2022年08月28日

令和4年予備試験論文式民事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。しかし、民事実務基礎は、そのような事例処理型の問題ではありません。民事実務基礎の特徴は、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式に近いという点にあります。そのため、当てはめに入る前に規範を明示しているか、当てはめにおいて評価の基礎となる事実を摘示しているか、というような、「書き方」によって合否が分かれる、という感じではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか。単純に、それだけで差が付くのです。ですから、民事実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、民事実務基礎に関しては、生じにくい。逆にいえば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。 上記の傾向を踏まえ、参考答案は、できる限り一問一答式の端的な解答を心掛けて作成しています。

2.今年の民事実務基礎も、概ね上記で説明した傾向どおりの内容です。もっとも、ところどころに難しい部分、気付きにくい部分があったりするので、全体の出来はそれほど良くないでしょう。
 設問1は、単純に事前準備をしていたかどうか。現場で考えてひねり出す、というのは、小問(1)、(2)はともかく、(3)、(4)はちょっと厳しいでしょう。とはいえ、請負の要件事実を遅延損害金も含めて完璧に覚えているぞ、という人はあまりいないと思いますから、出来が悪くてもそれほど悪い成績にはならないでしょう。
 設問2小問(1)は、昨年に続いて一部請求を問うています。昨年、出来がよくなかったので、また出したということなのでしょう。内容的には、外側説と合体抗弁の話です。小問(2)は、「挙げなさい。」という設問なので、理由を説明する必要はなく、単に挙げれば足りる「判例を踏まえて」というのは、判例を前提にして、言い換えれば、判例と抵触するものは挙げないでね、という意味でしょう。具体的には、外側説に関する最判平6・11・22、請負報酬請求権と瑕疵修補に代わる損害賠償請求権との相殺の可否に関する最判昭53・9・21、請負報酬請求権と瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の一方を本訴請求債権、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中の相殺の抗弁主張と弁論分離の可否に関する最判令2・9・11等を前提にして、適切な訴訟行為を選択することになります。相殺の抗弁だけだと、外側説から主張自体失当で不適切。弁済+相殺の合体抗弁はあり得ますが、相殺の抗弁は性質上最後に審理されるわけですから、先に弁済+免除の抗弁で勝った場合には全く回収できないし、弁済+免除が否定されて弁済+相殺で勝っても、50万円が回収できない。なので、弁済+相殺の合体抗弁を提出しつつ、合せ技で反訴も提起するというのがベストでしょう。
 設問3は、毎年恒例の事実認定問題。当初、普通に出題していたのですが、あまりにも事実認定の作法を無視する答案が続出するので、平成29年から、「認定することができる事実を踏まえて」というヒントを入れて出題されるようになりました(「平成29年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」、「令和2年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」も参照)。 これは、いわゆる「動かしがたい事実」をきちんと認定してね、という意味なのですが、それでも、単なる当てはめのように解答する答案が圧倒的に多いのが現状です。本問でも、Xが一方的に主張している事実をそのまま基礎にして解答する答案が続出するでしょう。また、今年は、「冒頭に、XとYが本件契約を締結した事実を直接証明する証拠の有無について言及すること。」という指示まで追加されました。これは、直接証拠型なのか間接証拠型なのかすら判然としない答案が続出しているので、どちらなのか明示させてやろう、という趣旨でしょう。本問は、X供述を直接証拠とする立証構造なので、Xの信用性を軸に(実際にはY供述の信用性と比較しながら)論述するのが一般的でしょう。もっとも、「X供述については定義上は直接証拠となり得るものの、原告が主要事実の存在を主張するのは当たり前なので、直接証拠として扱わない。」として、間接事実型の立証構造を採用することも不可能ではありません。いずれにしても、冒頭で示した直接証拠の有無と、その後の論述の立証構造が食い違っていれば、「事実認定わかってねーな。」と思われてしまいます。冒頭で、「直接証拠はない。」と言いながら、「X供述は信用できるので、本件契約締結の事実が認められる。」と結論付けたり、「X供述が直接証拠となる。」と言いながら、「以上の間接事実から本件契約締結の事実が推認される。」と結論付けたりすれば、評価を落とすでしょう。
 事実認定に関しては、予備校等で適切な説明があまりされていないようなので、少し詳しく説明しましょう。まず、本問において、「動かしがたい事実」は何か

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【Xの供述内容】

 「私は、令和3年の年末頃に、Yから本件建物を飲食店にリフォームをしてもらえないかと頼まれ、本件建物を見に行きました。Yは、リフォームの費用は銀行から融資を受けるつもりなので、できるだけ安く済ませたいと言っていました。私は、Yの要望のとおりのリフォームをするのであれば1000万円を下回る報酬額で請け負うのは難しいと話し、本件工事の報酬金額を1000万円と見積もった本件見積書①を作成して、令和4年2月2日、Yに交付しました。Yが同月8日、本件工事を報酬1000万円で発注すると言いましたので、私は、同日、本件工事を報酬1000万円で請け負いました。見積金額が700万円と記載された本件見積書②は、Yから、本件建物は賃借している物件なので、賃貸人に本件工事を承諾してもらわなければならないが、大掛かりなリフォームと見えないようにするため、外壁工事の項目を除いた見積書を作ってほしいと頼まれて作成したものです。実際、私は、本件工事として本件建物の外壁工事を実施しており、本件見積書②は実体と合っていません。私は、Yは本件見積書①を銀行に提出し、同年5月初旬に銀行から700万円の融資を受けたと聞いていますが、本件見積書②を賃貸人に見せたかどうかは聞いていません。私は、契約書を作成しておかなかったことを後悔していますが、私とYは十年来の仲でしたので、作らなくても大丈夫だと思っていました。
 以上のとおり、私は、Yとの間で、令和4年2月8日、本件契約を締結しました。」

【Yの供述内容】

 「私は令和4年2月8日、Xに本件工事を発注しましたが、報酬は1000万円ではなく、700万円でした。Xが私に対し、1000万円を下回る報酬額で請け負うのは難しいと言ったことはなく、令和3年の年末頃に本件建物を見た際、700万円程度でできると言い、令和4年2月2日、本件工事の報酬金額を700万円と見積もった本件見積書②を私に交付しました。そこで、私は、同月8日、Xに対し、本件工事を報酬700万円で発注したいと伝え、Xとの間で、本件工事の請負契約を締結したのです。私から外壁工事の項目を除いた見積書を作ってほしいとは言っていません。確かに、本件見積書②には、本件工事としてXが施工した外壁工事に関する部分の記載がありませんが、私は、本件見積書②の交付を受けた当時、Xから、外壁工事分はサービスすると言われていました。本件見積書①は、私が運転資金として300万円を上乗せして銀行から融資を受けたいと考え、Xにお願いして、銀行提出用に作成してもらったものです。私は、本件見積書①を銀行に提出しましたが、結局、融資を受けられたのは700万円でした。本件見積書②は、本件工事の承諾を得る際、賃貸人に見せています。」

(引用終わり)

 通常は、真正に成立した書証があれば、それが軸になるわけですが、本問では見積書が2枚あって、どちらも成立に争いがないということなので、決め手になりません。一方的に、「X供述は本件見積書①と整合するから信用できる。」とか、「本件見積書①の記載から報酬は1000万円と推認される。」のように決めつけてはいけません。それが成り立つなら、同じ論理で本件見積書②から逆の結論を導くこともできてしまいます。
 そういうわけで、本問では書証は当てにならない。そこで、XY供述で一致する事実を探してみると、以下のものが見つかるでしょう。

・令和3年の年末頃に、Xが本件建物を見た。
・令和4年2月2日に、Xが1枚目の見積書をYに交付した。
・同月8日に、本件工事の請負契約が締結された。
・Xは、外壁工事を実施した。
Yは、工事費用を銀行融資で調達しており、本件見積書①を銀行に提出し、銀行から700万円の融資を受けた

 また、は、「私は、契約書を作成しておかなかったことを後悔しています」と供述していますから、これは不利益事実の自認です。他方、Yが「本件見積書②は、本件工事の承諾を得る際、賃貸人に見せています。」と供述した部分は、Yの自認供述です。

 これらの事実が、問題文のいう「認定することができる事実」です。特に重要なのは、「令和4年2月8日に本件工事の請負契約が締結された」ことについて、XY供述で一致があるという点です。なので、報酬額はともかく、契約締結自体は簡単に認定できる。これを踏まえることなく、「契約書が作成されていないことは、一般に契約締結がないことを推認させるが、XYは十年来の仲なので不自然ではない。」等と論述するのは不適切です(※1)。
 ※1 そもそも、「XYが十年来の仲だった」という事実自体、Xが一方的に主張していることなので、これを基礎事実としてはいけません。

 上記の各事実を踏まえて、X供述の信用性を検討するわけですが、対立するY供述が信用できない場合には、相対的にX供述の信用性が高まるという関係にあることから、Y供述の信用性についても検討することになります。例年、相手方当事者の供述には致命的な欠陥があるので、それを探す。本問では、Y供述は認定事実と一応整合する内容なので、認定事実との不整合という理由で信用性を否定することはできません。では、どのような点に欠陥があるのか。まず、本件見積書①の作成経緯についての供述をみてみましょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【Yの供述内容】

 「私は令和4年2月8日、Xに本件工事を発注しましたが、報酬は1000万円ではなく、700万円でした。Xが私に対し、1000万円を下回る報酬額で請け負うのは難しいと言ったことはなく、令和3年の年末頃に本件建物を見た際、700万円程度でできると言い、令和4年2月2日、本件工事の報酬金額を700万円と見積もった本件見積書②を私に交付しました。そこで、私は、同月8日、Xに対し、本件工事を報酬700万円で発注したいと伝え、Xとの間で、本件工事の請負契約を締結したのです。私から外壁工事の項目を除いた見積書を作ってほしいとは言っていません。確かに、本件見積書②には、本件工事としてXが施工した外壁工事に関する部分の記載がありませんが、私は、本件見積書②の交付を受けた当時、Xから、外壁工事分はサービスすると言われていました。本件見積書①は、私が運転資金として300万円を上乗せして銀行から融資を受けたいと考え、Xにお願いして、銀行提出用に作成してもらったものです。私は、本件見積書①を銀行に提出しましたが、結局、融資を受けられたのは700万円でした。本件見積書②は、本件工事の承諾を得る際、賃貸人に見せています。」

(引用終わり)

 Yは、300万円上乗せして融資を受けるために、本件見積書①を作ってもらったと言っている。一見すると、もっともらしい感じがします。しかし、「工事代金名目なら貸してもらえるものなのか?」という点に気付きたい。

Y 「工事費用と運転資金として合計1000万円を貸して欲しい。なお、返済能力は700万円しかない。」
銀行 「返済能力が700万円しかないなら、700万円しか貸せねーよ。」

Y 「工事費用として1000万円を貸して欲しい。なお、返済能力は700万円しかない。」
銀行 「工事費用じゃ仕方ないね。1000万円貸しましょう。」

 こんな風になるか。Pとしては、「なるわけないよね。」という立場から主張していくべきです(※2)。
 ※2 他方、「運転資金名目だと、飲食店の経営がうまくいっておらず、返済能力の査定に影響するとYが心配したからだ。」という理屈も成り立ちそうで、これはQの立場でなすべき反論といえます。もっとも、Y供述ではそのような趣旨が明示されていません。Qとしては、Yの当事者尋問の際に、そのような供述を引き出しておくべきだったということになるのでしょう。

 さて、本問では、より致命的な欠陥が、Y供述にあります。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【Yの供述内容】

 「私は令和4年2月8日、Xに本件工事を発注しましたが、報酬は1000万円ではなく、700万円でした。Xが私に対し、1000万円を下回る報酬額で請け負うのは難しいと言ったことはなく、令和3年の年末頃に本件建物を見た際、700万円程度でできると言い令和4年2月2日、本件工事の報酬金額を700万円と見積もった本件見積書②を私に交付しました。そこで、私は、同月8日、Xに対し、本件工事を報酬700万円で発注したいと伝え、Xとの間で、本件工事の請負契約を締結したのです。私から外壁工事の項目を除いた見積書を作ってほしいとは言っていません。確かに、本件見積書②には、本件工事としてXが施工した外壁工事に関する部分の記載がありませんが、私は、本件見積書②の交付を受けた当時、Xから、外壁工事分はサービスすると言われていました。本件見積書①は、私が運転資金として300万円を上乗せして銀行から融資を受けたいと考え、Xにお願いして、銀行提出用に作成してもらったものです。私は、本件見積書①を銀行に提出しましたが、結局、融資を受けられたのは700万円でした。本件見積書②は、本件工事の承諾を得る際、賃貸人に見せています。」

(引用終わり)

 「令和3年の年末頃に本件建物を見た際、700万円程度でできると言い…700万円と見積もった本件見積書②を私に交付しました。」という部分と、「本件見積書②の交付を受けた当時、Xから、外壁工事分はサービスすると言われていました。」という部分を見比べてみると、おかしいことに気が付くはずです。前者は、「Xは令和3年年末頃の時点で700万円でできると言っていたんだから、最初から報酬は700万円という話だったんだよ。」という趣旨のストーリーです。他方、後者は、「最初は1000万円という話だったんだけど、本件見積書②を交付する時点で外壁工事分はサービスしてもらって700万円になったんだよ。」という趣旨のストーリー。両者は、両立しません。矛盾している。一方で、X供述の方は、本件見積書②の存在がネックですが、Yが本件見積書②を賃貸人に見せたことはYが自認していますし、賃貸人が承諾するか否かについてリフォームの規模は考慮されるだろうし、特に外壁工事が入るとなれば承諾に躊躇するかも、というのは自然なことですから、その点を指摘すればよいでしょう。なお、例年、「答案用紙1頁程度の分量で」という指示がありますが、上位陣は1ページ半くらい書いているというのが、これまでの傾向です。
 設問4は、一応は執行の論点ですが、民訴の論点としても学習しているでしょうから、端的に判例(最判昭40・4・2最判平7・12・15)の示した理由を書いておけば足りるでしょう。

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

 請負契約に基づく報酬請求権及び履行遅滞に基づく損害賠償請求権

2.小問(2)

 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する令和4年5月29日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。

3.小問(3)

(1)Xは、Yから、令和4年2月8日、本件工事を報酬1000万円で請け負った。

(2)Xは、同年5月28日、本件工事を完成し、本件建物をYに引き渡した。

(3)同日は経過した。

4.小問(4)

(1)請負契約に基づく報酬請求権について

 請負の要素として仕事と報酬の主張を要する(民法632条)。同請求権は契約成立時に発生するが、仕事完成が先履行である(判例)から、契約締結に加えて仕事完成の主張を要する。

(2)履行遅滞に基づく損害賠償請求権について

 目的物引渡しと報酬支払は同時履行(民法633条)であるから、遅滞に陥るには目的物引渡しを要する(存在効果)。前記3(1)の主張で同時履行関係が顕れている以上、存在効果消滅事由として、目的物引渡しの主張を要する(せり上がり)。目的物引渡日に注文者は遅滞に陥るが、損害はその翌日から生じるから、引渡日経過の主張を要する。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)(i)

 被告は、原告に対し、令和4年5月28日、本件契約に係る報酬債務の履行として700万円を支払った。

(2)(ii)

 本件訴訟の訴訟物となるのは請負報酬1000万円のうち300万円である(一部請求)が、債務消滅の主張は非請求部分から充当される(外側説、判例)ため、(イ)だけでは請求部分の消滅事由に足りず(主張自体失当)、(ア)と(イ)を併せて初めて抗弁となる(合体抗弁)からである。

2.小問(2)

 前記1(1)の主張と併せて契約不適合を理由とする債務不履行に基づく損害賠償債権のうち300万円を自働債権とする相殺の抗弁を主張するとともに、同債権全額を訴求する反訴を提起する。

第3.設問3

1.本件契約の直接証拠として、Xの供述がある。

2.X自認のとおり、契約書の作成はない。しかし、XY供述一致から、令和4年2月8日に本件工事の請負契約が締結されたことが認められる。

3.XY供述一致から、Yは工事費用を銀行融資で調達し、本件見積書①を銀行に提出して700万円の融資を受けたことが認められる。
 同見積書に基づいて本件契約が締結された旨のX供述は、上記事実とよく整合する。
 他方、Yは、運転資金300万円の上乗せ融資を受けるため同見積書をXに作成してもらったと供述するが、融資限度額は使途でなく支払能力から判断されるという経験則に反する。

4.Y自認のとおり、Yは、本件工事の承諾をえる際、本件見積書②を賃貸人に見せた。
 賃貸人の承諾をえる必要から大掛かりなリフォームと見えないようにするため、Yから頼まれて同見積書を作成した旨のX供述は上記事実と整合し、賃貸人が承諾するかにつきリフォームの規模が考慮され、特に外壁は建物の外観にかかわるため承諾をためらうおそれがあるという経験則に合致する。
 他方、Yは、「令和4年2月2日、本件工事の報酬金額を700万円と見積もった本件見積書②を私に交付しました。」、「本件見積書②の交付を受けた当時、Xから、外壁工事分はサービスすると言われていました。」と後からサービスされて700万円となった旨供述する一方で、「Xが…令和3年の年末頃に本件建物を見た際、700万円程度でできると言い」と当初から700万円だった旨の供述もしており、矛盾がある。

5.以上から、Y供述は信用できないのに対し、X供述は信用できる。

6.よって、本件契約締結の事実が認められる。

第4.設問4

 できる。請求異議事由は事実審の口頭弁論終結後に生じたものに限られる(民事執行法35条2項)ところ、相殺は相殺適状時に当然に効力を生じるのではなく、意思表示により効力を生じ(民法506条1項)、既判力で確定された権利に内在する瑕疵に基づく権利でなく、別個の制度目的・原因に基づいて発生する権利だからである(判例)。

以上

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2022年08月22日

令和4年予備試験論文式刑訴法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.刑訴法は、刑法とは対照的に、とても簡素な問題でした。上記1で説明した意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性に合致する内容といえるでしょう。このような問題は、一見すると簡単そうに見えますが、実はむしろ難しかったりする論点の手掛かり、ヒントになる事実が少ないので、「何をどの程度書いていいか分からない。」ということになりやすいからです。本問は、内容的にも案外と難しく、全体の出来はかなり悪そうです。逆にいえば、かなりひどい内容だと悲観していても、成績が返ってきてみると、意外と良い感じだった、ということが十分あり得るでしょう。
 下線部①は、一見すると、「場所に対する捜索差押許可状の効力は同居人の携帯物に及ぶか」という論点しか問われていなくて、大阪ボストンバッグ捜索事件判例を参照すれば終わりですね、という感じにみえます。しかし、この論点は、「同居人がたまたま携帯していても、その場所にあるのと同じだよね。」という話ですから、そもそも、「仮に携帯してなくて、その場所に置いてあれば、当然捜索できるよね。」というのが前提となっています。本問の場合、その前提部分が怪しい。まず、そもそも論として、「場所に対する捜索令状で、その場所にある物を捜索できるのはなぜ?」という問題があります。かつては、「場所の管理権は、その場所にある物に当然全部及ぶんじゃ。」という素朴な包摂論が一般でした。これを本問に即していえば、A方の管理権者がAだとすると(※1)、「A方にあるものは全部Aが管理権者なんじゃ。だから、甲のだろうが乙のだろうが全部捜索できるんじゃ。」ということになる。しかし、それはかつての家父長制ならともかく、現代においては乱暴すぎる議論です。例えば、Aが、乙の財布の中にある現金を勝手に取ったとしたら、普通に窃盗罪は成立し、親族相盗例(刑法244条1項)で免除されるというだけだ、ということを想起しても、「全部Aの管理権が及ぶぞ。」というのは違和感がすごい。こうして、「A方の管理権者をAとするとしても、甲が自分で管理してる物とか、乙が自分で管理してる物はあるよね。そういうのはAの管理権に属しないから、令状の効力が及ばないよね。」という発想が生じてくる。しかし、そうなると、「ぱっと見で管理権の帰属がわかんないときはどうするの?」という問題が生じてくる。本問は、まさにそのような事案です。
 ※1 実は問題文上この点が明確ではありませんが、これを前提として解答すべきなのでしょう。ちなみに、この管理権の帰属がどのようにして決まるのかについて、学説は明確な説明をしていません。民法上の管理権という視点からは、アパートの賃借人が誰かが重要で、同居人はその占有補助者にすぎない、ということになりそうですし、公法上の観点からは、「世帯主」として届出がされた者(住民基本台帳法7条4号等参照)ということになるのかもしれません。あるいは、刑訴法独自の観点から、住居の平穏、プライバシーを侵害されるのは誰かという基準で判断されるという余地も十分あるでしょう。そのような観点からは、「A方に侵入されると、Aだけでなく甲乙の住居の平穏、プライバシーも害されるのだから、甲乙の管理権もある。」と考えて、甲乙の管理する物にもA方を捜索場所とする許可状の効力が及ぶとする考え方もありそうです。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Pは、Aが不在であったため、甲を立会人としてA方居室の捜索を実施することとし、甲に対して、前記捜索差押許可状を呈示して捜索を開始した。その際、甲が同室玄関内において、コートを着用し、靴を履いてキャリーケースを所持していた……(略)……。

(引用終わり)

 どう見ても、甲はキャリーケースを持って外出しようとしています。「甲の私物じゃないの?」と思うのが普通でしょうが、Aに頼まれてAの管理するキャリーケースを持ち運んでいるだけかもしれません。こういう場合でも、「外観上明らかに甲の排他的管理権があると断定できない以上は、捜索できるんじゃ。」という考え方はありそうです。しかし、本当は甲の管理権に属する物だったという場合、この考え方からは、本来令状の効力の及ばない物を捜索していることになってしまいますが、それはどうして正当化されるのか、説明が難しそうです。このように考えてくると、そもそも、「甲の管理権の帰属する物にしか令状の効力が及ばない。」という前提自体がおかしいのではないか、という発想になる。こうして、「そもそも、令状発付段階で、令状裁判官は、甲乙の管理権の制約も考慮した上で、A方を捜索場所とする捜索差押許可状を発付しているんじゃないの?」という考え方に至るというわけです。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 司法警察員Pは、Aが覚醒剤を密売しているとの情報を得て、内偵捜査を進めた。その結果、その拠点は、Aが妻甲及び息子乙と同居するアパート1階にあるA方居室であるとの疑いが強まった。
 そこで、Pは、令和3年11月13日、Aを被疑者とする前記覚醒剤営利目的譲渡被疑事件に関し、捜索すべき場所をA方居室、差し押さえるべき物を「覚醒剤、注射器、計量器等」とする捜索差押許可状の発付を受けた

(引用終わり)

 許可状請求の段階で、A方に甲乙が同居していることがわかっているわけですから、A方には甲乙が管理する物があって当たり前です。令状裁判官は、それを承知で許可状を発付しているわけですから、当然に甲乙の管理権制約について司法審査を経ているだろう。したがって、Aだけでなく甲乙の管理権に属する物についても、許可状の効力が及ぶと考えればよいのではないか(※2)。そんなことが、本問では問われていたのでしょう。
 ※2 なお、A方内部に甲だけが出入りできる施錠された部屋がある等、場所的範囲において排他的管理が成立していれば、許可状は管理権の数だけ必要となりますが、捜索場所に管理権の帰属が異なる複数の物が存在する場合であっても、場所に対する捜索差押許可状は一通で足ります。

 被疑者A以外の甲乙の管理権を制約するには、証拠存在の蓋然性が必要だ、これは、222条1項、102条2項の要請です。

(参照条文)刑訴法

222条1項 ……(略)……第102条……(略)……の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第218条……(略)……の規定によつてする押収又は捜索について……(略)……これを準用する。ただし、……(略)……。

102条 裁判所は、必要があるときは、被告人の身体、物又は住居その他の場所に就き、捜索をすることができる。
2 被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。

 このことの意味は、誤解されがちです。222条1項、102条2項の機能は、基本的には令状審査の段階で発揮されます。まず、以下の事例をみてみましょう。

【事例1】

 AがVを殺害した疑いが生じた。そこで、捜査官Pは、A宅を捜索場所とする捜索差押許可状を請求した。

 「普通に捜索を許可すべきだよね。」と感じるでしょう。では、以下の事例はどうか。

【事例2】

 AがVを殺害した疑いが生じた。そこで、捜査官Pは、B宅を捜索場所とする捜索差押許可状を請求した。

 「は?なんでBさんの家を捜索せんといかんの?」と思うでしょう。自然なことです。では、以下の事例はどうか。

【事例3】

 AがVを殺害した疑いが生じた。捜査により、Aが殺害に用いた凶器であるナイフをB宅に隠したという情報を得た。そこで、捜査官Pは、B宅を捜索場所とする捜索差押許可状を請求した。

 「ああ、それならわかる。許可していい。」となるでしょう。当たり前のことです。これが、102条2項が証拠存在の蓋然性を要求した趣旨です。令状審査の段階で、222条1項、102条2項が機能することがわかりました。では、捜索執行段階ではどうか。以下の事例をみてみましょう。

【事例4】

 AがVを殺害した疑いが生じた。捜査により、Aが殺害に用いた凶器であるナイフをB宅に隠したという情報を得た。そこで、捜査官Pは、B宅を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、B宅を捜索したところ、すぐに台所で凶器のナイフを発見した。Pは、「ひょっとすると、B宅には何か他にも証拠があるかもしれない。せっかく捜索差押許可状の発付を受けたのだから、居間のタンスの中とかも捜索してみようか。」と考えた。

 「ダメでしょ。」と思うでしょう。「は?なんでBさんの家を捜索せんといかんの?」、「Aが殺害に用いた凶器であるナイフをB宅に隠したという情報があるからだよ。」、「ああ、それならわかる。」という話だったわけですから、そのナイフ以外については証拠存在の蓋然性がない。こうして、222条1項、102条2項は、捜索執行段階でも機能し得るのです。とはいえ、上記事例のように捜索すべき証拠が限定されることは例外的ですから、令状審査をクリアした以上、重ねて執行段階で蓋然性を要求する必要はないとされるのが普通です。
 以上を踏まえて、本問をみると、A方は密売の拠点である疑いがあるわけですから、同居する甲乙の管理する物に覚醒剤等が隠匿されていることは普通にあり得る話です。本問の捜索差押許可状は、これを踏まえて、証拠存在の蓋然性があるとして発付されたものだ、という理解が可能でしょう。とはいえ、予備の段階でここまで理解している人はいないでしょうから、「キャリーケースにもAの管理権が及ぶんじゃ。」と強弁して解答しても、十分合格答案でしょう。おそらく、同居人の身体捜索や第三者の携帯物の論点と混同して解答する答案や、管理権に一切触れずに解答する答案が相当数出るでしょうから、管理権に着目して論述しているだけで、合格レベルに達するのではないかと思います。同様の論点は、平成29年司法試験刑事系第2問でも問われていて、出題趣旨及び採点実感において言及されています。ここまでの話を踏まえて読めば、意味が理解できるでしょう。平成29年司法試験刑事系第2問は典型的な事務処理型だったので、出題趣旨がいうような話を書こうとすると、かえって時間的余裕を失って不合格になりやすく、単純に規範の明示と事実の摘示ができてさえいれば合格レベル、という状況でした(「平成30年司法試験の結果について(5)」)。しかし、本問は時間・紙幅に余裕があるので、書こうと思えば書けないことはありませんでした。上記1で説明した意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性からは、今後、ある程度踏み込んだ論述を求める出題が増えてもおかしくない。そういう意味で、少し詳しく説明をしておきました。なお、問題文で、「無施錠の」とされているのは、「ここでは必要な処分の話はしないでね。」という趣旨でしょう(※3)。
 ※3 排他的管理権が成立しない方向の事実として評価することも可能ですが、それは主な動機ではなさそうです。

(参照条文)刑訴法111条1項前段

 差押状、記録命令付差押状又は捜索状の執行については、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる。

 仮に、無施錠のチャックを開けることについて必要な処分の検討が必要なら、普通にタンスを開けた場合も必要な処分の検討が必要で、ドアを開けて隣の部屋に入るのも必要な処分の検討が必要で……ということになりかねません。管理権の話に気が付かず、書くことがないので必要な処分を書いたという人もいたかもしれませんが、これは単純に余事記載になってしまうでしょう。
 下線部②の方は、捜索中搬入物に関する判例が、本問にも妥当するかどうか。概ね妥当するわけですが、同居人が持ち帰ってきた場合にも被疑者による受領を要するかという点には、留意が必要です。「A方にあるものは全部Aの管理権なんじゃ。」という考え方からは、Bが持ち帰った時点で瞬時にAの管理権が及ぶという意味で受領は不要となるでしょうし、乙の管理に係る物にも許可状の効力が及ぶという考え方からは、そもそもAが受領する必要はないということになるでしょう。羽交い締めにした点については、任意の所持品検査の場合と混同して簡単に違法にしてしまう答案が一定数でそうですが、捜索は強制処分なので、拒否すれば抵抗を排除できるのは当然です。本問の場合、時間・紙幅に余裕があるでしょうから、相当性の評価について丁寧に説明したいところです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。

【参考答案】

第1.①

1.許可状はA方居室という場所を対象とするが、キャリーケースは物である。
 刑訴法が「場所」と「物」を区別した(222条1項、102条1項)趣旨は、場所が空間で包括して特定されるのに対し、物は個別に特定される点にあるにすぎず、管理権を保護法益とすることに違いはない。場所の記載は、その場所にある物を含む趣旨である。
 したがって、場所に対する捜索差押許可状により、その効力の及ぶ範囲にある物の捜索をすることができる。

2.同ケースは、甲が同室玄関内において、コートを着用し、靴を履いた状態で所持していた。甲は、同ケースを持って外出しようとしたと考えられる。これは、甲が自由に持ち出せることを意味し、同ケースが甲の管理に係ることをうかがわせる。

(1)捜索場所の記載に関する保護法益は捜索場所の管理権であり、管理権の同一性が認められる範囲において、捜索差押許可状の効力が生じると考えられるから、場所に対する捜索差押許可状は、記載された捜索場所と同一の管理権の及ぶ範囲において効力が及ぶ
 捜索場所とされたA方居室は、アパート1階の一室で、通常居室全体が同一の管理権に属し、居室内において同居人等の排他的管理権が成立することはない。A方について甲乙の排他的管理権が成立しうることをうかがわせる事実もない。そうすると、同室はAの管理権に属し、その管理権が及ばない物については、許可状の効力が及ばないとみえる。

(2)もっとも、同室は覚醒剤密売の拠点の疑いがあり、甲乙同居の事実は事前に判明していたから、同室には甲乙の管理に係る物が混在しうることを前提に、それらの物についても証拠存在の蓋然性がある(222条1項、102条2項参照)として、令状裁判官は同室の捜索を許可したと考えられる。
 したがって、同室に存在する物については、Aだけでなく甲乙の管理に係るものについても司法審査を経たものとして、許可状の効力が及ぶ。仮に同ケースが甲の管理に係るとしても、捜索を妨げない。

3.同ケースは甲が携帯し、同室に置かれていたわけではない。
 しかし、居住者・同居人の携帯物は、捜索場所に通常存在する物といえるから、場所に対する捜索差押許可状の効力は、捜索場所の居住者・同居人の携帯物にも及ぶ(大阪ボストンバッグ捜索事件判例参照)

4.以上から、同ケースにも許可状の効力が及ぶ。

5.よって、①は適法である。

第2.②

1.ボストンバッグは帰宅した乙が所持しており、乙の管理に係ることをうかがわせるが、前記第1の2のとおり、捜索を妨げない。

2.同バッグは令状提示後に乙が持ち込んだものであり、執行開始時に同室に存在したわけではない。
 しかし、判例は、捜索差押許可状の効力は令状提示後に搬入された物品にも及ぶとする。その根拠は、令状提示後に搬入された物品について新たな管理権の侵害が生じることはなく、令状裁判官は令状の有効期間中に捜索場所に存在する蓋然性の有無を審査しており、いつ持ち込まれたかは問題としていないと考えられるだけでなく、令状の提示の趣旨は手続の公正の担保と被処分者に対する受忍限度の明示にあり、対象物件を限定する趣旨を含まない点にあると考えられる。このことは、同居人が令状提示後に帰宅し、その際に所持した物についても当てはまる。
 したがって、令状提示後に乙が持ち込んだことは、捜索を妨げない。

3.既に同ケースから覚醒剤、注射器を発見し、同室から覚醒剤、注射器、計量器を発見しており、十分な証拠を収集したから、捜索の必要性(218条1項前段)が失われたとみえる。
 しかし、被疑事実は営利目的譲渡で、外部から覚醒剤等を仕入れていたことが立証対象となりうることに加え、捜索時点で乙は被疑者とされていないが、乙の共犯としての関与に係る証拠についても被疑事実との関連性があるから、捜索の必要性がないとはいえない。 

4.捜索の際、乙を羽交い締めにしたのは、「必要な処分」(222条1項、111条1項前段)か。
 「必要な処分」として許容されるためには、捜索差押えの実効性を確保するために必要であり、社会通念上相当な態様で行われたことを要する(京都五条警察署マスターキー使用捜索事件判例参照)
 Pは、同バッグを開けて中を見せるように求めたが、乙はこれを拒否したから、捜索差押えの実効性を確保するために必要である。Pは、再三にわたり、同バッグを開けて中を見せるように求めており、十分な説得が先行しているし、両腕で抱きかかえていたのだから、最低限両腕を外す必要があり、羽交い締めという態様は、両腕だけに有形力を行使して抵抗を排除するもので、傷害を伴うおそれも少なく、社会通念上相当である。
 したがって、「必要な処分」である。

5.よって、②は適法である。

以上

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2022年08月15日

令和4年予備試験論文式刑法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.刑法は、典型的な事務処理型でした。上記1で説明した意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性を無視するかのような内容です。法律構成は難しくない反面、当てはめの要素が非常に多いので、これをどれだけ盛り込めるかまさに、当てはめ大魔神です。演習をたくさんこなし、筆力を付けていたかどうかで、合否が分かれるでしょう。もっとも、予備段階だと、基本的な「規範と事実」による答案の書き方が身に付いていない人も多いので、それほど大魔神でなくても、合格レベルには達し得るでしょう。
 設問1については、判例のいう間接正犯のどの類型に当たるのか、当たらないのか。

(大判昭9・11・26より引用。太字強調は筆者。)

 間接正犯ノ観念ハ責任無能力者若ハ犯意ナキ者又ハ意思ノ自由ヲ抑圧セラレタル者ノ行為ヲ利用シテ或犯罪ノ特別構成要件(※)タル事実ヲ実現セシムル場合ニ存スヘキ
 ※ 当時は、違法性、責任も含んだ犯罪成立要件一般を「一般構成要件」と呼び、今日において一般に「構成要件」と呼ばれているものは、「特別構成要件」と呼ばれていました。

(引用終わり)

 上記判例は、「責任無能力者若ハ犯意ナキ者又ハ意思ノ自由ヲ抑圧セラレタル者」について、道具性を認めています。すなわち、間接正犯には、責任無能力類型、故意欠缺類型、意思抑圧類型がある。そうすると、本問のように刑事未成年を利用する場合には、責任無能力類型として簡単に道具性を肯定できそうですが、刑事未成年だからといって常に心神喪失状態にあるわけではありませんから、判例は、是非弁別能力を欠くことを加重要件とするのでした。したがって、刑事未成年であっても、是非弁別能力があるときは、責任無能力類型には当たらず、他の類型に当たることが必要になる。責任無能力類型を否定して意思抑圧類型に当たるとしたのが、巡礼事件判例です。

巡礼事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 被告人は、当時12歳の養女Aを連れて四国a等を巡礼中、日頃被告人の言動に逆らう素振りを見せる都度顔面にタバコの火を押しつけたりドライバーで顔をこすつたりするなどの暴行を加えて自己の意のままに従わせていた同女に対し、本件各窃盗を命じてこれを行わせたというのであり、これによれば、被告人が、自己の日頃の言動に畏怖し意思を抑圧されている同女を利用して右各窃盗を行つたと認められるのであるから、たとえ所論のように同女が是非善悪の判断能力を有する者であつたとしても、被告人については本件各窃盗の間接正犯が成立すると認めるべきである。

(引用終わり)

 他方、他のいずれの類型にも当たらないとしたのが、スナック強盗事件判例です。

スナック強盗事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 本件当時Bには是非弁別の能力があり,被告人の指示命令はBの意思を抑圧するに足る程度のものではなく,Bは自らの意思により本件強盗の実行を決意した上,臨機応変に対処して本件強盗を完遂したことなどが明らかである。これらの事情に照らすと,所論のように被告人につき本件強盗の間接正犯が成立するものとは,認められない。そして,被告人は,生活費欲しさから本件強盗を計画し,Bに対し犯行方法を教示するとともに犯行道具を与えるなどして本件強盗の実行を指示命令した上,Bが奪ってきた金品をすべて自ら領得したことなどからすると,被告人については本件強盗の教唆犯ではなく共同正犯が成立するものと認められる。

(引用終わり)

 「是非弁別の能力があり」は責任無能力類型に当たらないことを示し、「指示命令はBの意思を抑圧するに足る程度のものではなく」は意思抑圧類型に当たらないことを示しています。では、「自らの意思により本件強盗の実行を決意した上,臨機応変に対処して本件強盗を完遂した」は、何を意味するか。これは、故意欠缺類型に当たらないことを示します。少し説明が必要でしょう。故意欠缺類型には、故意があっても正犯意思がない者、すなわち、故意ある幇助的道具が含まれます。

ヤミ米運搬事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 判示会社の代表取締役である被告人がAと共謀の上被告人の娘Bを介して会社の使用人Cに命じて同人を自己の手足として判示米を自ら運搬輸送した趣旨であつて、Cを教唆し又は同人と共謀した趣旨でないことが明白である。そして、かく認めることは、挙示の証拠に照し社会通念上適正妥当である。従つて、C等がその情を知ると否とにかゝわらず被告人の行為が運搬輸送の実行正犯たることに変りはないのである。

(引用終わり)

 その意味で、故意欠缺類型における「故意」とは、「正犯としての故意」ということができるでしょう。そして、「自らの意思により本件強盗の実行を決意した上,臨機応変に対処して本件強盗を完遂した」ことは、単に手足として機械的に言われるがまま犯行を行ったわけではないから、故意ある幇助的道具とも評価できないよね、ということを意味する。つまり、故意欠缺類型にも当たりませんよ、という趣旨になるわけです。
 これを踏まえた上で本問をみると、まず、Yは6歳で、一般に是非弁別能力はないといわれる年齢です。とはいえ、「お母さん、万引きは悪いことだからダメだよ!」等の発言があれば、Yは例外的に是非弁別能力があったと評価できるかもしれませんが、問題文からはそこまでは読み取れません。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Yに対し、「さっきのブドウを持ってきて。ママはここで待っているから、1人で行ってきて。お金を払わずにこっそりとね。」と言った。それを聞いたYは、ちゅうちょしたが、甲から「いいから早く行きなさい。」と強い口調で言われたために怖くなり、甲の指示に従うことを決め、「分かった。」と言って、甲から渡された買物袋を持って1人でC店に入っていった。

(引用終わり)

 これだけでは、1人で不安だからちゅうちょしただけかもしれないわけで、是非弁別能力を特に基礎付ける事実とは評価できないでしょう。そういうわけで、Yは、刑事未成年かつ是非弁別能力を欠くとして、責任無能力類型の道具ということになる。これは、巡礼事件判例とは異なりますから、「巡礼事件と同じですね。」という解説がされるとすれば、それは誤りです。本問のYは巡礼事件のように意思抑圧を認め得る事情がありませんから、簡単に巡礼事件判例を引用して意思抑圧を認めるのは、評価を下げるでしょう。道具性を肯定した後は、未遂の成否を検討することになりますが、ここでは、「6歳児なんか使って万引きなんてできるわけねーだろ。」という問題と、「ブドウが持って行かれそうな段階に至ってねーだろ。」という問題の2つがあることに注意が必要です。前者が不能犯、後者が着手時期の問題です。通常は、どちらか一方が問題になることが多いわけですが、本問では両方の問題が含まれているので、区別して両方書くべきでしょう。
 一方、Xの方は、13歳で、一般に是非弁別能力があるとされる年齢。しかも、是非弁別能力を特に欠く事情も見当たりません。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲は、自宅において、Xに対し、「今晩、ステーキ食べたいね。C店においしそうなステーキ用の牛肉があったから、とってきてよ。」と言った。甲は、Xが「万引きなんて嫌だよ。」などと言ってこれを断ったため、「あのスーパーは監視が甘いから見付からないよ。見付かっても、あんたは足が速いから大丈夫。」などと言って説得したところ、Xは、渋々これに応じることとし、「分かった。」と言った。 

(引用終わり)

 「万引きなんて嫌だよ。」と言っているものの、それは万引きが悪いことだからやるべきでない、ということなのか、「面倒くさいから嫌だ。」という程度のことかはわかりません。とはいえ、是非弁別能力を特に欠いていると認め得る方向の事実でないことは明らかでしょう。では、他の類型に当たるかというと、意思抑圧はなさそうだし、犯罪事実の認識という意味での故意もある。後は、故意ある幇助的道具といえるかという点ですが、Xはスナック強盗事件ほど臨機応変な行動はとっていません。

スナック強盗事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 スナックのホステスであった被告人は,生活費に窮したため,同スナックの経営者C子から金品を強取しようと企て,自宅にいた長男B(当時12歳10か月,中学1年生)に対し,「ママのところに行ってお金をとってきて。映画でやっているように,金だ,とか言って,モデルガンを見せなさい。」などと申し向け,覆面をしエアーガンを突き付けて脅迫するなどの方法により同女から金品を奪い取ってくるよう指示命令した。Bは嫌がっていたが,被告人は,「大丈夫。お前は,体も大きいから子供には見えないよ。」などと言って説得し,犯行に使用するためあらかじめ用意した覆面用のビニール袋,エアーガン等を交付した。これを承諾したBは,上記エアーガン等を携えて一人で同スナックに赴いた上,上記ビニール袋で覆面をして,被告人から指示された方法により同女を脅迫したほか,自己の判断により,同スナック出入口のシャッターを下ろしたり,「トイレに入れ。殺さないから入れ。」などと申し向けて脅迫し,同スナック内のトイレに閉じ込めたりするなどしてその反抗を抑圧し,同女所有に係る現金約40万1000円及びショルダーバッグ1個等を強取した。

(引用終わり)

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲は、「一番高い3000円くらいのやつを2パックとってきて。午後3時頃に警備員が休憩に入るらしいから、その頃が狙い目だよ。」などと言い、商品を隠し入れるためのエコバッグをXに手渡したXは、同日午後3時頃、上記エコバッグを持ってC店に入り、精肉コーナーにおいて、1パック3000円のステーキ用牛肉を見付け、どうせなら多い方がいいだろうと考えて5パックを手に取り、誰にも見られていないことを確認した上で同エコバッグに入れた。 Xは、そのまま店を出ようと考えて出入口付近に差し掛かったところ、同所にあった雑誌コーナーにXの好きなアイドルの写真集(販売価格3000円)を見付けてにわかにこれが欲しくなり、同写真集1冊を手に取ったまま、いずれも精算することなく店外に持ち出した

(引用終わり)

 スナック強盗事件では、犯行をより確実にするような賢い行動をとっています。一方で本問では、ほとんど甲に言われたとおりにやっている。違うのは、ちょっと多めに牛肉を取ったのと、余計な写真集まで持って帰ってきたことです。これは、「臨機応変」という表現にはちょっとなじまない。なので、本問では、安易に「臨機応変」という言い回しはしない方がいいのかな、と感じます。ただ、牛肉を多めに取ってきたり、自分が欲しい写真集も持って帰ってくるというのは、単なる手足として機械的に指示に従ったという感じとは違う。この点を指摘して、故意ある幇助的道具にもならないよ、という趣旨を書ければ、判例を踏まえた論述となるでしょう。ここは予備校であまり適切な解説がされなさそうなので、詳しく説明をしておきました。規範的障害説か行為支配説か、実行行為性か正犯性か、という前に、判例の枠組みを踏まえておく必要があります。道具性を否定した後は、(共謀)共同正犯でひたすら当てはめ大魔神。なお、写真集について共同正犯を否定した場合、理論的には教唆、幇助が問題となり得ます。とりわけ、「Xは、写真集を甲の渡したエコバッグに入れて持ち去った。」というような事情があった場合には、幇助は書くべきです。しかし、本問では周到にそのような表現が避けられています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Xは、同日午後3時頃、上記エコバッグを持ってC店に入り、精肉コーナーにおいて、1パック3000円のステーキ用牛肉を見付け、どうせなら多い方がいいだろうと考えて5パックを手に取り、誰にも見られていないことを確認した上で同エコバッグに入れた。Xは、そのまま店を出ようと考えて出入口付近に差し掛かったところ、同所にあった雑誌コーナーにXの好きなアイドルの写真集(販売価格3000円)を見付けてにわかにこれが欲しくなり、同写真集1冊を手に取ったまま、いずれも精算することなく店外に持ち出した。Xは、帰宅し、上記写真集を自分の部屋に置いた後、牛肉5パックが入った上記エコバッグを甲に渡した。  

(引用終わり)

 「普通エコバッグに入れるだろ。」と思うところ。出題側は、不自然を承知で敢えてこのような事情にしたのでしょう。そうすることで、「エコバッグを写真集の窃取に用いたから幇助かな。」と思われないように気を配っている。そんなところを読み取って、「多分、教唆・幇助を書いて欲しいという趣旨ではないよね。」と判断すべきなのだろうと思います。
 設問2は、一見すると理論を問う問題にみえますが、中身を見ると、単なる当てはめ問題であることがわかります。このような出題形式になったのは、「反抗抑圧に至らないから、「暴行」に当たらない。よって、事後強盗は成立しない。以上」のように1つの要件を否定して結論を出されてしまうと困るので、確実に3つについて検討させたい、という趣旨によるものでしょう。それだけの理由なので、特に難しいことを考えずに、普通に「規範→当てはめ」の形式で書いていけば足りると思います。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」、「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」に準拠した部分です。

【参考答案】

第1.設問1

1.ブドウの窃盗未遂(243条、235条)

(1)Yを道具とする間接正犯か。道具というためには、責任無能力者、故意のない者、意思を抑圧された者であることを要する(判例)。刑事未成年者は一律に責任無能力者とされる(41条)が、それだけで直ちに道具といえないから、是非弁別能力を欠くことも要する(巡礼事件、スナック強盗事件各判例参照)。
 Yは6歳で、指示に対しちゅうちょしたのも善悪の判断によるとは評価しがたいから、刑事未成年というだけでなく是非弁別能力も欠くといえる。したがって、Yは道具である。

(2)諸事情の変動により結果が発生する可能性があったと認められるときは、行為の性質上、結果発生が絶対に不能なものとはいえないから、不能犯は成立しない(空気注射事件判例参照)
 確かに、Yは6歳で1人で、Cは大型スーパーであり、果物コーナーを見つけてブドウを取り、見つからず店を出るのは容易でない。しかし、Yは直前に甲と果物コーナーを歩き、陳列棚のブドウを手に取って見せられ、約10分間かけて店内を探しており、諸事情の変動により偶然に果物コーナーを発見し、店員に発見されずにブドウを持って店を出ることができた可能性はあった。
 したがって、不能犯でない。

(3)実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的危険性を有するものをいう。間接正犯において、結果発生に至る客観的危険性が生じるのは被利用者の行為によるから、被利用者の行為に実行の着手を認めるべきである
 Cは大型スーパーで、営業中であるから、入店しただけで占有侵害の客観的危険性が生じる密接な行為とまではいえず、少なくとも、陳列棚の目前にまで至ることを要する。
 Yは果物コーナーの場所が分からず、ブドウの陳列棚の目前まで至らなかったから、未だ占有侵害の客観的危険性は生じていない。

(4)よって、同罪は成立しない。

2.牛肉・写真集の窃盗

(1)Xは13歳で一度「万引きなんて嫌だよ。」と断ったから、刑事未成年であるが是非弁別能力を欠くといえない。渋々であるが自己の意思で応じたから意思抑圧はなく、万引きの認識はあるし自己の判断で3パック多い牛肉と写真集も取り、写真集は自分の部屋に置き、牛肉も甲Yと共にすべて食べたから幇助的道具でもない。したがって、道具といえず間接正犯とならない。

(2)共謀共同正犯(60条)が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)、共謀者の一部による犯罪の実行が必要である

ア.甲は、Xの親で、「今晩、ステーキ食べたい」という自らの動機から、一番高い3000円くらいのステーキ用牛肉という対象、警備員が休憩に入る午後3時頃という犯行時刻を自ら計画し、エコバッグという道具も提供してXに指示したから、正犯意思がある。甲の指示に対し、Xは「分かった。」と言ったから、共謀がある。

イ.Xによる実行があるが、甲の指示にないこともした。
 共謀内容と異なる犯罪が行われた場合において、共謀にのみ参加した者に共謀共同正犯が成立するためには、共謀と実行正犯の行為との間に因果関係があることを要する(教唆の事案におけるゴットン師事件判例参照)
 3パック多く取ったのは指示を逸脱する意思でなく、「どうせなら多い方がいい」と指示目的をより増進するつもりで、5パックともエコバッグに入れて甲に渡したから、共謀と因果関係がある。
 確かに、写真集は牛肉持出しの機会で、甲の指示がなければ持出しはなかった。しかし、牛肉と無関係で精肉コーナーでなく、店を出ようと出入口付近に差し掛かった雑誌コーナーで偶然に見付けてにわかに欲しくなっただけで、被写体はXの好きなアイドルで、甲に報告せず自分の部屋に置いたから、共謀と因果関係はない。
 以上から、牛肉5パックの限度で共同正犯となりうる。

(4)甲は、「こんなにとってきてどうすんのよ。」と言っており、未必にも5パックの認識はなかったが、窃盗という同一構成要件内の錯誤であり故意がある。

(5)Xは刑事未成年で責任がないが、構成要件該当性及び違法性を備えるから、共同正犯成立を妨げない(制限従属性説)。

(6)よって、牛肉5パックの限度で同罪が成立する。

3.牛肉を食べた点は上記2の窃盗の共罰的事後行為である。

4.よって、牛肉5パックの窃盗の罪責を負う。

第2.設問2

1.事後強盗(238条)の暴行・脅迫は、通常の強盗と同様、相手方の反抗を抑圧する程度のものであることを要する
 甲もFも35歳女性で、両手で胸部を1回押してFは尻餅をついたが体勢を立て直すことは容易であるから、反抗抑圧に足りない。
 したがって、暴行・脅迫がなく事後強盗は成立しない。

2.事後強盗の暴行・脅迫は、窃盗の機会の継続中に行われることを要する(判例)。窃盗の機会が継続しているか否かは、時間的場所的接着性、被害者等による追跡可能性、犯人の犯意の継続性等を総合的に考慮して判断すべきである
 確かに、E店を出て18分後、隣接駐輪場であり時間的場所的接着性がある。しかし、一度E店から約400m離れた公園に逃走し、約10分間とどまって誰も追ってこないことを確認しており、追跡が中断した。駐輪場に戻ったのは自転車を取るためで、犯意継続に乏しい。
 したがって、窃盗機会継続中でなく事後強盗は成立しない。

3.事後強盗の既遂・未遂は窃盗の既遂・未遂で判断する(判例)。占有の移転時期は、財物の大きさ・数量、搬出の容易性、占有者の管理状況等を総合的に考慮して判断する
 確かに、テレビの入った箱は1つで、トートバッグに入った。しかし、箱は50cm×40cm×15cmと大きく、上部が10cmほどはみ出した。35歳女性の甲が1人で見つからず搬出するのは容易でない。しかも、E店は営業中で警備員Fがおり、一部始終を目撃していた。以上から、占有はいまだDにあり、甲に移転していない。
 したがって、窃盗は未遂で事後強盗既遂は成立しない。

以上

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