2022年06月22日

令和4年司法試験論文式刑事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.刑訴法は、論点がわかりやすい反面、事例分析の難易度が高い問題でした。論点が複雑でないという点では、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性に合致する内容といえますが、その一方で、事例から意味のある事実を抽出して、整理することは難しくなっているため、予備校答練のような多論点型問題に慣れていると、対応することが難しいかもしれません。
 設問1は、まず、おとり捜査の定義を書いて当てはめる必要がないというのがちょっとしたポイントです。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔設問1〕
 【事例1】記載のおとり捜査の適法性について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

(引用終わり)

 設問で、わざわざ「おとり捜査」と断言されているわけですから、おとり捜査であるか否かを検討する必要がないことは明らかです。書いても単純に余事記載と扱われるだけでしょうが、貴重な時間をロスすることになります。このような場合、問題文を読んで気付いた時点で、忘れないように印を付ける等して、うっかりしないようにしておくべきでしょう。その時はわかっていたつもりでも、答案構成段階でうっかり忘れてしまったり、構成段階でわかっていても、答案を書く段階で、いつものクセで書いてしまいがちです。ちょっとしたことだと思うかもしれませんが、現場の作業工程としては重要なことです。
 おとり捜査が出題された場合、理論と事例処理のどちらがメインか、見分ける必要があります。仮に、理論面が問われていそうなら、おとり捜査が違法となり得る根拠について、対象者の人格的利益を重視するか、捜査の公正を重視するか、惹起される犯罪の保護法益を重視するか、自説を示しつつ、要件を導出すべきことになるでしょう。他方で、事例処理がメインであれば、大阪大麻所持おとり捜査事件判例を端的に示して、当てはめに入ればいい本問が後者の場合であることは、過去問を検討していれば判断できたでしょう。当てはめで考慮すべき要素がとても多く、令和2年のような理論を問う趣旨の設問もないからです。

令和2年司法試験論文式試験刑事系第2問問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔設問2〕
1.自白に対する,自白法則及び違法収集証拠排除法則の適用の在り方について論じなさい
2.1で論じた自己の見解に基づき,下線部①の取調べで得られた甲の自白の証拠能力について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

(引用終わり)

 同じくおとり捜査が問われていても、当てはめ要素が少なかった平成22年司法試験や、同24年予備試験とは、この点が違います。ちなみに、大阪大麻所持おとり捜査事件判例の規範については、「『少なくとも』って書いてあるから規範として意味ないですよ!答案で絶対に使わないで下さいね!」等の説明がされることがあるようですが、適切ではありません。

大阪大麻所持おとり捜査事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。

(引用終わり)

 判例が、「少なくともこれこれの場合はオッケーだよ。」と明言しているのだから、その場合に当たるかを検討することが無意味なわけがない(※)。この「少なくとも」は、直接の被害者がいる犯罪類型(特殊詐欺における騙されたフリ作戦等)が出題されたような変化球に対応する場合に、以下のような感じで使うべきものです。
 ※ 「少なくとも」の文言の有無にかかわらず、ほとんどの判例は、その事件の解決を念頭に規範を定立しているので、「いつも必ずこの規範だけを使う。」とか、「この規範に当たらない場合は一切の例外なく絶対ダメ」という趣旨ではなく、「少なくとも本件では」という趣旨であることが普通です。だからこそ、「判例の射程」という問題が生じるのです。このことは、学説も同様で、「おとり捜査によって捜査対象者の人格的利益の侵害は生じない。」とする説も、あらゆる場合にそのような説明をするつもりではなく、例えば、捜査対象者の恋愛感情を利用し、犯罪に陥れて逮捕するような事例では、人格的利益の侵害を認めるでしょう。その意味で、「少なくとも典型的なおとり捜査とされる事例においては」という黙示の留保が付いているのです。このことは、少しひねりの入った問題が出題されたときに、覚えた論証をそのまま貼り付けてよいか、を判断するための1つの留意点でもあります。

【論述例】
 直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、197条1項に基づく任意捜査として許容される(大阪大麻所持おとり捜査事件判例参照)。
 被疑事実は詐欺罪で、直接の被害者がいる犯罪類型である。もっとも、上記判例が直接の被害者がいない犯罪を対象とした趣旨は、おとり捜査で惹起される犯罪によって直接の被害者に法益侵害が生じるときは、原則として捜査の必要性との均衡を欠くという点にある。したがって、捜査官が常時追跡し、被害者が財物を交付する前に検挙する等、直接の被害者に法益侵害が生じない状況が担保されるときは、おとり捜査を許容する余地がある。同判例が「少なくとも」としたのは、その趣旨である。

 もちろん、理論メインで問われた場合に判例の規範を書くだけではまずいでしょうが、本問は事例処理がメインで、かつ、上記判例の規範が当てはまる事案なのですから、理由付けを示して自説を書くよりも、端的に判例の規範を示して当てはめを充実させた方が得点効率が良いでしょう。後は当てはめ大魔神なのですが、甲が渋った理由、サンプル入手段階での捜査状況、好条件提示との関係等の諸要素について、きちんと方向性を示しつつ整理して事実を摘示できるかで、差が付くでしょう。本問は論点がシンプルなので、事実の評価までやっておきたいところですが、そこまではできなくても、それぞれの事実が肯定・否定のどちらの方向を向いているかは、「確かに」、「しかし」を使えば最低限示すことができるはずです。おとり捜査に関しては、抽象論を長く書きたがる人が多いのですが、本問のように事例処理がメインになっている場合には、「抽象論が丁寧で当てはめがスカスカ」は典型的な不合格答案です。他方で、「抽象論がスカスカで当てはめが丁寧」は良好レベルの合格答案です。このことは、刑訴で特に顕著な傾向(「令和3年司法試験の結果について(5)」)ですから、留意すべきでしょう。

 設問2小問1は、訴因変更の要否が問われていることは明らかです。ただ、設問の問い方が若干紛らわしい

問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔設問2〕
 1 裁判所が、前記の心証に至った理由を説示した上で、【資料1】の公訴事実に対して【資料2】の罪となるべき事実を認定し、判決をすることが許されるかについて論じなさい

(引用終わり)

 上記の「説示した上で」を、「裁判所が前記の心証に至った理由を解答した上で」という趣旨に読んで、これを答案で説明した人が一定数いたでしょう。「裁判所が」の後に読点が打ってあることや、「説示」の文言に違和感を覚えつつも、万が一問われていたら怖いから書いた、という人もいたかもしれませんが、これは小問2と比較すれば、容易に解答不要と判断できたはずです。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 この場合、裁判所が、前記の心証に従い、事実認定の理由として、共謀が成立したのは同月2日である旨説示した上で、【資料3】のとおりの事実を罪となるべき事実として認定し、判決をすることが許されるかについて論じなさい。

(引用終わり)

 上記の「説示した上で」は、「裁判所が、前記の心証に従い、事実認定の理由として、共謀が成立したのは同月2日である旨を解答した上で」という趣旨に読めないことが明らかです。同じような表現を用いていて、一方だけ解答を求めるということはあり得ない。ですから、小問1も、「裁判所が前記の心証に至った理由を解答した上で」と読んではいけないのです。もっとも、答案に「乙が室内に灯油を散布し、その灯油に何らかの方法により着火させたことは認定できる理由」を書いてしまっても、意外と評価を落とさないかもしれません。それはなぜかというと、本問では、次に説明するとおり、それが訴因変更の要否に関する重要な考慮要素となっているからです。本問も判例の規範を示して当てはめ大魔神するだけなのですが、その内容は事実認定の要素を含んでおり、結構難易度が高いです。明快に整理できなくても、事実認定の要素を何とか答案上に示すことができれば、評価されるでしょう。すなわち、事実認定部分に配点があるということになる。問題の読み方を誤って、答案で「裁判所が前記の心証に至った理由」を説明した人は、必然的に、この事実認定の要素が入ってくるので、意外とその配点を取ってしまうかもしれません。なので、発表後の上位再現答案の解説等で、「上位答案は「裁判所が前記の心証に至った理由」を書いているので、この点が問われていたはずだ。」等と言われることになるかもしれませんが、それは適切な説明ではありません。なお、本問は点火スイッチ事件判例を素材とした事例で、知っていれば一応は手掛かりにはなりますが、この判例自体、なかなか理解が難しいので、現場でこの判例を想起しても、あまり参考にならなかったでしょう。現場で自分なりに考えて、不意打ちになるとすればどうしてなのか、それでもなお不意打ちにならないと評価できるのはどうしてなのか方向性を示しつつ、最低でも事実だけは摘示して書く。単に、「証言の内容で他の着火方法があるのはわかるし、裁判所も追加の主張・立証がないか確認してるからオッケーじゃん。」という感じの雑な答案が結構出てきそうなので、それなりに差が付きそうです。
 小問2は、平成29年予備試験の設問2とほぼ同じです。論点の中身については、以前の記事(「平成29年予備試験論文式刑訴法参考答案」)で詳細に説明しました。予備試験より時間・紙幅に余裕があるので、事実の摘示だけでなく、できれば評価も頑張りたいところです。予備試験合格組であれば、平成29年の過去問は解いているはずなので、なおさら評価まで書けたでしょう。刑訴に限らず、予備試験と司法試験は出題論点が重なることがそれなりにあるので、司法試験受験生も、予備試験の問題は解いておくべきです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」、「司法試験平成29年最新判例ノート」の付録論証例集に準拠した部分です。

【参考答案】

第1.設問1

1.強制処分(刑訴法197条1項ただし書)とは、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものをいう(GPS捜査事件判例参照)

(1)合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われる場合には、個人の意思を制圧するものといえる(GPS捜査事件判例参照)
 おとり捜査の対象とされることに甲が承諾することはおよそ考えられないから、合理的に推認される甲の意思に反して秘かに行われており、個人の意思を制圧する。

(2)もっとも、甲はあくまで自己の意思で行動しており、憲法の保障する重要な法的利益を侵害するとはいえない。

(3)以上から、強制処分には当たらない。

2.直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、197条1項に基づく任意捜査として許容される(大阪大麻所持おとり捜査事件判例参照)

(1)大麻密売に係る大麻取締法違反は、直接の被害者がいない薬物犯罪等といえる。

(2)ア.一般に、薬物犯罪は密行性がある。加えて、甲は氏名不詳で契約名義の異なる携帯電話を順次使用し、身元・所在地は関係者の供述からも不明で逮捕困難であった。甲がAにかけてきた電話番号の契約名義人は実在しなかった。令和3年11月20日以前において、通常の捜査方法のみでは摘発が困難であった。

イ.確かに、同日、Aの架電で甲が今でも大麻を密売していることを確認でき、同月23日に宿泊施設で会った時に、甲は乾燥大麻100gを現に所持し、逮捕の機会があった。甲からは「10キロ程度なら扱うこともある。」との話が出ており、甲は多量大麻を扱うことを認めた。同日以降は、甲を逮捕して取り調べる等の通常の捜査方法でも摘発困難でなかったとみえる。
 しかし、同日に甲が所持したサンプルが現実に大麻であるかは、後で確認して判明するから、それが偽物であれば、大麻所持を立証できない。Pが甲と別れた後、I警察署の司法警察員らは甲を尾行したが、途中で見失ったから、大麻が本物とわかってから逮捕することはできなかった。「10キロ程度なら扱うこともある。」発言が録音等された事実がなく、甲を逮捕して取り調べても、黙秘され、100gという少量の大麻取引しか明らかにできないおそれがある。甲の大掛かりな大麻密売を明らかにするには、現実に多量の大麻を持参させることが必要であった。
 以上から、同月23日以降も、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難であった。

(3)ア.確かに、甲は、「気が進まない。」、「明日の取引は取りやめたい。」と述べ、Pが「1.5倍の代金を払う。」旨述べても、渋る態度を示した。
 しかし、甲は、「Aの紹介でもあるし、サンプルの件は分かった。」、「10キロ程度なら扱うこともある。」と述べ、機会があれば大麻密売を行う意思を一貫して示した。甲は、「安全に取引できる場所があるのか不安なので」、「危険を感じたら行かない。」、「密売人の摘発が続いているようで、嫌な予感がする。」と述べ、取引を渋った理由は、摘発を恐れただけと評価でき、十分安全な機会が提供されれば密売を行う一貫した意思があったといえる。

イ.機会提供であっても、働きかけが相当な範囲を逸脱したときは、犯意誘発と同視される。
 確かに、Pは、甲が渋ると、「1.5倍の代金を払う。」、「同じ単価で10キロをまとめて買ってもよい。」と述べ、代金1.5倍で当初の倍の量をまとめて買うという好条件を提示した。犯意が強固でなかった甲を好条件提示により犯罪に陥れる過剰な働きかけとみえる。
 しかし、甲はあくまで摘発のリスクを考慮して渋ったのであり、取引に応じたのは、Pは古くからX組と交遊し、取引もある信用できる人物であるとAから聞いたことも踏まえ、摘発のリスクを考慮しても利益が上回ると判断したからで、犯意が強固でなかった甲を犯罪に陥れたとは評価できない。働きかけが相当な範囲を逸脱したとはいえない。

ウ.以上から、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象とした。

3.よって、事例1のおとり捜査は適法である。

第2.設問2

1.小問1

(1)資料1の訴因(256条3項)と資料2の犯罪事実(335条1項)では着火方法が異なる。訴因変更(312条1項)を要するか(378条3号参照)。

(2)現行刑訴法は当事者主義を採用したと考えられる(256条3項、312条1項)から、審判対象は、検察官の主張する具体的な犯罪事実、すなわち、訴因である

ア.訴因の特定に必要な事項に変動が生じた場合には、審判対象の確定の見地から、訴因変更を要する(青森保険金目的放火・殺人事件判例参照)。訴因の特定に必要かは、他の犯罪事実との区別が可能か、起訴に係る罪の構成要件に該当するかどうかを判定できるかで判断する(包括一罪となる傷害罪の訴因に関する判例参照)
 非現住建造物放火の実行行為は、放火である(刑法109条1項)。その方法は問わない。着火方法の特定がなくても、日時、場所、放火の客体等によって他の犯罪事実との区別が可能であり、同罪の構成要件に該当するかを判定できる。
 したがって、着火方法は訴因の特定に必要な事項でない。

イ.一般的に被告人の防御にとって重要な事項に変動が生じた場合には、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないときを除き、訴因変更を要する(青森保険金目的放火・殺人事件判例参照)

(ア)着火方法は非現住建造物放火の実行行為の内容をなし、一般的には被告人の防御にとって重要な事項である。

(イ)確かに、乙・弁護人は、「石油ストーブを見ると、傍らの乾燥大麻が燃えていた。」と失火を主張し、着火態様は故意の有無を左右する争点とみえる。火災科学の専門家の証人尋問で、石油ストーブを倒す方法は、「矛盾はない。」とされるにとどまり、他の着火可能性について、「例えば、可燃物に火をつけて散布された灯油に着火させることも可能と考えられる。」とされた。石油ストーブを倒す方法で着火したことに合理的な疑いを生じさせる証言であるから、検察官としては、裁判所から追加の主張、立証の予定があるかを確認された際に、他の着火方法の予備的主張を追加等すべきであったとみる余地がある。弁護人も追加の主張、立証の予定はないと回答したが、これは、上記訴訟経過から、資料1の訴因では着火方法の立証ができないとして、追加の主張・立証を要しないと判断したためとも考えられ、仮に、検察官が資料2の事実に訴因変更をしたとすれば、弁護人の主張・立証活動に変化が生じた可能性がある。
 しかし、故意に着火したかを左右する重要な間接事実は、着火方法でなく、人為的に灯油がまかれたか否かである。日常生活において灯油を人為的に部屋にまくことは考えられず、人為的に灯油がまかれた事実は、故意に着火したことを強く推認させるからである。乙・弁護人は、「灯油をまいてもいない。」と主張し、この点を具体的に争った。証人尋問において、検察官・弁護人の尋問を通じて、「焼け残った床面の広い範囲から灯油が検出されたことからすると、人為的に灯油がまかれたと考えるのが自然である。」と証言された。
 以上の審理経過から、乙・弁護人は、人為的に灯油がまかれたかについて、尋問等の具体的防御の機会があった。弁護人が追加の主張・立証等の予定がないと回答したのは、人為的に灯油がまかれたとの認定を前提とする限り、予備的に着火方法を争ったとしても故意の放火を否定しがたいからと考えられる。したがって、着火方法について異なる認定をしても、被告人に不意打ちを与えない。
 また、点火したストーブを倒す方法か、それ以外の方法かで、犯情は異ならないから、資料1が資料2と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない。

ウ.以上から、訴因変更を要しない。

(3)よって、資料1に対して資料2を認定し、判決をすることが許される。

2.小問2

(1)検察官の釈明内容は当然に訴因を構成しないが、当初訴因が不特定で、その補正の趣旨で釈明されたときは、その内容は訴因を構成する。

ア.資料3の訴因に共謀の成立日、場所の記載はなく、釈明は、これらを令和3年11月1日、本件家屋内とする。
 同訴因で、令和3年11月26日午後2時頃、H県I市〇町△丁目×番地所在の木造スレート葺2階建て、床面積合計約98.6平方メートルの家屋を全焼させたと記載されているから、共謀の成立日、場所がどのようなものであれ、上記記載で特定された非現住建造物放火以外の罪に係る共謀を指す余地はない。したがって、他の犯罪事実との区別が可能である。
 また、同訴因は、「共謀の上…現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいないBが所有する家屋…に…火を放ち…よって…同家屋を全焼させて焼損した」とされ、非現住建造物放火に係る共同正犯の構成要件に該当するかを判定できる。

イ.以上から、共謀の成立日、場所は訴因の特定に不要である(練馬事件判例参照)。資料3の訴因に不特定はなく、上記釈明は不特定訴因補正の趣旨でないから、訴因を構成しない。

(2)訴因に含まれない事実であっても、一般的に被告人の防御にとって重要な事項について、当事者の前提とする事実と異なる事実を認定する場合には、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が当事者の前提とする事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないときを除き、裁判所は、求釈明(規則208条1項)等によって争点を顕在化させる措置をとることを要する(よど号ハイジャック事件判例及び訴因変更に関する青森保険金目的放火・殺人事件判例参照)
 共謀の成立日、場所は、一般的に被告人の防御にとって重要な事項である。検察官は冒頭陳述で、令和3年11月1日、共謀が成立した場所を本件家屋内と釈明した。これに対し、弁護人は、「検察官が乙との共謀が成立したと主張する日は、甲は、一日中、K県L市内にある自宅にいて、本件家屋には行っていない。」旨述べてアリバイを主張した。証人尋問において、乙は、「同月1日、甲から放火の指示を受けた。」と証言し、これに対し、弁護人は、その証言の信用性を弾劾する反対尋問をした。裁判所も、アリバイの主張を念頭に、その日の甲及び乙の行動について補充尋問をした。甲は、被告人質問においても同日のアリバイを述べ、検察官・裁判所も、同日中の行動について甲に質問した。以上の審理経過から、裁判所が共謀成立日を同月2日と説示して資料3を認定し、判決することは、同月2日の共謀について何ら防御していない被告人に不意打ちを与える。
 したがって、裁判所は、共謀成立日が同月1日ではなく同月2日との心証をえた以上、その旨を検察官・弁護人に示して2日のアリバイの有無等について主張・立証をうながす等の争点顕在化措置をとることを要し、そのまま資料3を認定して判決することはできない。

(3)よって、裁判所は、上記判決をすることは許されない。

以上
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2022年06月16日

令和4年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.今年の刑法は、シンプルな内容でした。意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性に合致する内容といえるでしょう。受験生としては、解きやすくてありがたい、と思ったかもしれません。しかし、問題がシンプルであれば、それだけ丁寧な論述が必要となります。「いやー今年の問題はカンタンだったね。4頁で書き終えちゃった。」というような人は、猛省すべきでしょう。答案構成にそれほど時間がかからないので、むしろ、本問は8頁びっしり書いてもおかしくない。本問のような問題であれば、規範の明示と事実の摘示に加えて、さらに事実の評価も加える余裕があるはずです。当サイトが令和2年以降、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載するようになったのは、このような問題が出題されやすいことが予測されていたからでした。
 設問1は、問題文で「それぞれ簡潔に論じなさい。」とされていることを無視しないことが大事です。過去問の傾向から、これは理論を問う問題だということは読み取れるでしょうから、論点だけ簡潔に書いて、ネチネチ当てはめたりしない刑法で「簡潔に」という指示がされるのは異例ですので、見た瞬間に忘れないように目立つ印を付けておくべきでしょう。ここで長々と論じた人は、設問2が不十分になりやすく、全体として評価を落としやすいでしょう。主張(1)はちょっとした引っ掛けで、「不法原因給付の場合は「他人の物」に当たらない。」とか、「不法原因給付物は他人性はないが、不法原因寄託物は他人性がある。」というような結論だけ覚えて論証を吐き出した人をやっつけてやろうとしています。本問は確かに不法原因給付(寄託)の事案ですが、B所有なので、Aが甲に返還請求できないからといって、反射的に所有権が甲に移転するという余地はないのです。また、Aとの委託信任関係の要保護性については、一応判例(最判昭36・10・10)は肯定と理解できますが、十分な理由を示していませんし、現在もそのまま妥当するかは疑問視されているので、きちんとした理由を示して結論を出す必要があります。本問は、民法であればいわゆる動機の不法が問題となる場合で、甲の側からは寄託の有効性を主張できそうな感じもするわけですが、少なくともAから寄託の効力を主張できる場合ではない。また、刑法独自の要保護性を認めることも難しいでしょう(256条2項(盗品保管罪)参照)。そうすると、Aとの委託信任関係は要保護性を欠くということになりそうです。コンパクトに書くなら、保護法益論から、端的に本権者から権限を付与されていない者との委託信任関係は要保護性を欠くとする構成も十分考えられるでしょう。なお、他人物寄託が民事上有効な根拠として、民法559条、561条を摘示した人もいたかもしれません。しかし、A甲間の寄託は無償契約なので、厳密には正しくありません。挙げるなら、660条でしょう(同条2項、3項は債権法改正による新設)。もっとも、この点は刑法の理解にかかわらないので、評価を左右しないと思います。

(参照条文)民法
559条(有償契約への準用)
 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

561条(他人の権利の売買における売主の義務)
 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

660条(受寄者の通知義務等)
 寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対して訴えを提起し、又は差押え、仮差押え若しくは仮処分をしたときは、受寄者は、遅滞なくその事実を寄託者に通知しなければならない。ただし、寄託者が既にこれを知っているときは、この限りでない。
2 第三者が寄託物について権利を主張する場合であっても、受寄者は、寄託者の指図がない限り、寄託者に対しその寄託物を返還しなければならない。ただし、受寄者が前項の通知をした場合又は同項ただし書の規定によりその通知を要しない場合において、その寄託物をその第三者に引き渡すべき旨を命ずる確定判決(確定判決と同一の効力を有するものを含む。)があったときであって、その第三者にその寄託物を引き渡したときは、この限りでない。
3 受寄者は、前項の規定により寄託者に対して寄託物を返還しなければならない場合には、寄託者にその寄託物を引き渡したことによって第三者に損害が生じたときであっても、その賠償の責任を負わない。

 主張(2)は隠匿意思が横領罪の不法領得意思を構成するかという、ただそれだけの問題で、単純に窃盗と同じに考えて、「隠匿意思なので利用処分意思がない。」としてしまう人をやっつけようという出題意図でしょう。横領罪における不法領得意思の定義を規範として挙げつつ、そこに利用処分意思が含まれていないことに気付かないまま当てはめてしまう人が一定数出てきそうです。それさえやってしまわなければ、ここはコンパクトに当てはめれば足ります。なお、厳密にはトラックに積み込んだくらいの時点で既遂になりそうなのですが、「本件バイクを移動させて隠した行為は」という問題文の問い方からみて、実行行為の認定や既遂時期に触れる必要はなかったのでしょう。
 設問2は、Aを刺した傷害と、本件バイクの窃盗だろう、ということは明らかです。ただ、前者については、筋読みが重要になります。演習をこなしている受験生であれば、問題文の4を読んで、「あっこれはAが甲に一撃で刺し殺されるやつだ。」と思ったことでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

4 Aは、偽造ナンバープレートを手に入れたことから、本件バイクを回収しようと考え、同月10日午後8時頃、甲に電話を掛け、「今日これからバイクを取りに行く。」と言った。これに対し、甲は、笑いながら、「あのバイクはここにはないよ。ざまあみろ。俺を怒らせたお前が悪いんだぞ。」と言った。Aは、甲の発言を聞いて激怒し、甲に殴る蹴るなどの制裁を加えようと考え、強い口調で甲に、「いい度胸をしているじゃないか。8時半にC公園に来い。覚悟しておけよ。」と言った。これに対し、甲も、「おう、行ってやるよ。」と怒鳴って電話を切った。
 甲は、高校時代にAと同じ不良グループに所属しており、Aが短気で粗暴な性格で、過去にも怒りにまかせて他人に暴力を振るったことが数回あったことを知っていたため、Aの前に姿を現せば、Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと思ったが、甲も頭に血が上っていたことから、自宅にあった包丁(刃体の長さ15センチメートル。以下「本件包丁」という。)をズボンのベルトに差して準備した上で、C公園に出向き、Aを待ち構えていた。
 Aは、同日午後8時30分頃、C公園に到着し、甲の姿を見るなり、「お前、ふざけんなよ。ボコボコにしてやるからな。」と怒鳴り声を上げた。これに対し、甲は、「できるものならやってみろ。この野郎。」と大声で言い返した。

(引用終わり)

 それは、最決平29・4・26を素材にした問題を何度か目にしているからです。

最決平29・4・26より引用。太字強調は筆者。)

(1) 被告人は,知人であるA(当時40歳)から,平成26年6月2日午後4時30分頃,不在中の自宅(マンション6階)の玄関扉を消火器で何度もたたかれ,その頃から同月3日午前3時頃までの間,十数回にわたり電話で,「今から行ったるから待っとけ。けじめとったるから。」と怒鳴られたり,仲間と共に攻撃を加えると言われたりするなど,身に覚えのない因縁を付けられ,立腹していた。

(2) 被告人は,自宅にいたところ,同日午前4時2分頃,Aから,マンションの前に来ているから降りて来るようにと電話で呼び出されて,自宅にあった包丁(刃体の長さ約13.8cm)にタオルを巻き,それをズボンの腰部右後ろに差し挟んで,自宅マンション前の路上に赴いた。

(3) 被告人を見付けたAがハンマーを持って被告人の方に駆け寄って来たが,被告人は,Aに包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることなく,歩いてAに近づき,ハンマーで殴りかかって来たAの攻撃を,腕を出し腰を引くなどして防ぎながら,包丁を取り出すと,殺意をもって,Aの左側胸部を包丁で1回強く突き刺して殺害した

(引用終わり)

 これを想起していれば、「これは多分、急迫性を丁寧に当てはめる展開ですね。」という予想が付く。

最決平29・4・26より引用。太字強調は筆者。)

 刑法36条は,急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに,侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。したがって,行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,侵害を予期していたことから,直ちにこれが失われると解すべきではなく(最高裁昭和45年(あ)第2563号同46年11月16日第三小法廷判決・刑集25巻8号996頁参照),対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。具体的には,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(最高裁昭和51年(あ)第671号同52年7月21日第一小法廷決定・刑集31巻4号747頁参照)など,前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
 前記1の事実関係によれば,被告人は,Aの呼出しに応じて現場に赴けば,Aから凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら,Aの呼出しに応じる必要がなく,自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず,包丁を準備した上,Aの待つ場所に出向き,Aがハンマーで攻撃してくるや,包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることもしないままAに近づき,Aの左側胸部を強く刺突したものと認められる。このような先行事情を含めた本件行為全般の状況に照らすと,被告人の本件行為は,刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められず,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。

(引用終わり)

 上記判例は近時の答練や事例演習の問題では頻出ですが、大体の場合、上記判例とほぼ同じ展開でAが刺し殺されて、急迫性の当てはめ大魔神で終わり、という予想どおりの流れになります。しかし、ここで少しひねりが入るのが、本試験です。読み進んでいくうちに、「あれ、甲がAを刺さないじゃん。」という展開になっていきます。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

5 Aは、甲の態度に逆上し、甲に至近距離まで接近すると、右手の拳を突き出して甲の顔面を殴打しようとした。甲は、Aの拳をかわしながら、本件包丁をベルトから抜いて、Aに向けて突き出した。Aは、これをかわし、ひるむことなく更に甲の顔面を殴打しようと拳を振り上げた。

6 ちょうどその頃、甲の勤務先の後輩乙は、偶然にC公園に来て、前記5のとおり、Aが甲を殴打しようとしているのを目撃し、とっさに甲を助けようと考えた。
 乙は、護身用に携帯していたサバイバルナイフ(刃体の長さ18センチメートル。以下「本件ナイフ」という。)を取り出して、直ちにAの背後に回り、同日午後8時31分頃、何の警告もせずにAの右上腕部を狙って本件ナイフを同部に強く突き刺し、Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせた。
 このとき、乙は、前記1から4までの各事実を知らず、また、甲が本件包丁を持っていることも認識しておらず、Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込んでいた

 (中略)

〔設問2〕 【事例2】における乙の罪責について、論じなさい(特別法違反の点は除く。)。

(引用終わり)

 ここまで読んで、「何かおかしいぞ。」という感じになる。これまでに解いてきた最決平29・4・26を素材にした問題では、ほとんどの場合、本問の甲に当たる人物の罪責が問われていたはずです。だから、甲について正当防衛を検討して急迫性で判例の示した要素を挙げて当てはめ大魔神すればいい。ところが、本問では、そもそも甲の罪責が問われていないのです。そして、横から入ってきた乙は、何か誤想過剰防衛みたいになっているけれど、乙を基準に検討すると、「客観的にも普通に過剰防衛なんじゃないの?」という感じがする。この違和感を、現場でどう整理して正解に近い筋を見い出せるか。これは、以下の①~③を手掛かりにして答えを推理する一種のパズルです。

① 最決平29・4・26に類似した事例なので、甲について判例の挙げた要素を踏まえた急迫性の検討が求められていそうだ。
② なぜか甲の罪責は問われていなくて、反撃したのは乙である。
③ 乙の罪責が問われていて、誤想過剰防衛っぽいから、相当性以外の正当防衛要件のどれかを欠くことにしたいが、ぱっと見は相当性以外の要件を乙はすべて満たしていそう。

 ③で悩みつつ、①を思い出して、「あっ急迫性が欠けるってことじゃね?」と思い付きたい。そして、②との関係では、「乙は甲の身体を防衛しようとしているのだから、急迫性は甲の身体に危険が切迫しているか、つまり甲について考えるってことになるよね。じゃあ、甲が侵害を予期していたとかそういう甲の事情は、乙の正当防衛との関係でも客観的事情として考慮すべきなんじゃね?そしたら、急迫性が客観的には欠けてることになって、でも、甲の事情を乙が知らないから、乙の認識では急迫性があって、過剰性の認識がある誤想過剰防衛ってことじゃん。ウホッわかった!」という感じになる(※1)。このようなことは、テキストや基本書を読む勉強ではもちろん身に付きませんし、判例そのままの事案しか出題されない答練や事例演習等でもなかなか訓練できない、本試験特有の難しさです。上位者は、これに結構すぐ気付きます。受かりにくい人は、このような場面での判断が遅い。その差は、先天的な頭の回転の速さ、という面もあるかもしれませんが、過去問をきちんと検討して解き、どのような思考をすれば正解に近い筋道を発見できるかという点について、解いた後にきちんと考える訓練をしているかという部分が大きいのではないかと思います。答練や事例演習の問題を中心に解いて、過去問を軽視する人過去問を解いても、「あーまたできなかった。こんなんできるわけねーよ。」と言って、どのような思考をすれば正解に近い筋道を発見できるかという観点から復習しようとしない人は、なかなかこのような問題に対応できないのだろうと思います。なお、最決平29・4・26は、「積極的加害行為そのものの認定は難しいけど、すごくそれに近い事案なので急迫性を否定したい。だけどイマイチうまく類型化できないので、とりあえず総合考慮ってことにしておくか。」という趣旨の判例です。そして、本問でも、甲が「この機会にAを積極的に切り付けてやろう。」という意思であったとまでは認定できない事実関係になっています(「頭に血が上っていた」とはあるが、「この機会を利用してAを包丁で刺してやろう。」という事情は書いていないので、その段階では包丁はあくまで防御のためだった可能性が否定できない。)。なので、安易に「甲はこの機会に積極的にAに加害行為をする意思で侵害に臨んだといえる」等と認定してしまうのは、評価を下げるでしょう。
 ※1 理論的には、急迫性は純粋に客観要件とはいえず、主観部分(侵害の予期等)は防衛の意思と同様に、甲と乙とで分けて考えるべきではないか、という難しい問題がある(違法性の本質論、正当防衛の違法性阻却の根拠論と関わってきそうですね。)のですが、そんなもん論じてなんかいられないでしょう。他にも、「行為全般の状況から刑法36条の趣旨に照らし許容されるかが急迫性の判断基準だとすると、他の要件いらなくね?」(例えば、防衛の意思や相当性を欠く場合も、行為全般の状況から36条の趣旨に照らし許容されないので急迫性を欠くということになり、全部急迫性で考えれば良いということになりかねない。本問のように相当性を欠く場合も急迫性を欠くとなれば、過剰防衛を認める余地がなくなる。)とか、「最決平20・5・20(ラリアット事件)との関係どうなってんの?」という論点もありますが、現場で考えてはいけないヤツです。

 急迫性の部分は、最決平29・4・26を意識した当てはめ大魔神になるので、ここの配点は大きいでしょう。もっとも、書ける人は結構少なくなりそうなので、「できなかったから即不良」という感じにはならないでしょう。むしろ、合否を分けるのは本件バイクの窃盗で、これは丁寧に書こうと思えば多くの人が丁寧に書ける。なので、「カンタンじゃんヤッター」と言って雑に書く人と、占有者が短時間離れた場合の占有の判断基準、占有の移転時期、一時使用と権利者排除意思、乗り捨てと利用処分意思、緊急避難の各要件、自招危難等を1つ1つ規範の明示と事実の摘示、できれば評価という感じで丁寧に書く人とでは、書いてある項目や結論は同じでも、驚くほどの違いが生じるでしょう(※2、※3)。ここを雑に書いた人で、「いやーわかってはいたんだよね。たまたまちょっと雑になっちゃって。」と反省しない人は、おそらく来年も同じことを繰り返すでしょう。どうしてそのような雑に書いてよいという心理状態に陥ったのか、次に同じ心理状態に陥らないためには事前に何をすればよいか(単に心構えの問題だったのか、普段の演習で身に付けておくべきことがあったのか)。反省すべきところは、しっかり反省すべきです。
 ※2 Dの業務を侵害した点について、乙に認識があれば業務妨害罪が問題になりそう(威力と偽計の区別とかが論点になりそう。)ですが、その点を判断できる事情が問題文に全く挙がっていない(例えば、本件原付に配達業者のロゴが入っていた等の事情があれば、乙は認識可能である。)ので、この点は問われていないと判断すべきでしょう。
 ※3 細かい論点として、法益均衡(「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった」)の判断は、一般に抽象的に行うものとされており、本問ではDの財産権(本件原付の価額及び配達業務の逸失利益)と乙の身体なので、抽象的には身体>財産権の関係が成り立つものの、それでよいかという問題があります。身体の侵害といっても、軽微な場合もあり得るからです。本問の場合、甲乙Aがいわば仲間内で勝手にケンカをしたという事例で、乙もそれなりに殴られるかもしれません(Aは本件ナイフを拾って刺し殺そうとしたのではなく、乙も「Aから更に殴る蹴るなどの暴力を振るわれてしまうと思って怖くなり」と思っただけです。)が、そこから逃げるために配達中の原付で逃げていいかというと、「そんなバカな。」というのが常識でしょう。それ以外に逃れる手段がないのであれば、「そこは殴られておけよ。」という感じがします(そもそも、原付を盗まないと逃れられない状況というのはどういうことなのか。Dが配達している付近のマンションに逃げ込んで助けを呼ぶことがどうしてできないのか。それ以前に、「勘違いで刺してしまった申し訳ない。治療費は払う。」と謝って許してもらうという余地もないわけではないでしょう。本問の設定には無理があるように思います。)。本問では自招危難の枠組みで妥当な結論に着地できますが、仮に自招危難の事情がなく、友達に急に平手打ちされそうになった(これも身体の侵害であることには違いがない。)というだけで、補充性があれば他者の財産権をいくらでも侵害できるのかというと、違うだろうという感じがするでしょう。もっとも、個別具体の事情から法益均衡を実質的に判断するということになると、例えば、時価10万円の財産権侵害に対して、治療費5万円の身体傷害が劣後するという結論を誘発しかねませんし、「現在の危難」、「避けるため」、「やむを得ずにした行為」との区別が曖昧になり、自招危難についても、「37条の趣旨に照らし緊急避難を認めるべきでないときは法益均衡を欠く」と考えれば足りることとなってしまいそうです。このことは、実は正当防衛における最決平29・4・26の「なんでも急迫性の問題になってしまう。」と同根の問題で、「なんでも法益均衡の問題になってしまう。」という問題です。違法性阻却の根拠を法益考量に求めればそれがむしろ妥当だということにもなりそうですが、本当にそれでよいか。それで(誤想)過剰防衛を矛盾なく説明できるか。これが本問の背景にある問題意識のように見受けられますが、答案で書こうとする人は誰もいないでしょうし、万が一思い付いても書いてはいけません。

 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」、「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」、「司法試験平成29年最新判例ノート」の付録論証例集に準拠した部分です。

【参考答案】

第1.設問1

1.主張(1)

(1)本件バイクは盗品で、Aが甲に保管させたことは、不法原因給付(民法708条)に当たる。
 一般に、給付者は不法原因給付物の返還を請求できず(同条)、その反射的効果として所有権は受給者に移る(判例)ため、不法原因給付物は要保護性を欠き「他人の物」に当たらないとされる。しかし、給付者が所有者でないときは、上記は当てはまらない。
 本件バイクはB所有で、不法原因給付としてAから甲に引き渡されても甲に所有権が移転することはないから、「他人の物」(252条1項)であることは否定されない。

(2)横領罪の保護法益は所有権及び委託信任関係であり、「占有」とは、委託信任関係に基づき、物を事実上又は法律上処分しうる支配力をいう
 甲は、自宅のシャッター付ガレージで保管し、事実上処分しうる支配力があった。しかし、所有者Bの委託はなく、盗んだAの委託があるにすぎない。他人物寄託も民事上有効である(民法660条参照)が、A甲間の寄託は盗品隠匿目的で公序良俗に反する(同法90条)から、少なくともAは寄託の有効性を主張できない。刑法上も盗品保管は違法であり(256条2項)、盗品保管委託関係が刑法独自の保護を受ける余地もない。したがって、Aとの間の委託信任関係は要保護性がない。
 したがって、本件バイクの「占有」がなく、これを「横領」しても横領罪は成立しない。

(3)よって、主張(1)は不当である。

2.主張(2)

(1)「横領」とは、不法領得の意思を実現する一切の行為をいう。横領における不法領得の意思とは、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできない処分をする意思をいう(判例)
 甲が実家の物置内に本件バイクを移動させて隠した行為は、隠匿意思の実現行為である。
 隠匿は委託の任務に背き、所有者でなければできない処分をするものといえるから、隠匿意思も横領における不法領得の意思に含まれる
 したがって、上記行為は不法領得意思実現行為として、「横領した」に当たる。

(2)よって、主張(2)は正当である。

第2.設問2

1.Aの右上腕部を本件ナイフで刺し、同刺創の傷害を負わせた点は傷害(204条)の構成要件に該当する。右上腕部は枢要部でないから、殺意はない。

(1)甲を助けようとしてされた。正当防衛(36条1項)か。

ア.「急迫」とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 Aは甲の顔面を殴打しようと拳を振り上げ、甲の身体への危険が切迫しているとみえる。もっとも、同条の趣旨は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容した点にあるから、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らし、その機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、急迫性が否定される(判例)
 甲Aは友人で、Aが甲をC公園に呼び出したのは、甲が本件バイクを隠したことに起因する。見知らぬ人から急に襲われたのでなく、甲にAの侵害を招く原因行為があった。甲は、高校時代にAと同じ不良グループに所属し、Aが短気・粗暴で、過去にも怒りにまかせて他人に暴力を振るったことが数回あったことを知っていたため、Aの前に姿を現せば、Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと思いつつ、本件包丁を準備した上でC公園に出向いた。この機会を利用して積極的に加害行為をする意思があったかは不明だが、少なくとも侵害を強く予期し、殴る蹴るという侵害態様を予測しつつ、刃体の長さ15cmと必要以上に殺傷性の高い本件包丁を用いる意思がある。C公園に出向く必要性はなく、事前に公的機関による保護を求める手段があったのに敢えて侵害状況に身を置いた。Aが「ボコボコにしてやる」と怒鳴ったのに対し、甲は「できるものならやってみろ。」と大声で言い返した。Aが殴打しようとしたのは、甲の態度に逆上したためである。Aの侵害は右手拳殴打と当初の予想の範囲内で甲に狼狽はなく、本件包丁で牽制すればその場から容易に退避できたのにその場にとどまり、敢えて侵害を招いた。
 以上から、36条の趣旨に照らし許容されず、急迫性が否定される。

イ.したがって、正当防衛でない。

(2)違法性阻却事由が存在すると誤信した場合には、違法な事実の認識がないから、故意は認められない。正当防衛と誤信したか。

ア.1~4の各事実を知らず、また、甲が本件包丁を持っていることも認識しておらず、Aが甲を一方的に攻撃していると思い込んでいたから、「急迫不正の侵害」の認識がある。

イ.「防衛するため」というためには、防衛の意思、すなわち、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である
 とっさに甲を助けようと考えたから、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態にあった。甲の身体(「他人の権利」)を「防衛するため」といえる。

ウ.「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)
 乙の加勢で2対1となり、本件ナイフは刃体18cmの殺傷性の高いサバイバルナイフでAは素手だから武器対等でなく、本件ナイフを示して制止する方法もあるのに、何の警告もせず右上腕部を強く刺突するのは防衛手段として必要最小限度でないから、相当性がない。「やむを得ずにした行為」の認識がない。

エ.したがって、正当防衛の誤信はなく、過剰防衛(36条2項)の誤信にとどまる。
 行為者の誤信した事実を前提にしても過剰防衛が成立するにとどまる場合には、違法な事実の認識がある以上、故意は認められる。もっとも、過剰防衛の任意的減免の根拠は、緊急状態下の心理的圧迫から非難可能性、すなわち、責任が減少する点にある。過剰防衛に当たる事実を認識した者においても上記心理的圧迫が生じ、責任が減少するから、36条2項を準用できる(英国騎士道事件判例参照)

(3)以上から、傷害が成立するが、同項準用による任意的減免の余地がある。

2.本件原付を発進させた点は窃盗(235条)か。

(1)ア.本件原付はD所有で、「他人の物」である。

イ.「窃取」とは、他人の財物の占有を占有者の意思に反して自己又は第三者に移転させることをいう

(ア)占有とは、財物に対する事実上の支配をいう。物が被害者の直接支配領域を離れた場合であっても、ごく短時間で再び支配可能となる場所的範囲にあり、被害者が当該物を認識し、又は失念しても短時間で気付いたときは、当該物の占有はいまだ被害者にある(公園ポシェット事件判例参照)。
 Dは、本件原付をエンジンをかけたまま一時的に停め、配達のために付近のマンション内に立ち入っていた。ごく短時間で再び支配可能となる場所的範囲にあり、本件原付を認識していたから、占有はDにあった。

(イ)占有の移転時期は、財物の大きさ及び数量、搬出の容易性、占有者の管理状況等を総合的に考慮して判断すべきである
 原付は重く大きいがエンジンがかかっており発進できるので搬出容易である。本件原付を発進させればDは取り返すのが困難だから、発進時に乙に占有が移転した。

(ウ)Dに無断であり、配達に支障が生じるからDの意思に反する。

(エ)以上から、「窃取」に当たる。

ウ.上記アイの認識・認容があり故意がある。

エ.窃盗が成立するには、故意のほかに、不法領得の意思、すなわち、権利者を排除して自己の所有物とする意思(権利者排除意思)及び経済的用法に従い利用・処分する意思(利用処分意思)が必要である(教育勅語事件判例参照)

(ア)安全な場所まで移動するだけの一時使用であった。
 一時使用の可罰性は、占有者による利用の可能性及び必要性の程度、予定された使用の程度及び態様、財物の価値及びその消耗の程度等を総合的に考慮し、権利者排除意思が認められるか否かによって判断すべきである
 安全な場所までの移動は短時間としても、その後返還するのでなく放置であり、Dは容易に見つけられず、配達に支障をきたす。ガソリン消費を伴うだけでなく損傷のおそれもある。原付はそれ自体高額で、ガソリン消費、損傷して高額の修理費がかかるおそれ、放置後発見できないおそれがある。以上から、権利者排除意思がある。

(イ)移動後放置は乗捨てであり、経済的用法でなく毀棄隠匿とみえる。
 しかし、判例が利用処分意思を要求した趣旨は、毀棄罪より重い処罰の根拠が利欲犯的性格に求められる点にある。そうだとすると、厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受しうる何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認めうる(支払督促正本廃棄事件判例参照)
 単に移動させて放置する意思でなく、本件原付を運転して逃げる意思があり、運転は本来の用法で、逃走による身体の安全確保という効用を享受しうるから、利用処分意思がある。

(2)Aから逃げるためであった。緊急避難(37条1項本文)か。

ア.「現在の危難」とは、危難が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 Aは本件ナイフを拾っておらず乙の生命に危険はないが、乙を捕まえて痛め付けようと考え、走って乙を追いかけており、乙の身体の危険が切迫していた。「自己…の身体に対する…現在の危難」があった。

イ.「避けるため」というためには、避難の意思、すなわち、危難を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である
 このままではすぐに追い付かれて暴力を振るわれてしまうと思い、本件原付を使ってAの追跡を振り切ろうと考えたから、危難を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態にあり、「避けるため」といえる。

ウ.緊急避難は、「正対正」の場合であることから、「やむを得ずにした」というためには、補充性、すなわち、より侵害性の少ない手段が存在しなかったことを要する
 Aは乙よりも足が速く、乙がAの追跡を振り切るためには、本件原付を運転して逃げることが唯一とりうる手段だったから、補充性があり、「やむを得ずにした」といえる。

エ.生じた原付の財産侵害及び配達業務侵害はいずれも財産権侵害で、避けようとした乙の身体侵害を超えないから、法益の均衡がある。

オ.避難行為者の有責行為により自ら危難を招いた場合において、社会通念に照らしてやむをえないものとしてその避難行為を是認できないときは、緊急避難は成立しない(判例)
 上記(ア)の危難は、前記1の有責な傷害行為により自ら招いた。過剰防衛の認識による責任減少(前記1(2)エ)を考慮しても、原付は高額で、Dの配達業務侵害も伴うこと、Aは本件ナイフを拾っていないこと、甲乙Aの仲間内のケンカのリスクを無関係のDに転嫁する結果となることも踏まえれば、社会通念に照らしてやむをえないとはいえず、避難行為を是認できない。

カ.したがって、緊急避難は成立しない。

(3)以上から、窃盗が成立する。

3.よって、乙は傷害(任意的減免あり)と窃盗の罪責を負い、併合罪(45条前段)となる。

以上
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2022年06月13日

令和4年司法試験短答式試験の結果について(4)

1.司法試験の合否は、短答と論文の総合評価によって決まります。今回は、短答でどのくらいの点数を取ると、論文でどのくらい有利になるのか、すなわち、短答の論文に対する寄与度をみていきます。
 総合評価の計算式は、以下のとおりです(「司法試験の方式・内容等について」)。

 総合評価の得点=短答式試験の得点+(論文式試験の得点×1400÷800)

 これを見るとわかるとおり、短答の得点はそのまま総合得点に加算されますが、論文は800分の1400、すなわち、1.75倍になって総合得点に加算されます。したがって、論文の1点は、総合評価では、短答の1.75点に相当するわけです。
 総合評価に占める比重という点からいうと、短答は175点満点がそのまま総合評価の加算対象となるのに対し、論文は、論文段階では800点満点だったものが、総合評価では1400点満点となるわけですから、総合評価段階での短答:論文の比重は、1:8となります。論文は、憲法、行政法、民法、商法、民訴法、刑法、刑訴法、選択科目の8科目。1:8という比重からすると、短答は9個目の科目である、という位置付けも可能でしょう。無視できるほど小さくはないけれども、選択科目と同じくらいと考えると、あまり過大視もできない、という感じです。その意味では、「短答の勉強と論文の勉強」というように、短答と論文を対等に位置付けるのは、短答を過大視しているといえるでしょう。もっとも、「選択科目と同じ比重なんだから、選択科目と同じくらいの勉強量でいいや。」などと言っていると、短答段階で不合格になってしまいかねません。この辺りが、短答の学習計画を考える際の難しさといえます。
 とはいえ、上記の比重を考えると、少なくとも短答の合格ラインを安定して超えるレベルになって以降は、積極的に短答の学習をするメリットは薄そうだ、ということが感じ取れます。

2.短答と論文の比重という点では、短答の寄与度は低そうだ、という印象でした。ただ、短答は、論文と違って、高得点を取りやすいシステムになっています。このことを考慮して、もう少し具体的に考えてみましょう。
 論文で、満点の75%といえば、優秀の水準を意味します。これは、現実には取ることが極めて難しい点数です。これに対し、短答における満点の75%(概ね131点)とは、今年の順位にすると829位に相当します。これは、それなりに短答に自信のある人なら、普通に取れる点数です。また、論文には得点調整(採点格差調整)があります。これによって、強制的に、標準偏差が各科目の配点率(現在は10に設定されている。)に抑えられてしまいます。短答には、このような抑制機能を有するシステムはありません。このように、短答は、論文よりも稼ぎやすいといえるのです。
 ただし、短答で高得点を取っても、単純に総合評価でそれだけ有利になる、というわけではないことに注意が必要です。短答合格点未満の点数の人は、総合評価段階では存在しないからです。今年でいえば、96点未満の人は、そもそも総合評価の段階では存在しない。ですから、例えば、短答で150点を取ったとしても、総合評価で150点有利になるわけではないのです。有利になるのは、最大でも、150-96=54点だけです。しかも、それは短答ギリギリ合格の人と比べて、という話です。今年の短答合格者平均点である123.3点の人と比べると、150点を取っても、150-123.3=26.7点しか有利になりません。 しかも、総合評価の段階で、論文の得点は1.75倍になりますから、短答の得点を論文の得点に換算する場合には、1.75で割り算することになります。そうすると、短答における26.7点というのは、論文の得点に換算すると、15.2点程度ということになる。このように、短答は点を取りやすいとはいっても、それが論文に寄与する程度は、限定的なものになってしまうのです。

3.実際の数字でみてみましょう。短答でどのくらいの水準の得点を取れば、短答ギリギリ合格の人(96点)や、短答合格者平均点の人(123.3点)に対して、論文で何点分有利になるのか。以下の表は、これらをまとめたものです。

短答の
水準
得点 最下位
(96点)
との論文での差
短答合格者平均
(123.3点)
との論文での差
トップ 169 41.7点 26.1点
100番 150 30.8点 15.2点
500番 137 23.4点 7.8点
1000番 127 17.7点 2.1点
合格者平均
(1256番)
123.3点 15.6点 ---

 短答でトップを取ると、短答ギリギリ合格の人に、論文で41.7点のアドバンテージを取ることができます。これが、短答で付けることのできる最大のアドバンテージです。これは、どのくらい大きいのか。論文1科目100点満点との割合でみれば、全体の4割強に当たります。これはこれで、結構大きいという感じがするかもしれません。もっとも、論文は8科目ですから、各科目との関係で考えてみると、41.7÷8≒5.2。有利になるのは、5点程度です。トップを取って、しかも、短答最下位の人と比べても、この程度しか論文で有利にはならない、ということです。論文では、5点程度の得点は、重要な論点を1つ落としてしまったり、重要な当てはめの事実をいくつか落としてしまったりすると、ひっくり返ってしまうものです。
 現実に、上位を狙って勉強をして、それなりに安定して取ることができそうなのは、500番くらいだろうと思います。しかも、そのような上位を狙える人は、論文で短答最下位の人と合否を争うことは考えにくい。このように考えてみると、現実的に短答を勉強するメリットを考える場合に考慮すべきなのは、500番と短答合格者の平均との差ということになると思います。これは、たったの7.8点です。論文8科目で割り算をすると、1科目当たり1点程度これが、現実的な短答の論文に対する寄与度なのです。

4.このように、短答の寄与度は、それほど大きくありません。ですから、「短答でぶっちぎりの得点を取って、逃げ切る。」などという戦略は、あり得ないのです。とはいえ、短答を軽視していいかといえば、そうでもない。その理由は2つあります。
 1つは、憲民刑3科目になってからの短答は、油断すると簡単に不合格になる、ということです。確実に短答をクリアするには、実際にはかなりの時間を投入する必要がある。上記の総合評価における寄与度は、あくまで短答に確実に受かることが前提だということを、忘れてはいけません。
 それからもう1つは、短答の知識が、論文を書く際の前提知識となる、ということです。短答レベルの知識があやふやな状態では、論文の事例を検討していても、正しく論点を抽出することができません。ですから、短答合格レベルに達するまでは、短答の学習を優先することに意味があるのです。
 以上のことからいえることは、「短答に確実に合格できる水準までは、短答の学習を優先すべきである。」ということと、「短答に確実に合格できる水準になったならば、短答は現状の実力を維持する程度の学習にとどめ、論文の学習に集中すべきである。」ということです。この優先順位に従って学習をするためには、できる限り早く短答の学習に着手する必要があります。短答の学習に着手する時期が遅いと、短答合格レベルに達する前に、論文の学習に着手せざるを得なくなってしまいます。そうなると、どちらも中途半端なまま、本試験に突入してしまう、ということになりやすい。短答の学習は、未修者であればローに入学してすぐに着手する。既修者であれば、法学部在学中にも、着手しておくべきでしょう。今年、短答で不合格になった人は、今すぐ着手しなければ、来年までに間に合いません。短答の知識は、定着させるまでにかなり時間がかかるものの、一度定着するとなかなか忘れない、というのが特徴です。今年の予備組の短答受験者合格率は、99.7%です。405人が受験して、404人が受かっている。このことは、一度実力を付ければ、短答は安定して結果が出せることを示しています。
 短答合格レベルに達するまでに必要な膨大な勉強量を確保し、やり抜く
。これは、司法試験に合格するための前提となる第一関門です。これをクリアした先にあるのが、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則のある恐怖の論文です。どんなに勉強量を増やしても、受かりにくい人は成績が全く伸びない。この論文の壁に苦しんでいる人にとっては、勉強量さえ確保できればクリアできる短答は、とても楽な試験だと感じられることでしょう。しかし、その勉強量の確保さえできない人も、実際にはかなりいるのです。

posted by studyweb5 at 19:02| 司法試験・予備試験短答式試験関係 | 更新情報をチェックする
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