2022年09月29日

令和4年司法試験の結果について(11)

1.以下は、直近5年の選択科目別の最低ライン未満者割合、すなわち、その科目を選択して短答に合格した者に占めるその科目で最低ライン未満となった者の割合の推移です。

平成30 令和元 令和2 令和3 令和4
倒産 2.77% 2.76% 2.39% 1.91% 2.52%
租税 2.92% 1.29% 0.49% 2.81% 2.46%
経済 1.33% 1.19% 4.25% 2.00% 3.58%
知財 7.06% 0.91% 3.30% 5.12% 6.59%
労働 0.63% 1.94% 3.20% 0.48% 3.16%
環境 0.54% 0.61% 0.87% 4.90% 0.00%
国公 0.00% 5.12% 3.03% 2.85% 6.06%
国私 2.63% 0.60% 2.11% 0.78% 2.51%

 かつては、倒産法で最低ライン未満者が多いというのが、確立した傾向でした。短答・論文の合格率が最も高い傾向を示す倒産法で、最低ライン未満者が多数出ていることは、ある意味不思議な現象でした。当サイトでは、実力者が倒産法を選択しているという傾向がある一方で、倒産法の採点は厳しく、素点で最低ライン未満になる危険性が高いことから、倒産法を選択するということには、そのようなリスクがある、という説明をしていたのでした(「平成26年司法試験の結果について(10)」)。一方で、労働法は、毎年最低ライン未満者が少なく、その意味では安全な科目であるということができました。
 それが、最近では、年ごとに最低ライン未満者の多い科目が変動するようになってきました。今年は、知的財産法・国際公法(ただし2人)で高めの最低ライン未満者割合となりました。環境法を除いては、他の科目もそれなりに最低ライン未満者を出しています。現時点では、最低ライン未満になるリスクを考慮して選択科目を選ぶという考え方は、適切ではないといえるでしょう。ただ、知的財産法に関しては、平成30年、昨年、今年と、直近5年で最低ライン未満者割合が高い年が多くなっているので、今後もこの傾向が続くようなら、注意する必要があるかもしれません。

.選択科目ごとの素点の傾向をみてみましょう。以前の記事(「令和4年司法試験の結果について(9)」)でみたとおり、厳し目な採点がされやすい要注意の科目かどうかは、素点段階と得点調整後に最低ライン未満の得点となる者の数を比較すれば、ある程度わかります。以下は、素点段階の最低ライン未満者数と、得点調整後に最低ライン未満の得点となる者の数をまとめたものです。

素点
ベース
調整後
ベース
倒産 19
租税
経済 17 29
知財 25 20
労働 24 56
環境
国公
国私

 調整後の数字の方が小さくなっているのは、知的財産法だけです。知的財産法に関しては、前記1で説明したとおり、直近5年で最低ライン未満者割合が高い年が多くなっているので、今後もこの傾向が続くようなら、「知財は採点が厳しい。」という可能性を考慮する必要が出てきます。かつては、倒産法で調整後の数字が小さくなることが多く、厳しい採点がされている可能性が高いという傾向がありましたが、現在では、そのような確立した傾向はみられなくなったので、上記の知財の状況は気になるものの、差し当たり現時点では、採点傾向を考慮する必要はほとんどないといえるでしょう。

3.上記のとおり、現時点では、選択した科目によって最低ライン未満となるリスクが高まったり、採点が厳しくなりやすい、という傾向は、ほとんどみられなくなりました。基本的には、自分の興味のある科目を選択すればよいと思います。学部やローで講義を受講できるかどうかも1つの要素ですが、特にこだわりがなければ、選択者の多い科目を選んでおくのが無難かもしれません。
 以下は、今年の選択科目別受験者数及びその全体に占める割合をまとめたものです。

受験者数 割合
倒産 420 13.7%
租税 208 6.8%
経済 583 19.1%
知財 464 15.2%
労働 911 29.8%
環境 129 4.2%
国公 38 1.2%
国私 307 10.0%

 労働法が圧倒的に多く、3割近い受験生が選択しています。それ以外では、倒産法、経済法、知的財産法、国際私法が1割から2割の間の水準です。租税法、環境法は1割を下回るマイナー科目で、国際公法はその存在意義が疑われかねないほど選択者が少ない科目となっています。
 このような状況からすれば、特に好みがないなら、労働法を選択しておけばよいのかな、と思います。労働法は、選択科目の中でも、当サイトが繰り返し説明している、「規範と事実」のパターンにはまりやすい科目です。司法試験向けの教材が多く、必須科目と比べて論文の書き方に特殊な点がないという点からも、労働法は選択しやすい科目といえるでしょう。ただ、覚えるべき規範の量は、他の科目より少し多めです。
 覚える量が少ない科目としては、経済法国際私法が挙げられることが多いですが、それは必ずしも楽な科目であるということを意味しない点に注意が必要です。知識量で差が付きにくいということは、現場での事務処理の比重が上がるということを意味します。ちょっとした論点落ちや、当てはめの事実の抽出不足が致命的になりやすいという意味では、逆にリスクが高いともいえるでしょう。どちらの科目も、ややクセのある思考方法が必要だったりするので、的確な事例処理をするためには、相応の演習時間を確保する必要もあります(逆に、そのクセを体得すれば安定するともいえますが。)。その意味では、必ずしも勉強時間を確保しなくて大丈夫、というわけでもないのです。
 かつて、労働法より人気があったのが、倒産法でした。法科大学院で履修しやすい科目であったこと、民事系科目との親和性が強いことが要因だったのでしょう。しかし、前回の記事(「令和4年司法試験の結果について(10)」)で説明したとおり、倒産法は実力者が選択する傾向があるために、得点調整で不利になりやすいことや、かつて最低ライン未満者が毎年多かったこともあって、一時期は敬遠されがちな科目となっていました。もっとも、最近では、最低ライン未満者数もかつてほど多くはなくなってきています。倒産法は教材もそれなりに充実していて学習しやすいという面があり、また受験者が増えてくる可能性はありそうです。
 知的財産法もそれなりに人気がありますが、受験上の優位性というより、興味関心から選択者を集めているようです。また、知財に詳しい社会人受験生の選択も一定数ありそうです。それだけに、きちんと学習している人が多い印象で、他の科目より選択者のレベルがやや高いという印象です。

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2022年09月27日

令和4年司法試験の結果について(10)

1.今回は、選択科目についてみていきます。まずは、選択科目別にみた短答式試験の受験者合格率です。

科目 短答
受験者数
短答
合格者数
短答
合格率
倒産 420 357 85.0%
租税 208 162 77.8%
経済 583 474 81.3%
知財 464 379 81.6%
労働 911 758 83.2%
環境 129 92 71.3%
国公 38 33 86.8%
国私 307 239 77.8%

 短答は、選択科目に関係なく同じ問題ですから、どの科目を選択したかによって、短答が有利になったり、不利になったりすることはありません。ですから、どの選択科目で受験したかと、短答合格率の間には、何らの相関性もないだろうと考えるのが普通です。しかし実際には、選択科目別の短答合格率には、毎年顕著な傾向があるのです。
 その1つが、倒産法の合格率が高いということです。例年、倒産法は短答合格率トップで、今年は、国際公法がイレギュラーな高成績だったため2位ではあるものの、安定した高い短答合格率を維持しています。このことは、倒産法選択者に実力者が多いことを意味しています。倒産法ほど顕著ではありませんが、労働法も似たような傾向で、今年も倒産法に次いで3位となりました。
 逆に、国際公法は、毎年短答合格率が低いという傾向があります。このことは、国際公法選択者に実力者が少ないことを意味しています。もっとも、今年に関しては、例外的に高い合格率でトップとなっています。国際公法は母数が少ないので、こうしたイレギュラーが生じやすいのも特徴の1つです。国際公法ほど顕著ではありませんが、環境法も例年短答合格率が低く今年は昨年に引き続いて最下位となりました。
 また、新司法試験開始当初は、国際私法も合格率が低い傾向だったのですが、次第にそうでもない、という感じに変わってきました。その原因の1つには、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えている、ということが考えられました。国際私法は、他の選択科目よりも学習の負担が少なく、渉外系法律事務所への就職を狙う際に親和性がありそうにみえる、ということが、その理由のようでした。しかし、近年は、再び短答合格率の低い科目となってきています。今年は、環境法に次ぐ低い合格率で、短答合格率が下から2番目に低い科目になるという結果は、4年連続です。このことは、予備試験合格者の科目選択の傾向に変化が生じた可能性を示唆しています。

2.論文合格率をみてみましょう。下記は、選択科目別の短答合格者ベースの論文合格率です。

科目 短答
合格者数

論文
合格者数

論文
合格率
倒産 357 207 57.9%
租税 162 78 48.1%
経済 474 276 58.2%
知財 379 219 57.7%
労働 758 435 57.3%
環境 92 41 44.5%
国公 33 18 54.5%
国私 239 129 53.9%

 論文段階では、どの科目を選択したかによる影響が多少出てきます。もっとも、各選択科目の平均点は、全科目平均点に合わせて、どの科目も同じ数字になるように調整され、得点のバラ付きを示す標準偏差も、各科目10に調整されます。ですから、基本的には、選択科目の難易度によって、有利・不利は生じないはずなのです(※)。したがって、論文段階における合格率の差も、基本的には、どのような属性の選択者が多いか、実力者が多いのか、そうではないのか、といった要素によって、変動すると考えることができます。
 ※ 厳密には、個別のケースによって、採点格差調整(得点調整)が有利に作用したり、不利に作用したりする場合はあり得ます。極端な例でいえば、ある選択科目が簡単すぎて、全員100点だったとしましょう。その場合、全科目平均点の得点割合が45%だったとすると、得点調整後は全員が45点になります(なお、この場合は調整後も標準偏差が10にならない極めて例外的なケースです。)。この場合、選択科目の勉強をたくさんしていた人は、損をしたといえるでしょうし、逆に選択科目をあまり勉強していなかった人は、得をしたといえます。もっとわかりやすいのは、ある選択科目が極端に難しく、全員25点未満だった場合です。この場合は、素点段階で全員最低ライン未満となって不合格が確定する。これは、その選択科目を選んだことが決定的に不利に作用したといえるでしょう。このように、特定の選択科目が極端に易しかったり、難しかったりした場合などでは、どの科目を選んだかが有利・不利に作用します。とはいえ、通常は、ここまで極端なことは起きないので、科目間の難易度の差は、それほど論文合格率に影響していないと考えることができるのです。

 論文合格率についても、かつては倒産法がトップになるという傾向が確立していました。ところが、平成26年に初めて国際私法がトップになって以降、この傾向に変化が生じました。以下の表は、平成26年以降で論文合格率トップとなった科目をまとめたものです。

論文合格率
トップの科目
平成26 国際私法
平成27 経済法
平成28 倒産法
平成29 国際公法
平成30 経済法
令和元 倒産法
令和2 労働法
令和3 経済法
令和4 経済法

 今年は、昨年に引き続いて経済法(58.2%)がトップもっとも、2位の倒産法(57.9%)、3位の知的財産法(57.7%)、4位の労働法(57.3%)との差はわずかなので、圧倒的優位とまではいえない状況です。このように、上位に顕著な差が生じなくなったことが、最近の傾向です。
 一方で、下位については、例年、国際公法が圧倒的に論文合格率が低いという傾向ですが、今年は、かなり健闘しています。また、環境法は、国際公法と似た傾向で、今年は昨年に引き続いて最下位でした。「環境」というキーワードに惹きつけられやすい層に未修者が多いという可能性はありそうです。ブレが大きいのが国際私法で、かつては国際公法と同様に低い合格率でしたが、一時期、前記のとおり、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えたことで、むしろ合格率上位のグループに属する傾向となっていました。ところが、令和元年から低い論文合格率となり、今年も、低めの論文合格率となっています。短答の合格率も下がっているところからみて、予備組があまり選択しなくなったのでしょう。倒産法、労働法、経済法の強さと併せて考えると、予備組の選択傾向が国際私法から倒産法、労働法、経済法に移った可能性が高そうです。

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2022年09月25日

令和4年司法試験の結果について(9)

1.論文には、素点ベースで満点の25%(公法系及び刑事系は50点、民事系は75点、選択科目は25点。)未満となる得点だった科目があると、それだけで不合格になるという、最低ラインがあります(※1)。以下は、論文採点対象者に占める最低ライン未満者の割合(最低ライン未満者割合)等の推移です。全科目平均点の括弧内は、最低ライン未満者を含む数字です。年号の省略された年の表記は、平成の年号によっています。
 ※1 もっとも、実際には、最低ラインだけで不合格になることはほとんどありません(「司法試験論文式試験 最低ライン点未満者」の「総合評価の総合点を算出した場合,合格点を超えている者の数」の欄を参照。)。最低ラインを下回る科目が1つでもあると、総合評価でも合格点に達しないのが普通なのです。

最低ライン
未満者
割合
前年比 論文試験
全科目
平均点
前年比
18 0.71% --- 404.06 ---
19 2.04% +1.33% 393.91 -10.15
20 5.11% +3.07% 378.21
(372.18)
-15.70
(---)
21 4.68% -0.43% 367.10
(361.85)
-11.11
(-10.33)
22 6.47% +1.79% 353.80
(346.10)
-13.30
(-15.75)
23 6.75% +0.28% 353.05
(344.69)
-0.75
(-1.41)
24 8.54% +1.79% 363.54
(353.12)
+10.49
(+8.43)
25 7.62% -0.92% 361.62
(351.18)
-1.92
(-1.94)
26 13.4% +5.78% 359.16
(344.09)
-2.46
(-7.09)
27 6.78% -6.62 376.51
(365.74)
+17.35
(+21.65)
28 4.54% -2.24 397.67
(389.72)
+21.16
(+23.98)
29 8.71% +4.17 374.04
(360.53)
-23.63
(-29.19)
30 5.12% -3.59 378.08
(369.80)
+4.04
(+9.27)
令和元 7.63% +2.51 388.76
(376.39)
+10.68
(+6.59)
令和2 6.48% -1.15 393.50
(382.81)
+4.74
(+6.42)
令和3 8.57% +2.09 380.77
(367.55)
-12.73
(-15.26)
令和4 9.82% +1.25 387.16
(371.98)
+6.39
(+4.43)

 今年の最低ライン未満者割合は、やや高めの水準だった昨年をさらに上回り、1割に近い水準だったことがわかります。過去の数字と比較しても、平成26年以来の高さです。
 最低ライン未満者数の主たる変動要因は、全科目平均点です。全科目平均点が高くなると、最低ライン未満者数は減少し、全科目平均点が低くなれば、最低ライン未満者数は増加する。全体の出来が良いか、悪いかによって、最低ライン未満になる者も増減するということですから、これは直感的にも理解しやすいでしょう。単純な例で確認すると、より具体的に理解できます。表1は、X年とY年で、100点満点の試験を実施した場合の受験生10人の得点の一覧です。

表1 X年 Y年
受験生1 60 70
受験生2 55 65
受験生3 50 60
受験生4 45 55
受験生5 40 50
受験生6 35 45
受験生7 30 40
受験生8 20 30
受験生9 15 25
受験生10 10 20
平均点 36 46
標準偏差 16.24 16.24

 25点を最低ラインとすると、最低ライン未満となる者は、X年は3人ですが、Y年には1人に減少しています。これは、平均点が10点上がったためです。表1では、得点のバラ付きを示す標準偏差には変化がありません。得点のバラ付きに変化がなく、全体の平均点が上昇すれば、そのまま最低ライン未満者は減少するということがわかりました。
 では、平均点に変化がなく、得点のバラ付きが変化するとどうなるか、表2を見て下さい。

表2 X年 Y年
受験生1 60 80
受験生2 55 70
受験生3 50 60
受験生4 45 50
受験生5 40 40
受験生6 35 30
受験生7 30 15
受験生8 20 10
受験生9 15 5
受験生10 10 0
平均点 36 36
標準偏差 16.24 27.00

 X年、Y年共に、平均点は36点で変わりません。しかし、最低ライン未満者は、X年の3人から、Y年は4人に増加しています。これは、得点のバラ付きが広がったためです。得点のバラ付きが拡大するということは、極端に高い点や、極端に低い点を取る人が増える、ということですから、極端に低い点である最低ライン未満を取る人も増える、ということですね。統計的には、得点のバラ付きが広がるということは、標準偏差が大きくなることを意味します。Y年の標準偏差を見ると、X年よりも大きくなっていることが確認できるでしょう。このように、得点のバラ付きの変化も、最低ライン未満者数を変動させる要因の1つです。ここで気を付けたいのは、論文の最低ライン未満の判定は、素点ベースで行われる、ということです。採点格差調整(得点調整)後の得点は、必ず標準偏差が100点満点当たり10に調整されます(※2)が、素点段階では、科目ごとに標準偏差は異なります。そのため、素点段階でのバラ付きの変化が、最低ライン未満者数を増減させる要素となるのです。もっとも、全科目平均点の変化と比べると、副次的な要因にとどまるというのが、これまでの経験則です。
 以上のことを理解した上で今年の数字をみると、今年は、全科目平均点が上昇しているのに、最低ライン未満者割合は下落せず、むしろ上昇している。これは、得点のバラ付きの影響が、とても大きかったことを意味しています。
 ※2 法務省公表資料では、得点調整後の標準偏差の基礎となる変数は、「配点率」とされているだけで、実際の数字は明らかにされていません。しかし、得点調整後の得点分布を元に逆算する方法によって、これが100点満点当たり10に設定されていることがわかっています。

2.以下は、平成26年以降における公法系、民事系、刑事系の最低ライン未満者割合の推移です。

公法 民事 刑事
平成26 10.33% 1.69% 1.59%
平成27 3.46% 2.76% 1.43%
平成28 1.01% 1.88% 0.73%
平成29 1.16% 3.78% 3.25%
平成30 2.23% 1.77% 0.89%
令和元 4.10% 1.58% 3.49%
令和2 2.07% 3.25% 1.03%
令和3 1.75% 6.66% 2.28%
令和4 4.49% 4.17% 2.48%

 従来は、公法系で最低ライン未満者が多い傾向でした。特に、平成26年は異常で、実に受験者の1割以上が、公法系で最低ライン未満となっていたのでした。もっとも、漏えい事件(「これまでの調査及び検討の状況について」、「司法試験出題内容漏えい事案を踏まえた再発防止策及び平成29年以降の司法試験考査委員体制に関する提言」参照) を発端とする考査委員の交代の影響か、近時は、令和元年に4%程度となったことを除けば、おとなしい水準で推移していました。それが、今年は、令和元年以来の高い水準となっています。
 民事系は、3科目全て低い点数を取らなければ最低ライン未満とはならないので、最低ライン未満者は少なめの傾向ですが、昨年は6%を超える非常に高い水準でした。そして、今年も4%台と、高い水準となっています。その原因の1つとしては、民法で債権法改正絡みの応用的な論点が出題され、対応できない受験生が多かったことが挙げられるでしょう。
 刑事系は、比較的最低ライン未満者が少なく、多い年でも4%を超えることはない、というのが、最近の傾向です。今年は、昨年に引き続き、2%強の数字となりました。

3.次に、今年の素点ベース、得点調整後ベースの最低ライン未満者数の比較を考えます。この両者を比較することで、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点(厳密にはこれを1科目当たりに換算したもの。以下同じ。)より高かったか、低かったか素点段階のバラ付きが大きい(標準偏差10を超えている)か、小さい(標準偏差10を下回っている)かをある程度知ることができるのです。
 そのことを、簡単な数字で確認しておきましょう。まずは、素点段階における各科目の平均点と全科目平均点との関係を考えてみます。100点満点で試験を行ったとした場合の、受験生10人のある科目の素点と、全科目平均点を45点とした得点調整後の得点を一覧にしたのが、以下の表3です。

表3 素点 調整後
受験生1 40 57.7
受験生2 37 54.7
受験生3 35 52.7
受験生4 32 49.7
受験生5 30 47.7
受験生6 27 44.7
受験生7 25 42.7
受験生8 22 39.7
受験生9 19 36.7
受験生10 6 23.7
平均点 27.3 45
標準偏差 10 10

  最低ラインを25点とすると、素点では3人の最低ライン未満者がいるのに、調整後は1人しか最低ライン未満の点数となる者がいません。これは、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より低かったために、得点調整によってその科目の平均点が全科目平均点に等しい値になるように全体の得点が引き上げられた結果、素点段階では最低ライン未満の点数だった者の得点が、最低ライン以上に引き上げられる場合が生じるためです。このように、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より低いと、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が減少するのです。
 もう1つ、例を挙げましょう。

表4 素点 調整後
受験生1 80 57.7
受験生2 77 54.7
受験生3 75 52.7
受験生4 72 49.7
受験生5 70 47.7
受験生6 67 44.7
受験生7 65 42.7
受験生8 62 39.7
受験生9 59 36.7
受験生10 46 23.7
平均点 67.3 45
標準偏差 10 10

 素点では最低ライン未満者は1人もいないのに、調整後は1人が最低ライン未満の点数になっています。これは、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より高かったために、得点調整によってその科目の平均点が全科目平均点に等しい値になるように全体の得点が引き下げられた結果、素点段階では最低ライン以上の点数だった者の得点が、最低ライン未満に引き下げられる場合が生じるためです。この場合には、成績表に表示される得点は最低ラインを下回っているのに、なぜか総合評価の対象となっているという、一見すると不思議な現象が生じます。このように、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より高いと、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が増加するのです。

 次に、素点のバラ付きとの関係をみていきます。100点満点で試験を行ったとした場合の、受験生10人の素点と、全科目平均点を40点とした得点調整後の得点を一覧にしたのが、以下の表5です。

表5 素点 調整後
受験生1 80 55.62
受験生2 70 51.71
受験生3 60 47.81
受験生4 55 45.85
受験生5 40 40
受験生6 35 38.04
受験生7 25 34.14
受験生8 20 32.18
受験生9 10 28.28
受験生10 5 26.32
平均点 40 40
標準偏差 25.6 10

 素点では3人の最低ライン未満者がいるのに、調整後は1人も最低ライン未満の点数となる者がいません。これは、素点段階の得点のバラ付きが大きかった(標準偏差が10を超えている)ために、得点調整によって標準偏差を10に抑えられてしまうと、平均点付近まで得点が引き上げられてしまうためです。このように、素点段階の得点のバラ付きが大きい(標準偏差が10を超えている)と、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が減少するのです。表3及び表4の場合とは異なり、一律の幅で得点が変動しているわけではないことに注意が必要です。バラ付きが調整される場合と、平均点が調整される場合とでは、作用の仕方が異なるのです。
 もう1つ、例を挙げましょう。

表6 素点 調整後
受験生1 40 50.4
受験生2 39 47.08
受験生3 38 43.77
受験生4 37 40.46
受験生5 36 37.15
受験生6 35 33.84
受験生7 34 30.53
受験生8 33 27.22
受験生9 32 23.91
受験生10 31 20.59
平均点 35.5 35.5
標準偏差 3.02 10

 表6では、表5とは逆に、素点段階では1人もいなかった最低ライン未満の得点となる者が、調整後には2人生じています。これは、素点段階の得点のバラ付きが小さかった(標準偏差が10より小さい)ために、得点調整によって標準偏差を10に拡大されてしまうと、下位者の得点が引き下げられてしまうためです。この場合にも、表4の場合と同様に、成績表に表示される得点は最低ラインを下回っているのに、総合評価の対象となっているという、一見すると不思議な現象が生じます。このように、素点段階の得点のバラ付きが小さい(標準偏差が10より小さい)と、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が増加するのです。
 以上のことを理解すると、素点段階の最低ライン未満者数と、得点調整後に最低ライン未満の点数となる者の数の増減を確認することによって、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より高かったか、低かったか、素点段階での得点のバラ付きが、標準偏差10より大きかったのか、小さかったのかをある程度判断することができることがわかります。

 そして、これまでの傾向から、得点調整をすると、ほとんどの科目で、最低ライン未満の得点となる者の数が増える、ということがわかっています(「平成30年司法試験の結果について(10)」、「令和3年司法試験の結果について(11)」)。上記の例でいえば、表4又は表6のパターンです。すなわち、素点の平均点が全科目平均点より高いか、素点の標準偏差が10より小さい。ほとんどの科目で素点の平均点が全科目平均点より高くなるというのは、全科目平均点という数字の性質上、考えにくいことです。そのため、これは、一般に、素点のバラ付きが小さい(標準偏差が10より小さい。)ことを示しているといえるでしょう。これは、ほとんどの科目で、受験生はどんぐりの背比べ状態であり、素点ではあまり差が付いていない、ということを意味します。
 それとの対比でいうと、得点調整によって最低ライン未満の得点となる者が減るというのは、例外的な場合です。かつては、公法系や倒産法でみられた特殊な傾向でした(「平成26年司法試験の結果について(10)」)。上記の例でいえば、表3又は表5のパターン、すなわち、素点の平均点が全科目平均点より低いか、素点の標準偏差が10より大きいという場合です。前者の場合には全体的に採点が厳しいというイメージ。後者の場合には、積極的に加点もするが、ミスがあれば厳しく減点されるというイメージです。合格を目指すという観点からは、どちらにしても、大きく減点されるリスクがあるという意味で、要注意ということになるでしょう。したがって、年ごとの結果をみる際には、得点調整によって最低ライン未満の得点となる者が減ったのはどの科目(系)だったか、ということが重要になるわけです。

 今年の数字をみてみましょう。法務省が公表する最低ライン未満者数は、素点段階の数字です。では、得点調整後の最低ライン未満者数は、どうやって確認するか。これは、各系別の得点別人員調を見ればわかります。得点別人員調は、調整後の得点に基づいているからです。このようにして、素点ベース、得点調整後ベースの最低ライン未満者数をまとめたのが、以下の表です。倍率とは、得点調整後の数字が、素点段階の数字の何倍になっているかを示した数字です。

科目
(系)
素点 得点調整後 倍率
公法 112人 88人 0.78
民事 104人 105人 1.00
刑事 62人 101人 1.62

 今年は、得点調整によって最低ライン未満の得点となる者が減った科目は、公法系でした。前記2のとおり、今年、最低ライン未満者が多く出たのも、公法系です。要因は、主に憲法でしょう(「令和4年司法試験論文式公法系第1問参考答案」)。また、民事系は、得点調整後もほとんど人数が増えていません。一昨年、昨年と、類似の傾向が続いています(「令和2年司法試験の結果について(9)」)。債権法改正の影響もありそうですが、それ以外に何らかの採点傾向の変化があったとみる余地もありそうです。採点実感を読む際には、この点に留意する必要がありそうです。

4.得点調整が行われると、具体的にどのくらい調整後の得点が変動するのか。これは、各科目の最低ラインとなる得点と、得点別人員調の順位を下からみた場合の最低ライン未満者数の順位に相当する得点を比較することで、ある程度把握することが可能です。例えば、公法系では112人の最低ライン未満者がいます。今年の論文の採点対象者は2494人ですから、下から数えて112位は、上から数えると2383位ですね。そこで、得点別人員調で2383位に相当する得点を見ると、53点です。こうして、素点の50点は、概ね得点調整後の53点に相当することがわかるわけです。このことは、得点調整がされると、概ね3点程度の得点が変動することを意味します。同様のことを民事系、刑事系でも行い、何点程度変動したかをまとめたものが、以下の表です。なお、 括弧書きは、1科目当たりに換算したものです。

科目
(系)
素点 得点調整後 得点調整
による
変動幅
公法 50点
(25点)
53点
(26.5点)
+3点
(+1.5点)
民事 75点
(25点)
74点
(27点)
-1点
(-0.5点)
刑事 50点
(25点)
45点
(22.5点)
-5点
(-2.5点)

 最低ライン付近の得点については、刑事系は素点段階が甘い採点なので、調整で5点ほど減点され、公法系は逆に素点段階が厳しい採点なので、調整で3点ほど加点されている、という感じになっていることがわかります。得点調整でどのくらいの変動幅が生じているかについては、法科大学院や予備校等でもあまり説明がないだろうと思いますが、実際にはこの程度です。気にするべきは、得点の変動そのものではなく、前記3で説明したとおり、そこから読み取れる採点傾向です。

posted by studyweb5 at 17:37| 司法試験関連ニュース・政府資料等 | 更新情報をチェックする
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