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2016年06月21日

平成28年司法試験論文式刑事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎないのです。
 にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。

2.その原因としては、多くの人が参考にする出題趣旨や採点実感等に関する意見の多くの記述が、実は優秀・良好レベルの話であって、一応の水準のレベルは当たり前過ぎるので省略されてしまっていること、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
 とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。

3.今回、掲載する参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
 それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
 今回の参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
 この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに優秀・良好のレベルが狙えるでしょう。

4.今年の刑訴法は、4つの設問が問われており、刑法同様、書く文量が非常に多かったのが特徴です。誰もが拾うような論点に触れて、規範と当てはめの事実を示すだけでも、時間内に書き切ることは難しいでしょう。今年は、他の科目も、書くべき文量が多いという傾向でした。法律の深い理解以前に、ボールペンで速く字を書く能力がないと、合格できない。このことが、特に顕著だった年といえるでしょう。このような傾向の場合には、上記の(1)から(3)までをしっかり書き切れるだけで、優に良好レベルを超えてしまうのです。逆に、それ以外のことを書こうとすると、あっという間に時間切れになる。今年は、十分な法律の知識・理解があるにもかかわらず、「字を書く速度が遅くて落ちた」、「趣旨や本質に遡ったから落ちた」、「理由付けを書いたから落ちた」、「自分の言葉で事実を評価しようとして落ちた」という人が、続出するでしょう。
 設問2のAの措置については、接見指定の変更の可否が問われています。これは、基本論点ではありませんが、正面から問われているので、避けることができません。このような場合、やってはいけないのは、「腰を据えてじっくり考える」ことや、だらだらと「本質に遡る」ことです。それは多くの場合、紙幅と時間の無駄になります。そうではなく、何となくありそうな規範を書いて、使える事実を書き写して結論を出しておく。現場で瞬時に考える程度でも、検察官が後から自由に変更できるというのは変だから、例外的な事情がないとダメだろう、ということくらいは思い付くでしょう。規範としては、「やむを得ない事情」、「特段の事情」、「正当な理由」などは瞬時に思い付くでしょうから、どれか1つを適当に選んで書けばよいのです。参考答案は、そのような書き方の一例です。
 設問4は、「司法試験平成27年最新判例ノート」に収録した最決平27・5・25の規範を書く必要があります。最新判例は、必ずしも基本論点とはいえませんが、多くの受験生が直前にざっと確認はしているものです。本問についても、それなりの人が、正確な規範は書けなくても、何となく公判前整理手続制度の趣旨に反するか否か、という程度の規範は立てることができたでしょう。「司法試験平成27年最新判例ノート」の内容紹介でも説明しているとおり、直近の判例を学習する意味は、問題意識をある程度把握しておき、大きく筋を外さないようにすることにある。本問で言えば、この判例を全然知らないと、「事件に関係のない事項」に当たるか、等の的はずれな議論を展開してしまいがちです。短答なら1問くらい最新判例が出ても、捨ててしまえばいいのですが、論文の場合はそうもいかない。だから、直前にざっと確認する必要があるのです。今年の設問4は、そのことがよくわかる設問だったと思います。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.判断基準

 留置きが適法であるというためには、強制処分に当たらないこと(197条1項ただし書)、任意処分として許される限度を超えないことを要する。
 強制処分とは、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でないものをいう(岐阜呼気検査事件判例参照)。したがって、対象者の退去意思に反する留置きは、強制処分に当たる(198条1項ただし書参照)。
 また、任意処分における有形力の行使は、必要性、緊急性等も考慮した上、具体的状況の下で相当と認められる限度において許される(上記判例参照)。このことは、任意処分としての留置きにも当てはまる。
 以上のことは、留置きが職務質問(警職法2条1項)に基づくものか、任意の取調べ(198条1項本文)に基づくものかによって異なるものではない。

2.事例2の留置きについて

(1)強制処分に当たるか。
 確かに、Pが、甲に対し、「H警察署で尿を出してください。」と言ったのに対し、甲は、「行きたくねえ。」と言い、甲車を降りてH警察署とは反対方向に歩き出し、2、3メートル進んだが、Pに進路を塞がれた。しかし、甲は、「仕方ねえ。」、「警察に行くくらいなら、ここにいる。」と言い、甲車運転席に戻ったことからすれば、Pの退去意思に反する留置きであるとはいえない。
 したがって、強制処分には当たらない。

(2)任意処分として許される限度を超えていないか。

ア.P及びQがパトカーで臨場した際、甲は、エンジンの空吹かしを繰り返して発進せず、全開の運転席窓から大声で意味不明な言葉を発していたこと、甲には、目の焦点が合わず異常な量の汗を流すなど、覚せい剤使用者特有の様子が見られたこと、覚せい剤取締法違反の有罪判決を受けた前科がある旨の無線連絡があったこと、甲の左肘内側に赤色の真新しい注射痕が認められたこと、甲車助手席上のバッグ内に注射器が認められたことからすれば、留置きの必要性があった。

イ.Pが甲に対し、「どうしましたか。」と声を掛けると、甲は、「何でもねえよ。」と答えたこと、Pが、甲に対し、「H警察署で尿を出してください。」と言ったのに対し、甲は、「行きたくねえ。」と言い、甲車を降りてH警察署とは反対方向に歩き出したこと、甲は、「献血の注射痕だ。」、「献血に使った注射器だ。見せられない。」と言ったことからすれば、留置きには緊急性があった。

ウ.留置きは30分程度であり、Pは、「どこに行くのですか。」と言って甲の前に立ち、進路を塞いだに過ぎないから、上記の必要性、緊急性も考慮すれば、具体的状況の下で相当と認められる。

(3)よって、事例2の留置きは、適法である。

3.事例3の留置きについて

(1)強制処分に当たるか。
 確かに、Pは、2台のパトカーを、甲車の前後各1メートルの位置に、甲車を挟むようにして停車させ、甲車が容易に移動できないようにした上、応援警察官4名を甲車周囲に立たせ、自らは甲車運転席側路上に立っていたのであり、甲は、Pに「ここで待っていてくれ。」と言われたのに対し、「嫌だ。」と言っただけでなく、「弁護士から帰っていいと言われたので、帰るぞ。」、「車から降りられねえのか。」、「帰れねえのか。」と言った。しかし、Pに制止されると、甲は、自ら甲車運転席に座ったから、Pの退去意思に反する留置きであるとはいえない。
 したがって、強制処分には当たらない。

(2)任意処分として許される限度を超えていないか。

ア.事例2の事情に加え、Pは、Qに対し、甲車の捜索差押許可状及び甲の尿を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状を請求するよう指示したから、留置きの必要性及び緊急性は高まっていた。

イ.確かに、留置きは5時間30分程度にまで及び、制止の際に甲とPの体が接触している。しかし、Pは、甲に対し、「今から、採尿と車内を捜索する令状を請求する。令状が出るまで、ここで待っていてくれ。」と言ったこと、甲は、弁護士Rと連絡を取ったこと、交通渋滞のため、Qの到着に通常より1時間多くの時間を要したこと、制止の態様は、甲の前に立ち、「待ちなさい。」と言って両手を広げて進路を塞ぎ、甲がPの体に接触した際も、足を踏ん張り、それ以上甲が前に進めないように制止したり、胸部及び腹部を前方に突き出しながら、甲の体を甲車運転席前まで押し戻し、「座っていなさい。」と言った程度であったことに加え、上記アの必要性、緊急性の高まりも考慮すれば、具体的状況の下で相当と認められる。

(3)よって、事例3の留置きは、適法である。

第2.設問2

1.@の措置について

(1)接見指定が適法となるためには、「捜査のため必要があるとき」(39条3項本文)であって、「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限する」ものでないこと(同項ただし書)が必要である。

(2)「捜査のため必要があるとき」とは、捜査の中断による支障が顕著な場合をいい、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある場合のほか、間近い時に上記取調べ等をする確実な予定があって、接見等を認めたのでは、上記取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などがこれに当たる(杉山事件、浅井事件各判例参照)。
 本件で、甲は、平成27年7月3日午前9時30分、I地方検察庁検察官に送致され、Sは、同日午前9時45分から弁解録取手続を開始していたこと、Tが希望した接見の場所はH警察署で、日時は同日午前10時30分であったこと、弁解録取手続終了まで更に約30分を要し、I地方検察庁からH警察署まで自動車で約30分を要したことからすれば、接見させるには弁解録取手続を中断する必要があり、捜査の中断による支障が顕著な場合といえる。
 したがって、「捜査のため必要があるとき」に当たる。

(3)初回接見に対する接見指定をするに当たっては、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能な場合には、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、たとえ比較的短時間であっても、時間を指定した上で上記時点での接見を認めるべきであり、上記時点での接見を拒否し、初回接見の機会を遅らせたときは、「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限する」ものといえる(第2次内田国賠事件判例参照 )。
 本件で、Tが、Sに電話したのが同日午前9時50分であったこと、弁解録取手続終了まで更に約30分を要し、I地方検察庁からH警察署まで自動車で約30分を要したこと、Sは、接見の日時を同日午前11時に指定し、Tは、「仕方ないですね。」と言ったことからすれば、即時又は近接した接見を拒否し、初回接見の機会を遅らせたとはいえず、「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限する」ものとはいえない。

(4)よって、@の措置は、適法である。

2.Aの措置について

 既にされた接見指定の日時を一方的に変更することは、やむを得ない事情がない限り、「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限する」ものとして許されない。
 本件では、確かに、弁解録取手続終了直後、甲が、「実は、お話ししたいことがあります。ただ、今度有罪判決を受けたら刑務所行きですよね。」と言ったという事情があり、Tは、同日午後零時30分に甲がH警察署に戻ると、すぐに甲と接見している。しかし、Sは、甲が自白しようか迷っていると察し、この機会に自白を得たいと考えたに過ぎず、初回接見であること、Tは、「予定どおり接見したい。」と主張して譲らず、取調中、Tは、当初の予定どおり接見できるよう求めてSに電話をかけたが、Sは電話に出なかったことをも考慮すると、やむを得ない事情があったとはいえない。
 よって、Aの措置は、違法である。

第3.設問3

1.Bの証言は、伝聞供述(320条1項)に当たり、証拠能力が否定されるのではないか。

2.伝聞供述(刑訴法320条1項)とは、供述者が直接体験しない事実を要証事実とする供述をいう(白鳥事件判例、規則199条の13第2項4号参照)。
 本件で、Bの証言のうち、「警察がよく検問をしている…お前が捕まったら、俺も刑務所行きだから」という部分は、乙がそのような発言をしたこと自体から、乙に覚せい剤の認識があったことを推認させる。したがって、想定されるBの証言の要証事実は、乙がそのような発言をしたことである。
 乙がそのような発言をしたことは、供述者である甲が直接体験した事実である。したがって、Bの証言は、供述者が直接体験しない事実を要証事実とする供述ではないから、伝聞供述に当たらない。

3.よって、Bの証言の証拠能力は、認められる。

第4.設問4

1.公判前整理手続終了後の新たな主張を295条1項によって制限するためには、主張明示義務(316条の17第1項)に違反したものと認められ、かつ、公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合であることを要する(判例)。

2.本件では、確かに、乙及びUは、公判前整理手続において、裁判所から、「アリバイ主張について可能な限り具体的に明らかにされたい。」との求釈明を受け、「平成27年6月28日は、終日、丙方にいた。」旨釈明したのに、第2回公判期日に実施された被告人質問において、乙は、Uの質問に対し、「平成27年6月28日は、J県M市△町△番の戊方にいました。」と供述し、Cの質問は、当日戊方にいたことに関し、詳しく聞くものである。
 しかし、アリバイの主張自体は明示されていたこと、公判前整理手続の結果、争点として整理されたのは、「平成27年6月28日に、乙方において、乙が甲に覚せい剤を譲り渡したか」であったこと、丙方に関する乙及びUの釈明の内容は、「その場所は、J県内であるが、それ以外覚えていない。『丙』が本名かは分からない。丙方で何をしていたかは覚えていない。」というものであったこと、乙は、「前回の公判期日後、戊から手紙が届き…思い出しました。」と供述したことからすれば、主張明示義務(316条の17第1項)に違反したとも、公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められない。

3.よって、Cの質問及びこれに対する乙の供述を295条1項により制限することはできない。

以上

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2016年06月18日

平成28年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎないのです。
 にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。

2.その原因としては、多くの人が参考にする出題趣旨や採点実感等に関する意見の多くの記述が、実は優秀・良好レベルの話であって、一応の水準のレベルは当たり前過ぎるので省略されてしまっていること、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
 とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。

3.今回、掲載する参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
 それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
 今回の参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
 この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに優秀・良好のレベルが狙えるでしょう。

4.今年の刑法は、甲乙丙丁の4者の罪責が問われており、書く文量が非常に多かったのが特徴です。誰もが拾うような論点に触れて、規範と当てはめの事実を示すだけでも、時間内に書き切ることは難しいでしょう。「じっくり腰を据えて考える」ような時間はありません。文字をボールペンで書く速さが、決定的に合否を分ける要素となります。上記の(1)から(3)までをしっかり書き切れれば、それだけで優に良好レベルを超えるでしょう。参考答案を見て、「なんでこんなバカみたいに問題文を書き写す必要があるんだよ。」と思った人は、「受かりにくい人」です。問題文に、わざわざ「具体的な事実を摘示しつつ」と書いてあることの意味を、考えてみる必要があるでしょう。

 

【参考答案】

第1.乙の罪責

1.V方に入った点につき、住居侵入罪(130条前段)が成立する。

2.Vに対する強盗致死罪(240条後段)を検討する。

(1)「強盗」とは、強盗犯人を意味し、既遂・未遂を問わないが、少なくとも強盗の実行に着手したことを要する。強盗罪における暴行又は脅迫は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであることを要する。
 本件で、乙は、Vに対し、刃体の長さ約10センチメートルの果物ナイフをその顔面付近に突き付け、「金庫はどこにある。開け方も教えろ。怪我をしたくなければ本当のことを言え。」と言い、Vの顔面を数回蹴り、さらに、Vの右ふくらはぎを上記ナイフで1回刺したこと、Vは、乙からそのような暴行を受け、「言うとおりにしないと、更にひどい暴行を受けるかもしれない。」と考えて強い恐怖心を抱き、乙に対し、「金庫は6畳間にあります。鍵は金庫の裏にあります。」と言ったことからすれば、上記暴行・脅迫は、Vの反抗を抑圧する程度のものといえる。
 したがって、強盗罪の実行の着手が認められ、乙は、「強盗」に当たる。

(2)Vは、乙から顔面を蹴られたことによる脳内出血が原因で死亡したから、「死亡させた」といえる。

(3)乙は、Vを痛めつけようと考えていたから、Vの死亡につき故意はない。しかし、本罪の結果的加重犯としての性格から、強盗の手段である暴行と因果関係のある死亡結果については、故意・過失を問わず強盗致死罪が成立する。

(4)以上から、強盗致死罪が成立する。

3.よって、乙は、住居侵入罪及び強盗致死罪の罪責を負い、両罪は牽連犯(54条1項後段)となる。

第2.丙の罪責

1.V方に入った点につき、住居侵入罪が成立する。

2.強盗罪(236条1項)に係る乙との共同正犯(60条)を検討する。

(1)共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀に基づく犯罪の実行が必要である。

ア.正犯意思の有無は、犯行における役割の重要性、謀議への関与の程度、利益の帰属の程度等を考慮して判断すべきである。
 本件で、確かに、丙は、V方に行く際、乙が強盗するのを手伝おうという気持ちであり、Vは、終始丙が来たことには気付いておらず、丙の役割は、乙と共に金庫の中にあった現金500万円を準備したかばんの中に入れ、そのかばんを持ってV方から出たという程度に過ぎなかった。しかし、丙は、Vは身動きがとれないので簡単に現金を奪うことができるし、分け前をもらえると考えて乙の申出を了解したから、正犯意思が認められる。

イ.乙は、丙に対し、「計画どおりVをナイフで脅したけど、金庫の在りかを教えなかったから、ふくらはぎを刺してやった。あれじゃあ動けねえから、ゆっくり金でも頂くか。お前にも十分分け前はやる。」と言い、丙はこれを了解して「分かりました。」と言ったから、共謀がある。

ウ.丙は、上記共謀に基づき、乙と共に金庫の中にあった現金500万円をかばんの中に入れ、そのかばんを持ってV方から出たから、共謀に基づく犯罪の実行がある。

(2)もっとも、丙が加功したのは、前記第1の2(1)の乙の暴行脅迫の後である。強盗罪の暴行脅迫後に加功した者に共同正犯は成立し得るか。

ア.一般に、共同正犯が成立するのは、共謀及びそれに基づく行為と因果関係のある結果に限られる。したがって、共謀加担前の先行者の行為によって生じた結果については共同正犯は成立しない。ただし、強盗罪においては、暴行脅迫は強取の手段に過ぎず、暴行脅迫後の強取にのみ加功した者であっても、財物の占有移転又は財産上の利益の移転という法益侵害結果に因果関係を及ぼすことができるから、強盗罪の共同正犯が成立する。もっとも、加功前の暴行によって生じた致死傷の結果については、後行者は因果関係を及ぼし得ないから、この点について帰責されることはない。

イ.本件では、丙に強盗罪の共同正犯が成立するが、Vの死は丙が加功する前の乙の暴行によって生じた結果であるから、強盗致死罪の共同正犯は成立しない。

3.よって、丙は、住居侵入罪及び強盗罪の罪責を負い、両罪は牽連犯となる。

第3.甲の罪責

1.乙の住居侵入罪及び強盗致死罪に係る共謀共同正犯を検討する。

(1)共謀共同正犯が成立するには、正犯意思、共謀及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である。

ア.甲は、Vの現金を手に入れようと計画し、乙に対し、「Vの家に押し入って、Vをナイフで脅して、その現金を奪ってこい。」と指示し、現金3万円を渡して、「この金で、Vを脅すためのナイフなど必要な物を買って準備しろ。準備した物と実際にやる前には報告をしろ。」と言ったから、正犯意思がある。

イ.上記アの甲の指示に対し、乙は、「分かりました。」と言ったから、住居侵入罪及び強盗罪の共謀がある。

ウ.前記第1のとおり、共謀者である乙による犯罪の実行がある。もっとも、甲は、「Vをナイフで脅して」と指示したのに、乙は、Vの顔面を数回蹴り、Vの右ふくらはぎをナイフで1回刺す暴行を行っている。
 共謀内容と異なる犯罪が行われた場合において、共謀にのみ参加した者に共謀共同正犯が成立するためには、共謀と実行正犯の行為との間に因果関係があることを要する(教唆の事案におけるゴットン師事件判例参照)。
 本件で、甲及び乙は暴力団員であること、乙の暴行は脅迫によってもVが金庫のある場所等を教えなかったためになされたことからすれば、Vをナイフで脅す旨の共謀と乙の行為との間に因果関係がある。
 したがって、上記乙の暴行についても、共謀共同正犯は成立し得る。

(2)もっとも、甲は、乙の実行の着手前に、乙に対し、「犯行を中止しろ。」と言ったから、その時点で共犯関係は解消されたのではないか。

ア.実行の着手前に離脱の意思を表示し、他の共犯者において離脱の了承があった場合には、共犯関係は解消する。ただし、上記場合であっても、離脱した者が犯行方法を立案し、又は犯行に用いる道具を提供する等主要な役割を果たしたときは、果たした役割の影響を打ち消したと認めるに足りる積極的行為をしなければ共犯関係は解消しない。

イ.本件で、甲が乙に「犯行を中止しろ。」と言ったことは、離脱の意思表示である。これに対し、乙は、甲に対し、「分かりました。」と返事をしたから、離脱の了承があった。
 しかし、甲は、組長に次ぐ立場にあり、前記(1)アのとおり、犯行を計画して乙に指示し、道具購入費用を交付したから、主要な役割を果たしたといえる。にもかかわらず、甲は、乙に対し、「犯行を中止しろ。」と言っただけで、果たした役割の影響を打ち消したと認めるに足りる積極的行為をしていない。
ウ.したがって、共犯関係は解消しない。

(3)以上から、住居侵入罪及び強盗罪の共謀共同正犯が成立する。

(4)基本犯について共犯が成立する場合において、加重結果が発生したときは、結果的加重犯の共犯が成立する(判例)。
 本件では、強盗罪について共同正犯が成立し、Vの死亡結果が発生したから、強盗致死罪の共同正犯が成立する。

(5)以上から、住居侵入罪及び強盗致死罪の共同正犯が成立する。

2.よって、甲は、住居侵入罪及び強盗致死罪の罪責を負い、両罪は牽連犯となる。

第4.丁の罪責

1.V方に入った点につき、住居侵入罪が成立する。

2.本件キャッシュカードをズボンのポケットに入れた点につき、窃盗罪(235条)が成立する。

3.Vから本件キャッシュカードの暗証番号を聞き出した点について、強盗罪(236条2項)を検討する。

(1)反抗を抑圧する程度の脅迫があったといえるか。
 確かに、丁は「暗証番号を教えろ。」と言ったに過ぎない。しかし、Vは、右ふくらはぎから血を流して床に横たわっており、「何かされるかもしれない。」と考えて、丁に対して恐怖心を抱き、丁が間近に来たことでおびえていたこと、丁は、Vをにらみ付けながら強い口調で言ったこと、Vは、丁からそのように言われ、「言うことを聞かなかったら…ひどい暴力をまた振るわれるかもしれない。」と考えて、更に強い恐怖心を抱いたことからすれば、反抗を抑圧する程度の脅迫があったといえる。

(2)財産上の利益の移転があったといえるか。
 財産上の利益とは、移転性のある利益に限られる。もっとも、財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りる。そして、キャッシュカードを占有する者が暗証番号を知れば、容易にATMから現金を引き出すことができるから、既にキャッシュカードの占有を取得した犯人との関係においては、暗証番号が聞き出されると、犯人がATMを通して当該被害者の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、被害者は自らの預金を犯人によって払い戻されかねないという不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の不利益(損害)を被ることになるから、上記の地位は移転性のある利益といえる。したがって、既にキャッシュカードの占有を取得した犯人との関係において、暗証番号の聞出しは財産上の利益の移転に当たる。
 本件で、丁は、Vから暗証番号を聞き出す時点において、本件キャッシュカードの占有を取得していた。したがって、財産上の利益の移転があったといえる。

(3)丁は、横たわっているVのそばにしゃがみ込んでVの顔を見たところ、Vが恐怖で顔を引きつらせていたので、「強く迫れば、容易に暗証番号を聞き出せる。」と考えて、上記(1)の脅迫を行ったから、反抗を抑圧する程度の脅迫であることを認識していた。したがって、故意が認められる。

(4)以上から、強盗罪が成立する。

4.X銀行Y支店に入った点につき、建造物侵入罪(130条前段)を検討する。

(1)「侵入」とは、住居等の管理権者の意思に反して立ち入ることをいい、管理権者が予め立入拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても、当該住居等の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的等からみて、現に行われた立入りを管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、管理権者の意思に反するものといえる(大槌郵便局事件判例参照)。
 本件で、確かに、丁は、24時間稼動しているATMに、出入口ドアから入ったに過ぎない。しかし、立入りの目的が窃取した本件キャッシュカードによる引出しである以上、合理的に判断すれば、X銀行Y支店の管理者である支店長はその立入りを容認していないといえる。したがって、「侵入」に当たる。

(2)以上から、建造物侵入罪が成立する。

5.ATMから現金1万円を引き出した点について、上記2の窃盗罪及び上記3の強盗罪についてのVの法益とは別に、X銀行Y支店支店長の有するATMの現金に対する占有を侵害することから、不可罰的事後行為とはならず、別個に窃盗罪が成立する。

6.よって、丁は、Vに対する住居侵入罪、窃盗罪及び強盗罪並びにX銀行Y支店支店長に対する建造物侵入罪及び窃盗罪の罪責を負う。このうち、前の3罪は、窃盗罪及び強盗罪が住居侵入罪とそれぞれ牽連犯となる結果、全体として科刑上一罪となる(かすがい現象)。後の2罪は牽連犯となり、前の3罪とは併合罪(45条前段)となる。

以上

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2016年06月14日

平成28年司法試験論文式民事系第3問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.現在の司法試験の論文式試験において、ほとんどの科目では、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。
 もっとも、従来は、民訴法に限り、上記が当てはまらない独特の出題傾向となっていました。設問の結論を答えようと思えば、誰もが比較的簡単に正解できるのですが、その説明の仕方が出題趣旨に沿っていないと、点が取れない。過去の傾向では、同じような筋で書いていても、以下のような書き方を守っているかどうかで、大きな差が付いていました。

(4)問題文で指定されたことだけに無駄なく答えている。
(5)参照判例がある場合、まずその判例の趣旨を確認している。
(6)例外が問われた場合、まず原則論を確認している。

 逆に、上記を守っていれば、それほど知識や文量は問われていなかった。そのため、短めの答案でも、上位になったりすることがあったのです。これは、他の科目と比較して顕著な傾向の違いでした。

2.今年の特徴は、上記のような従来の傾向と、他の科目同様の事例処理的な傾向とが混在しているという点です。
 今年の問題でも、問題文で示された参照判例については、その趣旨の確認が必要でしょうし、所々で原則論を確認した方がよいと思われる箇所があり、その意味では、従来の傾向が残っています。他方で、単に規範を示して当てはめれば足りるような部分も多く、しかも、処理すべき量が多い、という事務処理型の特徴もみられます。これは、例の漏洩事件によって考査委員が交代したことが影響しているのでしょう。出題形式を従来のものに似せて作ったために、一部は従来の傾向が残ったものの、内容面では他の科目同様の事務処理型になってしまった。その結果、今年の問題のような一貫性のない出題になったのだろうと思います。

3.そこで、今回の参考答案は、上記の(1)から(6)までを組み合わせたようなものになっています。今年は文量が多かったので、参考答案レベルを書き切るだけでも、相当に困難だったでしょう。このレベルを書き切れば、優に良好の上位くらいにはなるだろうと思います。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.総有権確認請求訴訟において原則として構成員全員が原告とならなければならないとされる理由

(1)構成員全員が原告とならなければならないか否かは、総有権確認請求訴訟が固有必要的共同訴訟であるか否かによる。

(2)固有必要的共同訴訟であるか否かは、主に管理処分権の帰属という実体法的観点から判断すべきであるが、紛争解決の実効性、手続保障、訴訟経済等の訴訟法的観点も考慮すべきである。
 本件で、権利能力のない社団への権利義務の帰属は構成員全員の総有とされ、各構成員は潜在的にも持分を有しない(杉並支部マーケット事件判例参照)こと、構成員全員に攻撃防御の機会を与え、判決効を及ぼす必要があることからすれば、実体法的観点及び訴訟法的観点のいずれの観点からも、総有権確認請求訴訟は固有必要的共同訴訟となると考えられる。

(3)固有必要的共同訴訟においては、当事者となるべき者全員が当事者とならなければ当事者適格が認められない。

(4)よって、総有権確認請求訴訟においては、原則として構成員全員が原告とならなければならない。

2.構成員の中に訴えの提起に反対する者がいた場合の対応策

(1)反対する者が原告とならない場合、当事者適格を欠くから、適法に訴えを提起できないのが原則である。

(2)もっとも、このような場合には、総有権の存在を主張する構成員が原告となり、反対する者を被告に加えて、総有権確認請求訴訟を提起することも許される(馬毛島事件判例参照)。

(3)よって、構成員の中に訴えの提起に反対する者がいた場合には、その者を被告として訴えを提起すべきである。

3.訴訟係属後に新たに構成員となる者が現れた場合の訴訟上の問題点

 訴訟要件は本案判決をするための要件であるから、訴訟係属中に当事者適格を欠くに至った場合には、訴えは却下される。そこで、どのようにして新たな構成員を当事者に加えるべきかが問題となる。

(1)その者がBに同調する場合

 固有必要的共同訴訟において、共同訴訟人となるべき者が当事者となっていない場合には、その者が共同訴訟参加(52条1項)することによって、当事者適格を追完することができる。
 本件で、新たに構成員となる者がBに同調する場合には、その者に共同訴訟参加してもらうことによって、その者を原告に加えることができる。

(2)その者がBに同調しない場合

ア.新たに構成員となる者がBに同調しない場合には、その者が共同訴訟参加することは期待できない。そこで、Bが、その者を係属中の訴訟の被告に追加することは可能か。主観的追加的併合の可否が問題となる。

イ.判例は、通常共同訴訟の関係にある訴えの主観的追加的併合を否定している。しかし、総有権確認請求訴訟は固有必要的共同訴訟であり、合一確定が要請される(40条1項)こと、弁論の併合(152条1項)に係る裁判所の裁量を認める余地がないことからすれば、本件においては上記判例の趣旨は及ばず、主観的追加的併合が認められる。

ウ.よって、新たに構成員となる者がBに同調しない場合には、主観的追加的併合の方法によって、その者を被告に加えることができる。

第2.設問2

1.確認の利益

 確認の利益の肯否は、即時確定の利益、確認対象の適否、手段選択の適否の観点から判断すべきである。

(1)即時確定の利益があるというためには、権利・法的地位の不安・危険が現実に存在することを要する。
 本件では、Bが会長であるかのように行動していることから、Xの会長の地位にあることを主張するZの権利・法的地位の不安・危険が現実に存在するといえ、即時確定の利益がある。

(2)確認対象の適否は、原則として、自己の現在の法律関係に係る積極的確認であるか否かによって判断すべきである。

ア.本件では、ZがXの会長の地位にあることの確認を求める訴えについては、自己の現在の法律関係に係る積極的確認であるから、確認対象は適切である。

イ.他方、解任決議が無効であることは、過去の法律関係であることから、確認対象が適切であるというためには、その法律関係の確定が現在の紛争の抜本的解決のために有効かつ適切であることを要する。
 本件では、解任決議が無効であるとすれば、規約上1名に限られる会長が既に存在する状況でされた新会長の選任決議も無効となることから、会長の地位に関する現在の紛争の抜本的解決のために有効かつ適切である。
 よって、解任決議が無効であることの確認を求める訴えについても、確認対象は適切である。

(3)手段選択の適否は、確認の訴えよりも有効かつ適切な紛争解決手段があるかという観点から判断すべきである。

ア.まず、ZがXの会長の地位にあることを前提とする給付の訴えによったのでは、ZがXの会長の地位にあることに直接の既判力が生じないため、抜本的な紛争解決とはならない。

イ.また、訴訟代理人の代理権の存否の確認を求める訴えを不適法とした判例の趣旨は、本案の前提として判断される手続的事項については、その訴訟において異議を述べる(90条参照)手段がより有効かつ適切であるから、手段選択の適切性を欠くという点にある。したがって、単なる手続的事項にとどまらず、その確定が紛争の抜本的解決のために有効かつ適切である事項といえる場合には、上記判例の趣旨は及ばない。
 本件では、ZがXの会長の地位にあることは、単なる手続的事項にとどまらず、本件不動産の帰属及びXの運営に関する紛争の抜本的解決のために有効かつ適切である事項といえる。したがって、上記判例の趣旨は、本件に及ばない。

ウ.以上から、手段選択は適切である。

(4)よって、確認の利益が認められる。

2.反訴の要件

(1)146条1項の要件のうち、口頭弁論終結前であること(柱書本文)、専属管轄に属しないこと(1号)、著しく訴訟手続を遅滞させないこと(2号)については問題なく充足する。

(2)では、本訴請求又は防御方法との関連性(柱書本文)を満たすか。
 関連性の有無は、訴訟資料及び証拠資料を利用できるか、社会生活上同一又は一連の紛争といえるかによって判断する。
 本件で、本訴であるBへの所有権移転登記手続請求の訴えは、BがXの現在の代表者であることを前提とするから、解任決議の無効及びZがXの会長の地位にあることの確認を求める訴えにおいて訴訟資料及び証拠資料を利用でき、社会生活上同一又は一連の紛争といえる。
 よって、本訴請求と関連性がある。

(3)よって、146条1項所定の要件を満たす。

第3.設問3

1.@について

(1)@の判例の趣旨は、29条は、権利能力のない社団の当事者能力だけでなく、構成員全員に代わって当事者として訴訟を遂行する法定訴訟担当をも認めたものであることから、権利能力のない社団に対する判決の既判力が構成員全員に及ぶ(115条1項2号)とする点にある。
 そして、同号の趣旨は、訴訟担当による代替的手続保障があることから、既判力による拘束力を及ぼすことが正当化されるという点にある。したがって、上記代替的手続保障があるといえない場合には、同号の既判力は及ばない。

(2)本件で、Zは、第1訴訟においてXと対立する被告の地位で訴訟追行していたから、上記代替的手続保障があるとはいえない。

(3)よって、@の判例の趣旨は本件に及ばず、同号による既判力は、第2訴訟には及ばない。

2.Aについて

 第2訴訟におけるYとZの主張の対立点は、YZ間の抵当権設定契約時にZが本件不動産を所有していたか否かであるから、その点について既判力が作用するかを検討する。

(1)既判力が作用するのは、前訴判決の主文(114条1項)と後訴の訴訟物の間に、同一関係、矛盾関係又は先決関係がある場合である。

(2)本件で、前訴判決の主文は、本件不動産がXの構成員全員の総有に属することを確認するものであるのに対し、第2訴訟の訴訟物は、債務不履行に基づく損害賠償請求であるから、同一関係又は矛盾関係にない。
 では、先決関係にあるといえるか。確かに、一物一権主義から、本件不動産がXの構成員の総有に属していれば、Zの所有には属しないといえる。しかし、既判力の基準時は事実審の口頭弁論終結時である(民執法35条2項参照)こと、YZ間の抵当権設定契約の後に第1訴訟が提起されたことからすれば、前訴判決はYZ間の抵当権設定契約の時点における本件不動産の帰属を確定するものではない。そうである以上、先決関係にあるとはいえない。

(3)よって、前訴判決の既判力は、第2訴訟におけるYとZの主張の対立点に関して作用し得ない。

3.Bについて

 Zの主張は、第1訴訟の蒸し返しであり、訴訟上の信義則(2条)に反し、許されないのではないか。

(1)信義則による拘束力を認めるべきか否かは、前訴で容易に主張し得たか、相手方に前訴判決によって紛争が解決したとの信頼が生じるか、相手方を長期間不安定な地位に置くものといえるか等の観点から判断すべきである(判例)。

(2)本件で、Zは、第1訴訟中の総有権確認請求訴訟において、Aから本件不動産を買い受けたのはZ自身であると容易に主張し得た。他方で、前訴判決から第2訴訟の提起までの間に長期間が経過し、Yが不安定な地位に置かれたという事実はうかがわれない。

(3)では、Yに第1訴訟によって紛争が解決したとの信頼が生じるといえるか。上記信頼が生じるというためには、相手方が前訴でなすべき手段を尽くしたことを要する。

ア.本件で、Yは、第1訴訟中の総有権確認請求訴訟において、Xに対し、抵当権設定契約時に本件不動産がZの所有であったことの確認を求める中間確認の訴え(145条1項)をすることができたか。訴えの利益を検討する。
 中間確認の訴えは、既に提起された訴えの前提問題となる限り訴えの利益が認められ、確認対象として、過去の他人の法律関係の確認を求めることもでき、即時確定の利益等を要しない(判例)。
 本件で、抵当権設定契約時に本件不動産がZの所有であったことは過去の他人の法律関係であるが、総有権の存否の前提問題となる以上、訴えの利益が認められる。

イ.したがって、Yは、第1訴訟中の総有権確認請求訴訟において、中間確認の訴えをすることができた。そうである以上、Yがなすべき手段を尽くしたとはいえないから、Yに第1訴訟によって紛争が解決したとの信頼が生じるとはいえない。

(4)以上からすれば、Zの主張は、信義則に反するとはいえない。

4.よって、裁判所は、第2訴訟において本件不動産の帰属に関して改めて審理・判断をすることができる。

以上

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2016年05月28日

平成28年司法試験論文式民事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎないのです。
 にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。

2.その原因としては、多くの人が参考にする出題趣旨や採点実感等に関する意見の多くの記述が、実は優秀・良好レベルの話であって、一応の水準のレベルは当たり前過ぎるので省略されてしまっていること、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
 とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。

3.今回、掲載する参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
 それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
 今回の参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
 この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに優秀・良好のレベルが狙えるでしょう。

4.商法は、これまでの傾向どおり、多論点型でした。ただ、従来よりも論点の数が多いという印象です。商法(会社法)の特徴は、多くの論点が既知の論点であり、事前準備が可能だということです。たくさんの論点の規範を知っているだけで、単純に有利になる。当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」において、幅広い論点を収録したのは、そのような趣旨によるものです。今回は、そのことを示すため、上記(1)にかかわらず、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に収録した論点については、幅広く拾うこととしました。参考答案中の太字強調部分が、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

(1) 招集通知に議題が記載されていなかった点は適法か。
 会社法上、取締役会の招集通知に議題の記載は要求されていない(368条1項、299条4項、298条1項2号対照)。また、取締役会では迅速かつ柔軟な意思決定が必要かつ可能であるから、招集通知記載の議題以外の事項を議決することができる
 従って、招集通知に議題が記載されていなかった点は適法である。

(2)Aに対する招集通知を欠くことにより、決議は無効とならないか。
 一部の取締役に対する招集通知を欠く取締役会決議は、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がある場合を除き、無効である(小河内観光開発事件判例参照)
 本件では、賛成3名、反対2名の賛成多数により可決されたが、Aが出席してもなお決議の結果に影響がないといえるか。Aが特別利害関係取締役(369条2項)に当たるかを検討する。

ア.特別利害関係取締役とは、忠実義務違反をもたらすおそれのある会社利益と衝突する個人的利害関係を有する取締役をいう代表取締役解職の議案は、当該代表取締役の職務執行が会社利益を害するとして提出されるのが一般であるから、当該代表取締役は、忠実義務違反をもたらすおそれのある会社利益と衝突する個人的利害関係を有するといえる。従って、当該代表取締役は特別利害関係取締役に当たる(日東澱粉化学事件判例参照)
 本件で、決議はAを代表取締役から解職する旨の議案に係るものであるから、Aは特別利害関係取締役に当たる。

イ.また、369条2項の趣旨は不当な影響力の行使を排除する点にあるから、特別利害関係取締役は、取締役会が特に許した場合を除き、当該議案の審議に参加することは許されない

ウ.そうである以上、Aが出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がある。

(3)よって、臨時取締役会決議は、有効である。

2.小問(2)

 Aの報酬の額を減額する旨の定例取締役会決議は有効か。

(1)取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会決議によって報酬額を変更する決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、報酬請求権を失わない。このことは、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に株主総会決議がされた場合であっても異ならない(協立倉庫事件判例参照)。上記判例の趣旨は、株主総会の委任により取締役会が具体的報酬額を決定する場合にも妥当する。
 もっとも、役職が報酬額決定の基準となっており、役職の変更に連動して報酬額が変更される場合には、当該取締役の黙示の同意があったといえるから、報酬額が具体的に定められた後であっても、会社は、役職の変更を理由に当該取締役の報酬を減額することができる(三越事件参照)

(2)本件で、甲社においては、取締役の報酬等の額について、役職ごとに一定額が定められ、これに従った運用がされていたから、役職が報酬額決定の基準となっており、役職の変更に連動して報酬額が変更される場合といえる。そして、上記運用に従えば、Aの報酬の額は月額50万円となるから、甲社は、Aの報酬の額を月額50万円まで減額することができる。
 以上から、Aの報酬の額を月額20万円に減額する旨の定例取締役会決議は、月額50万円に減額する限度で有効である。

(3)よって、Aは、甲社に対し、月額50万円の報酬を請求することができる。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)株主総会の決議によって解任された取締役は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる(339条2項)。
 本件で、解任の理由は海外事業の失敗とされている。確かに、Aが事業の拡大のために海外展開を行う旨を主張し、甲社は事業の海外展開をしたが、この海外事業は売上げが伸びずに低迷し、甲社は3年余りでこの海外事業から撤退した。しかし、Aは、事業の海外展開を行うために必要かつ十分な調査を行い、その調査結果に基づき、事業の海外展開を行うリスクも適切に評価して、取締役会において、事業の拡大のために海外展開を行う旨の議案を提出し、賛成多数による可決を得ている。甲社は、この取締役会の決定に基づき事業の海外展開をしたものである。そうである以上、Aの解任について正当な理由があるとはいえない。

(2)正当な理由のない解任による損害賠償請求は、故意・過失を必要としない法定責任であり、賠償の対象となる損害は、解任されなければ任期満了時までに得られたであろう所得の喪失である(裁判例)
 本件で、Aの取締役としての任期は8年残っていたから、賠償の対象となる損害は、任期満了時までの月額50万円の報酬の8年分である4800万円である。

(3)よって、甲社は、Aに対し、4800万円の損害について損害賠償責任を負う。

2.小問(2)

(1)@について

 Bは、甲社の発行済株式及び総株主の議決権の20%を保有している(854条1項1号、2号、同条2項)から、定時株主総会の日から30日以内(同条1項柱書)に、甲社及びAを被告(855条)として、甲社の本店の所在地を管轄する地方裁判所(856条)に訴え(854条1項柱書)を提起すべきである。

(2)Aについて

ア.「職務の執行に関し」(854条1項柱書)とは、職務執行及びその遂行に直接・間接に関連するものをいう
 本件で、Aが多額の会社資金を流用していたことは、職務執行の遂行に間接に関連するから、「職務の執行に関し」に当たる。

イ.「不正の行為」(同柱書)とは、役員の義務に違反して会社に損害を生じさせる故意の行為をいう
 本件で、Aが多額の会社資金を流用していたことは、取締役の義務に違反して会社に損害を生じさせる故意の行為であるから、「不正の行為」に当たる。

ウ.「あったにもかかわらず」(同柱書)とされた趣旨は、解任事由の存在を前提に株主総会で解任の是非を審議する機会を与える点にあると考えられるから、解任を否決する株主総会の後に発生又は判明した事由は解任事由には当たらない
 本件で、定時株主総会の招集通知が発せられた後、Aが多額の会社資金を流用していたことが明らかとなったから、解任を否決する株主総会の後に発生又は判明した事由ではない。従って、「あったにもかかわらず」に当たる。

エ.株主総会での審議の機会は一応与えられたといえること、対象役員が自派の株主らを欠席させて流会させる場合があり得ることからすれば、定足数未達流会の場合も「否決されたとき」に当たる
 本件で、定時株主総会が定足数を満たさず、流会となったことは、「否決されたとき」に当たる。

オ.よって、Bの解任請求は、認められる。

第3.設問3

1.@について

 Cは、甲社に対して任務懈怠責任(423条1項)を負うか。

(1)任務懈怠責任が発生するためには、任務懈怠、故意・過失(428条1項反対解釈)、損害の発生、損害との因果関係が必要である

(2)「任務を怠った」(423条1項)とは、法令又は定款に違反したことをいう。本件で、Cは、善管注意義務(330条、民法644条)の内容としてリスク管理体制構築義務を負うところ、Eの不正行為を防止できなかった点にリスク管理体制構築義務違反は認められるか。
 従業員による不正行為がなされた場合において、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制が整えられており、当該不正行為が通常容易に想定し難い方法によるものであったときは、代表取締役において当該不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情がない限り、リスク管理体制構築義務違反があるとはいえない(日本システム技術事件判例参照)
 本件で、甲社の取締役会は「内部統制システム構築の基本方針」を決定しており(362条4項6号、同条5項参照)、甲社は、これに従い、法務・コンプライアンス部門を設け、内部通報制度を設けたり、役員及び従業員向けのコンプライアンス研修を定期的に実施するなどして、法令遵守に向けた取組を実施し、下請業者との癒着を防止するため、同規模かつ同業種の上場会社と同等の社内規則を制定しており、これに従った体制を整備し、運用していたから、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制が整えられていた。また、Eは、形式上、工事を3つに分割して見積書を3通作成し、甲社の関係部署を巧妙に欺き、3通の見積書がそれぞれ別工事に関わるものであると誤信させ、Fに対し、回答書面にEが指定した金額を記載して返送するように指示をするなど、不正が発覚することを防止するための偽装工作も行っていたから、Eの不正行為は、通常容易に想定し難い方法によるものであったといえる。さらに、Dは、本件下請工事や本件通報をCを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかったから、CにおいてEの不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情があったとはいえない。
 以上から、Cにはリスク管理体制構築義務違反がなく、任務懈怠は認められない。

(3)よって、Cは、甲社に対して損害賠償責任を負わない。

2.Aについて

 Dは、甲社に対して任務懈怠責任を負うか。

(1)Dが、本件下請工事や本件通報について、法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示せず、Cを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかったことは、善管注意義務違反といえるか。
 取締役は、特段の不審事由のない限り、下部機関の行った情報収集、分析、検討の内容に依拠して意思決定を行えば足りる(ヤクルト事件参照)
 本件で、確かに、これまで、甲社において、そのような不正行為が生じたことがなかったこと、会計監査人からもそのような不正行為をうかがわせる指摘を受けたことがなかったこと、EがDの後任の営業部長であり、かつて直属の部下であったEに信頼を置いていたことから、Dは、本件通報には信ぴょう性がないと考えたという事情がある。しかし、本件通報は、本件下請工事の代金の一部を着服しようとしているとの甲社の従業員の実名による通報であったから、特段の不審事由があった。
 従って、Dには、善管注意義務違反による任務懈怠がある。

(2)Dは、本件通報を認識しながら、法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示せず、Cを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかったから、上記任務懈怠につき故意がある。

(3)本件下請工事の代金が5000万円水増しされたことによって、甲社に5000万円の損害が発生した。

(4)もっとも、本件通報がされたのは平成27年3月末であり、その後に甲社が乙社に支払ったのは3000万円であったから、上記(3)の損害のうち、Dの善管注意義務違反と因果関係のある損害は、上記3000万円にとどまる。

(5)よって、Dは、甲社に対し、3000万円の損害について損害賠償責任を負う。

以上

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2016年05月25日

平成28年司法試験論文式民事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎないのです。
 にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。

2.その原因としては、多くの人が参考にする出題趣旨や採点実感等に関する意見の多くの記述が、実は優秀・良好レベルの話であって、一応の水準のレベルは当たり前過ぎるので省略されてしまっていること、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
 とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。

3.今回、掲載する参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
 それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
 今回の参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
 この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに優秀・良好のレベルが狙えるでしょう。

4.今年の民法は、非常に論点の多い問題でした。このような問題の場合には、基本論点の規範と事実を書くだけでも、時間内に書き切るのは相当難しい。参考答案も、かなりの文量になっています。これだけの量を書き切れれば、良好の上位か、場合によっては優秀レベルになってしまうかもしれません。上記(1)から(3)までを守るだけで、そのくらいのレベルに達してしまうのです。そうである以上、応用論点を拾ったり、趣旨に遡って論述したり、事実に対して自分の言葉で評価したりする余裕はないし、その必要もないのです。本問では、94条2項類推適用に積極的な外観への信頼を要するか(Fは折込チラシと現地しか見ておらず、登記を信頼したという事実がない。)、過半数の持分権を有する共有者が共有物を占有する他の共有者から共有物の引渡しを受けるための手続、動機の不法による無効の抗弁と無留保承諾(最判平9・11・11の趣旨は動機の不法にも妥当するか。同判例の「特段の事情」はあるか。)、設問2小問(3)で468条1項を類推適用できるか(保証債務の履行による求償権の取得及び原債権についての代位(500条)が原債権の債権譲渡に類似することから、Eの説明を無留保承諾と同視できるのではないか。)、などの応用論点もありますが、これらに触れる必要は、全くないといってよいでしょう。
 なお、参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)」、「司法試験定義趣旨論証集(物権)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

(1)請求の根拠

 Eの請求の根拠は、C代理人Aとの売買契約に基づく債権的登記請求権である。

(2)請求の当否

 Eの請求が認められるためには、C代理人Aとの売買契約の効果が有効にCに帰属することを要する。

ア.Aは、Cの親権者であるから、Cの財産に関する法律行為について代理権を有する(824条本文)。もっとも、Aは代金を自己の借金の返済に充てようと考えていたから、利益相反行為(826条1項)とならないか。
 利益相反行為に当たるか否かは、外形的・客観的に判断すべきであり、親権者の動機、意図を考慮すべきでない(判例)。
 本件で、Aは、Cの代理人として、Eとの間で、甲土地を売却する契約を締結したに過ぎず、外形的・客観的にAとCの利益が相反するとはいえない。
 したがって、利益相反行為には当たらない。

イ.そうであるとしても、代理権の濫用として無効とならないか。
 代理権が濫用された場合には、93条ただし書を類推適用すべきであるが、親権者による代理権の濫用があるというためには、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情があることを要する(判例)。
 本件で、Aは、自らの遊興を原因とする借金の返済に窮していたことから、C所有の甲土地及び乙土地を自らが管理していることを奇貨として、甲土地及び乙土地をCの承諾を得ずに売却し、その代金を自己の借金の返済に充てようと考えたというのであるから、上記特段の事情がある。
 したがって、93条ただし書が類推適用され、相手方が濫用の意図を知り、又は知ることができたときは、代理人のした法律行為は無効となる。
 本件で、Eは、C代理人Aとの売買契約を締結した時点で、Aが遊興を原因として多額の借金を抱えており、Aが乙土地の代金600万円をAの借金に充当するつもりであることを知っていた。したがって、Eは、Aの濫用の意図を知っていた。
 以上から、Eが、C代理人Aと締結した売買契約は、無効である。

ウ.よって、Eの請求は認められない。

2.小問(2)

(1)請求の根拠及び内容

 前記1のとおり、EがC代理人Aと締結した売買契約は無効であるから、C死亡時に乙土地の所有権はCに帰属していた。したがって、Cの死亡により、乙土地はA及びDの遺産共有となる(889条1項1号、890条、896条本文、898条)。
 よって、DのFに対する請求の根拠は、乙土地の共有持分権に基づく物権的請求権としての妨害排除請求権であり、その内容は、丙建物収去乙土地明渡しである。

(2)請求の当否

ア.Fは、Eと乙土地売買契約を締結したが、Eは乙土地について無権利者であったから、Fは乙土地の所有権を承継取得することはできない。もっとも、EF間の乙土地売買契約締結時には、CからEへの乙土地の所有権移転登記がされていたから、Eが乙土地の所有者であるという虚偽の外観がある。94条2項類推適用により、Fは乙土地の所有権又は共有持分権を取得しないか。

(ア)通謀虚偽表示によらない場合であっても、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していたときは、94条2項の類推適用により、善意の第三者に対して、外観どおりの権利関係の不存在を対抗できない(判例)
 本件で、Dは、弁護士の報告により、【事実】2から11までを知ったのであるから、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与したとも、既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していたともいえない。他方、Aは、Cの代理人としてEと乙土地の売買契約を締結し、CからEへの乙土地の所有権移転登記をしたから、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与したといえる。
 したがって、Dとの関係では94条2項は類推適用されないが、Aとの関係では94条2項が類推適用される。

(イ)同項の「善意」というためには、無過失は不要である。本件で、Fは、購読している新聞の折り込みチラシに乙土地が紹介されていたことから仲介業者に問い合わせたこと、Eと面識はなかったことから、乙土地につきEが無権利であることを知らなかったといえるから、善意であったと認められる。

(ウ)以上から、94条2項類推適用により、Fは、乙土地について、Aの共有持分権を取得することができる。

イ.協議を経ずに共有地を占有する共有者であっても、自己の持分の限度で共有地を占有する権原を有するから、他の各共有者は、共有地を占有する共有者に対し、当然にはその明渡しを請求することはできない(判例)
 本件で、FがAの共有持分権を取得することにより、乙土地の共有者となるから、Dは、たとえFが協議を経ずに乙土地を占有しているとしても、当然には明渡しを請求できない。

ウ.よって、Dは、Fに対し、当然には丙建物収去乙土地明渡請求をすることはできない。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)請求の根拠及び内容

 Mの請求の根拠は、HのEに対する貸金返還請求権を譲り受けたことであり、その内容は、575万円及びうち500万円に対する平成27年4月1日から支払済みまで年21.9%の割合による金員の支払である。

(2)請求の当否

ア.Mの請求が認められるためには、HのEに対する貸金返還請求権が発生していること、すなわち、EH間の消費貸借契約が有効であることを要する。
 Eは賭博に使うつもりであったから、動機に不法がある。不法な動機が表示された場合には、不法な動機が法律行為の内容となるから、法律行為は無効(90条)となる
 本件で、Eは、Hに賭博に使うつもりであることを打ち明けているから、不法な動機が表示されたといえる。したがって、EH間の消費貸借契約は無効となる。

イ.もっとも、Eの無留保承諾(468条1項)により、上記無効の抗弁は切断されないか。

(ア)無留保承諾とは、留保を付すことなく譲渡の事実の認識を表明する観念の通知をいう。
 本件で、Eは、Hから「あなたに対する債権をMに譲渡しました。承諾書を同封したのでそれに署名押印して返送してください。」と書かれた手紙を受け取ったので、Hの指示に従い、「私は、平成26年4月1日付消費貸借契約に基づくHの私に対する債権を、平成26年8月1日付譲渡契約によってHがMに対して譲渡したことを承諾します。」と記載された書面に署名押印し、内容証明郵便でそれをHに返送したというのであり、その書面は、Hに配達された後、HからMに交付されたから、Eは、Mに対し、留保を付すことなく譲渡の事実の認識を表明する観念の通知をしたといえる。
 したがって、Eは、Mに対し、無留保承諾をした。

(イ)もっとも、譲受人が無留保承諾による抗弁切断の利益を得るためには、抗弁について善意無過失であることを要する(判例)。
 本件では、HはMに対して、「Eの事業のための融資金債権」と説明し、Mもその説明を信じたから、Mは善意といえる。
 では、無過失といえるか。無過失とは、調査義務を怠らなかったことをいう。本件で、Eによる借金の使途にKが疑問を抱いていたこと、承諾書はHからMに交付されたこと、債権額が元本だけでも500万円であることからすれば、Mは、抗弁の存否につきEに問い合わせをするなどの調査をすべき義務があった。にもかかわらず、Mは上記義務を怠った。したがって、Mには過失がある。

(ウ)以上から、上記アの無効の抗弁は切断されない。

ウ.よって、Mの請求は認められない。

2.小問(2)

(1)請求の根拠及び内容

 Mの請求の根拠は、HのEに対する不当利得返還請求権をHから譲り受けたことであり、その内容は、500万円及びこれに対する平成26年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払である。

(2)請求の当否

ア.EH間の消費貸借契約が無効であるとすると、Eは法律上の原因なくHから500万円の交付を受けたことになる(給付利得)。そして、Eは消費貸借契約の無効原因である賭博の動機について悪意であるから、受領の日からの利息を付して、Hに上記利得を返還する義務を負う(703条、704条)。上記利息の割合は、年5分である(404条)。

イ.もっとも、EH間の消費貸借契約の無効原因は動機の不法による公序良俗違反(90条)であることから、500万円の交付は不法原因給付(708条本文)に当たる。では、「不法な原因が受益者についてのみ存したとき」(同条ただし書)に当たるか。
 「不法な原因が受益者についてのみ存したとき」とは、給付者の不法性が受益者のそれと比較してはるかに微弱である場合をいう。
 本件では、賭博に使うつもりであったのはEであり、Hはそれを打ち明けられたに過ぎないから、Hの不法性はEのそれと比較してはるかに微弱である。
 したがって、「不法な原因が受益者についてのみ存したとき」(同条ただし書)に当たり、返還請求権は否定されない。

ウ.Mは、Hから、EH間の消費貸借契約に関する債権を譲り受けているが、EH間の消費貸借契約が無効である場合には、Eに対する上記アの不当利得返還請求権を譲渡するものと考えることができる。

エ.よって、Mの請求は認められる。

3.小問(3)

(1)請求の根拠

 Lの請求の根拠は、受託保証人の事後求償権である。

(2)請求の当否

ア.受託保証人の事後求償権が認められるためには、「債務を消滅させるべき行為をした」ことを要する(459条1項)。債務を消滅させるべき行為というためには、その行為をする時に、対象となる債務が発生していなければならない。そして、消費貸借契約は要物契約である(「受け取ることによって、その効力を生ずる」(587条))から、貸金返還債務が発生するためには、貸金の交付が必要である。

イ.本件では、LがKに584万円を支払った時までに、Kは、Eに500万円を交付していなかった以上、Lの支払時に貸金返還債務は発生していない。したがって、「債務を消滅させるべき行為をした」とはいえない。

ウ.もっとも、自己の表示により他人にある事実を誤信させた者は、その誤信に基づき、その事実を前提として行動した他人に対し、上記表示と矛盾した事実を主張することは許されない(禁反言の法理、1条2項)。
 本件で、Lが支払の前にEに照会したところ、Eは、「Kに対する債務は利息を含め1円も支払っていない。」と説明した。上記説明と貸金返還債務の不発生の主張は矛盾する。したがって、貸金返還債務が発生したと誤信してKに支払をしたLに対し、Eが貸金返還債務の不発生を主張して求償を拒むことは許されない。

エ.よって、Lの請求は認められる。

以上

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2016年05月21日

平成28年司法試験論文式公法系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎないのです。
 にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。

2.その原因としては、多くの人が参考にする出題趣旨や採点実感等に関する意見の多くの記述が、実は優秀・良好レベルの話であって、一応の水準のレベルは当たり前過ぎるので省略されてしまっていること、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
 とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。

3.今回、掲載する参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
 それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
 今回の参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
 この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに優秀・良好のレベルが狙えるでしょう。

4.行政法に関しては、問題集が配られた時点で、ページ数が異常に多いことに気がつく必要があります。しかも、設問が4つもある。このような問題では、考える時間はほとんどありません基本論点の規範を書いて当てはめるだけでも、書き切るのは難しいでしょう。参考答案レベルの事実すら、おそらく拾えている人は少ない。そうである以上、応用論点を拾ったり、趣旨や本質に遡って検討したり、事実を自分の言葉で評価するなどということは、初めからやろうと思ってはいけないのです。おそらく、参考答案程度でも、優に良好の水準になってしまうでしょう。上記の(1)から(3)までは、合格のための必要条件ではなく、十分条件なのです。ですから、実際に上記の(1)から(3)までを書き切るだけで、予想外の上位になってしまう場合もあるのです。これは、基本論点の規範と事実には、どの年、どの科目(ただし民訴は除く)でも必ず大きな配点があるからです(基本論点の規範と事実以外の事項については、どの部分にどの程度の配点があるかは、その年、その科目の採点方針に依存します)。この参考答案の水準すら書けない人が、応用論点を拾おうとしたり、趣旨や本質に遡って検討しようとしたり、事実を自分の言葉で評価しようとすれば、まとめ切れずに不良水準に落ちてしまうのは当然のことでしょう。
 事実を「書き写す」ようにして当てはめる書き方、積極、消極の事実を摘示する場合のテクニック等については、「司法試験平成27年採点実感等に関する意見の読み方(行政法)」で論述例を交えて詳しく説明しました。参考答案は、その一例です。現在では、趣旨に遡ったりして抽象論を長く論じたり、特定の事実だけを取り上げて、それを長々と評価するよりも、手広く事実を拾って「書き写す」方が点が取れます。特に設問4は、ほぼ問題文を書き写すだけで解答できます。参考答案と問題文を対照してみて下さい。ただ、書き写す順番を整理するのに工夫が要ります。設問4で必要な「現場思考」とは、「書き写す順番と、つなぎの文章を考える」ことだけです。逆に言えば、参考答案に書いてある程度のことを書いていないと、評価を落とします。自分で考えたことを答案に書こうとして、問題文の事実を書き写さない答案は、設問4の配点をほとんど取れないでしょう。
 なお、参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(行政法)」に準拠した部分です。当サイトの現在の立場からすれば、これでもやや理由付けが多過ぎる、という印象を持ちます。実戦的には、さらに理由付けを省略して規範だけにしてもよいでしょう。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.行訴法9条1項にいう法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分の根拠法令が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護する趣旨を含む場合には、このような利益も上記法律上保護された利益に当たる。そして、処分の相手方以外の者について上記の判断をするに当たっては、同条2項所定の要素を考慮すべきである(小田急線高架訴訟判例参照)
 また、周辺住民が処分による法益侵害を受けるおそれを主張してその取消し等を求める場合において、処分の根拠法令及びその関係法令から、上記法益侵害が生じるおそれがある場合には当該処分をすべきでない旨の趣旨が読み取れるときは、当該法益は具体的利益として保護されているといえる。そして、当該処分がされると上記法益を直接かつ著しい程度に侵害されるおそれのある者が一定範囲の周辺住民に限られるときは、上記法益は一般的公益の中に吸収解消させることが困難であるから、上記著しい法益侵害を直接的に受けるおそれのある範囲の住民の個別的利益を保護する趣旨を含むと解される。よって、上記範囲の周辺住民には原告適格が認められる(新潟空港事件、もんじゅ訴訟、小田急高架訴訟事件各判例参照)

2.法は、国民の生命、健康及び財産の保護を目的(1条)とし、良好な住居の環境を害するおそれがある場合には、公益上やむを得ない場合を除き、例外許可を認めない(48条1項ただし書)。したがって、良好な住居の環境に対する法益侵害が生じるおそれがある場合には例外許可をすべきでない旨の趣旨が読み取れる。
 そして、本件例外許可がされると良好な住居の環境を直接かつ著しい程度に侵害されるおそれのある者は、一定範囲の周辺住民に限られる。
 したがって、上記範囲に含まれる者には、原告適格が認められる。

3.本件で、X1らは、本件自動車車庫に隣接し、本件自動車車庫から直線距離で約6メートル離れた位置の建物に居住している住民であり、本件自動車車庫に出入りする多数の自動車のエンジン音、ドアの開閉音などの騒音、ライトグレア及び排気ガスにより居住環境が悪化するおそれがあるから、本件例外許可がされると良好な住居の環境を直接かつ著しい程度に侵害されるおそれがある。
 これに対し、X2らは、本件敷地から約45メートル離れた位置で、かつ、幹線道路から本件自動車車庫に通ずる道路沿いの建物に居住する住民であるが、多数の自動車の通行による騒音及び排気ガスにより居住環境が悪化し、交通事故が多発するおそれがあるにとどまるから、本件例外許可がされると良好な住居の環境を直接かつ著しい程度に侵害されるおそれがあるとはいえない。

4.よって、X1らには原告適格が認められるが、X2らには原告適格は認められない。

第2.設問2

1.本件例外許可の違法事由の主張として、Bが本件同意に係る議決に加わっていたことが考えられる。

(1)行政庁が処分をするに当たって諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分しなければならない旨の法の規定がある場合には、諮問機関に対する諮問の経由は極めて重大な意義を有するから、その諮問を経なかったときはもちろん、諮問を経ていても当該諮問機関の審理・決定の過程に重大な違法があること等により、法が諮問を要求した趣旨に反すると認められる瑕疵があるときは、これを経てされた処分もまた違法として取消しを免れない(群馬バス事件判例参照)

(2)本件で、法48条14項は、建築審査会の同意を要件としているところ、本件同意に係るY1市建築審査会の審理・決定の過程には、除斥事由(法82条)のあるBが議決に加わっていたという瑕疵がある。
 除斥事由が定められた趣旨は、判断の公正確保にある(法79条2項参照)。もっとも、Y1市建築審査会は、出席委員7名のうち5名の委員の賛成をもって本件同意をしており、Bを除外してもなお議決の成立に必要な過半数の委員の賛成があるから、直ちに不公正な判断がされたとはいえない。したがって、法が諮問を要求した趣旨に反するとまでは認められない。

(3)以上から、Bが本件同意に係る議決に加わっていたことは、本件例外許可の違法事由とはならない。

2.本件例外許可の違法事由の主張として、裁量逸脱濫用(行訴法30条)が考えられる。

(1)裁量の有無、範囲は、法の文言や行政行為の性質のみによって決するのでは妥当な結論を導き得ないから、国民の自由の制約の程度、規定文言の抽象性・概括性、専門技術性及び公益上の判断の必要性、制度上及び手続上の特別の規定の有無等を考慮して個別に判断すべきである(群馬バス事件判例参照)
 本件では、「認め」(法48条1項ただし書)の文言を用い、「住居の環境を害する」かについて専門技術性が必要で、「公益上やむを得ない」かについて公益上の判断が必要であることから、要件裁量は認められるものの、例外許可は建築禁止という重大な制約を個別に解除するもので、 公聴会の実施及び建築審査会の同意が必要とされる(同条14項)ことからすれば、効果裁量は認められない。

(2)Y1が、Y1市建築審査会による本件同意を受けて、本件自動車車庫の建築について、「良好な住居の環境を害するおそれがない」(法48条1項ただし書)と認めた点について、要件裁量の逸脱濫用はあるか。
 諮問機関の意見に基づいてする行政庁の裁量判断は、当該諮問機関の判断の過程に看過し難い過誤があって、行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、裁量逸脱濫用の違法となる(第3次教科書検定事件判例、伊方原発訴訟判例参照)
 本件で、本件要綱では、許可基準として、自動車車庫は1階以下の部分にあること(別紙第2の1(1)イ)、騒音、ライトグレア及び排気ガスを防ぐ構造であること(同(4))が規定されているが、本件自動車車庫は屋上部分も駐車場所とされ、屋上部分の外周に転落防止用の金属製の網状フェンスが設置されているのみで壁はないため、自動車の騒音、ライトグレア及び排気ガスを防ぐ構造になっていないことから、上記許可基準に反する。
 もっとも、本件要綱は、通達と同様の行政規則である。したがって、行政機関がその趣旨に反する処分をしても、そのことを理由として処分の効力が左右されるものではない(墓埋法事件判例参照)。そうである以上、上記許可基準に反するからといって、直ちに看過し難い過誤があるとはいえない。
 したがって、Y1市建築審査会が本件同意をした点に、看過し難い過誤があるとはいえず、これを受けてしたY1市長の判断に、要件裁量の逸脱濫用があるとはいえない。

(3)以上から、裁量逸脱濫用は、本件例外許可の違法事由とはならない。

3.よって、本件例外許可は、適法である。

第3.設問3

1.例外許可の有効性が建築確認の前提要件であることから、本件訴訟2において本件例外許可の違法事由を主張するためには、両処分の間の違法性の承継が認められることが必要である。

2.有効な先行処分の存在が後行処分の前提要件である場合に、後行処分の抗告訴訟において先行処分の違法を主張してその効力を否定し、後行処分の違法事由とすること(違法性の承継)は、原則として許されない。なぜなら、取消訴訟によらずに先行処分の効力を否定することになり、公定力と抵触するからである。もっとも、先行処分と後行処分が同一の目的を達成するために一体的に行われ、両処分が結合して初めてその効果を発揮する場合であって、先行処分を争う手続保障が十分に与えられていないときは、違法性の承継が認められる(安全認定と建築確認に関する判例参照)。なぜなら、上記場合には後行処分の段階で先行処分と併せて一体的にその有効性を審査することが制度上予定されているといえるからである

3(1)本件では、確かに、例外許可にのみ公聴会の実施と建築審査会の同意という特別の要件がある(法48条14項)。しかし、両処分は国民の生命、健康及び財産の保護(法1条)を目的とし、両処分があって初めて建築可能となる(法48条1項、6条1項、4項、6条の2第1項)以上、同一の目的を達成するために一体的に行われ、両処分が結合して初めてその効果を発揮するといえる。

(2)また、確かに、Xらは公聴会に出席し、意見を陳述する機会を与えられている。しかし、例外許可がされても申請者以外の者に通知することは予定されていないこと、XらがY1市の担当職員に例外許可の違法を争う方法を尋ねたところ、同職員から、例外許可の違法については後続の建築確認の取消訴訟の中で主張すれば足りるとの説明を受けたことから、例外許可を争う手続保障が十分に与えられていないといえる。

(3)したがって、例外許可と建築確認との間における違法性の承継が認められる。

4.よって、本件訴訟2において本件例外許可の違法事由を主張することができる。

第4.設問4

1.本件確認の違法事由の主張として、本件スーパー銭湯は、「公衆浴場」(法別表第二(い)項7号)に当たらないことが考えられる。

(1)同号の趣旨は、建築基準法が制定された昭和25年当時は、住宅に内風呂がない者が相当程度おり、国民の健康、公衆衛生を確保するため公衆浴場を設けることが必要不可欠であったことにある。しかし、現在では都市部の住宅の浴室保有率は95.5%となっているから、現在における上記「公衆浴場」とは、旧来の「銭湯」のように、その利用の目的及び形態が地域住民の日常生活において保健衛生上必要な施設として利用されるものとして、物価統制令の規定に基づき入浴料金が定められているもの、すなわち、公衆浴場法施行条例における「一般公衆浴場」に当たるものに限られる。

(2)本件で、公衆浴場法施行条例においてスーパー銭湯は「その他の公衆浴場」に当たり、価格統制の対象外となっていること、Y1市の属する県の告示により、「一般公衆浴場」の入浴料金の統制額は、大人につき400円等と定められているのに対し、本件スーパー銭湯の入浴料金は大人につき平日600円、土日祝日700円等となっていることからすれば、本件スーパー銭湯は、公衆浴場法施行条例における「一般公衆浴場」に当たらず、「公衆浴場」(法別表第二(い)項7号)に当たらない。

(3)以上から、本件スーパー銭湯が、「公衆浴場」(法別表第二(い)項7号)に当たらないことは、本件確認の違法事由となる。

2.本件確認の違法事由の主張として、飲食店部分は「公衆浴場」(法別表第二(い)項7号)に当たらないことが考えられる。

(1)法別表第二(い)項は、第一種低層住居専用地域に建築することができる建築物として飲食店を認めておらず、2号及び法施行令130条の3も、食堂又は喫茶店につき、延べ面積の2分の1以上を居住の用に供し、食堂又は喫茶店の用途に供する部分の床面積の合計が50平方メートルを超えないものに限り、兼用住宅として認めているにとどまる。
 そうである以上、本件スーパー銭湯の飲食店部分は、「公衆浴場」(法別表第二(い)項7号)に当たらない。

(2)以上から、飲食店部分が「公衆浴場」(法別表第二(い)項7号)に当たらないことは、本件確認の違法事由となる。

3.よって、本件確認は、違法である。

以上

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2016年05月18日

平成28年司法試験論文式公法系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎないのです。
 にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。

2.その原因としては、多くの人が参考にする出題趣旨や採点実感等に関する意見の多くの記述が、実は優秀・良好レベルの話であって、一応の水準のレベルは当たり前過ぎるので省略されてしまっていること、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
 とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。

3.今回、掲載する参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
 それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
 今回の参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
 この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに優秀・良好のレベルが狙えるでしょう。

4.憲法に関しては、違憲審査基準論ではなく、判例の射程で書くべきだ、ということを、「司法試験平成27年採点実感等に関する意見の読み方(憲法)」で、論述例等を示しながら詳細に説明しました。参考答案は、その一例です。それ以外は、単なる規範と事実の「書写し」に等しいような答案です。それでも、判例の射程を重視した書き方をする人が極端に少ないことや、抽象的な「違憲審査基準論」を書きすぎて、事実を全然拾えない人が多いことから、これだけでもかなり差が付いてしまうでしょう。ですので、参考答案程度のレベルでも、優に良好の上位くらいにはなってしまうのではないかと思います。現場でこの程度の規範と事実の整理をするだけでも、時間内に書き上げるのは物理的に相当難しいことですから、これ以上を目指すのは、相当の速書き能力の持ち主でなければ厳しいでしょう。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.性犯罪者継続監視法(以下「監視法」という。)は、以下のとおり、監視対象者の現在地を把握されない自由(13条)を侵害し、違憲である。

2.13条は、個人に関する情報をみだりに収集されない自由を保障している(京都府学連事件判例参照)。上記自由の対象となる情報に当たるというためには、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあること、一般人の感受性を基準にしてその個人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められること、一般の人々にいまだ知られていないことが必要である(「宴のあと」事件参照)。
 本件で、個人の現在地は、私生活上の事実であり、一般人の感受性を基準にしてその個人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められ、一般の人々にいまだ知られていないといえる。したがって、13条は、現在地を把握されない自由を保障している。

3.監視法は、公権力が監視対象者の現在地を把握することを可能にする(2条1項)から、上記自由を直接的に制約する。

4.上記自由を直接的に制約する立法が合憲となるためには、立法目的に十分な合理性及び必要性が認められ、具体的な制度内容が、対象者に過度の負担を強いるものではなく、一般的に許容される限度を超えない相当なものであることを要する(指紋押捺拒否事件判例参照)。

(1)監視法の立法目的は、性犯罪の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進するとともに、地域社会の安全の確保を推進することにある(1条)。しかし、政府の統計によれば、強姦や強制わいせつの再犯率は他の犯罪類型に比べて特に高いものではなく、これらの犯罪に限って継続監視を行うことに十分な合理性・必要性があるとはいえない。

(2)また、監視法における具体的な制度内容についてみると、監視対象者は、GPSを体内に埋設する手術を受けなければならない(21条1項)こと、継続監視の期間が終了するまでの間、体内に埋設されたGPSを除去し、又は破壊してはならず(同条2項)、これらに違反すれば刑罰の対象となる(31条1号及び2号)こと、継続監視のみならず、警告・禁止命令(23条及び24条)の対象ともなり得ることからすれば、監視対象者に過度の負担を強いるものであり、一般的に許容される限度を超えない相当なものであるとはいえない。

5.よって、監視法は13条に違反し、違憲である。

第2.設問2

1.合憲性の判断枠組みについて

(1)想定される反論

 江沢民早大講演会事件判例及び住基ネット事件判例は、住所を個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報ではなく、第三者に開示又は公表されない自由として13条で保障されるにとどめている。
 本件では、対象となる情報は現在地であり、住所と同様に個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報ではないといえるから、上記判例の趣旨は、本件にも妥当する。指紋押捺拒否事件判例は、指紋の万人不同性、終生不変性に着目したものであり、その趣旨は本件に妥当しない。
 したがって、そのような情報を収集する立法が違憲となるのは、法令等の根拠に基づかずに又は正当な目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じている場合に限られる(住基ネット事件判例参照)。

(2)私見

 位置情報の収集は、それが長期間にわたり常時継続して収集するものであるときは、プライバシーを大きく侵害する(GPS捜査事件参照)。
 本件で、監視法は、20年以内の期間(14条)という長期にわたり位置情報を継続的に取得し、監視対象者の現在地を把握することを可能にする(2条1項)から、取得による権利侵害が大きい。
 したがって、住基ネット事件判例の趣旨は、本件に妥当しない。指紋押捺拒否事件判例の判断枠組みによって検討すべきである。

2.立法目的の合理性・必要性について

(1)想定される反論

 監視法は、国民の求めに応じて立法され、専門的知見の裏付けもあり、それに沿う内容となっているから、立法目的に十分な合理性及び必要性が認められる。

(2)私見

 20**年5月、連続して発生した2つの事件により、性犯罪者に対する再犯防止に社会の関心が集まることとなり、それらの事件に関する報道では、心理学の専門家等が、「一定の類型の性犯罪者は同種の性犯罪を繰り返すおそれが大きく、処罰による特別予防効果に期待することは現実的でない。このような性犯罪者の再犯を防止するためには、出所後の行動監視が必要である。」旨の所見を述べたこと、こうした経緯を受けて、超党派の議員連盟が結成され、翌年、議員提出法案として監視法の案が国会に提出されたこと、国会審議において犯罪心理学の専門家Uが、「特定の性的衝動に対する抑制が適正に機能しにくい者が存在し、そのような者が再び同様の性犯罪に及ぶリスクの高さは、専門家によって判定することができるから、リスクが特に高いと判定された者を継続監視の対象として再犯を防止することには、極めて高い必要性と合理性が認められる。」旨の意見を述べたこと、監視法では、検察官が「その心理的、生理的、病理的要因等により再び性犯罪を行うおそれが大きいと認めるとき」に継続監視の申立てをするものとされ(10条1項)、その申立てをした場合は必要な資料を提出しなければならず(同条2項)、裁判所は、「被申立人がその心理的、生理的、病理的要因等により再び性犯罪を行うおそれが大きいと認めるとき」に継続監視決定を行うものとされるところ、裁判所は必要な調査を行うことができ(11条1項)、学識経験者に被申立人の鑑定を命じる等の措置をとることができる(同条2項)とされていることからすれば、上記反論は妥当であり、立法目的に十分な合理性及び必要性が認められる。

3.対象者に過度の負担を強いるものかについて

(1)想定される反論

 継続監視は、ブレスレット型の装着には問題があること、外科手術に係る医学的知見があること、記録の保存は想定されていないこと、罰則による間接強制にとどまることからすれば、監視対象者に過度の負担を強いるものではなく、警告・禁止命令も、その仕組みからすれば、監視対象者に過度の負担を強いるものではない。

(2)私見

ア.小型のブレスレット型GPSの装着を義務付ける方法は、「外部から認識可能な装置を装着させると監視対象者に対する社会的差別を引き起こしかねない」との強い懸念があったこと、GPSを体内に埋設する外科手術を受けたとしても、いかなる健康上・生活上の不利益も生じず、手術痕も外部から認識できない程度に治癒し、継続監視の期間が終了した後に当該装置を取り外す際も同様であるとの医学的知見が得られていること、位置情報を継続的に取得し、これを電子地図の上に表示させて監視対象者の現在地を把握する(監視法2条1項)にとどまり、記録の保存は想定されていないことからすれば、監視対象者に過度の負担を強いるものとはいえない。
 また、違反に罰則(同法31条1号及び2号)があるが、罰則による間接強制が直ちに過度の負担になるとはいえない(指紋押捺拒否事件判例参照)こと、法定刑が1年以下の懲役又は100万円以下の罰金であることからすれば、過度の負担であるとはいえない。

イ.監視法において、警告・禁止命令は、直ちに監視対象者の移動を禁止するものではなく、警察本部長等は、監視対象者が性犯罪を行う危険性があると認めるときに、一般的危険区域のうち特定の区域を特定危険区域として指定し、当該監視対象者に対し、1年以下の期間を定めて、当該特定危険区域に立ち入ってはならない旨を警告し(23条1項)、上記警告をしたときは、速やかに、警告の内容及び日時等を都道府県公安委員会に報告しなければならない(同条2項)とされ、都道府県公安委員会は、監視対象者が、上記警告を受けたにもかかわらず、なお当該特定危険区域に立ち入った場合において、当該特定危険区域内において性犯罪を行う危険性が高いと認めるときに、監視対象者に対し、1年以下の期間を定めて、当該特定危険区域に立ち入ってはならないことを命ずることができるとしており(24条1項)、上記命令を発するときは、聴聞を行わなければならないとされている(同条2項)。
 また、上記命令の強制は、継続監視と同様の罰則による間接強制にとどまる(31条3号)。

ウ.以上からすれば、上記反論のとおり、監視法の採る具体的方法は、対象者に過度の負担を強いるものではなく、一般的に許容される限度を超えない相当なものである。

4.結論

 よって、監視法は、憲法13条に違反せず、合憲である。

以上

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2015年07月10日

司法試験論文刑法の参考裁判例

神戸地裁第1刑事部平成15年10月9日判決より引用、太字強調は筆者)

 被告人は,当公判廷で,本件はすべて刑務所に入りたくて犯したものであると供述し,弁護人はこれを前提として被告人の行為(なお,本件で被告人が行った行為について,便宜上,不法領得の意思の有無をひとまずおいて,「本件万引き」とか「万引きした」等という。)は窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思を欠いているので被告人は無罪であると主張するので,当裁判所が有罪を認定した理由を説明する。

1.まず,そもそも,刑務所に入る目的で窃盗(万引き)をした場合でも,不法領得の意思が欠けるとすることはできないと考える。
 この点,弁護人は,他の下級審裁判例も引用し,不法領得の意思があるというためには,権利者を排除して他人の物(窃取品)を自己の所有物としてその経済的用法に従って利用または処分する意思が必要であるところ,被告人は刑務所に入りたくて本件を犯したのであって,その被害品とされる判示財物(便宜以下「本件被害品」という。)につき,権利者を排除して自己の所有物とする意思もその経済的用法に従って利用または処分する意思もなかったとする。
 しかし,まず,ここにいう「経済的用法」とは,その物を本来予定されている用法どおりに用いることを指すものでは必ずしもなく,窃取した財物をその財物として利用する意思があれば不法領得の意思があるといわざるを得ない(投票用紙を窃取した事案にかかる最高裁判所昭和33年4月17日判決等参照)。また,財物奪取の方法がこれを永続的にしうるものであれば(換言すれば,財物を,その権利者による利用可能性を排して自己の所有物としてその経済的用法に従って実質的に利用または処分しうる可能性を設定すれば),前記利用意思には継続性は要求されないと解される。そして,窃取行為により刑務所に入ろうとする場合,行為者は,まさに窃取品を自己の所有物のごとくこれを商品などの財物として自己の支配下におき,これを検挙まで権利者を排して継続する意思を有するのであるから,その意思は不法領得の意思であると言わなければならない。弁護人の主張やその引用する裁判例の判断は,経済的用法の意味をその文言にとらわれて狭く考えすぎ,また権利者の(一時的)排除の意義についてその経済的用法の解釈に引きずられて継続性を求めすぎている感があって,首肯できない。
 また,窃盗罪の成立に不法領得の意思が必要とされるのは,もともと,毀棄,隠匿罪やいわゆる使用窃盗との区別をするためであると解されているところ,刑務所に入る目的で窃盗行為に及ぶことは,毀棄,隠匿行為や使用窃盗行為と明らかに異なるから,刑務所に入る目的で財物窃取に及ぶ行為を窃盗と断じても,不法領得の意思がもつとされる,毀棄,隠匿や使用窃盗と(通常の)窃盗とを区別する機能があいまいになるわけでもない(先に括弧内で「換言すれば」として述べた基準はこの区別にも資するものと考える。)。
 なお,窃盗罪が毀棄,隠匿罪に比べて重く処罰される理由として,領得罪に対する誘惑に対しては毀棄,隠匿罪に比べより強い抑止的制裁を必要とするからとの考え方があるが,このことを刑務所に入る目的での窃取行為についてみても,刑務所に入る目的での窃取であれば一般の窃盗より軽い毀棄,隠匿に対するのと同様な制裁で足りるとか,制裁が不要であるなどという結論に結びつくとも思われない
 以上のとおりであって,刑務所に入る目的で窃盗(万引き)をした場合には,不法領得の意思があるというべきである。

2.さらに,1でみた点につきどのように解しても,結局,本件では,被告人には本件万引きの当初から不法領得の意思が認められるというべきである。

(1) まず,関係証拠によれば,本件の前提事実として,被告人が,後記累犯前科の罪で服役の後,一時ホームレス生活をした後妹方に身を寄せることになり,本件当日は,就職活動のため,妹らに見送られ,勇んで同人宅を出たが,就職先としてあてにしていた工場の労働条件が過酷で就職をあきらめざるを得なかったこと,その後判示Af店(以下単に「A」という。)に行って本件万引きを行ったことが認められる(概ね被告人の供述以外に証拠がないが,反対の証拠もない。)。

(2)ア.ところで,関係証拠によれば,被告人は,A入店後,最初にその3階にある判示株式会社Bf店(以下単に「B」という。)で判示スリッパ(以下「本件スリッパ」という。)を万引きした後,直ちにA店外に出ず,同店2階に赴き他の被害品を万引きしたことが認められ,例えば2階に行ったりその後の万引きをする際等に本件スリッパをBに返したり放置するような行動を取っていない。次に,被告人は,A2階の3か所で引き続き万引きをした後,同階で本件被害品をAの買い物かごから自己のかばんに移し替え,その後同店1階におりてそのまま同階にあるハンバーガーショップに行き,その後A店外に出ている。そして,被告人は,店外に出た際,警備員から「レジを通していない商品があるのではないですか。」と尋ねられるや,「レジを通りました。」と答え,警備員からさらに「正直に言ってください。3階でブラジャーなどを入れたでしょ。」と追及され,その後万引きを認めている。これらは,通常,真に万引き(通常の窃盗)をする行為ないしこれを行った者の言動に他ならない。

イ.この点,まず,確かに,被告人が万引きした商品のうち,ブラジャーについては,3Lサイズであり,被告人が普段Lサイズの衣類を身につけると供述していることと合致しない。また,洗面,洗髪用品は,被告人が供述するように,被告人が就職できなかった以上妹方に戻れず再びホームレス状態になるしかないと考えたのであれば,被告人が一人で使い切れる量ではなく,また持ち運ぶことも困難な量である。しかし,一般に洋服のサイズがブラジャーのサイズと常に一致するとはいえず,長年ブラジャーをしたことがない被告人にそのサイズについて正確な知識があるとは思えない。また,被告人が妹宅に居候していたことからすれば,被告人が就職に成功したなどとして,あるいはやや漠然と,洗面用品等を妹宅に持ち帰ろうと考えても不自然ではない。
 さらに,被告人は,公判廷で,本件スリッパを万引きしたのは,履き物を窃取すると「足がつく」から窃盗常習者でも履き物は盗まないとの話を聞いたので,履き物を盗めばすぐ捕まると思ったからであると供述する。しかし,被告人は,妹宅を出る際,履き物を購入するとして3000円を受け取っており,スリッパの万引きは被告人のこの言動と符合しているのであって,アでみた被告人の言動にも照らすと,これまた被告人において自己の履き物として使おうとの確定的な,またはやや漠然とした意思のもとこれを盗んだと考えるのが合理的である。
 そして,被告人は,これらのほかには下着と毛染め剤しか万引きしていないのであって,明らかに被告人が使用,利用することが考えられないような品物は万引きしようともしていない

ウ.次に,被告人は,本件万引きの後A店外に出る前に,同店1階のハンバーガーショップで40分ないし1時間程度過ごしているところ,これも,通常は,万引き後すぐ店外に出た場合に捕まることをおそれる者が追跡されていないことを確認するためとる行動か,万引きした者がそのまま帰宅等しようかやめておこうか等と悩む際にとる行動である。この点,被告人は,警備員がすぐ来ないため待っていたと説明するが,被告人において警備員が万引きを目撃していることを予想していればそのような行動をとらずに直ちに店外に出ればよいのであり,万引きを目撃していない警備員が品物を持って飲食店にいる被告人を見て不審を抱いても,万引き現場を現認していない以上すぐに被告人を検挙する可能性は低いと考えるのが通常でもある(しかも,被告人は,その時点では,本件被害品を値札が目立つように持っていたのではなく,自分のかばんに入れていた。)から,被告人の前記説明は信用できない。

(3) さらに,被告人は,当公判廷で,自分は逮捕当初刑務所に入りたくて万引きをしたと捜査官に述べてその旨の調書も作成してもらったが,その後,警察官から,そのような動機では起訴できないから刑務所にも行けないと言われ,その後は警察官の言うとおりの動機を記載した調書を作成してもらった旨供述する。そして,被告人の供述調書をみると,平成15年6月13日付け及び同月19日付け各警察官調書では刑務所に入るという目的が録取され,同月23日付けの検察官調書では同様の目的が問答体で録取されているのに対し,同月26日付け警察官調書,同年7月2日付け検察官調書では,本当のことを言う等として,窃取品の具体的使用目的が述べられているのであって,このような供述経過はこの被告人の公判供述に符合する。さらに,前記平成15年6月26日付け警察官調書ではこのように供述を変遷させた理由として単にこれまで言い訳していたとのみ録取されているところ,犯行動機につき虚偽を述べるのは,他人をかばう等の事情がない限り自己の罪責を軽くするためというのが通常であると思われるが,自己の罪責を軽くするため刑務所に入るつもりで犯行に及んだと虚偽を述べるというのは一般には不自然である。これらの点からすれば,捜査段階で,被告人と捜査官との間に,被告人が当公判廷で供述するようなやりとりがあったものと推認するのが自然である(なお,そうすると,前記平成15年6月26日付け警察官調書,同年7月2日付け検察官調書については,その任意性にも疑念を差し挟む余地がある。)。
 しかし,被告人の供述調書の記載を子細に検討すると,供述を変更する前の調書というべき前記平成15年6月19日付け警察官調書においても,被告人は,「ここで万引きでもして捕まってもかまわないから万引きしよう」と決心して本件万引きを開始した旨(同調書4枚目),またA1階で本件被害品につき「見つかっていなければ持って帰ろう」と思った旨(同9枚目),また同月23日付けの検察官調書でも「刑務所行きになっても,こんな不景気の世の中にいるよりましだ」と思って本件万引きをした旨(同調書3ページ)それぞれ述べているのであって,これは供述変更後という前記同月26日付け警察官調書における「見つかったら仕方がないとは思っていた」との供述(同調書5枚目。3枚目も同旨)等と実質的にさほど違いがない。 そうすると,これら被告人の供述調書には,被告人の当時の心情として,本件万引きにより検挙されて刑務所に行くことになっても仕方がないと思いつつも,必ず検挙されて刑務所に行くつもりで本件万引きをしたのではなく,検挙されなければそのままAから立ち去る意思も有していたことが,その強弱については変化があるもののほぼ一貫して録取されていると言うべきである(このことに被告人の公判供述を併せ検討すると,前記同月26日付け警察官調書,同年7月2日付け検察官調書における被告人の供述の任意性にも結局問題がないといえ,その証拠能力もこれを肯定できる。)。

(4) 以上の検討によるとき,関係証拠上,被告人には,本件万引きの当初から,自暴自棄的に,刑務所に入ることになってもかまわないとの意思もあったと認められるが,一方では,当初から,捕まらなかったらそのままA店外に出る意思も有しつつ,欲しいと思った物,あるいは少なくともなんとなく欲しいと感じた物を次々と万引きしたという事実が優に認められ,被告人においてこれらを全く使ったり利用する意思なくただ検挙されて刑務所に行くためだけの目的で確保していったのではないことが明らかである。 被告人が刑務所に入りたいという目的のみで本件万引きを行ったと供述するようになったことについては,被告人が当公判廷で述べるように,妹やその娘が,被告人の本件万引きの事実を知ってからも被告人を今後暖かく迎え入れる意志を有していることを示す手紙を送ってきたことが理由となっているとも推認できるが,いずれにせよ,本件では,1で検討した点(いわば法律論)につきどのように解しても,被告人には不法領得の意思が認められる

posted by studyweb5 at 03:33| 新司法試験論文式過去問関係 | 更新情報をチェックする


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