2017年07月05日

平成29年司法試験論文式刑事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、優秀・良好のレベル(概ね500番より上の順位)に達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は6頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に7頁、8頁まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、7頁、8頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.刑事系は、上記のことが特に当てはまる科目です。もっとも、今年の場合、刑訴法は、刑法と比べて事案がそれほど複雑でなく、論点の数もそれほど多くはありませんでした。普通の人でも、上記の(1)から(3)までを書いて、まだ少し時間に余裕があるのではないかと思います。「平成29年司法試験論文式民事系第1問参考答案」でも説明したとおり、上記(1)から(3)までに絞る理由は、その他の事項を書く時間的余裕がない、という点にあるわけですから、余裕があれば、その他の事項にも触れてよいわけですし、また、そうすべきなのです。本問の場合、上記(1)から(3)までだけでも、1000番前後は確保できるだろうとは思います。ただ、現在の合格者数を考えると、それではやや心許ない。少し上記(1)から(3)まで以外の事項を追加するのが無難でしょう。その際に、優先順位があります。上記(1)から(3)までに次いで優先順位が高いのは、事実の評価です。その次が、規範の理由付け。ロースクールなどでは、「趣旨に遡ることこそが本質の理解を示すことになるので、趣旨からの理由付けを最優先で書いて下さい。」などと強調されがちですが、実際には事実の評価の方が得点効率がよいということが、再現答案等の検討でわかっています。本問の場合、事実の評価まで書くと、さすがにもう精一杯という感じになるはずです。規範の理由付けまでは、書く余裕はない。そこで、今回の参考答案は、上記(1)から(3)までに加え、事実の評価まで付したものとしています。参考答案は、全般的に評価を付していますが、実際には、その3分の1くらいでも、十分500番前後にはなり得るでしょう。人によって、瞬時に評価を思い付きやすい部分と、なかなか思い付かない部分があるでしょう。瞬時に思い付くようなところだけ、評価を付していけばよい。「何かうまい評価はないか。」などと悩んで時間をロスするようなら、評価を付さない方がよいのです。なお、設問1の捜査2及び捜査3については、一般的な捜索の必要性に触れたいと思った人もいるでしょう。それは、理屈としては間違っていませんが、優先順位としては、論点の理由付けよりも後の話です。ですから、事実の評価を書いて、趣旨からの理由付けも書いて、それでも時間が余って困る、という人でない限り、捜索の必要性までは触れるべきではないと思います。
 内容的には、それほど難しいところはないように思います。事実の評価で少し気を付けるポイントはありますが、それは参考答案を参照してみて下さい。本問の難しさは、内容的なことではなく、大量の問題文の事実を書き写すことに躊躇を感じないでいられるか、という点にあります。「事実を書き写すなんてバカバカしいぞ。省略してしまおう。」という欲求は、事実の摘示が大事だとわかっている人でも、試験中に感じてしまうものです。これを、いかに押さえ込むか。くだらないことではありますが、重要なことです。
 敢えて内容的なポイントを挙げるとすれば、設問2の小問2です。ここは、「増強証拠は含まないが、回復証拠は含まれる。」という、やや古い説を用意していた人もいるかもしれません。それだと、この小問は論証を貼って終わりになりやすい。しかし、本問はその先を問う設問です。この点については、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」の「本書の概要」で詳しく説明しました。

 

(「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」より引用。太字強調は筆者。)

 弾劾証拠について、証明力を増強させる場合、回復させる場合を含むか、という論点があります。従来、この論点についての見解を説明する際に、非限定説、純粋補助証拠説からの限定説、非伝聞説からの限定説のいずれの立場からの見解なのか整理されることなく、説明がされていて、それが、この論点の理解を困難にさせていたように思います。非伝聞説からの限定説からすれば、328条は非伝聞の場合を注意的に規定したものに過ぎないわけですから、「争う」という文言によって対象が限定されるのではなく、単純に、非伝聞となるかどうか、が意味を持つことになります。そして、「供述者が公判廷供述と同趣旨の供述(自己一致供述)をしていたこと」を要証事実とする限り、自己矛盾供述の場合と同様の理屈で、非伝聞となるでしょう。したがって、非伝聞説からの限定説からは、増強させる場合を含まない、とは直ちにいえないことになるのです。もっとも、ここで注意すべきは、「自己一致供述の存在を立証することによって、公判廷供述の証明力が増強されるのか。」ということです。自己矛盾供述の存在によって公判廷供述の証明力が減殺されるのは、供述に変遷があることがわかるからです。しかし、自己一致供述は、どんなにそれを繰り返しても、通常は直ちに証明力を増強させることにはならないでしょう。最初に嘘をついた人が、その嘘を繰り返すことは、普通にあることだからです。ですから、自己一致供述が存在することによって、公判廷供述が信用できると評価し得るような特段の事情がない限り、証明力の増強は認められないのです。回復の場合はどうでしょうか。「甲が乙を殺した。」、「いや、乙を殺したのは丙だった。」、「やっぱり、乙を殺したのは甲である。」。このような供述は、単に変遷が多いことを示すに過ぎません。これでは、証明力を回復することにはならないですね。ですから、増強の場合と同様に、自己一致供述が存在することによって公判廷供述が信用できると評価し得るような特段の事情がない限り、証明力の回復は認めることができないのです。従来は、この点があまり整理されて来ませんでしたが、近時の学説は、この点を明確にしているものが増えてきています。本書では、この点が明確になる論証を用意しました。

(引用終わり)

 

 本問の場合にポイントになるのは、「自己一致供述が存在することによって公判廷供述が信用できると評価し得るような特段の事情」があるか否かです。甲が、「丁は関与していない。」、「いや、丁は関与していた。」、「やっぱり丁は関与していない。」などと、単にいい加減な供述を繰り返していただけであれば、上記特段の事情があるとはいえないでしょう。しかし、本問の甲は、ある時まで一貫して丁は関与していないと供述し、ある時から一貫して丁の関与を認めている。証拠3が示されていないと、そのどちらかが虚偽である、ということはいえても、どちらが真実であるかは、判断がつきません。どのような事情で供述を翻したかが、わからないからです。その供述を翻した理由が、証拠3に示されている。この証拠3の存在によって、前後の供述のうち、証拠3の前の供述は虚偽であり、その後の供述が真実であるという推認が可能になるわけですね。もちろん、証拠3をそのまま信用してよいか、あるいは、公判廷供述の信用性がどの程度回復されるかは、問題です。しかし、それは証拠採用した後の信用性評価の問題です。少なくとも、その存在自体によって、弾劾された公判廷供述の信用性を回復する方向の認定を導き得る証拠であることは、確かだろう。こうして、証拠3を弾劾証拠とすることが認められる。このようなことが、解答として求められていたのだろうと思います。従来型の古い論証を用意していた人は、この点に触れることが難しかったでしょう。よく、「用意した論証で差が付くことなんてありませんよ。」などと言われることもありますが、論証で差が付くことは普通にあるのです。
 参考答案のポイントは、例によって点が付きそうなところしか書かない、ということです。刑法でも説明したとおり、問題文をいかに書き写すか、ということが勝負の分かれ目になりますから、そこを(くだらないと内心思いながらも)全力で書いていきます。特に今回の参考答案では、当てはめが羅列的に書かれていることが気になる人が多いでしょう。これでいいのです。当てはめは、基本的にどの事実を挙げているか、ということで個別的に配点が置いてあるので、羅列的に書いても十分得点できます。当てはめの文章に流れを持たせようとして考えることは、予想外に脳に負荷を掛けます。現場では、これがタイムロスになるだけでなく、脳の疲労を加速させて、後続の思考に悪影響を与えます。特に、今回は事実の評価もしているので、その分、脳の負荷を下げる工夫も必要なのです。実際に受験してみないと実感が難しいかもしれませんが、これは想像以上に大切なことなのです。
 参考答案の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.捜査1について

(1)「必要な処分」(222条1項、111条1項前段)として許容されるためには、捜索差押えの実効性を確保するために必要であり、社会通念上相当な態様で行われたことを要する(京都五条警察署マスターキー使用捜索事件判例参照)
 本件で、確かに、ベランダの柵を乗り越えることは、住居への通常の立入りの態様とはいえない。掃き出し窓のガラスを割ることは、穏当な立入りの態様とはいい難いだけでなく、財産的損失の発生も伴っている。しかし、覚せい剤取締法違反(所持)により逮捕されたAは、Pの取調べにおいて、「所持していた覚せい剤は…甲から買ったものである。」旨供述した。甲は、覚せい剤取締法違反の前科3犯を有する者である。A以外にも、その頃、覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕された複数の者が、覚せい剤を甲から買った旨供述していた。甲は、Kマンション周辺の路上で、複数の氏名不詳者に茶封筒を交付し、これと引換えに現金を受領するという行為を繰り返していた。覚せい剤取締法違反の疑いが相当程度に濃厚であったと評価できる。被疑事実である覚せい剤営利目的譲渡は、1年以上の有期懲役等の法定刑(覚せい剤取締法41条の2第2項)が設定された重い罪である。薬物濫用が社会問題となっていることから罪質も重大といえる。被疑事実について捜査の必要性が特に高いと評価できる。Pは、Qから、甲が玄関のドアチェーンを掛けたまま郵便配達員に応対していたとの報告を受け、甲方の捜索の際、呼び鈴を鳴らしてドアを開けさせることができたとしても、ドアチェーンが掛かったままの可能性が高く、その場合、玄関から室内に入るのに時間が掛かり、甲らが証拠隠滅を図るおそれが高いと考えた。覚せい剤は短時間で証拠隠滅が可能な証拠物である。通常の立入りの態様では捜索差押えの目的を達することが困難であると評価できる。以上の必要性の高さと比較すれば、ガラスの損壊についての財産的損失は軽微であり、相当性を欠くものではないと評価できる。以上から、Qらの立入りは、捜索差押えの実効性を確保するために必要であり、社会通念上相当な態様で行われたといえる。
 以上から、「必要な処分」に当たる。

(2)令状提示(222条1項、110条)は、令状の執行に着手する前に行うことが原則であるが、捜索差押えの実効性を確保するためにやむを得ない場合には、着手後に提示することも許される(京都五条警察署マスターキー使用捜索事件判例参照)。もっとも、その場合であっても、令状提示前に行うことができるのは、執行の準備行為ないし現場保存行為にとどまり、本来の目的である捜索行為そのものは令状提示後に行うことを要する(宅急便配達仮装捜索事件参照)
 本件では、前記(1)のとおり、通常の立入りの態様では捜索差押えの目的を達することが困難であったといえるから、捜索差押えの実効性を確保するためにやむを得ない場合といえる。Pは、居間において、甲に捜索差押許可状を示した後、Qらと共に甲方を捜索した。Qらが令状提示前に立ち入ったのは、甲らが証拠隠滅を図るおそれが高いと考えられたためである。したがって、Qらの立入りは、執行の準備行為ないし現場保存行為にとどまり、本来の目的である捜索行為そのものは令状提示後に行ったといえる。
 したがって、令状提示前のQの立入りは、222条1項、110条に違反しない。

(3)よって、捜査1は、適法である。

2.捜査2について

 居住者・同居人の携帯物は、捜索場所に通常存在する物といえるから、場所に対する捜索差押許可状の効力は、捜索場所の居住者・同居人の携帯物にも及ぶ(大阪ボストンバッグ捜索事件判例参照)
 本件で、甲方には、甲とその内妻乙が居住していた。したがって、乙のハンドバッグは、居住者・同居人の携帯物である。
 したがって、捜索差押許可状の効力は、乙のハンドバッグにも及ぶ。
 よって、捜査2は、適法である。

3.捜査3について

 場所に対する捜索差押許可状の効力は、捜索すべき場所に現在する者が差押対象物件をその身体に隠匿所持していると疑うに足りる相当な理由があり、許可状の目的とする差押えを有効に実現するためにその者の身体を捜索する必要が認められる具体的な状況の下においては、その者の身体にも及ぶ(高裁判例)
 本件では、甲方には、丙が頻繁に出入りしていた。Qが甲方に入った時点で、丙は、ズボンの右ポケットに右手を入れた状態であり、その後、ズボンの右ポケットに入れていた右手を抜いたが、右ポケットが膨らんだままであったほか、時折、ズボンの上から右ポケットに触れるなど、右ポケットを気にする素振りや、落ち着きなく室内を歩き回るなどの様子が見られた。Qが甲方に入った後に丙が右ポケットに差押対象物件を隠匿したとは認められないが、その時点で既に所持していた差押対象物件を継続して隠匿所持した疑いがあると評価できる。Qは、丙に、「ズボンの右ポケットに何が入っているんだ。」と尋ねたが、丙は答えなかった。その後、丙は、右手を再び右ポケットに入れてトイレに向かって歩き出した。これに気付いたQは、丙に、「待ちなさい。右ポケットには何が入っている。トイレに行く前に、ポケットに入っているものを出して見せなさい。」と言って呼び止めた。これに対し、丙は、黙ったままQの脇を通り抜けてそのままトイレに入ろうとした。丙が差押対象物件を隠匿していないのであれば、Qの問いかけに対し、合理的な説明を容易にできるはずであるから、差押対象物件を右ポケットに隠匿所持していた疑いが強まったと評価できる。丙がトイレに入ることを許せば、差押対象物件をトイレに流すことで容易に隠滅されるおそれがある。以上から、丙が差押対象物件をその身体に隠匿所持していると疑うに足りる相当な理由があり、許可状の目的とする差押えを有効に実現するためにその者の身体を捜索する必要が認められる。
 上記の具体的な状況の下においては、捜索差押許可状の効力は、丙の身体にも及ぶ。
 よって、捜査3は、適法である。

第2.設問2

1.小問1

 328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、刑訴法の要件を満たす供述録取書面、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる(東住吉事件判例参照)刑訴法の要件を満たす供述録取書面とは、供述者の署名押印(321条1項柱書、322条1項本文)のある供述録取書面をいう

(1)証拠1の甲の供述中、「丁は私の知り合いだが、覚せい剤の密売には関与していない。」の部分は、丁の関与を認める甲の公判廷供述と矛盾する。上記供述を聴取してPが記載した部分は供述録取書面としての性質を有するが、甲の署名・押印を欠くから、刑訴法の要件を満たさない。
 よって、証拠1を証拠として取り調べる旨の決定をすることはできない。

(2)証拠2に録取されたPの供述のうち、「その知り合いの組員は丁ではない。」の部分は、「丁からは、1か月に1回の頻度で、密売用に覚せい剤100グラムを受け取っていた。」とする甲の公判廷供述と矛盾する。「覚せい剤の密売による売上金を分配したものではない。」の部分は、「毎週、売上金の5割を丁名義の口座に振り込み」とする甲の公判廷供述と矛盾する。証拠2には、甲の署名・押印がある。
 よって、証拠2を証拠として取り調べる旨の決定をすることはできる。

(3)証拠4は、専ら乙の供述を録取したものであり、信用性を争う供述をした甲の供述が証拠の中に現れていない。
 よって、証拠4を証拠として取り調べる旨の決定をすることはできない。

2.小問(2)

 確かに、自己矛盾供述の存在の立証に対し、自己一致供述の存在を立証する場合には、自己矛盾供述の存在の立証と同様に非伝聞となる。しかし、そのような立証は、通常は供述に多くの変遷があることを示すに過ぎず、公判廷供述の証明力を回復することにはならないから、それによって証明力の回復を認め得るのは、自己一致供述の存在自体によって公判廷供述の内容が真実であると推認させるに足りる特段の事情がある場合に限られる
 本件で、証拠3に録取された甲の供述の前の段落部分は、公判廷供述と一致する。証拠3は、証拠1、2よりも後の日付で作成されている。証拠3に録取された甲の供述の後の段落部分には、「嘘をついた理由は、丁が密売グループのトップだと正直に話したら、丁から報復を受けると思い、怖かったからだ。しかし、ここで正直に話さないと、出所後、また丁の下で覚せい剤の密売をすることになると思い、勇気を出して正直に供述することにした。」旨の供述がある。証拠3の作成日付以降、公判廷供述に至るまで、これと矛盾する供述の存在を示す証拠はない。証拠3の存在自体により、甲の供述が場当たり的に変遷したのではなく、証拠3以前の供述が虚偽であり、それ以降の供述が真実であるという点では一貫していることを示すものと評価できる。証拠3には、甲の署名・押印があり、上記の点の録取の正確性は担保されている。以上から、自己一致供述の存在自体によって公判廷供述の内容が真実であると推認させるに足りる特段の事情がある。
 よって、証拠3を証拠として取り調べる旨の決定をすることができる。

以上

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2017年06月29日

平成29年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、優秀・良好のレベル(概ね500番より上の順位)に達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は6頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に7頁、8頁まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、7頁、8頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.刑事系は、上記のことが特に当てはまる科目です。例年、問題文に、「具体的事実を摘示して」とか、「具体的な事実を摘示しつつ」という文言が入っています。これは、「具体的な事実の摘示それ自体に配点があるので、具体的な事実を摘示しないと点が付きませんよ。」ということを、受験生に注意喚起する趣旨で記載されているのです。ですから、前記の(3)に、特に意識をする必要がある。これは、受験テクニック的に言えば、「問題文を書き写せ。」ということを意味しています。「甲は、~と言った。これに対し、乙は、~と答えた。」と問題文に書いてある場合に、「本問の甲と乙のやり取りからすれば、○○の共謀が認められる。」などと省略してはいけません。「甲は、~と言った。これに対し、乙は、~と答えた。したがって、○○の共謀が認められる。」というように、きちんと書き写さなければならないのです。このことを、多くの人が知らないので、自分ではきちんと当てはめをしているつもりなのに、全然点が付かない、ということが起こるわけですね。このように、具体的事実を答案できちんと摘示しなければならない一方で、答案を書く時間は限られています。刑事系に関しては、8頁でも全然足りない、というようなこともよくあります。それなのに、書く速度が遅くて5頁程度しか書けないと、かなり不利になる。このことは、知っておくべきことでしょう。刑事系では、特に「速く書く。」ということを意識しなければならないのです。
 内容的には、例年どおりの他論点型、事例処理型です。そして、論点の数が多すぎて、普通に気付いたものに全部触れると、必然的に時間が足りないようになっています。やってはいけないのは、できる限り多くの論点を拾い、その代わりに前記(2)や(3)を省略する、という書き方です。これをやってしまうと、他の人より論点は拾っているのに、なぜか最低ラインに近いような信じられない点数に沈むことになります。では、どうすればよいか。ここで、前記(1)を、特に意識する必要があります。誰もが書くであろう基本論点に絞って、前記(2)の規範の明示と、前記(3)の事実の摘示をしっかり守って書く。この意識を持てるかどうかということが、まずは重要です。
 本問の場合、甲の罪責と乙の罪責で分けて書くか、行為ごとに分けて書くか、迷うところです。大事なことは、「一瞬で決める。」ということです。このようなことは、多くの場合、一長一短です。どちらで書いたからといって、極端に有利になったり、不利になったりすることはない。むしろ、迷っている時間のロスの方が、大きいのです。普段の演習で、経験的にこのような事例だとこちらの方が書きやすかった、というような感覚があるはずです。その感覚に従って、瞬時に決める。参考答案では、行為ごとに分けて書く方針によっています。これは、行為ごとに独立した犯罪が多いこと、Aに対する暴行罪、傷害罪の処理について、甲乙をまとめて書く方が文字数の節約になるのではないか、という感覚によるものです。ですが、甲と乙で分けて書いたとしても、重複を避ける書き方は可能ですから、何ら問題はないでしょう。
 甲が、本件クレジットカードで腕時計X及び腕時計Yを購入した点は、クレジットカード詐欺の論点なのですが、「承諾を得て他人名義のカードを用いる場合」であることに注意する必要があります。支払能力がないことを知りながら自己名義のカードを用いる場合や、盗取等によって不正取得した他人名義のカードを用いる場合とは違うということです。「名義人による使用と同視し得る特段の事情」の有無が問題になる点が、承諾を得て他人名義のカードを用いる場合の特殊性でした。「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」では、それぞれの類型に分けて論証を用意しています。論証を使う場合に気を付けたいのは、本問のような他論点型の場合には、理由付けや細かい考慮要素まで書いていられない、ということです。例えば、「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」では、以下のような論証になっています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

クレジットカード詐欺(承諾を得た他人名義カードの使用)
重要度:A
 会員規約上、他人への譲渡、貸与等は許されておらず、加盟店規約上、加盟店は利用者と名義人本人との同一性を確認すべきものとされており、利用者が名義人本人でない場合には、名義人の承諾の有無にかかわらず、加盟店は取引をしてはならない以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの使用者とその名義人との関係、当該カードの使用についての承諾の具体的内容、当該カードの使用状況等の諸般の事情に照らし、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。

(引用終わり)

 

 何よりも大事なことは、「規範を明示する。」ということです。その意味では、事前に論証全体を覚えていた場合でも、全部を書いていては書ききれない、という場合には、規範部分だけを抜粋して書く必要があるのです。上記の論証で規範部分といえば、「他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても…当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。」という部分でしょう。ですから、その部分だけを抜粋して書く。それから、「会員規約上、他人への譲渡、貸与等は許されておらず、加盟店規約上、加盟店は利用者と名義人本人との同一性を確認すべきものとされており、利用者が名義人本人でない場合には、名義人の承諾の有無にかかわらず、加盟店は取引をしてはならない以上」の部分については、本問ではこれに当たる具体的な事実が問題文上に明示されています。

 

(問題文より引用)

 B信販会社の規約には,会員である名義人のみが利用でき,他人への譲渡,貸与等が禁じられていることや,加盟店は,利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている。

(引用終わり)

 

 このような場合には、普段覚えている部分をそのまま書き写すのではなく、問題文の事実と置き換えておく。そうすると、以下のようになるでしょう。

 

(参考答案より引用)

 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。
 本件で…

(引用終わり)

 

 「本件で」が2回出てきて気持ち悪い、と思う人は、感覚としては正しいのですが、司法試験ではマイナスの感覚です。確かに、規範と当てはめの階層が明快でないということはいえますが、これで減点されたりすることは、まずありません。このようなことで迷ってしまい、時間をロスすることのマイナスの方が大きい。ですから、ここは迷わず上記のような書き方をすべきです。それから、上記は欺く行為該当性の議論です。欺く行為については、規範として、以下のものを覚えているでしょう。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

詐欺罪(246条)における欺く行為の意義
重要度:A
 詐欺罪(246条)における欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。

(引用終わり)

 

 これとうまく連結させることも、現場で瞬時に判断する必要があります。クレジットカード詐欺の論証では、「クレジットカードの正当な使用権限を偽る」ことをもって欺く行為としているのですから、「財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項」とは、クレジットカードの正当な使用権限を指すことになる。そこで、以下のように書いて連結させるわけですね。

 

(参考答案より引用)

 欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。クレジットカード取引においては、その使用権限の有無は財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項といえる
 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。

(引用終わり)

 

 論文試験でなすべき最低限の「現場思考」とは、基本的に、このような論証等を使いこなすための思考です。本質に遡って考えたりするのは、超上位を狙うレベルの人がやればいいことです。参考答案では、「甲とAは勤務先会社の同僚にすぎず、Xは甲が欲しかった限定品の腕時計で、Yは甲の交際相手へのプレゼントであるから、Aによる使用と同視しうる特段の事情があるとはいえない。」としています。これはつまり、「甲がAの同居の親族で、Aが欲しいものをAに命じられて甲が買いに行ったような事例とは全然違いますよね。」ということです。「だったらきちんと答案でそう書けばいいじゃない。」という意見もあるかもしれませんが、それは、そんなことを書いていては簡単に時間切れになる試験であることを知らない人の意見です。
 売上票用紙についての有印私文書偽造罪については、以下の論証を用意しているはずです。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

承諾がある場合の作成者
重要度:B
 他人名義の使用について当該名義人の承諾がある場合には、その文書に表示された意思及び観念は承諾した名義人に由来するといえるから、当該意思及び観念の主体である作成者は名義人である。もっとも、当該文書の性質上、名義人以外の者の作成が許されないときは、承諾によって意思及び観念の帰属を変更できない以上、物理的に文書に記入した者が作成者となる(交通反則切符の供述書に関する判例参照)。

(引用終わり)

 

 これについても、理由付け部分を除いて規範部分を抜粋するとともに、偽造の規範と連結させる。そうすると、以下のようになるでしょう。

 

(参考答案より引用)

 偽造とは、権限がないのに他人名義の文書を作成することをいい、その本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることにある(再入国許可申請書偽造事件判例参照)。他人名義の使用について当該名義人の承諾がある場合であっても、当該文書の性質上、名義人以外の者の作成が許されないときは、物理的に文書に記入した者が作成者となる(交通反則切符の供述書に関する判例参照)。

(引用終わり)

 

 参考答案の当てはめには、「売上票用紙の署名は自署とされている。」という記述があります。これは、問題文の以下の部分に対応しています。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 その際,甲は,Cに対し,A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上,Cの求めに応じ,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは,その署名を確認し,甲がA本人であって,本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ,甲に対して,腕時計Xと腕時計Yを合計60万円で売却した。

(引用終わり)

 

 通常は、問題文の事実は、なるべくそのまま書き写すべきです。その方が考える時間を必要としないので速く書けますし、誤った要約をしてしまう危険も避けられるからです。その意味では、上記の部分は、「売上票用紙に「ご署名(自署)」欄とされているから」とする方がよいのかもしれませんが、これではさすがに伝わらない。これを、「売上票用紙の署名は自署とされている。」に書き直す判断には、それほど時間を要しないでしょう。このように、多少の置換えを行う方がよい場合もあるのです。なお、この部分の意味は、「自署というのはその場で本人が書くという前提なんだから、本人から権限を付与された他人が来て代わりに書くことを予定してないでしょ。」ということです。「だったらきちんとそう書けばいいじゃない。」という意見については、前に説明したとおりです。さて、多くの人が、有印私文書偽造罪、同行使罪、詐欺罪の成立を肯定しただろうと思いますが、その罪数関係はどうなるでしょうか。「牽連犯に決まってるだろ。」というのが、普通の反応です。参考答案も、そのように書いています。ところが、それは必ずしもそうではないのです。通常、有印私文書偽造罪、同行使罪、詐欺罪の3罪が牽連犯とされるのは、「通例順次手段結果の関係にある」からです(細かい話をすると、3罪以上の場合に「順次」を付けます。)。これは要するに、「偽造して、その文書を見せて、それで相手を騙すから」ということですね。このように、偽造→行使→詐欺の順序が前提になっているわけです。ところが、本問の場合には、そのような順序になっているでしょうか。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲は,本件クレジットカードを腕時計Xを購入するためだけに利用するというAとの約束に反すること,今後,Aに合計60万円を支払うことができる確実な見込みがないことをそれぞれ認識しつつ,同日午後3時15分,応対した同時計店店主Cに対し,腕時計Xと腕時計Yの購入を申し込んだ。その際,甲は,Cに対し,A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上,Cの求めに応じ,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは,その署名を確認し,甲がA本人であって,本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ,甲に対して,腕時計Xと腕時計Yを合計60万円で売却した。

(引用終わり)

 

 本問では、「A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した」時点で、欺く行為に着手している、と考えるのが普通でしょう。すなわち、本問では、詐欺→偽造→行使の順序になっている。これでは、「偽造・行使が手段で、その結果が詐欺である。」とはいえないのではないか(※1)。一連の行為を1個の行為とみて観念的競合とする考え方もあり得るでしょうが、それは偽造と行使につき、その場で書いてすぐ渡す場合も別個の行為とされていることと整合的といえるか、難しい気もします。もっとも、だからといって併合罪になる、というのは、さすがに罪が重くなっておかしい。
 ※1 一般に、手段結果の関係の有無は、両罪の罪質に着目して抽象的に判断されるので、個別具体の事例において手段結果の関係にあることは不要ではないか、と思うかもしれません。しかし、両罪の罪質から抽象的に判断して手段結果の関係にあれば直ちに牽連犯となると考えてしまうと、住居侵入と窃盗は、およそいかなる場合でもすべて牽連犯となってしまいます。例えば、甲宅からはるかに離れた場所で甲から財布を窃取し、その数か月後に、前の窃盗とは全く無関係な事情で甲宅に侵入したような場合には、住居侵入と窃盗が牽連犯にならないことは明らかです。このように、牽連犯となるためには、両罪の罪質上抽象的にみて通例手段結果の関係にあることに加え、具体的な犯行がそのような手段結果の関係にあることをも要するのです。すなわち、具体的な犯行が手段結果の関係にあったとしても、両罪の罪質上抽象的にみて通例手段結果の関係にない場合には牽連犯となりませんが、そのことは、両罪の罪質上抽象的にみて通例手段結果の関係にありさえすれば、具体的な犯行が手段結果の関係になくても牽連犯となることを意味しないのです。

 実は、詐欺罪が既遂に達した後に偽造及び行使がされた事案について、包括一罪になるとした高裁判例があるのです。

 

東京高判平7・3・14より引用。太字強調は筆者。)

 所論は、要するに、原判決は、原判示第一の詐欺と同第二の有印私文書偽造、同行使を併合罪として処理しているが、実質的にみるならば、右有印私文書偽造、同行使、詐欺は密接不可分で順次手段結果の関係にあるからそれらは牽連犯として処断されるべきであり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである
 そこで検討すると、一般的には有印私文書偽造、同行使、詐欺との間には順次手段結果の牽連関係があると認められるが、本件の事実関係においては、欺罔されたEの担当者からC支店のG名義の普通預金口座に約五〇億円が振込送金され、Aが同普通預金口座から五〇億円を同社名義の通知預金に振り替えた後に同人においてC支店長名義の質権設定承諾書を偽造してこれをEの担当者であるMに交付して行使しており、詐欺が既遂に達してから偽造質権設定承諾書を行使していることが認められるから、偽造有印私文書行使が詐欺の手段となっているとはいい難く、両者を牽連犯とするのは相当でない
 ところで、一般に銀行預金を担保として第三者から融資を受ける場合には、当該第三者に質権設定承諾書を交付し、その後融資金の交付を受けるのが通常予想される形態と考えられる。ところが、本件においては、融資金が銀行預金の原資となっている関係で、まず融資金が入金されて預金に当てられてこれに関する質権設定承諾書が作成され、それが融資先に交付されているのである。しかし、元々(偽造)質権設定承諾書の交付は、融資金の入金(騙取)につき必要不可欠なものとして、これと同時的、一体的に行われることが予想されているのであって、両者の先後関係は必ずしも重要とは思われないところである。事実、本件と同様の不正融資事件において、事務処理の都合等から融資金の入金前に預金通帳等を作成して質権設定承諾書を偽造し、これを交付するのと引き換えに不正融資金が振込入金された事例もあることは当裁判所に顕著な事実であり、かつその場合には、当然のことながら、有印私文書偽造、同行使、詐欺とは順次手段結果の関係にあり結局一罪であるとして処断されているのである。そして、右の場合と偶々その担当者の事務処理の都合等から偽造質権設定承諾書の交付と振込入金との時間的先後が逆になった本件のような場合とで罪数処理に関する取り扱いを異にすべき合理的な理由を見い出し難いことからすると、偽造有印私文書行使罪と詐欺罪との法益面での関連性が必ずしも強くないことを考慮に入れても、両者は包括一罪として処断するのが相当と解される。そうすると、原判決には、偽造有印私文書行使罪と詐欺罪を併合罪として処理したことについて法令適用の誤りがあり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、控訴趣意中量刑不当の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

(引用終わり)

 

 「詐欺が先行しているから牽連犯にはならないが、同時的・一体的に行われるものについて、偶然先後が変わっただけで併合罪となり、罪が重くなるというのもおかしいから、包括一罪にしておこう。」ということです。上記高裁判例の事案と異なるのは、偽造及び行使の段階でいまだ詐欺が既遂になっていないこと、クレジットカード詐欺の場合には、通常本人を装ってカードを渡す行為が売上票への署名よりも先行する(カードを読取機に挿入すると売上票が出てくる仕組みになっているから。)のであり、偶然の事情で時間的先後が変わるということはあまりない、ということです。偽造及び行使の段階でいまだ詐欺が既遂になっていない以上、なお詐欺は偽造及び行使の結果といえる、と考えれば、牽連犯を維持することになるでしょう。他方、クレジットカード詐欺においては通常詐欺の着手が先行する以上、牽連犯とすべきではないとしつつも、購入申込みと売上票の署名及び交付が同時的・一体的に行われることに着目して重い併合罪とすべきでないと考えると、上記高裁判例と同様、包括一罪とすべきことになるでしょう。さらに、クレジットカード詐欺においては、詐欺の着手から商品の交付を受けるまでの間に売上票の偽造及び行使が包摂されることになるから、1個の欺く行為の一部として偽造及び行使があるといえ、観念的競合になる、という考え方もあり得るように思います。通常、偽造と行使が別個の行為とされていることとの整合性については、欺く行為に包摂されたことにより、通常と異なる扱いになるのだ、と説明すればよいでしょう。いずれにせよ、このようなことは、現場で考えてはいけないことは明らかです。
 もう1つ、現場で考えてはいけない論点は、甲が「腕時計Xを買うほかには絶対使わない。」と約束したのに、腕時計Yも買ってしまった点に関するAに対する罪です。横領か背任だろう、というところまでは思い付くでしょうが、そこから先がやたらと難しい。重い横領から検討してみましょう。客体は何か。カードではないでしょう。カードはきちんと返却しており、領得したわけではないからです。そうなると、腕時計Xのための10万円の処分しか許されていなかったのに、腕時計Yのためにさらに50万円についてまで処分した、という点を問題にすべきこととなります。ここで、それなりに勉強している人であれば、横領罪における占有は法律上の支配ないし処分可能性を含む概念であるから、Aの預金に処分可能性があるとして、預金を客体とすることを考えるでしょう。それで書いても、点は付くと思います(ただし、他の基本論点に同じ文字数を割いた方がもっと点が取れる。)。横領で構成する場合には、補填意思との関係で、いわゆる穴埋め横領も、問題となり得るでしょう。とはいえ、厳密には、本問の場合に預金の占有を肯定して横領を成立させることはできないと思います。その理由は、事例演習教材にそう書いてあるから、ということではなく、本問がクレジットカードの事案だからです。通常、預金の占有が成立するとされるのは、キャッシュカードが交付され、暗証番号も教えてもらっている事案ですね。それと、どう違うのか。キャッシュカードが交付され、暗証番号も教えてもらっていれば、それだけで預金を引き出すことができます。すなわち、預金の処分可能性がある。しかし、クレジットカードを交付されただけで、直ちに預金を下ろすことができるでしょうか。普通はできませんね。クレジットカードというのは、基本的に商品購入の際の決済手段にすぎません。クレジットカードを用いて、直接預金を引き出すことはできないのです。最近では、クレジットカードにキャッシュカードの機能が付いたものもありますが、その場合でも、暗証番号は必要になります。だから、クレジットカードを交付されたにとどまる本問では、Aの預金について処分可能性があるとはいえないので、預金の占有を認めることができないのです。こうして、横領の成立は否定されます。そうなると、背任ということになる。しかし、甲は、Aの「事務処理者」なのか。とりわけ、「他人の」事務といえるかが問題となるでしょう。本問では、「腕時計Xしか買わない。」という約束は、甲自身がAに対して負担する義務にすぎません。「他人(本問のA)の負担する義務を代わって履行する。」という通常の理解からは、「他人の」事務とはいえないことになるでしょう。したがって、背任罪も成立しない、と考えるのが、素直だろうと思います。本問で背任を肯定する余地があるとすれば、それは2項横領的な背任であることを強調する考え方でしょう。ここで参照すべきは、事例演習教材、ではなく、二重抵当に関する最判昭31・12・7です。

 

最判昭31・12・7より引用。太字強調は筆者。)

 論旨第一は、背任罪の成立要件たる事務は他人の事務であることを要件とする。しかるに本件第一番抵当権者たるべきAに対する被告人の抵当権設定の登記義務は設定者である被告人固有の事務であつて他人の事務ではないのに、原審が被告人の所為を背任罪に問擬したのは刑法二四七条の解釈適用を誤つた違法があり、且つ憲法三一条、一一条違憲の判決であると主張するしかし抵当権設定者はその設定登記に関し、これを完了するまでは、抵当権者に協力する任務を有することはいうまでもないところであり、右任務は主として他人である抵当権者のために負うものといわなければならない。この点に関する原判決の判示はまことに正当である。所論はひつきよう登記義務の性質に関し独自の見解を主張するものであつて、違憲の主張はその前提を欠く、論旨は採用できない。

(引用終わり)

 

 この判例については、2項横領的な背任について、「他人の」の要件を緩和したものだ、とする理解もされているところです。このように理解した上で、「クレジットカードの貸与を受けた者は、貸与者に不測の財産上の損害を与えないよう、貸与者のためにカードを適切に管理する事務をなすものといえる。」などと考えれば、「他人の」事務に当たると考えることが一応できるでしょう。その上で、「財産上の損害」はあるといえるか。背任罪は全体財産に対する罪ですから、本問のように信販会社に対する債務を負担する一方で、甲に対する請求権を取得している場合には、財産上の損害はないようにも思えます。これについては、経済財産説に立った上で、甲に対する請求権の支払の確実性が高くないことを指摘すれば、クリアできそうです。このようにして、背任罪の成立を肯定することも、一応可能でしょう。なお、既遂時期をXY購入時とみるか、引落時とみるか、という点も、厳密には論点です。いずれにしても、こんなことを現場で考えて書いているようでは、なかなか受かるようにはならないと思います。参考答案も、この点は全く無視しています。この点に1文字でも割くくらいなら、その時間を他の基本論点の論述に充てるべきです。
 甲及び乙が、Aに対して2回の体当たりをした上、押さえ付けた行為についてみていきましょう。ここは、最も差が付くところです。正当防衛の各要件の検討は、誰もが、書こうと思えば書ける前記(1)の基本論点といえる典型的な場面です。ですから、前記(2)の規範の明示と、(3)の事実の摘示をきっちりと守る。これが守れないというだけで、信じられないほど評価を落とすでしょう。規範の明示については、誤解の多いところです。以下のような書き方は、規範を明示したとはいえません。

 

【論述例】

 「急迫」といえるか。Aは、甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出し、甲と乙の体当たりにより路上に尻餅を付いたが、すぐに立ち上がり、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙が再び正面からAに体当たりしたところ、Aが路上に仰向けに倒れたが、倒れたAは立ち上がろうとした。以上から、侵害が現に存在するか、その危険が切迫しているといえ、「急迫」といえる。

 

 「侵害が現に存在するか、その危険が切迫している」と書いてあるから、規範を明示しているじゃないか、と思うかもしれませんが、これでは規範の明示があったとは判定されません。規範を明示した、というためには、具体的な事実の検討に入る前に、一般論として、規範を示す必要があるのです。例えば、以下のような書き方です。

 

(参考答案より引用。太字強調は筆者。)

 「急迫」とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 本件で、Aは、甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出し、甲と乙の体当たりにより路上に尻餅を付いたが、すぐに立ち上がり、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙が再び正面からAに体当たりしたところ、Aが路上に仰向けに倒れたが、倒れたAは立ち上がろうとした。以上から、侵害が現に存在するか、その危険が切迫しているといえる。従って、「急迫」といえる。

(引用終わり)

 

 ロースクールなどでは、「法的三段論法を踏まえなさい。」という言い方をしていると思いますが、それは、上記のように「まず一般論として規範を明示しろ。」ということです。これをやっているか、やっていないか、というだけで、びっくりするほど点数が変わる。この点は、旧司法試験と新司法試験とで、評価の仕方が劇的に変わった部分です。このことを知らない人は、「同じ文言を繰り返しているだけで意味ないじゃん。」と考えて、省略してしまう。その発想でいると、周りより明らかに自分の方が書けているはずなのに、なぜか自分だけ極端に点数が低い、と感じることになります。そのような人は、この部分を修正するだけで、劇的に得点が改善する。ただ、上記の書き方は、文字数を多く必要とします(なお、正当防衛の規範を覚えていない、というのは論外です。)。そこで壁になるのが、「文字を書く速さ」です。これが劣っていると、規範を明示する書き方では書き切れなくなる。そのような理由で規範の明示を省略せざるを得ないという人は、使うペンの種類や書く姿勢、手の動かし方などを徹底的に考え直し、とにかく速く書く訓練をすべきでしょう。そうしないと、どんなに法的な知識、理解が豊富でも、規範を明示して書けないので受からない、ということになってしまいます。同様のことが、前記(3)の事実の摘示にもいえることです。本問で、わざわざ登場人物の年齢、性別、身長及び体重が問題文に記載されています。過去問を解いていれば、これは当てはめで使うのだろう、とすぐに気付けたはずです。過去問は、このような出題のクセを捉えるために、解くのです。そして、当てはめで使う場合には、最低限、これを答案に書き写す必要がある。例えば、以下のように書きます。

 

(参考答案より引用。太字強調は筆者。)

 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 本件で、28歳の男性で、身長170センチメートル、体重65キログラムのAに対し、28歳の男性で、身長165センチメートル、体重70キログラムの甲と、25歳の男性で、身長175センチメートル、体重75キログラムの乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

(引用終わり)

 

 「全然評価がないじゃない。」と思うでしょう。それに対しては、「書き切れるもんなら書けばいいじゃない。」という回答になります。例えば、以下のような書き方は考えられるでしょう。

 

【論述例】

 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 本件で、28歳の男性で、身長170センチメートル、体重65キログラム標準的な体格の若いAに対し、Aと同じ28歳の男性で、身長165センチメートル、体重70キログラムほぼAと同等な体格の甲と、25歳の男性で、身長175センチメートル、体重75キログラムややAより若く大柄であるものの、圧倒的に体格で勝るとまではいえない乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

 

 このように事実に1つ1つ評価を付していくと、文字を書く速さが普通の人は、確実に時間切れになります。だから、まずは事実の摘示だけは最低限やるようにする。それで余裕が出てきたら、評価も付していくとよいでしょう。「事実をバカみたいに書き写すからそうなるんだ。いきなり評価を書けばいい。」という人は、以下のように書くでしょう。

 

【論述例】

 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 本件で、標準的な体格であるAに対し、ほぼAと同等な体格の甲と、ややAより大柄であるものの、圧倒的に体格で勝るとまではいえない乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

 

 これは、想像以上に評価を落とします。問題文に、「具体的な事実を摘示しつつ」と書いてあるのは、そういう意味なのです。このような書き方をするくらいなら、「事実をバカみたいに書き写す」方がはるかに点が取れる。これが、今の司法試験です。「そんな採点はおかしい。」と思うかもしれませんが、文句を言ったから採点方法が変わるわけではありません。自分の答案スタイルの方を変えるしかないのです。一応、この採点方法の背後にある理由ないし思想を考えてみると、「規範に当てはまる具体的事実を答案上明示していない以上、法的三段論法を理解しているとはいえない。また、評価をいきなり書いても、どの事実を評価したのかわからないから、得点を付与する対象とすることはできない。その評価を基礎付ける事実を答案上に明示して初めて、得点を付与する対象とすることができる。」ということでしょう。もっとも、このような考え方の当否を考えても、意味のないことです。
 さて、体当たりと押さえ付け。ここまでは正当防衛でしょう。しかし、その後に乙が石で殴ったのはいけません。ここで、正当防衛となることが明らかな押さえ付けまでの行為と、その後の石殴打は、一体の防衛行為といえるのか。ここは、参照できそうな2つの判例があります。

 

最決平21・2・24より引用。太字強調は筆者。)

 所論は,本件傷害は,違法性のない第1暴行によって生じたものであるから,第2暴行が防衛手段としての相当性の範囲を逸脱していたとしても,過剰防衛による傷害罪が成立する余地はなく,暴行罪が成立するにすぎないと主張する。
 しかしながら,前記事実関係の下では,被告人が被害者に対して加えた暴行は,急迫不正の侵害に対する一連一体のものであり,同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるから,全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪の成立を認めるのが相当であり,所論指摘の点は,有利な情状として考慮すれば足りるというべきである。

(引用終わり)

最決平20・6・25より引用。太字強調は筆者。)

 第1暴行により転倒した甲が,被告人に対し更なる侵害行為に出る可能性はなかったのであり,被告人は,そのことを認識した上で,専ら攻撃の意思に基づいて第2暴行に及んでいるのであるから,第2暴行が正当防衛の要件を満たさないことは明らかである。そして,両暴行は,時間的,場所的には連続しているものの,甲による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で,明らかに性質を異にし,被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態にある甲に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることにもかんがみると,その間には断絶があるというべきであって,急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに,その反撃が量的に過剰になったものとは認められない。そうすると,両暴行を全体的に考察して,1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく,正当防衛に当たる第1暴行については,罪に問うことはできないが,第2暴行については,正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって,これにより甲に負わせた傷害につき,被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。

(引用終わり)

 

 「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、上記各判例に対応した論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

防衛行為の1個性
重要度:A
 急迫不正の侵害に対する反撃として複数の暴行を加えた場合において、単独で評価すれば防衛手段としての相当性が認められる当初の暴行のみから傷害が生じたとしても、同暴行とその後の防衛の程度を超えた暴行とが一連一体のものであり、同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるときは、全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪が成立し、傷害が生じた経緯は有利な情状となるにとどまる(判例)。

同一の防衛の意思に基づくものといえない場合
重要度:B
 時間的、場所的に連続して暴行を加えた場合であっても、相手方が更なる侵害行為に出る可能性のないことを認識した上、防衛の意思ではなく、専ら攻撃の意思に基づき相当に激しい態様の暴行を加えたときは、当初の暴行と侵害行為終了後の暴行の間には断絶があるから、急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに、その反撃が量的に過剰になったものとは認められず、両暴行を全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当ではない(判例)。

(引用終わり)

 

 上記のうちの、どちらを使うべきかポイントになるのは、侵害が継続しているかどうかです。最決平21・2・24の事案は、侵害が終了しているとはいえないが、後続の暴行が質的に過剰である場合。一方、最決平20・6・25は、後続の暴行の時点では侵害が終了していて、後続の暴行だけを単独でみると過剰防衛にもならない場合です。

 

最決平21・2・24より引用。太字強調は筆者。)

 原判決は,上記折り畳み机による暴行については,被害者の方から被告人に向けて同机を押し倒してきたため,被告人はその反撃として同机を押し返したもの(以下「第1暴行」という。)であり,これには被害者からの急迫不正の侵害に対する防衛手段としての相当性が認められるが,同机に当たって押し倒され,反撃や抵抗が困難な状態になった被害者に対し,その顔面を手けんで数回殴打したこと(以下「第2暴行」という。)は,防衛手段としての相当性の範囲を逸脱したものであるとした

(引用終わり)

最決平20・6・25より引用。太字強調は筆者。)

 甲は,その場にあったアルミ製灰皿(直径19㎝,高さ60㎝の円柱形をしたもの)を持ち上げ,被告人に向けて投げ付けた。被告人は,投げ付けられた同灰皿を避けながら,同灰皿を投げ付けた反動で体勢を崩した甲の顔面を右手で殴打すると,甲は,頭部から落ちるように転倒して,後頭部をタイルの敷き詰められた地面に打ち付け,仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなった(以下,ここまでの被告人の甲に対する暴行を「第1暴行」という。。)
 被告人は,憤激の余り,意識を失ったように動かなくなって仰向けに倒れている甲に対し,その状況を十分に認識しながら,「おれを甘く見ているな。おれに勝てるつもりでいるのか。」などと言い,その腹部等を足げにしたり,足で踏み付けたりし,さらに,腹部にひざをぶつける(右ひざを曲げて,ひざ頭を落とすという態様であった。)などの暴行を加えた(以下,この段階の被告人の甲に対する暴行を「第2暴行」という。)が,甲は,第2暴行により,肋骨骨折,脾臓挫滅,腸間膜挫滅等の傷害を負った。

 (中略)

 そうすると,両暴行を全体的に考察して,1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく,正当防衛に当たる第1暴行については,罪に問うことはできないが,第2暴行については,正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって,これにより甲に負わせた傷害につき,被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。

(引用終わり)

 

 本問の場合、押さえ付けられた後のAについて、侵害の継続があるといえるか。侵害の継続について想起すべきは、最判平9・6・16です。

 

最判平9・6・16より引用。太字強調は筆者。)

 Bは、被告人に対し執ような攻撃に及び、その挙げ句に勢い余って手すりの外側に上半身を乗り出してしまったものであり、しかも、その姿勢でなおも鉄パイプを握り続けていたことに照らすと、同人の被告人に対する加害の意欲は、おう盛かつ強固であり、被告人がその片足を持ち上げて同人を地上に転落させる行為に及んだ当時も存続していたと認めるのが相当である。また、Bは、右の姿勢のため、直ちに手すりの内側に上半身を戻すことは困難であつたものの、被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であったものと認められる。そうすると、Bの被告人に対する急迫不正の侵害は、被告人が右行為に及んだ当時もなお継続していたといわなければならない。

(引用終わり)

 

 上記判例のうち、「加害の意欲は、おう盛かつ強固」という部分は、本問でも同様といえそうです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者)

 甲は,仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり,Aの両足首を,真上から両手で力を込めて押さえ付けた。乙は,仰向けに倒れているAの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり,Aの両上腕部を,真上から両手で力を込めて押さえ付けた。しかし,Aは,身体をよじらせながら,「離せ。甲,お前をぶん殴ってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と甲を大声で罵り,更に力を込めて体をよじらせた。乙は,Aのその様子を見て,甲がAから殴られるのを防ぐためには,Aを痛めつけて大人しくさせるしかないと考えた。

(引用終わり)

 

 しかし、上記判例の「被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であった」といえるかというと、明らかに判例の事案よりも、Aが再度攻撃することは困難でしょう。

 

最判平9・6・16より引用。太字強調は筆者。)

 被告人は、肩書住居の文化住宅A二階の一室に居住していたものであり、同荘二階の別室に居住するB(当時五六歳)と日ごろから折り合いが悪かったところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階の北側奥にある共同便所で小用を足していた際、突然背後から末広に長さ約八一センチメートル、重さ約二キログラムの鉄パイプ(以下「鉄パイプ」という)で頭部を一回殴打された。続けて鉄パイプを振りかぶったBに対し、被告人は、それを取り上げようとしてつかみ掛かり、同人ともみ合いになったまま、同荘二階の通路に移動し、その間二回にわたり大声で助けを求めたが、だれも現れなかった。その直後に、被告人は、Bから鉄パィプを取り上げたが、同人が両手を前に出して向かってきたため、その頭部を鉄パイプで一回殴打した。そして、再度もみ合いになって、Bが、被告人から鉄パイプを取り戻し、それを振り上げて被告人を殴打しようとしたため、被告人は、同通路の南側にある一階に通じる階段の方へ向かって逃げ出した。被告人は、階段上の踊り場まで至った際、背後で風を切る気配がしたので振り返ったところ、Bは、通路南端に設置されていた転落防止用の手すりの外側に勢い余って上半身を前のめりに乗り出した姿勢になっていた。しかし、Bがなおも鉄パイプを手に握っているのを見て、被告人は、同人に近づいてその左足を持ち上げ、同人を手すりの外側に追い落とし、その結果、同人は、一階のひさしに当たった後、手すり上端から約四メートル下のコンクリート道路上に転落した。Bは、被告人の右一連の暴行により、入院加療約三箇月間を要する前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等の傷害を負った。

(引用終わり)

 

 上記判例では、攻撃者は凶器の鉄パイプを持ったまま、手すりに前のめりに乗り出したというだけで、すぐに体勢を立て直せる状況です。本問では、Aは凶器を持っていないし、体重70キログラムの甲が、仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり、体重75キログラムの乙が、Aの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり、Aの両上腕部を、真上から両手で力を込めて押さえ付けている、という状況です。この状況で、Aが甲及び乙を振り払って再度攻撃に及ぶのは、相当困難でしょう。これならば、甲及び乙としても、周囲に助けを呼ぶとか、携帯電話やスマホなどで警察に通報することが可能ではないか。少なくとも、石で殴らなければ、「間もなく態勢を立て直した上、再度の攻撃に及ぶことが可能であった」とまでは、容易にはいえない(石で殴らなくても、再度の攻撃は困難であった。)ように思います。ただ、若干気になるのは、問題文の以下の部分です。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Aは,同日午後8時10分,甲が同店から出たことに気付いて怒り,同店から出て甲を追い掛け,同日午後8時15分,人気のない暗い路上で,乙と歩いている甲に追い付いた。Aは,甲に対して,「こそこそ逃げやがって,この野郎。」と言いながら,甲の顔面を殴ろうとして,右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出した。

(引用終わり)

 

 当時は夜間であり、現場は人気のない暗い路上であった。そうだとすると、助けを呼んでも簡単には人が来る感じではなかった、という評価も可能でしょう。また、甲及び乙が携帯電話やスマホを持っていた、という事実も、問題文上はありません(※2)。そのような点を重視すれば、侵害の継続を認めることも不可能ではないだろうと思います。参考答案は、侵害の継続を否定して最決平20・6・25に沿った検討をした上、防衛行為としての一体性を肯定しています。他方、侵害の継続を肯定して最決平21・2・24に沿った検討をした場合でも、防衛行為の一体性は肯定するのが自然でしょう。結論的には、いずれも乙は過剰防衛ということになる。もっとも、前者では侵害の継続がないことから量的過剰となり、後者では侵害の継続があることから質的過剰となる点が異なります。
 ※2 ここは、「問題文に書いていない以上、持っていないと考えるべきだ。」という考え方も、「現代人なら普通、携帯かスマホを持っているのだから、問題文に『当時、携帯電話、スマートフォン等を所持していなかった。』と書いていない以上、持っていると考えるべきだ。」という考え方も、両方あり得ます。問題文に明記されていない事実の存在を肯定する後者の考え方に違和感を持つ人もいるかもしれませんが、そのような人は、「甲、乙、Aについて、問題文に『当時、服を着ていた。』という事実が記載されていない以上、甲、乙、Aはいずれも全裸であったと考えるべきだ。」という主張の当否を考えれば、納得できるのではないかと思います。服を着るのと比べると、携帯、スマホを持ち歩くことはそこまで一般的ないし確実とはいえない、という点をどう考えるかによって、考え方が分かれ得るところでしょう。

 では、甲との関係ではどうか。共同正犯と量的過剰について参照すべきは、最判平6・12・6です。

 

最判平6・12・6より引用。太字強調は筆者。)

 本件のように、相手方の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、相手方からの侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察するのが相当であり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであって、共謀の成立が認められるときに初めて、侵害現在時及び侵害終了後の一連の行為を全体として考察し、防衛行為としての相当性を検討すべきである。

(引用終わり)

 

 Aの侵害の継続が否定される場合には、上記判例がそのまま当てはまると考えることができます。「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、上記判例に対応した論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用。太字強調は筆者。)

共同正犯と防衛行為の量的過剰
重要度:A
 急迫不正の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察すべきであり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであって、共謀の成立が認められるときに初めて、侵害現在時及び侵害終了後の一連の行為を全体として考察し、防衛行為としての相当性を検討すべきである(判例)。従って、上記新たな共謀が否定されるときは正当防衛となり、肯定されるときは過剰防衛となる。

(引用終わり)

 

 参考答案は、これに依拠しています。他方、Aの侵害の継続を肯定した場合には、どうか。この場合は、上記判例の趣旨が、侵害終了後になお一部の者が暴行を続けた場合だけでなく、侵害継続中に一部の者が質的に過剰な反撃をした場合にも及ぶのか、ということを考えることになるでしょう。上記判例の趣旨を、「正当防衛が成立する部分に関する共同正犯関係は違法ではないのだから、その後の過剰防衛部分について、新たに共同正犯関係が成立することを要するとするものだ。」と考えるなら、侵害継続中に一部の者が質的に過剰な反撃をした場合にも及ぶ、ということになるでしょう。このように考えれば、結局、侵害の継続を否定した場合と同じ処理になります。結論的には、新たな共謀は認められないとして、甲との関係では、正当防衛が成立する、ということになるでしょう。
 最後に、財布の持去りです。これが、一見簡単なように見えて、真面目に考えるとかなり厄介です。真面目に考えてしまうとどうなるか、ということを検討してみましょう。まずは、直接持ち去った甲について、窃盗罪を検討するのが筋でしょう。客観的構成要件該当性は、問題なく認められそうです。では、故意はどうか。一見すると、「意思に反する占有移転の認識があるのだから問題ない。」ようにも思えます。しかし、ここで注意すべきは、甲及び乙の主観においては、「Aは既に死んでいる。」ということです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

  甲と乙は,Aが全く動かなくなったためAから離れた。甲は,乙から,右手に持った石でAの顔面を殴ったことを聞いた。甲と乙は,鼻から血を流して全く動かないAの様子を見てAが死んでしまったと思った。甲は,乙に対して,「Aは結婚して妻も子供もいるのにどうしよう。」と言った。乙は,近くに人がいないことを確認した上,甲に対して,「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った。甲は,乙に対して,「そうしよう。」と答えたものの,「財布は捨ててもいいが,もったいないから中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考えていた。

(引用終わり)

 

 仮に、Aが甲及び乙の認識どおり死亡していた場合に窃盗罪が成立しないとすれば、甲及び乙は窃盗に当たる事実を認識していないことになりますから、事実の錯誤があることになる。そこで、Aが死亡していた場合に窃盗罪が成立し得るのか、という点を検討する必要があるのです。死者の占有の論点ですね。ここは、判例のあるところでした。

 

最判昭41・4・8より引用。太字強調は筆者。)

 披告人は、当初から財物を領得する意思は有していなかつたが、野外において、人を殺害した後、領得の意思を生じ、右犯行直後、その現場において、被害者が身につけていた時計を奪取したのであつて、このような場合には、被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうものというべきである。そうすると、被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害したものというべきであるから、右奪取行為は、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪を構成するものと解するのが相当である

(引用終わり)

 

 上記の判例は、「被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害した」としているところから、「殺害直後の殺害者との関係に限り生前の占有を保護する趣旨の判例である。」と理解するのが一般です。「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」でも、そのような趣旨の論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

死者の占有
重要度:A
 一般に、死者には占有の事実も占有の意思もないから、死者の占有を認めることはできない。もっとも、殺害直後の殺害者との関係では、被害者の生前の占有はなお保護に値するから、その限度で被害者の占有を認めることができる(判例)。

(引用終わり)

 

 さて、甲の主観において、甲自身は「殺害直後の殺害者」なのか。故意犯としての殺人の場合のみならず傷害致死の場合も、ここでの「殺害者」といってよいか、という問題もありますが、それはひとまずクリアするとしましょう。甲及び乙の認識上、Aの死因は、乙が石でAの顔面を殴ったことにあります。そして、この点について、甲及び乙に(甲乙の主観においても)共犯関係はない。だとすると、甲自身は、「殺害直後の殺害者」には当たらないと考えるのが素直でしょう。ただ、財布の持去りについては甲乙間に共謀がありそうだ。「殺害直後の殺害者」の地位は、一定の犯罪行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位又は状態といえますから、65条の身分です(※3)。そうすると、甲乙間に窃盗罪の共謀が成立するのであれば、65条1項(※4)によって、甲の主観においても、甲に窃盗罪が成立するということになるのです。
 ※3 このことは、殺害直後の殺害者の財物取得を幇助した者には占有離脱物横領の幇助ではなく、窃盗の幇助が成立するだろう、ということを想起するとわかりやすいでしょう。
 ※4 甲が「殺害直後の殺害者」に当たらない場合には占有離脱物横領となることに着目すれば、2項もないわけではないでしょう。

 そういうわけで、甲乙間の共謀について検討してみましょう。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲と乙は,Aが全く動かなくなったためAから離れた。甲は,乙から,右手に持った石でAの顔面を殴ったことを聞いた。甲と乙は,鼻から血を流して全く動かないAの様子を見てAが死んでしまったと思った。甲は,乙に対して,「Aは結婚して妻も子供もいるのにどうしよう。」と言った。乙は,近くに人がいないことを確認した上,甲に対して,「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った甲は,乙に対して,「そうしよう。」と答えたものの,「財布は捨ててもいいが,もったいないから中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考えていた。

(引用終わり)

 

 問題文の甲乙のやり取りは、窃盗罪の共謀なのか、それとも、器物損壊罪の共謀なのか。ここで、不法領得の意思が問題になることは、多くの人が気付いただろうと思います。具体的には、強盗と見せ掛ける意思であった場合に利用処分意思があるといえるかが、ここでの検討課題です。利用処分意思は、判例上、「経済的用法に従い利用・処分する意思」と定義されていますが、現在では、これは厳密な意味における経済的用法である必要はなく、物の効用を享受し得る何らかの用途であれば足りるとされています。

 

(東京地判昭62・10・6より引用。太字強調は筆者。)

 窃盗罪が成立するためには、他人の占有を奪取する時点において、行為者に不法領得の意思が存在することが必要であり、判例(大判大正四年五月二一日刑録二一輯六六三頁、大判昭和九年一二月二二日刑集一三巻一七八九頁、最判昭和二六年七月一三日刑集五巻一四三七頁参照)によれば、不法領得の意思とは、「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」をいうと解されている。この点につき、検察官は、不法領得の意思とは所有者ないし正当な権限を有する者として振る舞う意思を指し、判例のいう「経済的用法」の要件はその典型的な場合をいうのであつて、右文言に拘泥したり、これを厳密に解すベきではない旨主張している。たしかに、文字どおりの意味での「経済的用法」である必要はないと解されるが、そもそも不法領得の意思が判例上必要とされるに至つた理由が、前記引用の判例によつても明らかなように、一つには毀棄・隠匿の目的による占有奪取の場合を窃盗罪と区別するためであることや、刑法が窃盗罪と毀棄罪の法定刑に差を設けている主たる理由は、犯人の意図が物の効用の享受に向けられる行為は誘惑が多く、より強い抑止的制裁を必要とする点に求めるのが最も適当であることを考えると、不法領得の意思とは、正当な権限を有する者として振る舞う意思だけでは足りず、そのほかに、最少限度、財物から生ずる何らかの効用を享受する意思を必要とすると解すべきである(なお、検察官の指摘する最判昭和三三年四月一七日刑集一二巻一〇七九頁も、被告人が投票用紙を同用紙として利用する意思であつたことを重要な事実として判示している。)。

(引用終わり)

最決平16・11・30より引用。太字強調は筆者。)

 本件において,被告人は,前記のとおり,郵便配達員から正規の受送達者を装って債務者あての支払督促正本等を受領することにより,送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ,債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま支払督促の効力を確定させて,債務名義を取得して債務者の財産を差し押さえようとしたものであって,受領した支払督促正本等はそのまま廃棄する意図であった。このように,郵便配達員を欺いて交付を受けた支払督促正本等について,廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかった場合には,支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできないというべきであり,このことは,郵便配達員からの受領行為を財産的利得を得るための手段の一つとして行ったときであっても異ならないと解するのが相当である。

(引用終わり)

 

司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」では、これに対応した論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

経済的用法とはいい難い場合の利用処分意思の肯否
重要度:A
 判例が利用処分意思を要求した趣旨は、毀棄罪より重い処罰の根拠が利欲犯的性格に求められる点にある。そうだとすると、厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受し得る何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認め得る(支払督促正本廃棄事件判例参照)。

(引用終わり)

 

 これを素直に当てはめれば、強盗と見せ掛けるために財布を持ち去って捨てる行為は、財布から何らの効用も享受するとはいえないので、利用処分意思がない、ということになるでしょう。このように考えれば、甲乙間に窃盗罪の共謀はないことになる。参考答案は、そのような筋道で書いてあります。しかしながら、以下の問題文の事情からすれば、この結論には異論の余地があります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者)

 甲と乙は,そのまま甲宅へ向かい,同日午後8時30分,甲宅に到着した。乙は,同日午後9時,帰宅するために甲宅を出た。甲は,同日午後9時5分,甲宅において,上着ポケットにしまったままの現金入りの同財布を取り出して現金4万円を抜き取り自分のものとし,同財布は甲宅の押し入れ内に隠した

(引用終わり)

 

 実は、物取りを装う事例について、下級審裁判例の結論は分かれているのです(不法領得の意思を肯定したものとして、東京高判平12・5・15。否定したものとして、釧路地判平14・3・18。)。そこでポイントとなっているのは、潜在的な利用可能性があるか否かです。

 

釧路地判平14・3・18より引用。太字強調は筆者。)

 窃盗罪など領得罪の成立には,他人の占有を奪取する際,行為者において不法領得の意思が必要であり,その内容としては,権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用しまたは処分する意思をいうと解される。
 不法領得の意思は,その有無によって,窃盗罪などの領得罪と毀棄・隠匿罪とを区別するためのものであるから,「経済的用法に従った利用または処分」とは,単に,当該物の経済的価値に着目して当該物が本来想定されている利用方法や交換価値の実現のみをいうものではなく,例えば性的な興味から下着を持ち去る場合のように当該物自体から生じる何らかの効用を利用・享受することを指すものと解すべきであるが,毀棄,隠匿を目的とする場合のように当該物の占有が奪取された状態を利用・享受しようとするに止まる場合は,不法領得の意思が欠けるというべきである。
 本件について検討すると…逃走の際,洗面室内の多数の洗濯物が目に入り,とっさに,下着を持ち出すことで下着泥棒の犯行に見せかけ,被告人の現金窃取目的のI方への侵入行為を隠蔽しようと考え,下着類を持ち出したこと,これら下着類は逃走後,N港にあるゴミステーションに捨てるつもりであったことがそれぞれ認められる。これに加え,証拠(略)によれば,被告人は,前記下着類の持ち出しの際,持ち出す下着を特に選ぶこともなく,女性用下着を適当に持ち出そうとしたこと,実際に持ち出した下着類には,J及び被害者らの下着が含まれているところ,被告人が下着や幼女に対する性的な興味を有することを示す証拠はないこと,判示第2の犯行後,I方から逃走するため前記1階8畳間の出窓から屋外に出た際,同犯行に使用した前記文化包丁を手に持ったままであり,これを同人着用のジャンパーのポケットに入れようとしたが,そのポケットに入っていた下着類が邪魔になったため,これを取り出してI方の南西側隣家の石油タンクの下に投棄したことがそれぞれ認められる。これらの各事実によれば,被告人は,これら下着類を,それまでの同人の犯行を隠蔽する目的で持ち出したのであり,持ち出した下着類は,逃走後直ちに投棄することを意図しており,実際にI方から退出後直ちにこれら下着類を投棄したものであって,I方から下着類が奪取されたという状態を利用しようとしたものということはできるが,これら下着類自体から生じる何らかの効用を利用・享受する意思があったとは認められず,同人に不法領得の意思を認めることはできない
 検察官は,物取りの犯行と見せかけるために金品の占有を奪取した事案について不法領得の意思の存在を認めた判決(東京高裁平成12年5月15日判決)を引用して,本件においても,下着泥棒による犯行に見せかけるために下着類の占有を奪取した被告人には不法領得の意思が認められるべきであると主張するしかし,前記判決の事案は,主として被害者への報復目的で殴打した後,物取りの犯行を装うため現金等入りのバッグを持ち去ったほか,放火目的で被害者経営の店舗に侵入した後,同様に物取りの犯行を装うため現金入りの財布,貴金属を持ち去り,持ち出した金品のうちバッグ等は投棄し,貴金属は自宅の庭に埋め,現金は自宅で保管したというものであって,現金窃取の目的による住居侵入後,下着泥棒の犯行を装うためにその場にあった女物の下着を適当に選んで持ち出し,その後程なくこれらの下着を投棄した本件とは事案を異にするものであるから,検察官の主張は採用できない。

(引用終わり)

 

 理論的には、このように事後的な事情をもって不法領得の意思の肯否が左右されると考えてよいかは問題です。不法領得の意思は主として事前判断としての行為規範の問題なのか、事後判断としての評価規範の問題なのか、それとも、単に事後の事実から行為時の主観を推認しているにすぎない(「捨てないで自宅に保管しているんだから、行為時に専ら物取りを装う意思であったとは推認できない。」という意味。)といい得るのか、といった問題点はあるのでしょう。それはともかくとして、直ちに捨てずに自宅に保管しておいた場合のように、潜在的な利用可能性が残る場合には、不法領得の意思は否定されない、という見解を採用するならば、本問でも不法領得の意思を肯定する余地が出てくることになります。もっとも、本問の場合には、甲と乙の内心に食い違いがあり、乙は、甲が現金入りのまま財布を捨ててくれると思っていたわけですから、上記見解を前提にしてもなお、乙については不法領得の意思が否定されるとも考えられ、そうである以上、共謀の肯否の検討においても、窃盗罪の共謀の成立は認められない、という考え方も、十分成り立ち得るように思われます。いずれにせよ、このようなことは、よく勉強していて知っていたとしても、現場で考えてはいけないことです。
 さて、甲及び乙の窃盗罪の共謀を否定した場合でも、器物損壊の限度で共謀を肯定できないか、という問題は生じます。部分的犯罪共同説(最決平17・7・4)の立場からは、窃盗と器物損壊に重なり合いがあるか、という観点から検討することになる。窃盗の保護法益について所持説を採る立場からも、究極的な保護法益として物の所有権が含まれると考えることができますから、広い意味での財産権を保護法益とする器物損壊との間で重なり合いを肯定することは可能でしょう。こうして、乙との関係では、器物損壊罪の限度で共同正犯が成立することになるのです。
 ここで、何のために共謀の成否を検討していたか、思い出しましょう。甲及び乙の主観において、甲はAの「殺害直後の殺害者」とはいえないので、65条の適用を考えていたのでした。ここまでの検討によれば、どうやら甲乙間に窃盗の共謀を認めることは難しそうです。こうして、結局、甲には窃盗罪の故意がなく、抽象的事実の錯誤によって、占有離脱物横領罪が成立するにとどまるという結論になるのです。しかし、現場でこんなことを書いた人は、1人もいないでしょう。現場の対応としては、死者の占有自体を無視するか、甲が殺害直後の殺害者に当たることを前提に、あっさり窃盗罪を肯定すべきだろうと思います。
 それから、甲に占有離脱物横領罪又は窃盗罪を肯定する場合には、その成立範囲も問題です。財布については不法領得の意思がない、と考えるなら、現金4万円についてだけ占有離脱物横領罪又は窃盗罪が成立し、財布については器物損壊罪が成立するにとどまる、ということにもなりそうです。しかし、一般に、中の現金を抜き取って財布を捨てるつもりで、他人の財布をスリ取るような場合であっても、財布も含めて窃盗罪が成立すると考えるのが普通です。そうだとすれば、本問でも、財布も含めて占有離脱物横領罪又は窃盗罪を成立させることになる。以上のように、この財布の持去り部分は、一見した時の印象以上に複雑で、厄介な内容です。これらを、真面目に検討しているようでは、受かるようにはなりません。参考答案は、最低限、誰もが気付くであろう不法領得の意思だけを取り上げています。それでも、全体としてはかなりの文字数になります。上位を狙うのであれば、死者の占有についても、触れたいところでした。死者の占有が行為者の主観の中で問題となる事例は、旧司法試験過去問にも出題されています。強盗を装うというところまで同じなので、これを解いていた上位者は、比較的容易に気が付いたでしょう。

 

(旧司法試験昭和63年刑法第2問)

 甲は日頃恨みを抱いていたA女を痛めつけようと考え、夜間路上で待ち伏せした上、手拳で同女の顔面を強打したところ、同女は転倒し、後頭部を路面に打ちつけて失神した。これを見た甲は、同女が死んでしまったものと誤信し、強盗による犯行に見せかけるため、同女のハンドバックを持ち去り、付近の河中に投棄した。甲の罪責を論ぜよ。

 

 ただ、受験生の多くが旧司法試験過去問を解いているかというと、実際にはそれほどでもないでしょう。ですから、現場で死者の占有に気付き、しかも時間内にまとめ切れた人は、少ないだろうと思います。そのことからすれば、上位を狙うのでない限り、これは無理をして書きに行くほどの論点でもないように思います。書くとしても、甲が殺害直後の殺害者に当たることを当然の前提として、できる限りコンパクトにまとめて書くべきでしょう。
 参考答案は、点が付く部分に特化して書いています。「唐突だ。もっと前提となる問題提起があった方がいいのに。」、「もっと接続詞を多用した方が読みやすいのに。」、「もっと項目間のつなぎの文章があれば論理性が明確になるのに。」などと思うかもしれませんが、そのように思ったときには、その部分を改善するために掛かる時間と、それによって増える得点がどのくらいか、ということを考えるべきです。参考答案では、「従って」が連続で出てくる部分があります。このような場合、多くの人が、「もっといい接続詞はないか。」などと考えて、手が止まる。しかし、それはほとんど無駄な時間です。途中答案になる人は、知らず知らずのうちに、このような細かいロスを積み重ねていることが多いので、一度考えてみるとよいでしょう。
 なお、参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」及び「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.甲が、本件クレジットカードでXとYを購入した点につき詐欺罪(246条1項)を検討する。

1.欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。クレジットカード取引においては、その使用権限の有無は財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項といえる。
 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる
 本件で、甲とAは勤務先会社の同僚にすぎず、Xは甲が欲しかった限定品の腕時計で、Yは甲の交際相手へのプレゼントであるから、Aによる使用と同視しうる特段の事情があるとはいえない。
 従って、A本人であると装う行為は、欺く行為に当たる。

2.錯誤は、当該錯誤がなければ、交付又は処分行為をしなかったであろうという程度に重要なものであることを要する
 本件で、Cは、甲がA本人であるとの錯誤に陥っており、その錯誤がなければXとYを売却しなかったであろうといえる。従って、錯誤がある。

3.詐欺罪の因果関係が認められるには、欺く行為による錯誤、それに基づく交付又は処分行為による財物の占有又は財産上の利益の移転という一連の因果経過が必要である
 本件で、甲は、Cに対し、A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上、Cの求めに応じ、B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは、その署名を確認し、甲がA本人であって、本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ、甲に対して、XとYを売却した。以上から、上記一連の因果経過がある。

4.詐欺罪は個別財産に対する罪であるから、加盟店がカード会社から立替払いを受けられるか否かは詐欺罪の成否に影響しない。

5.以上から、詐欺罪が成立する。

第2.売上票用紙の有印私文書偽造罪及び同行使罪(159条1項、161条1項)を検討する。

1.偽造とは、権限がないのに他人名義の文書を作成することをいい、その本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることにある(再入国許可申請書偽造事件判例参照)他人名義の使用について当該名義人の承諾がある場合であっても、当該文書の性質上、名義人以外の者の作成が許されないときは、物理的に文書に記入した者が作成者となる(交通反則切符の供述書に関する判例参照)
 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることが定められており、売上票用紙の署名は自署とされている。従って、文書の性質上、名義人以外の者の作成は許されない。従って、名義人であるAの承諾があっても、甲が作成者となり、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽るものとして、偽造に当たる。

2.事実証明に関する文書とは、実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書をいう(判例)
 本件で、クレジットカードの名義人本人であることは実社会生活に交渉を有する事項といえるから、署名欄のある売上票用紙は事実証明に関する文書に当たる。

3.「行使」とは、真正文書として認識可能な状態に置くことをいう(偽造免許証携帯事件判例参照)。Cに売上票用紙を手渡す行為はこれに当たる。

4.以上から、有印私文書偽造罪、同行使罪が成立する。

第3.甲及び乙が、Aに体当たりし、Aを押さえ付けた点と、乙が石でAの顔面を殴った点について、暴行罪(208条)、傷害罪(204条)を検討する。

1.暴行とは、人の身体に対する不法な有形力の行使をいい、性質上傷害の結果を惹起すべきものであることを要しない
 本件で、正面からAに2回体当たりし、仰向けに倒れているAを押さえ付ける行為は、人の身体に対する不法な有形力の行使として、暴行に当たる。

2.共謀に基づいて実行行為を分担した場合には、共同正犯が成立する(実行共同正犯)。
 本件で、甲は、乙に対して、「一緒にAを止めよう。」と言い、乙は、「分かった。」と答えた。甲は、乙に対して、「一緒にAを押さえよう。」と言い、乙は、甲に対して、「分かった。俺は上半身を押さえるから、下半身を押さえてくれ。」と答えた。これらは、上記1の暴行の共謀といえる。
 従って、甲乙は、上記1の暴行につき共謀に基づいて実行行為を分担しており、共同正犯関係が成立する。

3.上記1の暴行につき正当防衛(36条1項)の成否を検討する。

(1)Aが甲の顔面を殴ろうとした行為は、「不正の侵害」といえる。

(2)「急迫」とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 本件で、Aは、甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出し、甲と乙の体当たりにより路上に尻餅を付いたが、すぐに立ち上がり、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙が再び正面からAに体当たりしたところ、Aが路上に仰向けに倒れたが、倒れたAは立ち上がろうとした。以上から、侵害が現に存在するか、その危険が切迫しているといえる。従って、「急迫」といえる。

(3)「防衛するため」というためには、防衛の意思、すなわち、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である
 本件で、甲は、Aから殴られると考え、これを防ぐため、乙は、甲がAから殴られるのを防ごうと考え、Aに体当たりした。甲は、しばらくAを押さえ付けておけばAが落ち着き、Aから殴られることもなくなるだろうと考え、乙は、甲がAから殴られるのを防ごうと考え、Aを押さえ付けた。以上から、甲及び乙は、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態にあった。従って、「防衛するため」といえる。

(4)「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)
 本件で、28歳の男性で、身長170センチメートル、体重65キログラムのAに対し、28歳の男性で、身長165センチメートル、体重70キログラムの甲と、25歳の男性で、身長175センチメートル、体重75キログラムの乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

(5)以上から、上記1の暴行に正当防衛が成立する。

4.もっとも、その後、乙が、石でAの顔面を殴っている。

(1)Aは、乙に石で顔面を殴られたことから、全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負ったから、傷害罪の構成要件に該当する。

(2)体重70キログラムの甲が、仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり、体重75キログラムの乙が、Aの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり、Aの両上腕部を、真上から両手で力を込めて押さえ付けていることからすれば、上記行為時には、侵害は既に終了していたといえる。

(3)時間的、場所的に連続して暴行を加えた場合であっても、相手方が更なる侵害行為に出る可能性のないことを認識した上、防衛の意思ではなく、専ら攻撃の意思に基づき相当に激しい態様の暴行を加えたときは、当初の暴行と侵害行為終了後の暴行を全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当ではない(判例)
 本件で、確かに、直径10センチメートルの丸形、重さ800グラムの石で顔面を殴る行為は、相当に激しい態様の暴行である。しかし、乙は、Aが身体をよじらせながら、甲を大声で罵り、更に力を込めて体をよじらせた様子を見て、甲がAから殴られるのを防ぐためには、Aを痛めつけて大人しくさせるしかないと考えたのであり、相手方が更なる侵害行為に出る可能性のないことを認識した上、防衛の意思ではなく、専ら攻撃の意思に基づいて暴行に及んだとは認められない。
 従って、乙との関係では、上記1の暴行と一体の防衛行為と評価すべきである。

(4)以上から、乙との関係では、防衛行為は量的に過剰であるから過剰防衛(36条2項)となる。

5.急迫不正の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察すべきであり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであって、共謀の成立が認められるときに初めて、侵害現在時及び侵害終了後の一連の行為を全体として考察し、防衛行為としての相当性を検討すべきである(判例)。従って、上記新たな共謀が否定されるときは正当防衛となり、肯定されるときは過剰防衛となる。
 本件では、甲は、乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識していなかったから、新たな共謀が成立したとはいえない。
 従って、甲との関係では、上記1の暴行の点のみが問題となり、正当防衛が成立する。

6.以上から、乙には傷害罪が成立し、任意的減免の対象となるが、甲には犯罪は成立しない。

第4.甲がAの財布を持ち去った点について、窃盗罪(235条)を検討する。

1.4万円の現金入りの財布を甲の上着ポケットにしまい、甲宅へ向かったことは、「窃取」に当たる。

2.窃盗罪が成立するには、故意のほかに、不法領得の意思、すなわち、権利者を排除して自己の所有物とする意思(権利者排除意思)及び経済的用法に従い利用・処分する意思(利用処分意思)が必要である(教育勅語事件判例参照)
 本件では、甲は、「財布は捨ててもいいが、もったいないから中の現金はもらい、借金の返済に使おう。」と考えていたから、権利者排除意思と利用処分意思があり、不法領得の意思が認められる。

3.以上から、甲には窃盗罪が成立する。

4.乙に共謀共同正犯は成立するか。

(1)共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である
 本件で、乙は、甲に対して、「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った。甲は、乙に対して、「そうしよう。」と答えた。これを窃盗の共謀と評価できるか。
 厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受し得る何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認め得る(支払督促正本廃棄事件判例参照)。しかし、強盗と見せ掛けるために財布を捨てる場合には、財布から何らの効用も享受しない以上、利用処分意思は認められない。
 そうすると、上記の甲乙のやり取りをもって、窃盗の共謀と評価することはできない。

(2)従って、乙に共謀共同正犯は成立しない。

第5.よって、甲は、詐欺罪、有印私文書偽造罪、同行使罪、窃盗罪の罪責を負い、前三者の罪は牽連犯となり(54条1項後段)、窃盗罪とは併合罪(45条前段)となる。乙は、傷害罪の罪責を負い、任意的減免の対象となる。

以上

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2017年06月21日

平成29年司法試験論文式民事系第3問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.現在の司法試験の論文式試験において、ほとんどの科目では、合格ラインに達するための要件は、概ね以下の3つです。

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

 もっとも、民訴法は、必ずしも上記が当てはまらない独特の傾向でした。設問の内容自体は易しく、誰もが簡単に解答できてしまうものなのですが、その説明の仕方が出題趣旨に沿っていないと、点が付かない。そこでポイントになっていたのは、概ね以下の3つでした。

(ア)問題文で指定されたことだけに無駄なく答えている。
(イ)参照判例がある場合、まずその判例の趣旨を確認している。
(ウ)例外が問われた場合、まず原則論を確認している。

 上記(ア)から(ウ)までを守っていないと、理論的には全く正しい内容を書いているのに、全然点が付かない。一方で、上記(ア)から(ウ)を守ることさえ考えていれば、無難に合格点が取れる。このように、民訴は、他の科目とは異なる独特の採点傾向を把握しておくことが必要でした。

2.ただ、昨年は、上記の傾向に変化が生じていました。上記の傾向に合致する部分がある反面、他の科目同様の事例処理的な傾向も混在していたのです(「平成28年司法試験論文式民事系第3問参考答案」)。漏洩事件を受けた考査委員の交代の影響によるものなのでしょう。

 今年も、そのような混在傾向が続いています。まず、設問1をみてみましょう。修習生に対する課題に答えるという形式は、従来と同様です。前記の(ア)を意識する必要があります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

J1:今日の証拠調べの結果をどのように評価しますか。率直な意見を聴かせてください。

P:取引経緯に関するAの証言は具体的で信用できるため,Yの代理人AとXとの間で,本件絵画の時価相当額を代金額とする売買契約が成立し,その額は200万円であると考えられます。Xはこの200万円を支払っていませんから,売買を理由に,「Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。」との判決をすべきではないでしょうか。

J1:私の心証も同じですが,あなたの言うような判決を直ちにすることができるのでしょうか。まず,Yの代理人AとXとの間で契約が締結されたとの心証が得られたとして,その事実を本件訴訟の判決の基礎とすることができるのかについて,考えてみてください。

P:両当事者がその点を問題にしなかったのだからいいように思いましたが,考えてみます。

(引用終わり)

 

 「Yの代理人AとXとの間で契約が締結されたとの心証が得られたとして,その事実を本件訴訟の判決の基礎とすることができるのかだけを答える、というのがポイントで、ここでは、「贈与契約」、「売買契約」ではなく、単に「契約」となっているのがポイントになります。つまり、贈与か売買か、という訴訟物レベルの話はしなくてよい。要するに、処分権主義の話はするな、ということです。したがって、当事者は直接取引しか主張していないのに、代理人による契約成立を認定することは弁論主義に反しないか、その話だけを書けばよいのです。
 ここまでは、従来の傾向に沿っているといえます。しかし、ここまでです。ここから先、従来であれば、参照判例として、最判昭33・7・8が示されたことでしょう。

 

最判昭33・7・8より引用。太字強調は筆者。)

 斡旋料支払の特約が当事者本人によつてなされたか、代理人によつてなされたかは、その法律効果に変りはないのであるから、原判決が被上告人と上告人代理人Dとの間に本件契約がなされた旨判示したからといつて弁論主義に反するところはなく、原判決には所論のような理由不備の違法もない。

(引用終わり)

 

 仮に、これが示された場合には、前記1の(イ)によって、判例の趣旨を確認する必要があることになる。判例は、「効果が同じなんだから不意打ちにもならないでしょ。」という趣旨だろう。そう考えると、前記の(ウ)によって、「主要事実について異なる認定をすることは許されない。」という原則を確認した上で、「その趣旨は、通常当事者に不意打ちになるという点にある。したがって、不意打ちにならない場合は例外だ。」という流れで例外論を書くことになります。このように、原則・例外の形式に整理して書くのが、前記(ウ)のポイントです。
 しかし、本問は、そこまでの参照判例の掲載なり、設問での誘導なりがありません。ですから、従来の事例処理の書き方、すなわち、前記(1)から(3)までの書き方でも、十分解答できてしまいます。端的に、弁論主義違反となるための基準を示して、事実を摘示して当てはめる。配点が15しかないことからして、それで十分合格答案なのでしょう。参考答案は、そのような書き方をしています。ここが、事例処理型が混在している部分です。

 設問2です。小問(1)は、従来の傾向どおり、比較的詳細な誘導があります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

J1:次に,あなたの言うような判決はXの請求に対する裁判所の応答として適当なのか,すなわち,本件の訴訟物は何かを考える必要もありますね。
 そして,Xは,第1回口頭弁論期日に,「仮にこの取引が売買であり,本件絵画の時価相当額が代金額であるとしても,その額は200万円にすぎない。」と主張していますが,これには,どのような法的な意味合いがありますか。

P:Xが単に譲歩をしただけで,あまり法的に意味のある主張には見えませんが。

J1:本当にそうでしょうか。
 他方,Yは,「本件絵画をXに時価相当額で売却し,その額は300万円である。」と主張していますが,その法的な意味合いも問題になりますね。

P:はい。Xの主張する請求原因事実との関係で,Yのこの主張がどのように位置付けられるか,整理したいと思います。

J1:本件は,訴訟代理人が選任されていないこともあり,紛争解決のために,両当事者の曖昧な主張を法的に明確にする必要がありそうです。
 訴訟物の捉え方については様々な議論がありますが,あなたの捉える本件の訴訟物は何になるかを示した上で,各当事者から少なくともどのような申立てや主張がされれば,「Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。」との判決をすることができるか,考えてみてください。その際,先ほどお願いしたYの主張の位置付けの整理も行ってください。これを課題1とします。

(引用終わり)

 

 ここで、前記(ア)を意識します。課題1の直接的な内容は、上記引用部分の最後のJ1発言に示された以下の3つです。

1.本件の訴訟物は何か。
2.引換給付判決をするためには、各当事者からどのような申立てや主張がされることを要するか。
3.上記1及び2を検討するに当たり、Yの主張の位置付けを整理する。

 まず、1の訴訟物は、訴状の記載から贈与契約に基づく本件絵画の引渡請求であることが明らかです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Xは,訴状において,次のように主張した。
 「Xは,かねてよりYの事業の支援をしていたが,平成27年9月1日,Yから,これまでの支援の御礼として,本件絵画の贈与を受けた。Yから受け取った念書には,YがXに本件絵画を譲る旨や同年10月1日にY宅で本件絵画を引き渡す旨が記載されている。その後,Xが約束どおりY宅に出向いて本件絵画の引渡しを求めたのに,Yはこれを拒み,一切の話合いに応じないので,贈与契約に基づく本件絵画の引渡しを求めるため,本件訴えを提起した。贈与の事実の証拠として,この念書を提出する。」

(引用終わり)

 

 「訴訟物の捉え方については様々な議論がありますが」とわざわざ書いてありますから、訴訟物を示す際には、旧訴訟物理論に立つことを示しておくべきなのでしょう。旧訴訟物理論からは、贈与契約に基づく本件絵画の引渡請求が訴訟物になる。これを端的に示せば足ります。
 次に、上記2ですが、ここまで検討した段階で、訴訟物が贈与契約に基づく本件絵画の引渡請求のままでは、引換給付になる余地がないことに気付くはずです。ここで、3を考慮する必要があるということがわかる。「本件絵画をXに時価相当額で売却し、その額は300万円である。」という主張は、現在の訴訟物との関係では、贈与契約成立の請求原因に対する積極否認でしかありません。そこまで気付けば、引換給付とするには、訴訟物が売買契約に基づく本件絵画の引渡請求であって、Yの「本件絵画をXに時価相当額で売却し、その額は300万円である。」という主張が、同時履行の抗弁権となることが必要だ、ということがわかる。後は、「各当事者から少なくともどのような申立てや主張がされれば」という問題文の問い方に対応させて考えればよいわけです。すなわち、Xは、売買の請求を追加する必要があるわけですから、訴えの追加的変更の申立てをする必要がありますし、この場面での同時履行の抗弁権は権利抗弁となりますから、Yは、その権利主張をする必要がある、ということになる。そして、引換給付判決は質的一部認容判決ですから、一応これが可能であることを書いておく。以上を無駄なく端的に示せれば、上位の合格答案でしょう。
 上記のことは、十分な体調で、余裕のある精神状態で問題文を読めば、比較的容易に読み取ることができるはずです。しかし、実際の試験現場では、これを普通に読み解ける人は、案外少ないだろうと思います。民訴は、体感的に最も辛い2日目の最後の科目です。疲労がピークに達し、誰もが正常な判断能力を失ってしまっている。問題文に明らかに「各当事者から少なくともどのような申立てや主張がされれば」と書いてあるのに、当事者の申立てや主張について一切触れていない人も、相当数出るはずです。ですので、上記のうちの3分の2程度が書けていれば、合格ラインだろうと思います。その意味では、この部分の参考答案は、冷静になれば難しいことは何一つ書いていないわけですが、実際には、合格ラインより上の水準にあるといえるでしょう。

 さて、残るは設問2の小問(2)と設問3です。これらは、論理的に相互にリンクしているので、まとめて説明したいと思います。ここは、伝統的な学説の理解と、判例の理解とで、考え方の筋道が違ってくるところです。
 まずは、伝統的な学説の理解に沿って考えてみましょう。設問2の小問(2)は、処分権主義の問題でしょうか。それとも、弁論主義の問題でしょうか。「えっ?単なる量的一部認容の可否でしょ?処分権主義に決まってるじゃん。」と思った人は、処分権主義の対象が審判対象、すなわち、訴訟物であることを思い出す必要があります。小問(1)の申立て及び主張がされた前提で、引換給付判決がされる場合の訴訟物は、伝統的な学説に従えば、「売買契約に基づく本件絵画の引渡請求」ということになるでしょう。そう考えた場合に、以下の判決を一部認容判決としてすることはできるでしょうか。

 

(判決主文の例その1)

1.被告は、原告に対し、原告から200万円の支払を受けるのと引換えに、本件絵画を引き渡せ。
2.原告のその余の請求を棄却する。

(判決主文の例その2)

1.被告は、原告に対し、原告から220万円の支払を受けるのと引換えに、本件絵画を引き渡せ。
2.原告のその余の請求を棄却する。

(判決主文の例その3)

1.被告は、原告に対し、原告から180万円の支払を受けるのと引換えに、本件絵画を引き渡せ。
2.原告のその余の請求を棄却する。

 

 これらは、いずれも原告の請求についての質的一部認容判決として認められる、というのが、一部認容判決に関する普通の理解です。「いや、180万円の場合は被告Yに不意打ちになるからダメじゃないの?」と思うかもしれません。確かに、一部認容判決をするための考慮要素ないし要件として、当事者の意思に反しないこととか、不意打ちとならないということが言われます。しかし、それは、「原告の請求に含まれているか。」という点についてです。当事者の意思に反するとか、被告に不意打ちになるから許されない場合とは、例えば、建物の引渡請求において、以下のような判決をする場合です。

 

(判決主文の例その4)

1.被告は、原告に対し、本件建物のうち、屋根、廊下の床板及び勝手口の扉を引き渡せ。
2.原告のその余の請求を棄却する。

 

 このような判決をみれば、「いやいや確かに建物の一部だけどさ。それはさすがに原告の請求に含まれてるとは思わないだろ。」となるでしょう。このことを指して、「当事者の意思に反するから許されない。」などと表現するのです。これに対し、本件絵画と代金との引換給付は、通常は、それが原告の請求に含まれているという点においては異論は生じないはずです。ですから、その意味において、当事者の意思に反するとか、被告の不意打ちになるとはいえないのです。
 それでも、「代金額が変化すると、引換給付判決の執行段階でYが受け取れる金額が変わるのだから、処分権主義の問題なんじゃないの?」と思うかもしれません。しかし、伝統的な学説にそのまま従うなら、この引換給付部分は、原告の設定した審判対象=訴訟物に含まれない以上、処分権主義の問題とはならないのです。このことは、設問3の既判力の客観的範囲の理解にそのままリンクします。
 とはいえ、「当事者の主張していない金額を勝手に裁判所が認定しても構わないの?」という疑問はあるでしょう。それはそのとおりですが、それは、「当事者の主張しない事実を基礎とする場合」ですから、弁論主義の第1原則の問題です。
 もう少し詳しく考えてみましょう。本問において、具体的な代金額の主張立証責任は、XとYのどちらが負うのでしょうか。この問いに対し、「Xでしょう。」と答えるのは、中級者です。「Yですよね。」と答えるのは、初学者と上級者です。どういうことか。引換給付が問題になる場合の訴訟物は、売買契約に基づく本件絵画の引渡請求ですから、請求原因において、Xは売買契約の成立を主張・立証する必要があります。そして、売買の要素は目的物と代金ですから、Xは、目的物だけでなく、代金額をも特定して主張・立証する必要があるということになりそうです。ここに気付くことができれば、少なくとも中級者です。これにすら気付くことなく、引換給付を受けるのはYだから、という安易な理由だけで「Yですよね。」と答えるのは、初学者です。
 上記を文字どおりに理解すると、どうなるか。Xが具体的な代金額の立証に失敗すれば、売買の成立が否定されるということです。すなわち、Xの請求は棄却される。売買代金支払請求であれば、代金がいくらか確定できない以上、棄却の結論もやむを得ないでしょう(その場合でも最低限認められる金額を認定するのが実務的ですが。)。しかし、目的物引渡請求の場合に、具体的な代金額が立証できないというだけで請求が棄却されてしまうのは、おかしい。そこで、売買に基づく引渡請求については、一般に、売買契約の成立を認めるに当たり具体的な代金額の立証までは必要でなく、例えば、「時価相当額」という程度の主張・立証がされれば足りる、と解されています。そして、本問は、まさにその場合なのです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者)

J1:今日の証拠調べの結果をどのように評価しますか。率直な意見を聴かせてください。

P:取引経緯に関するAの証言は具体的で信用できるため,Yの代理人AとXとの間で,本件絵画の時価相当額を代金額とする売買契約が成立し,その額は200万円であると考えられます。Xはこの200万円を支払っていませんから,売買を理由に,「Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。」との判決をすべきではないでしょうか。

 (中略)

J1:…ところで,本件絵画の時価相当額については,当事者からより適切な証拠が提出されれば,別の金額と評価される可能性もあると思います。課題1で必要となる各当事者の申立てや主張がされたという前提の下で,仮に,本件絵画の時価相当額が220万円と評価される場合あるいは180万円と評価される場合には,それぞれどのような判決をすることになるのかについても,考えてみてください。これを課題2とします。
 なお,課題1及び2の検討においては,設問1で検討した点に触れる必要はありません。
 また,あなたの言うとおり,本件絵画の時価相当額を代金額とする売買契約が成立したものとして,考えてください

(引用終わり)

 

 大事なことなので、二度書いてある。しかし、試験の現場でこの正確な意味に気が付いた人は、ほとんどいなかったでしょう。こうして、請求原因が認められ、Yが同時履行の抗弁権を主張する番になる。さて、ここで、Yは、抗弁を基礎付ける事実として、何か主張・立証する必要があるでしょうか。通常は、同時履行の関係が請求原因に表れているので、抗弁権を行使する趣旨の権利主張があれば足り、それ以外に何らの主張・立証も要しないとされています(代金支払は再抗弁)。ところが、本問のように請求原因段階で、代金額が「時価相当額」としか特定されていない場合にも、同じように考えてよいのでしょうか。ざっくりと考えると、2つの考え方がありそうです。1つは、代金額が具体的に問題となった以上、翻ってXにおいて、請求原因として具体的な代金額を立証しなければならない、という考え方。もう1つは、同時履行の抗弁権の内容として、「○○円を支払うまでは」という事実主張が必要である以上、Yにおいて、具体的な代金額を主張・立証すべきであるという考え方です。売買契約においては、代金債権を有する売主において、代金債権の内容である代金額の具体的な主張・立証をすべきである、という考え方からは、後者の立場が妥当だということになるでしょう。こうして、本問において、具体的な代金額を主張・立証すべき者は、Yだ、ということになる。ここまでわかっていた人は、間違いなく上級者といえるでしょう。
 さて、ここまで理解した上で、小問(2)で問題となっていることを考えましょう。Xは200万円と主張し、Yは300万円と主張している。それなのに、両者の主張しない220万円や180万円を、裁判所が勝手に認定できるのか。処分権主義の枠組みで一部認容と考える場合には、X・Yにとって有利か不利か、という視点で考えればよかったのです。しかし、弁論主義の第1原則の問題として考える場合、220万円も180万円も、当事者が主張していないことには変わりがないから、ダメだということになりそうです。特に、設問1で問答無用に弁論主義違反を認めた人は、ここでも両方弁論主義違反としなければ、筋が通らないでしょう。ところが、「当事者が特定の代金額を主張している場合には、その主張に係る売買契約と同一性を有する範囲で黙示的にそれ以外の代金額も主張していると考えられるから、その範囲であれば裁判所は当事者の主張するものと異なる代金額を認定することができる。」とするのが、一般的な見解です。本問でいえば、180万円も220万円も、本件絵画の代金として同一性を有する範囲内といえるでしょうから、裁判所はいずれも認定可能である、ということになります。ちなみに、同一性を欠く場合とは、例えば、代金額を1億円とか10円と認定するような場合で、そのような場合は、「それはもはや本件絵画ではなくて、何か別のものの代金額を認定してしまっていませんか?」という意味で、「同一性を欠く」と表現するのです。
 さて、上記のような理解に立って、今度は設問3を考えましょう。これは要するに、引換給付判決の既判力の客観的範囲とその作用が問われている。ただ、それだけの問題ともいえます。これは、旧司法試験でもそのまま問われている内容です。

 

(旧司法試験平成15年度論文式試験民事訴訟法第2問)

 甲は,乙に対し,乙所有の絵画を代金額500万円で買い受けたとして,売買契約に基づき,その引渡しを求める訴えを提起した。
 次の各場合について答えよ。

1. 甲の乙に対する訴訟の係属中に,乙は,甲に対し,この絵画の売買代金額は1000万円であるとして,その支払を求める訴えを提起した。

(1)甲は,乙の訴えについて,反訴として提起できるのだから別訴は許されないと主張した。この主張は,正当か。

(2) 裁判所は,この二つの訴訟を併合し,その審理の結果,この絵画の売買代金額は700万円であると認定した。裁判所は,甲の請求について「乙は甲に対し,700万円の支払を受けるのと引換えに,絵画を引き渡せ。」との判決をすることができるか。一方,乙の請求について「甲は乙に対し,絵画の引渡しを受けるのと引換えに,700万円を支払え 」。 との判決をすることができるか。

2. 甲の乙に対する訴訟において,「乙は甲に対し,500万円の支払を受けるのと引換えに,絵画を引き渡せ。」との判決が確定した。その後,乙が,甲に対し,この絵画の売買代金額は1000万円であると主張して,その支払を求める訴えを提起することはできるか。

 

 ただし、現在の司法試験では、前記の(ア)、すなわち、問題文で指定されたことだけに無駄なく答えることが必要です。問題文では、以下のような指示がなされています。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 J2:本件は,Yの訴訟代理人の主張するように,前訴判決に沿って,直ちに請求認容判決をすべきなのでしょうか。

Q:今まで考えたことがないのですが,既判力の範囲に関する民事訴訟法の規定に遡って考えないといけないように思います。

J2:そうですね。それを出発点としつつ,前訴判決の主文において引換給付の旨が掲げられていることの趣旨にも触れながら,後訴において,XY間の本件絵画の売買契約の成否及びその代金額に関して改めて審理・判断をすることができるかどうか,考えてみてください。

(引用終わり)

 

 まず、「既判力の範囲に関する民事訴訟法の規定」が、114条1項であることは明らかです。

 

(民事訴訟法114条1項)

 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

 

 形式的には、「Xから200万円の支払を受けるのと引換えに」の部分も、主文に含まれています。しかし、伝統的な学説は、この部分には既判力は生じないと考える。その理由は、「前訴判決の主文において引換給付の旨が掲げられていることの趣旨」にあります。すなわち、114条1項の「主文に包含するもの」とは、訴訟物に対する判断を指しているところ、引換給付の旨が主文に掲げられる趣旨は執行の条件を指定するにすぎないから、訴訟物に対する判断には含まれないからだ、ということです。この「執行の条件」とは、具体的には民事執行法31条1項に示されています(意思表示の擬制の場合は174条2項)。

 

(民事執行法31条1項)

 債務者の給付が反対給付と引換えにすべきものである場合においては、強制執行は、債権者が反対給付又はその提供のあつたことを証明したときに限り、開始することができる。

 

 このように考えると、前訴判決主文中、「Xから200万円の支払を受けるのと引換えに」の部分には、既判力は生じないということになります。そうすると、単に、「Yは、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」 という判決と同じに考えればよい。では、この前訴判決の既判力は、後訴において、どのように作用するのでしょうか。ここは、非常に誤解の多いところなので、基本的なところから詳しく説明しましょう。
 既判力の作用は、端的にいえば、後訴裁判所が、前訴判決の既判力で確定された判断内容を基礎にして判断しなければならなくなる、ということで、一般にこれは積極的作用と呼ばれています。そして、このことから、後訴裁判所は、前訴判決の既判力と矛盾する主張等を排斥しなければならない、という裁判所に対する消極的作用が導かれます。このことは、同時に、当事者が前訴判決の既判力と矛盾する主張等をすることができないという当事者に対する消極的作用をも意味するのでした。このことを逆方向から説明すると、当事者が前訴判決の既判力と矛盾する主張等をすることができないのは、後訴裁判所が前訴判決の既判力と矛盾する主張等を排斥しなければならないからであり、それは、後訴裁判所が、前訴判決の既判力で確定された判断内容を基礎にして判断しなければならないからだ、ということになる。以上のような連関を、敢えて図示すれば、以下のようになるでしょう。

1.積極的作用→裁判所に対する消極的作用→当事者に対する消極的作用
2.積極的作用←裁判所に対する消極的作用←当事者に対する消極的作用

 「なんでこんな当り前のことを一々説明するのか。」と思うかもしれませんが、これを事前に確認していないので、様々な誤解が生じているのです。
 さて、上記の作用は、具体的にどのような場面で表れてくるのか。一般に、既判力は、前訴と後訴の訴訟物に同一関係、矛盾関係又は先決関係がある場合に作用するとか、判決理由中の判断には既判力は及ばない、などと説明されます。それは、間違ってはいませんが、誤解を招きやすい表現です。例えば、以下のような誤解です。

 「既判力は、前訴と後訴の訴訟物に同一関係、矛盾関係又は先決関係がある場合にのみ作用する。したがって、同一関係、矛盾関係又は先決関係のいずれにも当たらない場合には、後訴裁判所が前訴判決の既判力で確定された判断内容と矛盾する判断をすることができる。」

 「既判力は判決理由中の判断には及ばないから、例えば、前訴の訴訟物が甲土地の所有権確認の訴えである場合には、その判決理由中で示された甲土地の売買契約の成否についての主張は、後訴において前訴の既判力によって遮断されることはない。」

 どうしてこれらが誤解なのか。まず、以下の事例を考えてみましょう。

 

【事例1】

1.Xは、Yに対し、売買契約に基づく目的物引渡請求訴訟を提起し、Yは売買契約の成立を争ったが、裁判所は売買契約の成立を認めて、Xの請求を認容する判決をし、この判決は確定した。
2.その後、Xは、再度、Yに対し、売買契約に基づく目的物引渡請求訴訟を提起した。

 

 Xの再度の訴訟提起については、訴えの利益も問題になりますが、時効中断の必要等から訴えの利益は認められるという前提で考えて下さい。この事例で、「Yは、後訴において、Xが請求原因として主張する売買契約の成立に係る主張を否認できますか?」と質問すると、多くの人が、「前訴と後訴は同一関係にあるので、Yは売買契約の成立を否認できません。」と答えるでしょう。これは正解です。しかし、「え?売買契約の成否に関する判断は、前訴における判決理由中の判断ですよね?それでも否認できないんですか?」と、さらに問われると、「あうあう。」となってしまう人が多いのが実情です。これは、要件事実の主張と、そこから生じる法律関係とを整理できていないことから起こる混乱です。裁判所が、Yが売買契約を否認することを認め、売買契約の成立は認められない、と判断すると、どのような法律関係になるか。売買契約の不成立は、売買契約に基づく目的物引渡請求権の不発生を帰結します。これは、前訴基準時に、XのYに対する売買契約に基づく目的物引渡請求権が存在した、という前訴確定判決の既判力と矛盾する。そのような既判力と矛盾する法律関係を基礎付ける主張等は、許されない。こうして、Yが売買契約を否認したとしても、後訴裁判所は、それを排斥しなければならなくなるのです。
 次に、以下の事例を考えます。

 

【事例2】

1.Xは、Yに対し、甲土地の所有権確認の訴えを提起したのに対し、Yは、Xから甲土地を買い受けたので自分が所有権者であり、Xは所有権者ではないとして争ったが、裁判所はXY間の売買契約の成立を認めず、Xの請求を認容する判決をし、この判決は確定した。
2.その後、Yは、Xに対し、甲土地の所有権確認の訴えを提起した。

 

 この事例で、「Yは、後訴において、前訴基準時前にXY間で甲土地につき売買契約が成立した旨の主張をすることができますか?」と質問すると、多くの人が、「前訴と後訴は矛盾関係にあるので、Yはそのような主張をすることができません。」と答えるでしょう。これは正解です。しかし、「え?売買契約の成否に関する判断は、前訴における判決理由中の判断ですよね?それでも売買契約の成立を主張することができないんですか?」と、さらに問われると、やはり、「あうあう。」となってしまう。この事例で、裁判所が、Yによる「前訴基準時前にXY間で甲土地につき売買契約が成立した。」旨の主張を認め、売買契約の成立が認められる、と判断すると、どのような法律関係になるか。それは、Yの所有権取得を基礎付けると同時に、一物一権主義によって、反射的にXに所有権がない、という法律関係を認めることになります。これは、前訴基準時に、Xが甲土地の所有権を有していた、という前訴確定判決の既判力と矛盾します。そのような既判力と矛盾する法律関係を基礎付ける主張は、許されない。こうして、Yが売買契約の成立を主張したとしても、後訴裁判所は、それを排斥しなければならないのです。ここにおいて、前に紹介した、以下の命題が誤りであることが明らかになります。

 「既判力は判決理由中の判断には及ばないから、例えば、前訴の訴訟物が甲土地の所有権確認の訴えである場合には、その判決理由中で示された土地の売買契約の成否についての主張は、後訴において前訴の既判力によって遮断されることはない。」

 このような誤解が生じるのは、「既判力と矛盾する法律上の主張は許されない。」という抽象的な記述しか普段学んでおらず、そのような既判力と矛盾する法律上の主張を基礎付ける事実主張とはどのようなものか、という思考をすることがほとんどないからです。少し考えてみればわかりますが、主文(訴訟物に対する判断)は法律関係の存否に関するものなのですから、事実の存否に関する判断は、すべて判決理由中の判断に含まれます。それなのに、「既判力は主文に包含するものにのみ及び、判決理由中の判断には及ばないから、主文に含まれない事実の存否に関する判断は、既判力で遮断されることはない。」などと言ってしまえば、事実の主張はおよそ遮断される余地がなくなってしまいます。基本書等では紙幅の関係で省略されがちな部分を、具体的に考えてみる必要があるのです。
 もう1つ、以下の事例を考えましょう。

 

【事例3】

1.Xは、Yに対し、甲土地の所有権確認の訴えを提起したのに対し、Yは、Xから甲土地を買い受けたので自分が所有権者であり、Xは所有権者ではないとして争ったが、裁判所はXY間の売買契約の成立を認めず、Xの請求を認容する判決をし、この判決は確定した。
2.その後、Xは、Yに対し、所有権に基づく甲土地明渡請求訴訟を提起した。

 

 この事例で、「Yは、後訴において、Xの請求原因を認めた上で、前訴基準時前にXY間で甲土地につき売買契約が成立した旨の主張をして所有権喪失の抗弁を提出することができますか?」と質問すると、多くの人が、「前訴と後訴は先決関係にあるので、Yは所有権喪失の抗弁を提出できません。」と答えるでしょう。これは正解です。しかし、「え?売買契約の成否に関する判断は、前訴における判決の理由中の判断ですよね?それでも売買契約の成立を主張することができないんですか?」と、さらに問われると、またしても「あうあう。」となる。この事例で、裁判所が、Yによる前訴基準時前にXY間で甲土地につき売買契約が成立した旨の主張に基づく所有権喪失の抗弁について、売買契約の成立が認められ、抗弁が成立する、と判断すると、どのような法律関係になるか。それは、「所有権喪失の抗弁」の名前のとおり、Xに所有権がない、という法律関係を認めることになります。これは、前訴基準時に、Xが甲土地の所有権を有していた、という前訴確定判決の既判力と矛盾します。そのような既判力と矛盾する法律関係を基礎付ける主張等は、許されない。こうして、Yが売買契約の成立を主張して所有権喪失の抗弁を提出したとしても、後訴裁判所は、それを排斥しなければならないのです。
 以下の事例はどうでしょうか。

 

【事例4】

1.Xは、Yに対し、所有権に基づく甲土地明渡請求訴訟を提起したのに対し、Yは、Xから甲土地を買い受けたので自分が所有権者であり、Xは所有権者ではないとして争ったが、裁判所はXY間の売買契約の成立を認めず、Xの請求を認容する判決をし、この判決は確定した。
2.その後、Yは、Xに対し、甲土地の所有権確認の訴えを提起した。

 

 この事例で、「Yは、後訴において、前訴基準時前にXY間で甲土地につき売買契約が成立した旨を主張することができますか?」と質問すると、多くの人が、「ハハッちゃんと勉強してますよ。甲土地の所有権の帰属は判決理由中の判断だから、同一関係、矛盾関係、先決関係のいずれにも当たらず、既判力が作用しないので、Yはそのような主張をすることができます。」と答えるでしょう。これは正解です。しかし、「え?これまでに確認したように、売買契約の成否に関する判断は前訴における判決理由中の判断ですが、それでも売買契約の成立を主張することができない場合があったじゃないですか。それとの違いはどこにあるんですか?」と、さらに問われると、結局は、「あうあう。」となる。前にも説明したとおり、要件事実の主張(売買契約の成否)と、それによって生じる法律関係(所有権の存否ないし所有権に基づく物権的請求権の存否)とを区別して理解することが、ここでも重要です。この事例で、裁判所が、Yによる前訴基準時前にXY間で甲土地につき売買契約が成立した旨の主張を認め、売買契約の成立が認められる、と判断すると、どのような法律関係になるか。それは、Yの所有権取得を基礎付けると同時に、一物一権主義によって、反射的にXに所有権がない、という法律関係を認めることになります。これは、前訴基準時に、Xが、Yに対し、所有権に基づく甲土地明渡請求権を有していた、という前訴確定判決の既判力と矛盾するでしょうか。極めて少数の異説を除き、所有権と、所有権に基づく物権的請求権は別個の権利であることから、所有権がないことと、所有権に基づく物権的請求権を有することとは直ちに矛盾しない、という理解をするのが定説となっています。こうして、Yが売買契約の成立を主張しても、後訴裁判所は、それを排斥する必要はない、ということになるのです。
 このように、「同一関係、矛盾関係又は先決関係に当たるから既判力が作用する。」という説明は必ずしも的確ではなく、既判力の積極的作用・消極的作用との関係で、具体的に考える必要があるのです。そして、既判力の消極的作用によって主張等が排斥される場合が生じることを、「既判力が作用する。」と一般に表現しているわけです。その上で、既判力が作用する場合を、敢えて3種類に分類してみると、同一関係、矛盾関係又は先決関係に分類できるだろう。このことを、「既判力が作用するのは、同一関係、矛盾関係又は先決関係に当たる場合である。」と表現しているのです。ですから、前に紹介した、以下のような命題は誤っているのです。

 「既判力は、前訴と後訴の訴訟物に同一関係、矛盾関係又は先決関係がある場合にのみ作用する。したがって、同一関係、矛盾関係又は先決関係のいずれにも当たらない場合には、後訴裁判所が前訴判決の既判力で確定された判断内容と矛盾する判断をすることができる。」

 既判力の消極的作用によって主張等が排斥される場合が生じることを、「既判力が作用する。」と呼び、既判力が作用する場合を同一関係、矛盾関係又は先決関係に分類しているわけだから、「同一関係、矛盾関係又は先決関係のいずれにも当たらないが、後訴裁判所が前訴判決の既判力で確定された判断内容と矛盾する判断をする場合」などというものは、およそ生じ得ないわけです。ですから、「確かに既判力の客観的範囲の及ぶ事項と矛盾する主張ですが、本問は同一関係、矛盾関係又は先決関係のいずれにも当たらず、既判力が作用する場面ではないので、既判力によって主張が遮断されることはありません。」などという説明は、誤っているのです。

 さて、ここまで確認して初めて、本問を検討する準備が整いました。まず、前訴の既判力の客観的範囲を確認しておきましょう。前に説明したとおり、伝統的な学説の立場によれば、前訴の既判力は、「前訴基準時に、XのYに対する売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権が存在した 。」という点にのみ及ぶ、と考えればよかったのでした。そして、後訴の訴訟物は、YのXに対する売買代金支払請求です。後訴の請求原因としてYが主張・立証すべきは、本件絵画の売買契約の成立です。したがって、「XY間には本件絵画の贈与契約が成立したのであって、Xは売買代金の支払義務を負わない」 旨の主張は、売買契約の成立に対する積極否認ということになるでしょう。さあ、Xは、売買契約の成立を否認することができるでしょうかここまできちんと読んできた人であれば、「売買契約の成立は前訴の判決理由中の判断なので、Xは売買契約の成立を否認することができます!」などとは答えないでしょう。本問で、裁判所が、Xが売買契約を否認することを認め、売買契約の成立は認められない、と判断すると、どのような法律関係になるか。売買契約の不成立は、売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権の不発生を帰結します。これは、前訴基準時に、XのYに対する売買契約に基づく本件絵画の引渡請求権が存在した、という前訴確定判決の既判力と矛盾する。そのような既判力と矛盾する法律関係を基礎付ける主張等は、許されない。こうして、後訴裁判所は、Xが売買契約を否認したとしても、それを排斥しなければならなくなるのです。 (※)
 では、「その代金額は150万円であり、Xはその限度でしか支払義務を負わない」旨の主張については、どうか。まずは、この主張の位置付けを整理しておきましょう。Yは、請求原因として売買契約の成立を主張・立証するわけですが、売買の要素として、目的物と代金を具体的に主張・立証することになる。そして、前訴と異なり、後訴は代金支払請求ですから、「時価相当額」という程度の特定では足りず、請求の趣旨に記載された200万円という代金額を具体的に立証する必要があるわけです。そうすると、「その代金額は150万円であり、Xはその限度でしか支払義務を負わない」旨の主張とは、このYの請求原因としての売買代金額の主張に対する積極否認ということになる。さて、Xは、Yの代金額の主張を否認することができるのでしょうか。代金額の主張を否認するとは、すなわち、売買契約の成立を否認することである、と考えると、やはり、それは許されないということになりそうです。しかし、さすがにそれはおかしい、と直感的に思うでしょう。ここで、売買契約に基づく引渡請求の場合には、請求原因において「時価相当額」程度の特定で足りる、と考えた趣旨を思い出す必要があるのです。売買契約に基づく引渡請求が訴訟物である場合には、売買契約の同一性を確保する趣旨で代金額の特定が求められていたにすぎず、厳密に代金額が特定されていなくても、売買契約の成立は否定されない。このことからすれば、後訴で代金額の主張を否認したからといって、直ちに売買契約の成立を否定する趣旨ではなく、あくまで代金額のみを争う趣旨である、と理解することが可能でしょう。こうして、後訴裁判所は、代金額が150万円であるという主張を既判力によって直ちに排斥するのではなく、代金額について改めて審理できるか否かについて、その主張が信義則に反するか否かという観点から判断すべきことになるのです。

 ※ なお、これは、「法的性質決定の既判力」とは無関係です。「法的性質決定の既判力」とは、主に新訴訟物理論に立つ場合に、考える実益のある概念です。新訴訟物理論では、「目的物の引渡しを受ける法的地位」などが訴訟物となりますから、これに対する判決の既判力も、例えば、「Xは、Yから本件絵画の引渡しを受ける法的地位にある。」となるはずです。それが実体法上売買に基づくのか、贈与に基づくのか、といったことは、何ら特定できないか、あるいは、「引渡しを基礎付ける法律原因をすべて統合した規範に基づく地位」などを想定することになります。しかし、それでは当事者が実体法上どのような権利を行使したのかすらわからないことになる。そこで、「せめて実体法上どの権利に基づいてその法的地位が認められたのか、というところまでは、既判力で特定していないとヤバくない?」という発想が生じてくるわけですね。これが、「法的性質決定の既判力」というものです。旧訴訟物理論では、もともと、訴訟物と実体法上の権利が1対1対応になっていますから、それほどこの概念を用いる必要性はありません。旧訴訟物理論の論者がこの言葉を使う場合には、せいぜい、「請求の趣旨の内容を特定する場合に請求原因を参照するのと同じように、主文に表示された訴訟物に対する判断がどのような法律関係に関するものであるかについて、判決理由中の判断を参照してその法的性質を特定する場合がある。」という程度の意味を有しているにすぎません。

 

 以上が、伝統的な学説からの理解でした。しかし、判例であれば、これとは異なる筋道で本問を解決しそうです。ここからは、設問2小問(2)と設問3について、判例の立場を簡単に説明したいと思います。
 設問2の小問(2)は、伝統的な学説からは、引換給付の部分は訴訟物に含まれないのだから、弁論主義の問題だ、という整理でした。その根拠としては、引換給付は執行の条件にすぎない、ということがありました。しかし、判例は、不執行の合意の存在について、訴訟物に準ずるものとして審判の対象となるとします。

 

最判平5・11・11より引用。太字強調は筆者。)

 給付訴訟の訴訟物は、直接的には、給付請求権の存在及びその範囲であるから、右請求権につき強制執行をしない旨の合意(以下「不執行の合意」という。)があって強制執行をすることができないものであるかどうかの点は、その審判の対象にならないというべきであり、債務者は、強制執行の段階において不執行の合意を主張して強制執行の可否を争うことができると解される。しかし、給付訴訟において、その給付請求権について不執行の合意があって強制執行をすることができないものであることが主張された場合には、この点も訴訟物に準ずるものとして審判の対象になるというべきであり、裁判所が右主張を認めて右請求権に基づく強制執行をすることができないと判断したときは、執行段階における当事者間の紛争を未然に防止するため、右請求権については強制執行をすることができないことを判決主文において明らかにするのが相当であると解される(最高裁昭和四六年(オ)第四一一号同四九年四月二六日第二小法廷判決・民集二八巻三号五〇三頁参照)。

(引用終わり)

 

 この判例の趣旨からすれば、執行の条件についても、訴訟において主張された場合には、訴訟物に準ずるものとして審判の対象となると理解することができるでしょう。そうなると、これは処分権主義(に準ずる)の問題だ、という余地が十分出てくるということになります。その場合には、180万円と認定することは、200万円というXの(請求に準ずる)主張の範囲に含まれていないので、処分権主義(の趣旨)に反し許されない、ということになり得るでしょう。
 このような理解は、設問3にもそのまま論理的にリンクしてきます。執行の条件が訴訟物に準ずるものとして審判の対象になるのであれば、それに対する応答としての判決についても、執行の条件に既判力に準ずる効力が生じる、ということになるでしょう。判例が、このような論理関係を前提にしていることは、明らかです。なぜなら、上記の最判平5・11・11が明示的に引用している「最高裁昭和四六年(オ)第四一一号同四九年四月二六日第二小法廷判決・民集二八巻三号五〇三頁」とは、以下の判例だからです。

 

最判昭49・4・26より引用。太字強調は筆者。)

  被相続人の債務につき債権者より相続人に対し給付の訴が提起され、右訴訟において該債務の存在とともに相続人の限定承認の事実も認められたときは、裁判所は、債務名義上相続人の限定責任を明らかにするため、判決主文において、相続人に対し相続財産の限度で右債務の支払を命ずべきである
 ところで、右のように相続財産の限度で支払を命じた、いわゆる留保付判決が確定した後において、債権者が、右訴訟の第二審口頭弁論終結時以前に存在した限定承認と相容れない事実(たとえば民法九二一条の法定単純承認の事実を主張して、右債権につき無留保の判決を得るため新たに訴を提起することは許されないものと解すべきである。けだし、前訴の訴訟物は、直接には、給付請求権即ち債権(相続債務)の存在及びその範囲であるが、限定承認の存在及び効力も、これに準ずるものとして審理判断されるのみならず、限定承認が認められたときは前述のように主文においてそのことが明示されるのであるから、限定承認の存在及び効力についての前訴の判断に関しては、既判力に準ずる効力があると考えるべきであるし、また民訴法五四五条二項によると、確定判決に対する請求異議の訴は、異議を主張することを要する口頭弁論の終結後に生じた原因に基づいてのみ提起することができるとされているが、その法意は、権利関係の安定、訴訟経済及び訴訟上の信義則等の観点から、判決の基礎となる口頭弁論において主張することのできた事由に基づいて判決の効力をその確定後に左右することは許されないとするにあると解すべきであり、右趣旨に照らすと、債権者が前訴において主張することのできた前述のごとき事実を主張して、前訴の確定判決が認めた限定承認の存在及び効力を争うことも同様に許されないものと考えられるからである。
 そして、右のことは、債権者の給付請求に対し相続人から限定承認の主張が提出され、これが認められて留保付判決がされた場合であると、債権者がみずから留保付で請求をし留保付判決がされた場合であるとによつて異なるところはないと解すべきである。

(引用終わり)

 

 これは、多くの人が知っているでしょうし、本問に関する予備校等の解説でも、断片的に出てくるでしょう。しかし、大事なことは、前記の最判平5・11・11が、これを明示的に引用している、ということです。判例は、明らかに「準ずる」場合について、審判対象と既判力の範囲をリンクさせているのです。そして、不執行の合意や責任範囲に関する留保は、いずれも訴訟物たる権利に付着する付款といえます。そして、執行の条件もまた、訴訟物たる権利に付着する付款です。このことからすれば、上記各判例の趣旨は、本問にも及ぶと考えることができるというわけです。
 さて、このように考えると、設問3は、どのような処理になるのか。Xの主張のうち、「XY間には本件絵画の贈与契約が成立したのであって、Xは売買代金の支払義務を負わない」旨の主張については、既に説明した伝統的な学説と同様に、引換給付部分以外の判決主文に生じる既判力によって排斥されます。問題は、「仮に贈与契約でなく売買契約が成立したと判断されたとしても,その代金額は150万円であり,Xはその限度でしか支払義務を負わない」という主張との関係です。本問の前訴判決主文中、「Xから200万円の支払を受けるのと引換えに」とする部分についても、既判力に準ずる効力が生じるわけですが、これは、具体的にはどのように後訴に作用するのでしょうか。
 これまでに説明したように、「Xから200万円の支払を受けるのと引換えに」とする部分は、執行の条件を示すものです。これを踏まえて既判力の生じる判断内容を表現するなら、「Xは、Yに対し、Yに200万円を支払うことを条件として、本件絵画の引渡しを求める権利を有する。」ということになるでしょう。そして、ここで、問題文の「前訴判決の主文において引換給付の旨が掲げられていることの趣旨」を、判例の立場に沿って考えてみる。これは、前に引用した各判例の「執行段階における当事者間の紛争を未然に防止するため、右請求権については強制執行をすることができないことを判決主文において明らかにする」(最判平5・11・11)、「権利関係の安定、訴訟経済及び訴訟上の信義則等の観点から、判決の基礎となる口頭弁論において主張することのできた事由に基づいて判決の効力をその確定後に左右することは許されない」(最判昭49・4・26)という判示部分に示されています。この趣旨からすれば、Yの売買代金額の主張に対して、代金額が150万円であるとしてこれを否認することは、「Yに200万円を支払うことを条件として」という執行の条件を変更することを意味しますから、「執行段階における当事者間の紛争を未然に防止するため」に「前訴判決の主文において引換給付の旨が掲げられていることの趣旨」に反するでしょうし、「権利関係の安定、訴訟経済及び訴訟上の信義則等の観点から、判決の基礎となる口頭弁論において主張することのできた事由に基づいて判決の効力をその確定後に左右することは許されない」といえるでしょう。こうして、後訴裁判所は、代金額が150万円であるというXの主張について、既判力に準ずる効力と矛盾するとして排斥すべきであり、代金額について改めて審理することはできない、ということになるのです。

 以上のことは、どうみても難しすぎます。これを試験の現場でスラスラ書ける受験生がいるとしたら、「薔薇」や「躑躅」をスラスラ書ける小学生と同じくらい怖い。ですから、ここは「みんなで堂々と赤信号を渡る。」というテクニックが重要になります。参考答案は、そのような観点から、受験生の多数が安直に考えて書きそうなことを、「規範の明示と事実の摘示」という原則を守りながら書いてみました。これで十分合格答案でしょう。参考にしてみてください。
 なお、設問2の小問(2)と設問3の論理的整合性については、かつての旧司法試験であれば、何の説明もなく前者を処分権主義の問題とし、後者について引換給付部分は訴訟物に含まれないと説明すれば、それだけでG評価(当時の最低の得点ランク)になったでしょう。これでは、それなりに実力のある中級者の多くが、引っかかってしまいます。その結果生じた現象として、旧司法試験時代には、法的構成すらほとんど明らかにしないスカスカ答案が、なぜか合格答案になるということが起きたのでした。そのカラクリは、「法的構成すら明らかにしていないので、論理矛盾と判定されない。」ということにあったのです。

 

法曹養成制度検討会議第12回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

鎌田薫(早大総長)委員 「かつての旧試験の末期は,論文試験ではともかく減点されないように,最低限のことしか書くなという指導が,受験予備校などで行われていた。これがまさに受験指導で,そういう指導をするなというのが法科大学院での受験指導をするなということの意味で,試験に役立つ起案・添削などはもちろんやっているんですけれども,旧試験時代には減点されないような答案を書きなさいという指導が行き渡っていて,全員ほぼ同じ文章を書く。これは分かっているのか,分かっていないのかわからないので,分かっているというふうにして,点をあげないと合格者がいなくなるので,どんどん点をあげていたのです」

(引用終わり)

 

 しかし、現在では、そのような論理性に着目する極端な採点は、ほとんどなされていません。その結果、かつてのようなスカスカ答案が、合格答案として浮上することはほとんどなくなりました。このことは、再現答案等を検討するときや、旧司法試験合格者のアドバイスを参考にする際に、少し頭の片隅にでも置いておくとよいでしょう。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.Yの代理人AとXとの間で契約が締結されたとの事実を本件訴訟の判決の基礎とすることは、弁論主義の第1原則に反しないか。

2.弁論主義の第1原則とは、裁判所は、当事者の主張しない事実を判決の基礎とすることができないことをいう。弁論主義の第1原則に違反するか否かは、主要事実に食い違いがあるか、当事者に対する不意打ちとなるかという観点から判断する。

3.主要事実とは、法律効果の発生、消滅等の要件に該当する具体的事実をいう。具体的には、請求原因、抗弁等がこれに当たる。
 訴状記載の請求原因は、XY契約成立である。これに対し、Yの代理人AとXとの間で契約が締結されたとの事実は、AX契約成立、AのXに対する顕名、YのAに対する先立つ代理権授与を請求原因とするから、主要事実に食い違いがある。

4.当事者に対する不意打ちとなるか否かは、当事者の攻撃防御の機会を失わせるか否かの観点から判断する。
 Aは、Yの申請した証人である。証人尋問において、Aが、契約はAがYの代理人としてXと締結したものであると述べたのに、AがYの代理人であったか否かについては、両当事者とも問題にしなかった。契約の成立という点で法律効果に変わりはない。以上から、XとYの攻撃防御の機会を失わせるとはいえない。
 したがって、当事者に対する不意打ちとなるとはいえない。

5.以上から、弁論主義の第1原則に反しない。

6.よって、Yの代理人AとXとの間で契約が締結されたとの事実を本件訴訟の判決の基礎とすることができる。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)訴訟物は、実体法上の請求権を基準として判断すべきである(旧訴訟物理論)。
 したがって、本件の訴訟物は、贈与に基づく引渡請求である。

(2)Yの「本件絵画をXに時価相当額で売却し、その額は300万円である。」の主張は、請求原因である贈与契約締結の事実に関する積極否認である。裁判所は、贈与契約締結の事実を認めない場合には、請求を棄却することになる。

(3)Xの「仮にこの取引が売買であり、本件絵画の時価相当額が代金額であるとしても、その額は200万円にすぎない。」の主張は、贈与に基づく引渡請求とは別個の訴訟物である売買に基づく引渡請求を予備的に追加する趣旨といえる。
 そのためには、少なくとも、Xは訴えの追加的変更の申立て(143条1項)をする必要がある。

(4)上記(3)の売買に基づく引渡請求との関係では、Yの「本件絵画をXに時価相当額で売却し、その額は300万円である。」の主張は、請求原因を自白した上で、代金の支払があるまでは引渡しを拒む趣旨といえる。
 履行請求に対する同時履行の抗弁権は権利抗弁である。したがって、Yが上記の趣旨を実現するためには、少なくとも、「XがYに対し300万円を支払うまでは、本件絵画を引き渡さない。」旨の権利主張をすることが必要である。

(5)一部認容判決は、原告の意思に反することなく、被告の不意打ちともならない場合には、246条に反しない。一般に、引渡請求に対して同時履行の抗弁権の主張がされた場合に引換給付判決をすることは、債務名義を得ることのできる点で原告の意思に反しないし、原告から無条件の引渡請求を受けていた以上、被告にも不意打ちとならないから、質的一部認容判決として許される。

(6)よって、少なくとも(3)の申立て及び(4)の権利主張があるときは、「Yは、Xから200万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」との判決をすることができる。

2.小問(2)

(1)原告の意思に反しないか、被告の不意打ちとならないかという観点から、一部認容判決の可否を検討する。

(2)Yが300万円と主張しているから、180万円の場合はもちろん、220万円の場合であっても、Xの意思に反するとはいえない。

(3)他方、Xは200万円の主張しかしていないから、Yとしては、220万円の場合には不意打ちとならないが、180万円の場合には不意打ちとなる。

(4)以上から、220万円と認定することは許されるが、180万円と認定することは許されず、その場合はXの主張する200万円と認定すべきである。

(5)よって、本件絵画の時価相当額が220万円と評価される場合には、「Yは、Xから220万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」との判決をすることになり、本件絵画の時価相当額が180万円と評価される場合には、「Yは、Xから200万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」との判決をすることになる。

第3.設問3

1.確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(114条1項)。前訴の確定判決の主文は、「Yは、Xから200万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」というものであるから、「Xから200万円の支払を受けるのと引換えに」とする部分も、形式的には主文に含まれている。

2.しかし、114条1項が、「主文に包含するものに限り」とした趣旨は、訴訟物の存否に対する判断について既判力を及ぼせば紛争解決に十分であり、それ以外の事項に既判力が生じるとすると、それを恐れた当事者が無用の主張・立証を強いられ、争点が拡散し、訴訟経済を害するという点にある。
 したがって、「主文に包含するもの」とは、訴訟物の存否に対する判断をいう。
 前訴の訴訟物は、XのYに対する本件絵画の引渡請求権であるから、確定判決の「主文に包含するもの」として既判力が生じるのは、「Yは…Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」の部分、すなわち、Xが、Yに対し、本件絵画の引渡請求権を有するという点に限られ、「Xから200万円の支払を受けるのと引換えに」とする部分には、既判力は生じない。

3.既判力が作用するのは、前訴と後訴の訴訟物の間に同一関係、矛盾関係、先決関係がある場合である。

(1)同一関係とは、後訴の訴訟物が、前訴で既判力が生じた権利・法律関係と同一である場合をいい、矛盾関係とは、後訴の訴訟物が、前訴で既判力が生じた権利・法律関係と法律上両立しない場合をいう。。
 本件で、前訴の訴訟物は、XのYに対する本件絵画の引渡請求権であるのに対し、後訴の訴訟物は、YのXに対する本件絵画の代金支払請求権である。前訴と後訴の訴訟物は同一ではない。本件絵画の引渡請求権の存否と本件絵画の代金支払請求権の存否はそれぞれ両立する法律関係である。
 したがって、同一関係、矛盾関係のいずれにも当たらない。

(2)先決関係とは、前訴で既判力が生じた権利・法律関係が、後訴の訴訟物の存否を判断する前提となる場合をいう。
 後訴の訴訟物である本件絵画の代金支払請求権の存否の判断の前提となる事実は、本件絵画を目的とする売買契約の成立、代金債務の消滅原因の存否等であって、本件絵画の引渡請求権の存否は、直接後訴の訴訟物の存否を左右しない。
 したがって、先決関係にも当たらない。

(3)以上から、前訴の既判力は、後訴に作用しない。

4.既判力によって遮断されない場合であっても、訴訟上の信義則(2条)に反するときは、後訴での主張は許されない。
 信義則に反するか否かは、前訴で容易に主張し得たか、相手方に前訴判決によって紛争が解決したとの信頼が生じるか、相手方を長期間不安定な地位に置くものといえるか等の観点から判断すべきである(判例)。
 Xは、前訴において、既に贈与の主張及び代金額の主張をしていた。Xから委任を受けた弁護士が改めて事実関係を争うべきであると考えたのは、Bから、本件絵画の取引は贈与である旨の証言を得られそうだとの感触を得たこと、同弁護士が本件絵画の写真数点を古物商に見せたところ、高くても150万円相当であるとのことであったことにあるが、これらは、いずれも前訴で容易に主張し得た。前訴では、「Yは、Xから200万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」との判決がされ、この判決は確定したから、Yに紛争が解決したとの信頼が生じる。Xは、前訴を提起しておきながら、自らの事業の経営状態が悪化したこともあり、代金を支払ってまで本件絵画を手に入れることに熱意をなくしてしまっており、Yを長期間不安定な地位に置くものといえる。
 以上から、Xの主張は、信義則に反する。

5.よって、裁判所は、後訴において、XY間の本件絵画の売買契約の成否及びその代金額に関して改めて審理・判断をすることはできない。

以上

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