論点について規範を明示し、事実を摘示して解答するという答案スタイルが確立していれば、どの科目も安定して得点できるという最近の傾向と符合します(※2)。逆にいえば、そのような答案スタイルが確立していない「受かりにくい人」は、どの科目も得点できないので、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が成立するのです。
 合格率がここまで高くなってくると、逆に、「どんな答案を書いたら落ちるんだよ。」と思うところですが、その典型的なイメージは、「規範を明示せずにいきなり当てはめに入る答案」(規範欠落型)、「当てはめで事実を摘示しない答案」(事実欠落型)です。この種の答案は、単純に文字数が少なく、一見して「スカスカ」な感じのものもあれば、それなりの文字数を書いており、自分の理解を自分の言葉で書く部分が非常に多いため、一見するとすごく良い答案に見えるが、よく見ると規範と事実を答案に示していない(本人は当然の前提だと思って省略している。)ので、配点を取りようがない、というものがあります。前者は論点を幅広く拾う反面で当てはめが薄いというスタイルで受かってしまった予備試験の合格者や、「あらすじ答案」がもてはやされた旧試験時代からの受験生に多く後者は、「自分の言葉で本質を書きなさい。」等と誤った指導を受けがちな法科大学院修了生に多い傾向があります。合格率がこれだけ高くなっても、この種の答案を書いていると、なかなか受かりません。心当たりのある人は、意識して修正すべきでしょう。これは、単純な答案スタイルの問題であって、「地頭の良さ」等は関係がありません。どんなに頭の回転が速い人でも、受かりやすい答案スタイルで書いていないと、普通に不合格になるこれが、論文式試験の怖さです。
 ※2 なお、近時、この点について傾向変化の兆しがあります(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」 参照)が、現時点では、規範と事実に極端な配点があるという点には変わりがありません。

posted by studyweb5 at 10:24| 司法試験関連ニュース・政府資料等 | 更新情報をチェックする
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