2022年10月27日

令和4年予備試験論文式試験の結果について(2)

1.以下は、予備試験論文式試験の合格点及び平均点と両者の差の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。

論文
合格点
論文
平均点
合格点と
平均点の差
23 245 195.82 49.18
24 230 190.20 39.80
25 210 175.53 34.47
26 210 177.80 32.20
27 235 199.73 35.27
28 245 205.62 39.38
29 245 208.23 36.77
30 240 200.76 39.24
令和元 230 191.58 38.42
令和2 230 192.16 37.84
令和3 240 197.54 42.46
令和4 255 210.45 44.55

 予備試験の論文は各科目50点満点で、10科目です(「司法試験予備試験の実施方針について」)。したがって、今年の合格点である255点は、1科目当たりにすると、25.5点。同様に、今年の平均点である210.45点は、1科目当たり概ね21点ということになります。合格点と平均点との間の差は、1科目当たり4点強だということもわかります。
 さて、上記の得点は、考査委員が採点する上で、どのくらいの水準とされているのでしょうか。各科目の得点と評価の水準との対応は、以下のようになっています。 

(「司法試験予備試験の方式・内容等について」より引用。太字強調は筆者。)

(2) 各答案の採点は,次の方針により行う。

ア 優秀と認められる答案については,その内容に応じ,下表の優秀欄の範囲。
 ただし,抜群に優れた答案については,下表の優秀欄( )の点数以上。

イ 良好な水準に達していると認められる答案については,その内容に応じ,下表の良好欄の範囲。

ウ 良好とまでは認められないものの,一応の水準に達していると認められる答案については,その内容に応じ,下表の一応の水準欄の範囲。

エ 上記以外の答案については,その内容に応じ,下表の不良欄の範囲。
 ただし,特に不良であると認められる答案については,下表の不良欄[ ]の点数以下。

  優秀 良好 一応の水準 不良  
  50点から38点
(48点)
37点から29点 28点から21点 20点から0点
[3点]
 

(引用終わり)

 合格点は、一応の水準の真ん中くらい。平均点は、ぎりぎり一応の水準になる数字であることがわかります。このことは、合格を目指すに当たり、優秀・良好のレベルを目指す必要は全然ないことを意味しています。
 当サイトでは、①基本論点の抽出、②規範の明示、③事実の摘示が、司法試験と予備試験に共通する合格答案の基本要素であることを、繰り返し説明してきました(近時の司法試験の検証によってもその傾向は変わらないと考えられる点につき、「令和4年司法試験の結果について(12)」参照。)。再現答案等を見ると、予備試験は、司法試験よりも①の要素で合否が分かれやすく、②・③はできていなくても合格水準に達している場合が多いと感じます。予備試験の場合、当たり前に書けるはずの基本論点を落としてしまう人がかなりいます。基本論点を抽出できないと、それ以降の規範の明示や事実の摘示も自動的に落とすので、配点をすべて落とすことになる。その結果、それだけで不良に転落することになっていきます。そのような答案が、予備試験では普通にあるのです。そのために、基本論点さえ拾っていれば、多少規範が不正確だったり、当てはめの中に規範が紛れているような書き方をしても、合格できてしまうことがある。当てはめについても、そもそも予備は司法試験ほど問題文の事情が詳細でないこともありますが、それにしても全然事実を引いてないよね、という答案を書く人でも、論点落ちがなければ受かってしまったりするものです。もっとも、そのような書き方だと、周りの出来によっては不合格になる可能性がありますし、仮に受かっても、そのような受かり方をした人は、司法試験の方で苦戦しがちなので、おすすめはできません。今年、そのような受かり方をした人は、司法試験に向けて、上記の点を意識して修正する必要があります。
 上記のように、優秀・良好は合格に不要である、という話をすると、「それは間違いだ。普段の学習で一応の水準を狙っているようでは、実際の本試験では不良になってしまう。だから、優秀・良好を狙う勉強をすべきだ。」などという人がいます。これは、短答と論文の特性を理解していないものであり、誤っていると思います。短答は、基本的に知識量がそのまま得点に結び付きますから、普段から合格点ぎりぎりの知識しか勉強していなかったら、本試験でケアレスミスをしたり、少し難しい問題が出題されたときに、不合格になってしまいます。ですから、短答は、確実に合格点を超えようとするなら、普段の学習で、それなりに上位の得点を取れるようになっておく必要があります。当サイトでも、予備試験の短答の場合、法律科目で7~8割が目標であるとしています(「令和4年予備試験短答式試験の結果について(2)」)。しかし、論文は、知識量がそのまま得点に結び付く試験ではない時間内に何文字書けるか、という要素によって、書ける上限が画されてしまうからです。知識的には4頁びっしり書ける水準であっても、文字を書く速度が遅くて2頁しか書けないのであれば、2頁分を超える配点を取ることは物理的に不可能です。しかも、現在の論文は、規範の明示と事実の摘示に極端な配点がある。そのスタイルで書こうとすると、それだけでかなりの文字数が必要です。論文で不合格になる人の多くは、優秀・良好を狙っていなかったから不合格になっているのではありません。むしろ、優秀・良好を狙うあまり、自分の筆力に見合わない文字数を書こうとして途中答案になってしまったり、理由付けや評価を優先して規範の明示や事実の摘示が雑になったりしてしまっているからなのです。すなわち、不合格の真の原因は、単純に筆力不足であるか、規範の明示と事実の摘示というスタイルで書けなかったというだけのことなのです。そのような理由で不合格になっている人に対し、「優秀・良好を狙う勉強をすべきだ。」などと指導することは、逆効果でしかありません。そのような人が採るべき対策は、「優秀・良好を狙う勉強をすること」ではなく、「規範の明示と事実の摘示というスタイルで書くクセを身に付けること、そのスタイルで書き切れるだけの筆力を身に付けること」です。そのようなスタイルで書き切れるようになった上で、なお時間的に余裕が出てきたのなら、事実に評価を付してみる。さらに余裕があれば、規範に理由付けを付してみる。それだけでも、十分に上位答案になってしまいます。このようなことは、司法試験の出題趣旨・採点実感や再現答案などの情報を確認し、実際に自分で答案を書いて物理的に可能か等を試したりしてみれば、容易にわかることです(※1)。もちろん、上記のことは、基本論点の抽出ができることが前提です。現在の予備試験では、その水準にすら達していない人が相当数いるというのは、既に説明したとおりです。しかし、それは「一応の水準になるための最低限の勉強」であって、「優秀・良好を狙う勉強」とは無関係です。
 ※1 現在の司法試験における一応の水準が、「規範の明示と事実の摘示の概ね一方がそれなりにできていれば、他方が不十分でもよい。」というレベルであることについては、以前の記事(「令和4年司法試験の結果について(5)」)で説明しました。

2.一応の水準の真ん中くらいが合格水準だ、という話をすると、「予備試験は3~4%しか受からない試験なのに、どうして合格レベルがそんなに低いのか。」と疑問に思う人もいるかもしれません。「予備試験は極端に合格率が低いのだから、誰もが書けるようなことを普通に書いていては論文に受からない。」というのは、予備試験ではよくある誤解です。そのような誤解が生じるのは、短答受験者ベースの最終合格率を見ているからです。以下は、昨年までの予備試験の短答受験者ベースの最終合格率等の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。

短答
受験者数
最終
合格者数
最終合格率
(短答受験者ベース)
23 6477 116 1.79%
24 7183 219 3.04%
25 9224 351 3.80%
26 10347 356 3.44%
27 10334 394 3.81%
28 10442 405 3.87%
29 10743 444 4.13%
30 11136 433 3.88%
令和元 11780 476 4.04%
令和2 10608 442 4.16%
令和3 11717 467 3.98%

 マスメディアや予備校、法科大学院等が流布する情報で目にするのは、この短答受験者ベースの最終合格率でしょう。このような数字を見て、「予備試験は上位3~4%しか受からない。だから、誰も書かないような高度な内容でないと合格答案にならない。」と言われると、「そうだよな。」と思ってしまいがちです。しかし実際には、論文は短答合格者しか受験できません。ですから、論文の合格答案の水準を考えるに当たっては、短答合格者(≒論文受験者)ベースの数字を見なければならないのです。以下は、予備試験における論文受験者ベースの論文合格率等の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。

論文
受験者数
論文
合格者数
論文合格率
23 1301 123 9.45%
24 1643 233 14.18%
25 1932 381 19.72%
26 1913 392 20.49%
27 2209 428 19.37%
28 2327 429 18.43%
29 2200 469 21.31%
30 2551 459 17.99%
令和元 2580 494 19.14%
令和2 2439 464 19.02%
令和3 2633 479 18.19%
令和4 2695 481 17.84%

 平成25年以降は、20%弱、5~6人に1人くらいの割合で推移していることがわかります(※2)。ですから、上位2割弱になる程度の内容の答案を書いていれば、合格答案になるのです。予備試験の場合、論文対策を十分にしないまま受験している人が相当数いるので、基本論点すら拾えないレベルの答案が多数を占めます。その結果、前記1で示した程度の水準でも、合格レベルとなってしまうのでした。
 ※2 以前の記事(「令和4年予備試験論文式試験の結果について(1)」)で説明したとおり、今年は、短答合格者の基準人数を2800人に引き上げた一方で、論文合格者の基準人数が450人のままに据え置かれた結果、論文受験者ベースの論文合格率は低めの数字となっています。

3.最後に、得点のバラ付きについて考えます。論文式試験の得点は、各科目について得点調整(採点格差調整)がされるため、各科目の得点の標準偏差は毎年常に同じ数字です(法務省の資料で「配点率」と表記されているものに相当します。)。しかし、各科目の得点を足し合わせた合計点の標準偏差は、年によって変動し得る。そのことは、以下の表をみればわかります。憲民刑の3科目、100点満点で、ABCの3人の受験生が受験したと想定した場合の得点の例です。

X年 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 10 50 150
受験生B 50 90 10 150
受験生C 10 50 90 150

 

Y年 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 90 90 270
受験生B 50 50 50 150
受験生C 10 10 10 30

 X年もY年も、各科目における得点のバラ付きは、90点、50点、10点で同じです。しかし、合計点のバラ付きは、Y年の方が大きいことがわかります。このように、各科目の得点のバラ付きが一定でも、ある科目で良い得点を取る受験生は他の科目も良い得点を取り、ある科目で悪い得点を取る受験生は他の科目も悪い得点を取るというように、科目間の得点についての相関性が高まると、合計点のバラ付きが大きくなるのです。
 実際の数字を見てみましょう。以下は、法務省の公表している得点別人員調を基礎にして算出した予備試験の論文式試験における合計点の標準偏差の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。

標準偏差
23 39.4
24 37.3
25 41.3
26 39.4
27 39.6
28 44.2
29 52.5
30 44.4
令和元 44.2
令和2 44.0
令和3 46.0
令和4 48.1

 平成28年以降、標準偏差が高めの数字で推移するようになっていることがわかります(ちなみに、当サイトが規範と事実に特化した参考答案を掲載するようになったのが、平成27年です。)。すなわち、科目間の得点の相関性が高まり、そのことによって、論文の合計点のバラ付きが大きくなってきているのです。
 では、合計点のバラ付きが大きくなると、どのような現象が生じるのでしょうか。下記の表をみて下さい。これは、X年とY年という異なる年に、100点満点の試験を10人の受験生について行ったという想定における得点の例です。

  X年 Y年
受験生1 60 80
受験生2 55 70
受験生3 50 60
受験生4 45 50
受験生5 40 40
受験生6 35 30
受験生7 30 15
受験生8 20 10
受験生9 15 5
受験生10 10 0
平均点 36 36
標準偏差 16.24 27.00

 X年とY年は、平均点は同じですが、得点のバラ付きを示す標準偏差が異なります。上記において、10人中の上位2名を合格とすると、合格率は同じ2割です。しかし、合格点をみると、X年は55点が合格点であるのに対し、Y年は70点が合格点となります。このように、得点のバラ付きが大きくなると、同じ平均点・合格率でも、合格点が上昇するのです。現在の論文式試験は、「400人基準」や「450人基準」のように、人数を基準にして合格点が決まっているとみえます(「令和4年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。また、前記2でみたとおり、近時は概ね2割弱の合格率で推移しています。ですから、上記のことは、現在の論文式試験によく当てはまるのです。
 このことを受験テクニック的に考えると、次のようなことがいえます。すなわち、現在の司法試験・予備試験は、共通して、基本論点の規範と事実に極端な配点があり、基本論点について、規範を明示して、事実を摘示しつつ当てはめるスタイルで答案を書く人は、どの科目も上位になりやすい傾向にあります。このことが、科目間の相関性の高まりとして表れている。また、合計点のバラ付きの拡大による合格点の上昇は、ある特定の科目でたまたま良い得点が取れたというだけでは、合格するのが難しくなること、逆にいえば、安定して全科目で得点できる必要があることを意味します。その結果、上記のスタイルで書けない人は、ますます合格しにくくなり、論文特有の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が成立しやすくなるというわけです。このような傾向を踏まえた対策は、前記1で説明したとおり、 「優秀・良好を狙う勉強をすること」ではなく、「規範の明示と事実の摘示というスタイルで書くクセを身に付けること、そのスタイルで書き切れるだけの筆力を身に付けること」です。そのための最もわかりやすい勉強法は、記憶作業は規範部分にとどめ(※3)、過去問等を素材にして答案を書きまくるということです。
 ※3 規範インプット用の教材としては、当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集」があります(ただし、現時点では一部科目のみ)。

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2022年10月25日

令和4年予備試験口述試験対策について(下)

1.前回の記事(「令和4年予備試験口述試験対策について(上)」)では、口述試験合格のための基本戦略が、民事・刑事の両方で失敗をしないことである、ということを説明しました。より具体的には、民事・刑事の両方で59点を取らない。すなわち、両方とも下位4分の1(25%)に入ってしまうという事態を避けるということです。これは、受験生の感覚からすると、そう容易なことではないでしょう。口述受験者は、全員論文合格者です。ですから、皆、それなりに実力がある。油断していると、すぐ下位4分の1に入ってしまいます。これが、2日続くと不合格になる。そう考えると、9割以上という合格率の割には、高いハードルのように感じられるでしょう。
 しかも、前回紹介した口述の採点における得点分布は、どうやら考査委員(主査、副査の1組)ごとに考慮するようです。より具体的にいえば、各試験室ごと、大広間の待機室で言えば、椅子に座る列ごとの分布だということです。つまり、その列で下位4分の1に入ってしまうと、59点になってしまう。そのため、自分の列にとんでもない受け答えをする人が一定数いてくれれば助かるのですが、そうでない場合には、それほど問題のない受け答えだったのに、なぜか59点になってしまった、ということが生じるわけです。今年で言えば、論文合格者は481人いますから、概ね120人が59点を取ることになる。とんでもない受け答えをする人が120人もいてくれるのか。そう考えると、不運にも普通の受け答えだったのに59点になる人が、それなりの数生じるだろうということがわかります。その不運が2日続けば不合格。これが、口述試験の怖さです。 

2.そういうわけで、合格率が非常に高い試験であるにもかかわらず、口述に確実に受かるというのは、実は非常に難しい。実際には、なるべく問題のない受け答えをして、後は他の人が崩れるのを祈るしかありません。ですから、まずは、自分が変な受け答えをして崩れてしまわないようにする、ということが、具体的な合格のための戦術ということになります。

3.そこで、口述でやってはいけない、とんでもない受け答えの例を、いくつか紹介しましょう。

(1) まず、基本的なコミュニケーションができない状態に陥ってしまうことです。例えば、考査委員の追及に腹を立てて口論になってしまったり、どう答えて良いかわからなくなって長時間沈黙して何も答えられなくなってしまう、あるいは、ショックで泣き出してしまったりする、というような状態です。考査委員によっては、かなり辛辣なことを言ってくる場合がありますが、最後まで落ち着いて答えることが大事です。
 特に、自分の頭の中で迷って考えていると、自分では意識していなくても、実際には長時間の沈黙になってしまっている場合があります。なるべく自分の頭の中で考え込むのではなく、その中身をぶつぶつ口に出してつぶやいてみる。例えば、「えー確かに○○とも考えられるのですがーそうすると××という問題も生じるように思いますので……一概に○○とも言い切れないような……えー」という感じです。そうすると、「そうだね。じゃあさ、まずは××の問題は置いておいて、君が○○と考えた理由は何ですか?」という感じで話がうまく進むことが多いです。単に黙っていても、このような展開になることはありません。

(2) もう1つは、最初の基本的な質問で長時間つまずいてしまうことです。これは、案外やってしまうものです。試験時間は大体決まっていますから、最初の質問で長時間を費やしてしまうと、ほとんどの場合、考査委員の想定する質問をこなせなくなる。しかも、最初に考査委員の印象を悪くするので、その後の質問でも、本当にわかっているのかを確認するために、スムーズな人にはしないような確認の質問をする必要が出てきます。これで、ますます後の質問に到達しにくくなる。これが、トータルでは意外に大きなマイナスになるのです。
 これを避けるには、最初の考査委員の質問をよく聞いて、落ち着いて答えることが大事です。緊張して、あまり理解せずに答えてしまい、質問と噛み合わずに長引く、ということがあったりします。考査委員の方で受験生が質問の意味を誤解しているとわかってもらえたときは、「君は、○○という意味で考えたのかな?そうじゃなくて、△△という意味で質問してるんだよね。」と訂正してもらえることがあるのですが、考査委員に誤解を気付いてもらえず、単に基本的な知識が欠けている、と判断されてしまう場合も、よくあります。事案の書かれたパネルなどが机上に置かれていて、最初にそれを見て事案を確認してから答える場合がありますが、これはきちんと頭に入ってくるまで、落ち着いてよく読みましょう最初の事案の把握が間違っていると、後のやり取りが全部噛み合わなくなるので、特に危険です。
 質問がよく聞き取れなかったときは、聞き返しても構いません。これは最初の質問だけに限りませんが、質問の趣旨をよく理解してから、解答するのが鉄則です。例えば、「採り得る手段は何かありますか?」と問われて、何のことだかわからない場合には、黙ってしまうのではなく、「訴訟上の手段でしょうか、それとも、保全の手段……」というように大雑把に趣旨を確認する質問をするのが賢い対応です。それで、「まずは訴訟上の手段から答えてみてもらえますか。」という応答をもらえば、随分答えやすくなったりするものです。ただし、単にオウム返しに質問をするのはダメです。例えば、「採り得る手段は何かありますか?」と問われて、「何か手段があるんですか?」などと聞き返すのでは、「私がそれを聞いているんですよ(怒)!」という反応が返ってくるだけでしょう。これは、考査委員の印象を悪くするだけなので、やってはいけません。
 質問の趣旨がわかりにくい問いとして、「それを何という?」とか「それって何ていうんだっけ?」という問い方があります。こういう場合は、大体はキーワードを聞いています。これまでに説明したことも含めて、具体例を示しておきましょう。このようなイメージです。

【やり取りの例】

主査「今回は逮捕状による逮捕をしようとしているわけだけど、逮捕状を示さないで逮捕できる場合はありますか?」

受験生「えーと、条文が認めている場合ですか?それとも、解釈上の……」 ←質問の趣旨を確認する。

主査「うん、解釈上の例外も考えられるよね。でも、ここでは条文が認めている場合を答えて下さい。」

受験生「はい。逮捕状を所持していない場合で急速を要するときは、被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を被疑者に告げて逮捕できます。」

(副査がうなずいて○を付ける動作) ←副査は受験生の回答の適否を記録する動作をすることが多い。

主査「何条に書いてありますか?」 ←条名(条文の番号)を聞いてくることがある。

受験生「えー……確か……200条辺りに……」 ←わからなくても、沈黙せずにとりあえずわかる範囲で答える。

主査「うん。じゃあ法文で確認していいよ。」 ←こう言われたら指示に従う。

受験生「はい、失礼します。……(法文を見る)……はい、201条2項で準用する73条3項です。 」

主査「それ、なんていうか知ってる?」

受験生「えっ?えーと……逮捕状による逮捕だから通常逮捕……」 ←わからなくても、思いついたことをとりあえず言う。

主査「いやいや(笑)。そうじゃなくて、今、君が言った例外的な場合ね。」

受験生「えーと……それはこの例外的な場合を指す名称ということですか?」 ←質問の趣旨を確認する。

主査「そうそう。何ていうんだっけ?今、君が言ったように、緊急時に逮捕状を執行する方法のことなんだけど?」 ←黙っていないで発言するとこのような答えに近いヒントがもらえる。

受験生「あっ、緊急執行です。」

主査「そうだね。」 (副査がうなずいて○を付ける動作)
 

(3) それから、「法曹としてこの人は大丈夫なのか?」という疑念を抱かせる受け答えをしてしまう場合です。前回の記事(「令和4年予備試験口述試験対策について(上)」)で説明したとおり、口述は、「不適格者を落とす」試験です。ペーパーでは見ることのできない欠陥のありそうな人は、低い点を付ける。ただ、口述は極度に緊張していますし、とっさのやり取りが続きますから、普通の人でもうっかりやってしまうことがあります。

ア.注意したいポイントの1つに、撤回があります。口述では、間違いに気付いた時点で、「先ほどの○○という答えは撤回して、××と考えます。」というように撤回することが可能です。この撤回をどの程度使うか、これを誤ると、下位4分の1に入りやすくなります。
 極端な2つの例を挙げましょう。1つは、頑なに撤回しないケースです。考査委員は、受験生が間違ったことを言うと、その問題点を指摘して、暗に撤回を促します。ところが、考査委員の批判を論破してやろうとして、頑なに撤回しない。そういう人は、法曹として問題があると評価されて、低い点を付けられてしまうわけです。そこまではいかなくても、撤回を促すやり取りで時間をロスするので、予定した質問をこなせなくなってしまいます。撤回すると評価が下がるのではないか、と考えて撤回しようとしない人もいるようですが、誤りに気が付いたなら、素直に撤回すべきです。それから、必ずしも間違いではないが、その後の問いが判例などの特定の見解(ときにその考査委員の見解であることもあるようです。)をベースにして作成されている場合には、とりあえずその見解に誘導しようとします。その際、受験生が自説を頑なに曲げないと、その後の質問に行くことができないので、考査委員も困ります。最終的には、「君はどうしてもそう考えるのね(笑)。まあ、それはとりあえずここでは置いておいて、ここから先は○○という考え方で考えてみてください。」と強引に次の質問に行く場合もありますが、かなりの時間をロスすることになりますし、考査委員の印象も悪くなります。
 もう1つの例は、逆に安易に撤回を繰り返すケースです。考査委員は、受験生が正しいことを言っていても、本当に理解しているかを試すために、敢えて、「本当に?でもそれじゃ○○でおかしいんじゃないの?」などと言ってきたりします。これを安易に撤回のサインと考えて撤回すると、かえって印象を悪くする(口述用語で、「泥船」(乗ると沈む誘導の意)などと言われます。)。撤回した後に、さらに「え?撤回するの?でも、それじゃ××じゃないの?」と言われて、さらに撤回したりすると、危険です。撤回を撤回するというのは、基本的にNGだと思っておいた方がよいでしょう。ですから、最初に撤回するときは、慎重に考えてからやるべきです。難しいのは、上記の撤回を促す質問と、本当に理解しているかを試す質問のどちらかを判断するにはどうしたらよいかです。基本的には、撤回を促す場合には、考査委員の質問に素直に答えると、自分の前の解答が誤っていたことに自然に気付くことができるようになっています。自分で気付いた時点で、撤回すれば足りるでしょう。また、撤回を促す場合は、何度も執拗に言って来る場合が多いです。用意した次の質問に行く前提として、正しい結論を導く必要があったりするからです。ですから、何度か抵抗してみて、それでも執拗に言ってくるようなら、撤回を考えるという感覚でよいのだろうと思います。間違っても、考査委員を論破してやろう、などと思わないことです。

イ.もう1つ、嘘を付かない、ということがあります。そんなことする訳ないだろうと思うかもしれませんが、とっさにやってしまうことがあるものです。一番よくあるのは、自信満々に間違いを答えるという場合です。例えば、「判例は肯定していますか?」、「はい。肯定しています。」、「え?本当に?」「はい。判例は肯定説に立っています。」、「いやいや……違うでしょ……判例は否定説だから、後で確認しといて。」というような受け答えです。これは、かなり危険です。自信がない場合は、自信がなさそうに、「判例は肯定説ではないかと思うのですが……」くらいにしておいた方がよい。それだと突っ込まれやすいのではないかと思うかもしれません。もちろんそうなのですが、堂々と間違えを言うよりは、突っ込まれた後に誘導に乗って訂正する方が安全です。
 他にも、「類似の事案の判例は知っていますか?」と問われて、「いいえ。」と答えるのはマズいと思い、とっさに「はい。知っています。」と断言する。しかし、「じゃあどういう判示だったか言ってみて。」と問われて、全然答えられない。こういった対応は、ついうっかりやってしまいかねない、危ない対応です。
 それから、法文絡みで嘘を付いてしまうことがあるようです。法文は、試験室の机上に置いてありますが、勝手に見ることはできません。見たい時に、考査委員に「法文を見てもよろしいでしょうか。」と一言断ってから見ます。ところが、法文を見ていても、うまく見つけられないことがある。そんなときに、時間がかかっているので焦ってしまうからか、法文でまだ条文を確かめてもいないのに、適当に答えてしまったりする人がいるようです。考査委員に「ちゃんと条文確認した?」と言われて、とっさに「はい。」などと即答してしまうと、印象は相当悪くなります。基本的に、自分から法文を見るのは、どの辺りの条文を見ればよいかがわかっている場合にするべきです。よくわからないからとりあえず法文を見る、というのは、上記のような事態になりやすいだけでなく、無駄に時間をロスすることが多いので、避けるべきでしょう。
 逆に、頑なに法文を見ないという人もいるようです。知識を試されているので、法文を見たら評価が下がる、という強迫観念から、そのような対応をしてしまうのかもしれませんが、かえって考査委員に「この人は大丈夫か?」という疑いを抱かせてしまいます。特に、考査委員の方から、「法文で確認しても構いませんよ。」と言ってくる場合には、素直に従うべきです。「いえ、見なくても答えられますから。」などと抵抗するのは、とても危険な態度です。

ウ.それから、特に若い人は、ふざけた受け答えをしない、ということに気を付けたいところです。若い人の中には、コミュニケーション能力というものをやや履き違えて、何か冗談を言ったり、誤魔化したりするのがコミュニケーション能力の高さをアピールすることに繋がると考えているのか、あるいは、余裕があるところを見せようとしているのか、ふざけた応対をする人がいるようです。例えば、「甲は、乙に対して、どのような手段をとることが考えられますか?」、「そーですねー、私なら乙の家に殴り込みに行きます!(笑)」、「あっこれは違いますよねー(笑)。アハハすいませーん。」というような受け答えです。これはもう完全にNGです。ごく一部だとは思いますが、間違っても笑いを取ってコミュニケーションを円滑にしようなどとは思わないことです。考査委員から、「それは違うよね。」などと間違いを指摘された際に、思わず、「えーマジっすか。」、「うそでしょー」などと反応してしまう人もいるようですが、当然ながらそれもNGです。
 また、これは若い人に限りませんが、ピンチになるとつい笑って誤魔化そうとしてしまう人や、緊張するとなぜか変なタイミングで笑ってしまう人がいます。これは、見ている側に違和感を感じさせます。心当たりのある人は、意識して試験中はそうならないように気を付けるべきでしょう。

エ.後は、問われたことだけに端的に答える、ということでしょう。聞かれてもいないことを延々と話すようでは、「大丈夫か?」と思われます。それだけでなく、時間をロスするので、後の質問ができなくなってしまいます。問いに対しては、まずは結論だけを答える。理由は、「なぜそう考えるのですか。」と言われてから答えれば足ります
 もちろん、端的といっても、単に結論部分だけ言い放つという意味ではありません。基本的なことではありますが、「はい」、「いいえ」で答えられる質問、例えば、「甲は乙に対し、損害賠償請求をすることはできますか?」という問いであれば、単に「はい」、「いいえ」だけでなく、「はい、できます。」、「いいえ、できません。」という感じで答える。「はい」、「いいえ」ではなく、内容的なことを答える場合、例えば、「甲のとりうる手段として何が考えられますか?」というような場合でも、まずは、「はい」と一呼吸置くのが自然です。「はい、乙に対する債権を自働債権として相殺する手段が考えられます。」という感じです。ちょっとしたことですが、こういったことでも、考査委員の受ける印象は違います。

4.以上のようなポイントに引っかからないためには、最低限の知識が必要です。沈黙してしまったり、嘘を付いてしまったり、問われていないことを延々と話してしまったりするのは、考査委員の質問に対する端的な答えがパッと頭に浮かんでこないからです。端的な解答が答えられれば、「そうだね。」の一言で次の質問に行くことができることが多いでしょう(副査が「ウンウン」とうなずく仕草をするのも、即答できた場合の特徴です。)。色々と揺さぶられたり、誘導されたりするのは、微妙な解答をしたときなのです。また、最低限の知識がないと、誘導されても、その意味を理解できないでしょう。
 とはいえ、残された期間で確認できる知識には、限りがあります。民事で最優先すべきは、要件事実です。代表的な類型の訴訟物、請求の趣旨、請求原因くらいまでは即答できるようにしておきましょう。これは冒頭で問われることが多く、ここでいきなりつまずいてやられてしまうケースが多いからです。執行・保全もよく問われますが、論文の民事実務基礎と同様、解釈論ではなく、どのような場合に、どのような手段を用いるのかといった程度で足ります。論文の民事実務基礎の過去問で問われたものを中心に、復習するとよいでしょう。刑事は、かつては手続重視で、刑事訴訟規則を細かく訊いてくる感じでしたが、近年は実体法重視で、刑法各論を中心に、基本的な論点が問われることが多い傾向です。特に、冒頭で、「この事例で何罪が成立すると思いますか?」と問われることが多く、そこでとんでもない犯罪を答えてしまうと危ない。なので、刑法各論の構成要件は復習しておいた方がよいでしょう。刑訴に関しても、手続の知識というよりは、解釈論が問われやすい傾向となっています。解釈論は論文段階でも学習しているところではありますが、論文は、規範と事実を中心に自分が書けることだけ書けばよいわけですが、口述の場合、理由付けや当てはめの評価まで回答を求められたり自説への批判に対する説明が求められる場合があるので、理由付けや自説への批判、当てはめの際の考慮要素などを再度確認しておくとよさそうです。
 また、最近ではやや減りましたが、口述では、条名(条文の番号)が問われる場合があります。基本的な条文については、何条か答えられるようにしておくと楽です。ただ、これも条名を答えられないからアウト、というわけではありません。わからない場合は、「おそらく○○条辺りだと思うのですが……」と答えて、場合によっては法文で確認すれば足りると思います。「これくらいは法文を見なくても答えられるようにしといてね。」と嫌味を言われる場合もあるでしょうが、合否に直結するものではありませんから、気にしないことです。ですから、条名を覚えることに、それほど神経質になる必要はないでしょう。それから、法曹倫理もそれなりに問われます。ただ、付随的に最後にちょっと聞いてみる、という程度のものですから、弁護士法や弁護士職務基本規程を軽く素読しておくくらいで十分でしょう。
 あとは、口述の雰囲気を知るという意味で、予備校等が配布している口述再現集を入手できれば、ざっと目を通しておくとよいと思います。ただ、口述再現は、文章化する際に、どうしても実際のやり取りより整然としたものになりがちです。しどろもどろだった所も、即答したように読めるようになっています。そのため、読んでいてかえってプレッシャーになることもあります。その点には、やや注意が必要でしょう。回答の内容を参考にするというよりは、なんとなく雰囲気を知るという程度のものとして、軽く目を通せば足りるのではないかと思います。

5.試験会場では、試験開始の順番によって随分待たされることがあります。当日は、待ち時間に確認する教材を用意しておいた方がよいでしょう。電子機器は使用できないので、普段タブレットなどで学習している人は、注意する必要があります。また、午前の人は、試験が終わっても午後の人が入場するまで会場で待機することになり、すぐに帰ることができません。初日に午前の時間になった人は、翌日用の教材も用意しておいた方がよいと思います。事前に何を持って行くか、考えておきましょう。また、試験会場付近では、予備校が確認用の教材を配布していることもあります。役に立つかどうかは見てみないとわかりませんが、待ち時間が長い場合には、意外と役に立つ場合もあります。とりあえず、もらっておくとよいでしょう。
 なお、当日の服装については、特に制限はありません。ただ、圧倒的多数の受験生がスーツを着用して来ます。その中で、自分だけ私服だったりすると、それだけで目立ってしまう。口述試験では、「目立たずにその他大勢に紛れること」が重要ですから、これはあまり得策ではないでしょう。それから、精神的にも、「自分だけ私服」というのは、落ち着かない気持ちになりがちなので、良くないでしょう。ですから、スーツを着用して臨むのが基本だと思います。

6.今年は、昨年、一昨年同様、新型コロナウイルス感染症の防止の観点から、マスクの着用や入場時の体温測定等が求められるでしょう。受験票や法務省ウェブサイト等で、事前に注意事項等を確認しておくべきです。公共交通機関を利用する場合、土日祝日ダイヤであることを失念して遅刻したりすること等のないよう、事前に確認をし、余裕を持って会場入りするようにしましょう。ただ、最寄り駅周辺は意外とくつろげる場所が少ないですし、試験会場から近すぎると、同じ立場の受験生で混み合うことも予想されます。早めに来てどこかで待機するのであれば、事前に下見をする等して、場所を決めておくとよいだろうと思います。

7.現在の司法試験には、口述試験はありません。いわば、口述試験は予備試験受験生だけに受験を許された特権ともいえます。考査委員とあれだけの緊張感の中で受け答えをする機会は、そうそうあるものではありません。試験開始まで会場で待っている時間も含め、日常普段では体験できない異常な雰囲気ですが、周囲の緊張感に飲まれてしまわないように、貴重な経験を楽しむくらいの余裕をもって試験に臨みたいものです。

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2022年10月23日

令和4年予備試験口述試験対策について(上)

1.論文を突破しても、さらに口述試験があります。これが、予備試験の辛いところです。ただ、口述試験は、基本的には落ちない試験です。毎年、口述受験者ベースの合格率は9割を超えています。短答や論文のように、「できる人を受からせる」試験ではなく、「不適格者を落とす」試験なのです。その意味で、短答や論文とは位置付けが随分違います。また、試験時間という点でも、短答・論文は長時間にわたる試験で、体力勝負という側面がありますが、口述は、1日(1科目)当たり15分から25分程度です。しかも、考査委員を目の前にして口頭で答えるわけですから、多少疲れていても、集中力が切れるなどということはまずない。ですから、体力(疲労による集中力・気力の衰え)よりも精神面(緊張や動揺)の要素の方が合否に影響しやすいといえるでしょう。この点も、短答・論文とは違うところです。
 口述試験で不合格になると、来年はまた短答からやり直しです。実際に不合格になってしまうと、そのショックはかなり大きいものがあります。論文までは、低い合格率だからダメでも仕方がないという意味で、精神的に楽な部分がありますが、口述になると、「せっかく論文に受かったのに、こんなところで落ちるわけにはいかない。」という心理が生じます。また、試験会場の雰囲気や受験までの流れも、短答・論文とは随分違います。試験会場では、自分の順番が来るまで待たされます。順番によっては、数時間も待たされることがある。異常な雰囲気の中で、何時間も待機させられると、なかなか正常な精神状態を保てなくなるものです。そんな慣れない環境の中で、考査委員を目の前にして受け答えをするわけですから、その緊張感は短答・論文とは比較になりません。普段ならやらないような、とんでもない勘違いをしてしまいがちです。そのために、数字の上ではほとんど落ちない試験であるにもかかわらず、短答・論文よりも怖い試験であると感じられるのです。

2.口述試験の試験科目は、法律実務基礎科目の民事及び刑事の2科目です。2日間で行われますが、必ずしも民事が初日、2日目が刑事とは限りません。各自、受験票で確認しておく必要があります。
 それぞれの科目について、以下のような基準で採点されることになっています。

(「司法試験予備試験の方式・内容等について」より引用。太字強調は筆者。)

(1) 採点方針

 法律実務基礎科目の民事及び刑事の採点は次の方針により行い,両者の間に不均衡の生じないよう配慮する。

ア その成績が一応の水準を超えていると認められる者に対しては,その成績に応じ,

 63点から61点までの各点

イ その成績が一応の水準に達していると認められる者に対しては,

 60点(基準点)

ウ その成績が一応の水準に達していないと認められる者に対しては,

 59点から57点までの各点

エ その成績が特に不良であると認められる者に対しては,その成績に応じ,

 56点以下

(2) 運用

 60点とする割合をおおむね半数程度とし,残る半数程度に61点以上又は59点以下とすることを目安とする。

イ 61,62点又は58,59点ばかりでなく,63点又は57点以下についても積極的に考慮する。

(引用終わり)

 口述では、得点にほとんど差が付かないことが知られています。上記引用部分の(2)イでは、「63点又は57点以下についても積極的に考慮する」と記載されていますが、実際には、このような点数が付くことは極めてまれです。さらにいえば、62点と58点も、なかなか付かないといわれています。ですから、大雑把にいえば、上位4分の1が61点、真ん中の半数が60点、残る下位4分の1が59点、という感じになっていると思っておけばよいでしょう。

各科目の
得点
評価 受験生全体
に対する割合
59点 一応の水準
に達しない
25%
60点 一応の水準 50%
61点 一応の水準
を超える
25%

 このことから明らかなように、口述は、個々の質問に何個正解したから何点、というような点の付き方はしない。飽くまで、考査委員の裁量、もっといえば印象によって、ざっくりと点が付く。ですから、考査委員に悪い印象を与える受け答えをしてしまうと、個々の質問にはそれなりに答えているのに、59点にされる、ということは、普通にあることなのです。それぞれの質問に対する回答が正解であるか否かは、そのような考査委員の印象に影響を与える1つの要素に過ぎないと思っておいた方がよいと思います。これも、口述の怖さの1つといえるでしょう。

3.口述試験の合否は、民事と刑事の合計点で決まります。ただし、どちらか一方でも欠席すると、それだけで不合格です。

(「司法試験予備試験の方式・内容等について」より引用。太字強調は筆者。)

(3) 合否判定方法

 法律実務基礎科目の民事及び刑事の合計点をもって判定を行う。

 口述試験において法律実務基礎科目の民事及び刑事のいずれかを受験していない場合は,それだけで不合格とする。

(引用終わり)

 では、実際の合格点は、どうなっているか。以下は、これまでの合格点の推移です。省略された元号は、平成を指します。

合格点
23 119
24 119
25 119
26 119
27 119
28 119
29 119
30 119
令和元 119
令和2 119
令和3 119

 毎年、119点が合格点になっています。前記のとおり、通常は、各科目最低でも59点です。民事と刑事が両方59点だと、118点で不合格になります。しかし、一方の科目で60点を取れば、片方が59点でも119点になりますから、ギリギリセーフ、合格となるのです。ですから、不合格になるのは、民事も刑事も59点を取ってしまった場合だ、と思っておけばよいわけです。
 各科目、概ね下位4分の1が59点を取るとすると、両方の科目で59点を取る割合は、16分の1、すなわち、6.25%です。ですから、93.75%が、理論的な口述の合格率となります(※)。
 ※ 厳密には、合格率は93.75%よりやや低めの数字になるのが自然です。なぜなら、この93.75%という数字は、民事と刑事の成績が完全に独立に決まる、という前提で算出された数字だからです。実際には、民事と刑事の成績には、一定の相関性がある。口述試験の形式自体に弱い人は、民事も刑事も失敗しやすいでしょう。また、基本的な法的思考力が不足している人も、民事と刑事両方で失敗しやすいはずです。このように、民事と刑事に一定の相関性がある場合には、合格率は93.75%より低い数字になるのです。わかりやすく、極端な例を考えてみましょう。民事と刑事の成績が、完全に相関するとしましょう。上位25%の人は、民事も刑事も61点を取り、真ん中の50%は、民事も刑事も60点を取る。そして、残りの下位25%が、民事も刑事も59点を取る。この場合、下位の25%は、全員118点ですから、不合格です。そうすると、合格率は75%になってしまいます。このように、民事と刑事の成績に相関性があると、民事も刑事も59点になる人が増えるので、合格率は93.75%より下がってしまうわけです。実際にはここまで極端な相関性はありませんが、理論的には、合格率は93.75%より少し低い数字になるはずなのです。

 実際の合格率をみてみましょう。以下は、口述試験の合格率(口述受験者ベース)の推移です。省略された元号は、平成を指します。


受験者数 合格者数 合格率 合格率
前年比
23 122 116 95.08% ---
24 233 219 93.99% -1.09
25 379 351 92.61% -1.38
26 391 356 91.04% -1.57
27 427 394 92.27% +1.23
28 429 405 94.40% +2.13
29 469 444 94.66% +0.26
30 456 433 94.95% +0.29
令和元 494 476 96.35% +1.40
令和2 462 442 95.67% -0.68
令和3 476 467 98.10% +2.43

 概ね、93.75%に近い数字で推移していることがわかります。平成26年までは、合格率は低下傾向でした。平成25年から平成27年までは、93.75%を下回っています。それが、平成27年以降、合格率は上昇傾向に転じ、平成28年以降は、93.75%よりも高い数字になっています。昨年は、これまでで最も高い合格率でしたが、これはかなり異例な数字なので、今年はもう少し下がるのではないかと予想されます。
 このように、実際の合格率の推移は、62点以上や58点以下を一切考慮しない場合の理論的な合格率に近いものになっています。このことから、62点以上や58点以下が、実際には無視できる程度しか付いていないことが推測できるのです。多くの人が心配するのは、「58点が付いてしまう可能性」です。片方の科目で58点が付いてしまうと、もう片方の科目が60点でも、合格できません。そうなると、上位4分の1以上に入って挽回することが必要になってしまう。これが怖い、ということですね。ただ、上記のような合格率の推移を見る限り、今のところ、その心配をする必要はほとんどなさそうです。

4.以上のことからわかる口述の基本的な戦略は、民事と刑事の両方で失敗しない、ということです。逆にいえば、片方を失敗しても、もう一方で60点を守る。そうすれば、119点で合格できるわけです。ですから、仮に初日の感触がとても悪かったとしても、翌日を普通に乗り切ればよい。このことは、とりわけ精神面の影響の大きい口述では、重要なことだと思います。
 口述試験は、1日目は出来が悪く、2日目はそれなりに答えられたと感じる人が多い試験です。初日は、試験の会場や待機の方法、試験室への入室までの流れなど、ほとんど全てのことが初めての経験で、極度に緊張します。このような状態では、普通の受け答えすらうまくできないのが普通です。ですから、初日の受験後の気分は最悪であることが、むしろ通常の心理状態なのですね。多くの人が、「1日目で落ちたかもしれない。」と感じてしまう。これが、口述試験の最も恐ろしいところです。中には、自暴自棄になって2日目を欠席しようと思ったりする人もいる。そうではなくても、2日目は「1日目の失敗を挽回しよう。」と思って無理をしてしまいがちです。そうなると、問われていないことまで答えようとしたり、パーフェクトな答えを思い付くまで回答できなくなり、焦って沈黙したり、法文を見ないで答えないと評価が下がると心配して、頑なに法文を見なかったり、撤回すると間違いを認めることになると心配して、頑なに撤回しない等、とんでもない受け答えをしてしまい、かえって失敗してしまうのです。これが、民事・刑事の両方で失敗する典型例です。ですから、1日目で失敗しても、2日目は普通に切り抜ければ合格できる、という信念を心の中に強く持っておく。これが、心理面の要素が強く作用する口述試験では、重要なキーポイントになります。2日目は、想像以上に1日目の体験が大きく、様々なことに慣れてしまっています平常心を維持してさえいれば、意外と普通に受け答えができるでしょう。
 前記3で、58点の可能性はあまり心配しない方がいい、と説明したのも、同様の理由です。厳密には、58点が付いてしまう可能性はゼロではないでしょう。しかし、その可能性を頭の片隅に置いてしまうと、ほとんどの人が最悪な気分で1日目を終えるので、自分は58点だと思い込んでしまいやすい。そうなると、上記のように無理をしてしまうことになる。仮に、1日目で58点が付いてしまったとしても、2日目に狙って61点を取れるものではありません。結局のところ、61点を取る最善の方法は、平常心で普通に受け答えをするしかないのですね。ですから、「58点は付かない。」という信念を持っていた方が、口述試験には受かりやすいといえるのです。

posted by studyweb5 at 09:02| 司法試験関連ニュース・政府資料等 | 更新情報をチェックする
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