2022年05月26日

令和4年司法試験論文式民事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.商法は、上記1で説明した意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性を強く感じさせる出題でした。法律構成がシンプルなので、「どうしていいかわからなくて頭が真っ白になった。」という人は、いなかったでしょう。ただ、それだけに、当てはめでどれだけ事実を拾ったか、的確に整理、分析して書けたかが問われるでしょう。自分の採る結論を基礎付ける方向の事実しか摘示しない人、基礎となる事実を摘示しないで、いきなり「自分の言葉で評価」を書く人は、厳しい結果となりやすいでしょう。まずは肯定・否定に整理して事実を摘示する。余裕があれば、一言評価を付してみる。この優先順位を忘れないことです。答案構成でそれほど時間がかからなかったはずなので、相当の文字数を書かないと、書き負けてしまうことになります。よく、「重要なことは文字数ではない。内容だ。」という人がいますが、今年のような問題で3~4頁程度では、合格に必要な内容を書くことが物理的にできないでしょう。
 設問1は、任期短縮定款変更と339条2項類推適用というマイナー論点です(「論証例:任期短縮定款変更の適用・339条2項類推適用」)。とはいえ、知らなくても、問題文に「実質的な解任」と書いてあるわけですから、気付くことは容易だったのではないかと思います。後は、正当な理由の有無について、当てはめ大魔神です。「同族会社で任期短縮しても緊張感なんて生じねーだろ。」、「当初の話を無視して定款任期(10年)まで務めたいとか言い出すDと一緒にやっていけないというのもわかる。」という2点は、指摘しておきたいポイントです。

 設問2は、ほとんどが任務懈怠の当てはめ大魔神マイナー論点として過失相殺がありますが、落としても全く合否に影響しないでしょう。また、経営判断原則が適用される事例であるかという点も問題にはなり得ますが、本問の場合、経営判断原則の適用を排除する要素(利益相反的要素、少数株主を害する要素、リスク管理的要素)は同時に経営判断原則を適用した場合の著しい不合理性の基礎事情ともなるので、経営判断原則の当てはめとして書いた方が書きやすそうです。問題文で、「Hは、その必要性が見いだせない上にデュー・ディリジェンスを行っていないことを理由に反対する」とされているので、必要性がないという点と、デュー・ディリジェンスを行っていないという点は、分けて書くべきなのでしょう。
 設問3は、22条1項類推適用の当てはめ大魔神。判例の立場からは、事業主体表示機能や特段の事情の有無について、同一事業主体による事業が継続していると信じたり、事業主体の変更があったけれども債務引受けがされたと信じたりしても無理からぬものか、という観点から当てはめていくことになります。

 

最判平16・2・20より引用。太字強調は筆者。)

 預託金会員制のゴルフクラブの名称がゴルフ場の営業主体を表示するものとして用いられている場合において,ゴルフ場の営業の譲渡がされ,譲渡人が用いていたゴルフクラブの名称を譲受人が継続して使用しているときには,譲受人が譲受後遅滞なく当該ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り会員において,同一の営業主体による営業が継続しているものと信じたり,営業主体の変更があったけれども譲受人により譲渡人の債務の引受けがされたと信じたりすることは,無理からぬものというべきである。したがって,譲受人は,上記特段の事情がない限り,商法26条1項の類推適用により,会員が譲渡人に交付した預託金の返還義務を負うものと解するのが相当である。

(引用終わり)

 

 注意したいのは、乙社は卸専門なので、戊社のスーパーが取り扱っても、一般消費者は、「あーPブランドも売るようになったんだ。」としか認識しないという点です。例えば、セブンイレブンのウェブサイトで、「亀田の柿の種が新しく生まれ変わりました。」と宣伝され、セブンイレブンに新たに亀田の柿の種が陳列されても、普通に利用している客の立場からは、事業主体が亀田製菓株式会社から株式会社セブン-イレブン・ジャパンになったとは思わないでしょう。もっとも、22条1項類推適用においては債権者の属性も考慮される丁銀行は乙社に複数回融資しているわけで、「戊社にもPブランド製品を納入するようになったのですか。」等と経緯を問い合わせることは普通に可能ですし、その契機になる程度の外観の変更はあるといえるでしょう(※)。この辺りを、考慮要素として摘示すべきです。なお、「標章続用・債権者銀行」の組み合わせで22条1項類推適用を認めた裁判例(東京地判平成27・10・2、東京地判平31・1・29)があることから、「裁判例は類推肯定なんで、本問も肯定が正解ですね。」等と解説されるかもしれませんが、必ずしも適切とはいえません。詳しい説明はすげー長くなるので避けますが、東京地判平成27・10・2は商号の略称及び標章の続用の事案、東京地判平31・1・29は事業譲渡会社が店舗販売を行っていて、店舗名称と標章が同一であったという事案に関するものですから、本問とは異なります。
 ※ ユニクロのように、そのブランドの店舗で専らそのブランドの製品を販売していたところ、外観は全然変わっていないのに、事業主体がいつの間にか変わっていた、という事案と比較すると、よく理解できるでしょう。

 詐害事業譲渡については、問題文にわざわざ資産と負債が書いてあるので、触れるべきなのでしょう。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

8. 乙社は、令和2年(2020年)に入ってから業績が悪化するようになった。同年1月末日の時点では資産1億円、負債5000万円、資本金2000万円であったところ、現預金の流出が続くなどして、令和3年(2021年)10月1日の時点では、資産6000万円、負債4000万円、資本金2000万円となった。

 (中略)

18.本件事業譲渡契約においては、乙社の日用品製造販売事業の業績が低下していたことから、その資産(日用品製造販売事業に従事する従業員との間の雇用契約を含む。)が対象とされ、負債は対象とされなかった。また、本件事業譲渡契約が締結された令和3年(2021年)10月1日の時点での乙社の日用品製造販売事業の資産の簿価は4000万円であったが、戊社が「専門家を交えた調査の結果によれば簿価どおりの資産価値がない可能性がある。」と主張し、乙社も早く現金を手にしたいと考えていたことから、本件事業譲渡契約の対価は、2000万円とされた

(引用終わり)

 

 6000万円(当時の資産)-4000万円(日用品製造販売事業の簿価)+2000万円(対価)=4000万円ということで、負債4000万円と同額です。ギリギリ債務超過にはなっていないけれども、2000万円部分が現金化された点は問題になりそうです。債権法改正前は詐害性を主観・客観の相関でみるという解釈論によっていた点ですが、債権法改正後は民法424条の2の類推適用ということになるのでしょう。対価不相当にもみえますが、不相当といえそうな部分は債務超過を構成しない(6000万円の資産のうち2000万円は仮に無償で譲渡しても詐害性はない。)ので、この部分に詐害性があるとはいいにくいところです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」及び「論証例:任期短縮定款変更の適用・339条2項類推適用」 に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1(1)

1.Dの主張

(1)法律構成

 一連の経緯により甲社の取締役の地位を失ったことは、実質的な解任であるから339条2項が類推適用され、不当であるから「正当な理由」がなく、損害賠償請求できる。

(2)損害

 「解任によって生じた損害」とは、解任されなければ任期満了時までに得られたであろう所得の喪失である(裁判例)
 定款によれば令和10年度定時株主総会終結時までの報酬相当額3840万円、慣例によるとしても、令和4年度定時株主総会終結時までの報酬相当額960万円が損害である。

2.当否

(1)法律構成

ア.339条2項の趣旨は任期への期待を保護する点にあり、任期短縮により退任し、再任されない取締役にもその趣旨が妥当するから、同項が類推適用される(地裁裁判例)

イ.任期1年の定款変更及びDの不再任に「正当な理由」はあるか。

(ア)Aは、上記定款変更の趣旨について、「信任を得る機会を多くし、取締役の業務に緊張感を持たせたい」と説明する。
 確かに、上場企業等では、任期短縮は個人株主や機関投資家の信任を意識して業務執行に当たることになり、業務の緊張感につながる。しかし、甲社では、親族ABCで総議決権8割の株式を保有し、ABCは自ら取締役であるから、任期を短縮したからといって緊張感にはつながらない。

(イ)確かに、乙社出身取締役は4年退任が慣例で、Aの誘いに応じる際に、Dは「61歳まで」と述べて慣例に従う意思を示したのに、令和2年3月になって「定款に定められた任期を満了するまで取締役を務めたい」と言い出し、後任者を探そうとしなかった。Dは東北地方への事業拡大に反対で、Aらとの間で意見が対立した。Dとの信頼関係が崩れており、Dを再任しない理由があるとみえる。
 しかし、一般に「正当な理由」があるとされるのは、病気で職務を行えないとか、不正行為があった場合等である。上記事情はそのようなものでない。定款任期が2年であった頃も、乙社出身取締役は4年が慣例であり、たとえ定款任期が4年未満に短縮されても、4年間は再選の期待がある。Aは、Dに乙社出身取締役は従前より4年交代と説明して誘っており、禁反言からも、4年の期待は保護に値する。2年で不再任とするのは、その期待を裏切る。

(ウ)以上から、「正当な理由」はない。

ウ.よって、Dは、甲社に対し、339条2項類推適用により損害賠償請求できる。

(2)損害

 確かに、定款によれば、Dの任期は令和10年度定時株主総会終結時までである。しかし、乙社出身取締役は、定款任期が2年か10年かにかかわらず、4年退任が慣例であったし、Dを誘う際もAはそのことを説明し、Dは、「61歳まで甲社の取締役を務めた方がより長く安定した収入が得られる」と述べた。
 したがって、保護すべき期待は、令和4年度定時株主総会終結時までであり、損害は、上記時点までの報酬相当額960万円である。

(3)よって、Dの主張は上記の限度で正当である。

第2.設問2

1.Jの主張

 Gは、必要のない本件事業譲渡を行った点又は必要なデュー・ディリジェンス(以下「DD」)を省略した点で任務懈怠があり、戊社に対し、423条に基づき、対価4000万円又は適正対価との差額として少なくとも3000万円の損害賠償責任を負う。

2.当否

(1)「任務を怠った」(423条1項)とは、法令又は定款に違反したことをいう
 Gに善管注意義務(330条、民法644条)違反はあるか。将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられている事項についての取締役の行為は、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務に違反しない(アパマン事件判例参照)

ア.本件事業譲渡の必要性について、確かに、Gは、乙社の業績悪化をFから知らされており、戊社が業績悪化した乙社救済のため業績の悪い事業を引き受けただけともみえる。
 しかし、乙社は、甲社経営店舗での販売商品の製造委託を受けている。Aは、Gに「乙社の日用品製造販売事業が立ちゆかなくなると甲社の事業に大きな影響が及ぶ」と述べた。甲社は、戊社の総株主の議決権の60%を有する親会社である。戊社の売上総利益の約50%は甲社との取引に由来する。乙社から甲社、甲社から戊社へと影響が及ぶ関係にある。「乙社の日用品製造販売事業を救わないと、甲社の主力商品の1つが欠けることになり、甲社を中心とした我がグループに大きな不利益が及ぶ。」というGの説明にも合理性がある。本件事業譲渡を必要と判断する過程、内容に著しく不合理な点があるとはいえない。

イ.DDしなかった点について、確かに、Fは、Gに「乙社の主要ブランドを譲渡するのであるから、相応の対価とすべきである。1か月程度で交渉がまとまらないのであれば別の譲渡先を探すか、最悪の場合には乙社の法的整理も検討するつもりである。」と述べた。AはGに「本件事業譲渡を迅速に進めてほしい。これが実現しなければ、GとIの取締役の再任はない。」と述べた。Gには契約を急ぐ事情があった。
 しかし、Hが乙社とも取引のあった出身銀行の知人に乙社のことを尋ね、「日用品製造販売事業はうまくいっているとはいえず、在庫の価値が下落している可能性がある上に、知的財産権等の管理もいい加減であるから気を付けた方がよい。」との回答を得た。Hは、知人弁護士に確認し、「そうした事情がある場合は行った方がよい。」との回答を得た。Hは、Gに上記の回答内容を伝え、DDすべき旨を指摘した。Hの個人的な知人の意見とはいえ、Gには、DDが必要と認識する契機があった。Gは、Fに上記の点を問いただす等していない。他に、DD不要といえる情報を収集した形跡もない。G及びIはかつて甲社の従業員で、戊社及びその株主の利益を犠牲に甲社の利益を図るため又は自らの取締役再任という保身のためという余地があり、それを否定する事情はうかがわれない。
 以上から、DDを省略して交渉に当たるのもやむをえないと判断する過程、内容に著しく不合理な点があり、善管注意義務に違反する。

ウ.以上から、DDを省略した点について、Gは「任務を怠った」といえ、免責事由(428条1項参照)もない。

(2)DDすれば、本件事業譲渡契約を締結しなかったか、仮に締結しても対価は1000万円以下となるはずであった。したがって、任務懈怠と因果関係のある損害は少なくとも3000万円であり、DDの費用が損益相殺される。
 任務懈怠責任は債務不履行責任の性質を有するから、会社に過失がある場合には、民法418条が類推適用される
 確かに、本件事業譲渡契約締結の取締役会決定につき、GとIは自ら退席し、残り3名の取締役によって審議が行われ、Hを除く2名の取締役の賛成で決定されたから、賛成した取締役の行為に起因する部分は戊社が負担すべきともみえる。しかし、他の役員等の行為を理由に過失相殺することは連帯責任(430条)と矛盾する。したがって、本件では過失相殺は否定される。

(3)よって、Gは、423条に基づき、上記損害について、戊社に賠償する責任を負う。Jの主張はその限度で正当である。

第3.設問3

1.丁銀行が戊社に乙社の残債務弁済を請求するには、同債務を戊社が引き受けている必要がある。

2.本件事業譲渡契約において、負債は対象とされなかったから、戊社は、同契約の効果として乙社の丁銀行に対する債務を引き受けることはない。

3.戊社は乙社の商号を続用しないから、22条1項は直接適用されない。もっとも、Pの続用がある。
 商号以外の名称であっても、それが事業主体を表示する場合には、譲受会社が遅滞なく同条2項の登記又は通知に準じる行為をした等の特段の事情がない限り、同条1項が類推適用される(ゴルフクラブ名称続用事件判例参照)

(1)従来乙社製造商品にはPが用いられ、Pには「乙」の名称が入っている。「乙」は、商号(6条1項)である「乙株式会社」の主要部分である。Pと「乙」が日用品ブランドとして確立し、消費者にはPが乙社を示すと受け取られていた。Pは、製品の事業主体を表示するといえる。

(2)上記特段の事情があるかは、同一事業主体による事業継続又は事業主体変更に伴う債務引受けの誤信を妨げる外観の変更があるかで判断する。
 確かに、乙社は、Pを使用した商品を製造して卸売を行うだけで、これまでに消費者等に直接販売したことはなく、本件事業譲渡の完了後に戊社が扱っているPが使用された日用品の6割程度は、従来、乙社がPを使用して販売したものと同じ商品であった。しかし、乙社は、甲社の営む首都圏のドラッグストアで販売する商品の製造委託を受け、その売上が売上総利益の約50%を占めていた。戊社は、関西地方でスーパーを営み、これまでに乙社の商品を扱ったことはなく、その商号や経営する店舗の名称に「乙」の文字やPに含まれる文字と共通するものを使用したことはなかった。本件事業譲渡完了後、戊社は、経営するスーパー店舗内において、Pを描写した看板を複数の入口に掲げて、Pを使用した日用品を販売し、自社ウェブサイトで、「Pが新たに生まれ変わり、当店で扱うことになりました。」との宣伝を掲載し、そこにはPも掲載された。一般消費者であれば単に戊社のスーパーで新たにPを取り扱うようになったと受け取るにとどまるとしても、複数回にわたって乙社に融資していた銀行である丁であれば、Pの使用に顕著な外観の変更があったのであるから、新たにPを使用した商品を戊社に納入するようになったのか、事業自体の譲渡があったのか等を乙社に確認することは容易である。したがって、同一事業主体による事業継続又は事業主体変更に伴う債務引受けの誤信を妨げる外観の変更がある。
 以上から、上記特段の事情があり、同項は類推適用されない。

4.債務引受広告(23条)とは、債務引受けがあると誤信させるものをいう(判例)
 戊社は、自社のウェブサイトにおいて、「Pが新たに生まれ変わり、当店で扱うことになりました。」との宣伝を掲載した。しかし、戊社のスーパーでPブランドも販売するようになったと受け取られるにすぎず、債務引受けがあると誤信させるとはいえない。
 したがって、債務引受広告には当たらず、23条1項は適用されない。

5.乙社は、本件事業譲渡契約が締結された令和3年10月1日時点で資産6000万円、負債4000万円であった。本件事業譲渡により簿価4000万円の日用品製造販売事業が譲渡されると、2000万円の債務超過となり、対価2000万円によって債務超過自体は解消されるものの、隠匿されやすい現金となった点で、詐害事業譲渡(23条の2第1項)となるともみえる。しかし、乙社に隠匿意思をうかがわせる事情はないから、「害することを知って」とはいえない(民法424条の2第2号類推適用)。
 したがって、23条の2第1項の適用もない。

6.よって、丁銀行は、戊社に乙社の残債務の弁済を請求できない。

以上

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2022年05月23日

令和4年司法試験論文式民事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.民法は、全体的に解きやすいと感じさせる問題だったのではないかと思います。ただ、債権法改正が関係する部分は、下記のとおり、実は異常に難易度が高いです。
 設問1(1)は、表見代理と勘違いしてはいけない、というのが合否を分ける最大のポイントでしょうか。うっかりすると、「登記申請行為の代理権が基本権限に当たるかが問われたんだよね。」と思ってしまいがちです。しかし、問題文からは代理の事案でないことは明らかです。

 

問題文より引用。太字強調は筆者。)

3.Bは、自身が負う金銭債務の弁済期が迫っていたため、甲土地を自己の物として売却し、その代金を債務の弁済に充てようと考えた。

4.令和2年4月2日、Bは、Aに対し、抵当権の抹消登記手続に必要であると偽って所有権移転登記手続に必要な書類等の交付を求め、Aは、Bの言葉を信じてこれに応じた。Bは、Aが甲土地をBに3500万円で売却する旨の契約(以下「契約①」という。)が成立したことを示す売買契約書を偽造し、同契約書とAから受け取った書類等を用いて、同月5日、甲土地につき、抵当権の抹消登記手続及びAからBへの所有権移転登記手続をした。

5.令和2年4月20日、Bは、甲土地を4000万円でCに売却する旨の契約(以下「契約②」という。)をCとの間で締結した。Cは、契約②の締結に当たり、甲土地の登記記録を確認し、Bが甲土地を短期間のうちに手放すことになった経緯につきBに尋ねたところ、Bは、「知らない人と契約を交わすのを不安に感じたAの意向で、いったん友人である自分が所有権を取得することになった」旨の説明をした。

(引用終わり)

 

 表見代理なら、売買契約はAC間で成立していなければおかしいわけですから、どうみても表見代理ではありません。これは明らかな誤りですから、やってしまえば、それなりに大きな減点になってしまうでしょう。答練ではあまりやらない人でも、本試験ではうっかりやってしまうことがある。これが、本試験の怖さです。
 もう1つのポイントは、合否を分けないでしょうが、安易に94条2項、110条の法意参照ないし類推適用を認めてしまわない、ということでしょう。予備校テキスト等では、「意思外形対応型は94条2項類推、意思外形非対応型は94条2項、110条類推」、「直接関与型は94条2項類推、越権型は94条2項、110条法意参照、重過失型は94条2項、110条類推適用」のような感じで説明しているものが多いでしょう。本人の帰責事由の中身については、具体的に意識されていない。その結果、本問のような場合も、「意思外形非対応型だから94条2項、110条類推だよね。」、「越権型だから94条2項、110条法意参照だよね。」という感じで、後は無過失を検討するということになりやすいのです。しかし、「自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していた」場合に94条2項を類推適用し、そのような場合でなくても、「これと同視し得るほど重い帰責性がある」ときに94条2項、110条の法意参照ないし類推適用を認めるというのが、判例の適切な理解でしょう(「司法試験定義趣旨論証集(物権)【第2版】」でその2つの場合が論証化されているのは、そのためです。)。逆にいえば、本人の帰責事由としては、そのようなものでなければならない。本問は、「自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していた」とも、「これと同視し得るほど重い帰責性がある」ともいえない場合だろうと思います。判例の類型としては、最判平15・6・13に相当する事案といえるでしょう。

 

最判平15・6・13から引用。太字強調は筆者。

(1) 上告人は,地目変更などのために利用するにすぎないものと信じ,Eに白紙委任状,本件土地建物の登記済証,印鑑登録証明書等を交付したものであって,もとより本件第1登記がされることを承諾していなかったところ,上告人がEに印鑑登録証明書を交付した3月9日の27日後の4月5日に本件第1登記がされ,その10日後の同月15日に本件第2登記が,その13日後の同月28日に本件第3登記がされるというように,接着した時期に本件第1ないし第3登記がされている。

(2) また,記録によれば,上告人は,工業高校を卒業し,技術職として会社に勤務しており,これまで不動産取引の経験のない者であり不動産売買等を業とするDの代表者であるEからの言葉巧みな申入れを信じて,同人に上記(1)の趣旨で白紙委任状,本件土地建物の登記済証,印鑑登録証明書等を交付したものであって,上告人には,本件土地建物につき虚偽の権利の帰属を示すような外観を作出する意図は全くなかったこと,上告人が本件第1登記がされている事実を知ったのは5月26日ころであり,被上告人らが本件土地建物の各売買契約を行った時点において,上告人が本件第1登記を承認していたものでないことはもちろん,同登記の存在を知りながらこれを放置していたものでもないこと,Eは,白紙委任状や登記済証等を交付したことなどから不安を抱いた上告人やその妻からの度重なる問い合わせに対し,言葉巧みな説明をして言い逃れをしていたもので,上告人がDに対して本件土地建物の所有権移転登記がされる危険性についてEに対して問いただし,そのような登記がされることを防止するのは困難な状況であったことなどの事情をうかがうことができる。

(3) 仮に上記(2)の事実等が認められる場合には,これと上記(1)の事情とを総合して考察するときは,上告人は,本件土地建物の虚偽の権利の帰属を示す外観の作出につき何ら積極的な関与をしておらず,本件第1登記を放置していたとみることもできないのであって,民法94条2項,110条の法意に照らしても,Dに本件土地建物の所有権が移転していないことを被上告人らに対抗し得ないとする事情はないというべきである。そうすると,上記の点について十分に審理をすることなく,上記各条の類推適用を肯定した原審の判断には,審理不尽の結果法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ず,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

(引用終わり)

 

 もっとも、ほとんどの受験生が簡単に94条2項、110条の法意参照ないし類推適用を認めたでしょうから、この点は合否を分けないでしょう。
 設問1(2)は、請求1は主に背信的悪意者からの転得者の話ですから、多くの人が普通に解答できたでしょう。ただ、慣れていないのに要件事実で書こうとして、時間をロスしてしまった人もいたかもしれません。この論点は、正確に要件事実で整理しようとすると、「Cは対抗要件の抗弁と所有権喪失の抗弁のどちらを主張するのが適切なのか?」などと、余計な迷いが生じます(※)。本問は必ずしも要件事実を問う趣旨ではありませんから、無理せず実体法の観点から論点を並べるように書いておいた方が無難です。参考答案は、そのような書き方を採用しています。
 ※ 契約④及びB登記具備を主張して対抗要件具備による所有権喪失の抗弁とすることも、契約④・⑤及びD登記具備まで所有権者と認めない旨を主張して対抗要件の抗弁とすることもできるでしょう。

 請求2は、典型論点ではありますが、債権法改正によって、「最終的には填補賠償請求権に転化するから」という理由付けで特定物債権を被保全債権とすることはできなくなったという点がポイントです。このことは、「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」の「特定物債権は詐害行為取消請求の被保全債権となるか」の項目の※注において、詳細に説明しています。また、当サイトの過去のツイートでも、説明していたところでした。

 

2020年01月18日のtweetより引用)

1月18日
もう1つ、非金銭債権を被保全債権とする詐害行為取消権について、改正前は、債務転形論を前提に、金銭債権である填補賠償請求権に転化し得るとして肯定していました(最大判昭36・7・19)。これも、改正後は維持することが困難です。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52827

1月18日
問題の所在は、土地二重譲渡事例において、第1譲受人の填補賠償請求権が成立するのが第2譲受人の登記具備時となるため、詐害行為である第2譲渡が填補賠償請求権成立の前になってしまう、ということでした。このことを理解すれば、改正後は424条3項の解釈論として解決すべきことがわかります。

1月18日
同項は、詐害行為の「前の原因」に基づいていればよいとします。その趣旨は、詐害行為後の遅延損害金(最判平8・2・8)などを含ませる点にありました。すなわち、損害賠償請求権の発生原因となる法律関係が詐害行為前に成立すれば足りるのです。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=73152

1月18日
すなわち、先の例でいえば、第1譲渡が詐害行為である第2譲渡より前であれば、その後に発生した填補賠償請求権は、「前の原因」に基づいて生じたといえるため、その填補賠償請求権を被保全債権とすることができるのです。同様の解釈は、相殺に関する469条2項各号、511条2項でも妥当します。

1月18日
このように、改正後は、債務転形論を前提とした従来の解釈論を維持することはできず、改正の趣旨に沿った解釈論を考える必要があるのです。改正対応を謳う教材の中には、漫然と債務転形論の理由付けを維持するものや、強引に改正前の判例と同じ結論を採ろうとするものがあるので、注意が必要です。

(引用終わり)

 

 この点は、学者が執筆した書籍であっても、適切な説明がされていないことが多く、受験生が適切に対応できなくてもやむを得ないでしょう。なので、従来どおり、「填補賠償請求権に転化するから」という理由付けで契約③に基づく甲土地引渡請求権を被保全債権としてしまっても、合否を左右しないだろうと思います。赤信号をみんなで渡って合格する例の1つです。
 設問2は、譲渡担保権の法的性質から論理的に説明しているかがポイントです。譲渡担保権の法的性質について、現在の学説は、判例の結論をすべて整合的に説明しようとするあまり複雑化しています。受験対策としては、素朴な担保権的構成に立って、シンプルな論理を示すことができれば合格レベルです。参考答案は、その方針で解答しています。素朴な担保権的構成からは、まだ実行していないので賃貸人の地位は移転していない、ということになるでしょう。FがHとの関係で使用収益権を失っても、Fの使用利益がHに対する不当利得となるというだけで、賃貸人の地位の移転とは無関係です。他方、所有権的構成を基本としつつ使用収益権が移転していないことを根拠に実行まで賃貸人の地位は移転しないとする立場(東京地判平2・10・3)に立てば、債務αの弁済期経過によって賃貸人の地位が移転するという余地もありそうです。

 

(東京地判平2・10・3より引用。太字強調は筆者。)

 一般に、不動産の賃貸人がその不動産の所有者で、賃借人が当該賃借権を第三者に対抗し得る場合に、賃貸人たる所有者が当該不動産の所有権を譲渡したときは、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転するものと解されるが、これを譲渡担保による所有権移転の場合について考えてみると、譲渡担保の目的で不動産の所有権が移転されても、当然には譲渡人からその使用・収益権まで担保権者に移転するものと解することはできず、したがって賃貸人の地位が担保権者に移転すると解することもできない。……(略)……。
 しかし、譲渡担保の通常の形態と解されるいわゆる帰属清算型の場合、債務者が弁済期において弁済しないため、債権者が担保権を実行し、債務者に対し、被担保債権の弁済に代えて当該不動産の所有権を確定的に帰属させる旨及び清算すべき剰余金がない旨を通知し、実際その時点における当該不動産の適正評価額が債務額(借入金元本のほか、その利息、損害金、評価に要した相当費用等の額を含む。)を上回らない場合には、右通知のときに当該不動産の所有権は譲渡担保権者たる新所有者に確定的に移転し、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転し、賃貸借契約上の保証金返還義務もまた新賃貸人に移転するものと解するのが相当である

(引用終わり)

 

 なお、㋒は債権法改正関係で、605条の2第2項前段の「譲受人が譲渡人に賃貸する」という要素を契約⑦は欠いている(賃料の合意がない。)、ということなのでしょうが、細かすぎます。

 

(参照条文)605条の2第2項
 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。

 

 これは、使用借だと、不動産の譲受人(本問のH)がさらに誰かに譲渡したときに、賃貸人(本問のF)が占有権原を対抗できなくなって、賃借人(本問のG)の地位が不安定になるから困るよね、ということ等が理由です(ただし、本問のような場合に常に賃料を払う必要があるというのは合理的かという問題はあるでしょう。)。

 

民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)(民法(債権関係)部会資料69A)より引用。太字強調は筆者。)

 新所有者Bと旧所有者Aとの間で賃貸借契約を締結することを要件としているのは、①賃貸人の地位の留保合意がされる場合には、新所有者Bから旧所有者Aに何らかの利用権限が設定されることになるが、その利用権限の内容を明確にしておくことが望ましいこと、②賃貸人の地位を留保した状態で新所有者Bが賃貸不動産を更に新新所有者Cに譲渡すると、その譲渡によって新所有者Bと旧所有者Aとの間の利用関係及び旧所有者Aと賃借人Xとの間の利用関係が全て消滅し、新所有者Bからの譲受人Cに対して賃借人Xが自己の賃借権を対抗することができなくなるのではないかとの疑義を生じさせないためには、新所有者Bと旧所有者Aとの間の利用関係を賃貸借としておくことが望ましいこと、③賃貸借に限定したとしても、それによって旧所有者Aと新所有者Bとの間の合意のみで賃貸人の地位の留保が認められることになるのであるから、現在の判例法理の下で賃借人の同意を個別に得ることとしている実務の現状に比べると、旧所有者と新所有者にとって不当な不便が課されるものでないからである。

(引用終わり)

 

 ただ、これも普通のテキスト等にはほとんど説明がないと思うので、誰もわからなくても仕方がないと思います。債権法改正については、「普通の改正対応本には書いていないものを狙って出してくる。」というのが、最近の傾向です。「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」では、その点を意識して、普通の本では説明がない部分も含めて※注で解説を付していますので、参考にしてみてください。
 設問3は、最判昭47・5・25を知っていますか、という、その程度の問題です。親族・相続関係は、頻出ではないものの、それなりの頻度で出題され、かつ、あまり難しい問題は出してこないという傾向です。一通り学習すれば対応できるレベルなので、手抜きせずに学習しておきたいところです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」、「司法試験定義趣旨論証集(物権)【第2版】」、「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1(1)

1.Cの請求は所有権に基づく明渡請求であるから、Cに甲土地所有権があることを要する。

2.契約①はBが契約書を偽造し、真実には存在しないから、契約②当時、Bに甲土地の所有権はない。したがって、Cは、契約②の効果(176条)によってBから承継取得することはできない。

3.Cは、甲土地の登記記録を確認し、契約①及びAからBへの所有権移転登記という虚偽の外観を信頼して契約②を締結したといえる。94条2項によって所有権を取得できるか。

(1)契約①は不存在であり、ABの通謀による意思表示ではないから、94条は直接適用されない。

(2)通謀虚偽表示によらない場合であっても、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していたときは、94条2項の類推適用により、善意の第三者に対して外観どおりの権利関係の不存在を対抗できず、上記場合でなくても、これと同視しうるほど重い帰責性があるときは、94条2項、110条の類推適用により、善意無過失の第三者に対して、外観どおりの権利関係の不存在を対抗できない(判例)

ア.契約①の契約書偽造とAからBへの移転登記手続はAに無断でBが勝手に行った。Aは、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与していない。
 AからBへの移転登記から契約②までわずか15日間であり、その間にAが知った事実はない。Aは、既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置したとはいえない。

イ.Bは、Aに対し、抵当権の抹消登記に必要と偽って書類等の交付を求め、Aは、Bの言葉を信じて応じた。Aに不動産取引経験はない。不動産業に携わっていた友人のBを信じるのもやむをえない。Aに、外観作出への積極的関与や虚偽外観の知情放置と同視しうるほどの重い帰責性はない。

ウ.したがって、94条2項の類推適用及び94条2項、110条の類推適用の余地はない。

(3)以上から、Cは、94条2項によっても所有権を取得できない。

4.よって、Aは、Cの請求を拒むことができる。

第2.設問1(2)

1.請求1

(1)真正な登記名義の回復を原因とする物権的登記請求を根拠とすることが考えられる。そのためには、Dが甲土地を所有することを要する。

ア.DはAと契約③を締結した。しかし、Bも契約④を締結し、「第三者」(177条)となるから、Dは所有権取得を対抗できないのではないか。

イ.「第三者」(177条)というには、登記がないことを主張する正当な利益を要し、背信的悪意者は、登記がないことを主張する正当な利益を欠くから、「第三者」に当たらない(判例)
 Bは、契約③を阻止し、Dに損害を与えようと考えて契約④を締結したから、背信的悪意者であり、「第三者」に当たらない。Dは、Bに所有権取得を対抗できる。

ウ.転得者Cとの関係ではどうか。
 背信性は属人的要素であり、相対的に判断すべきであるから、転得者が第1譲受人との関係で背信的悪意者と評価されない限り、転得者は所有権の取得を第1譲受人に対抗できる(判例)
 Cは、BにDを害する意図があったことを知らなかったから、Dとの関係で背信的悪意者とは評価されない。なお、Cは契約③の存在を知っていたが、「第三者」となることを妨げない。177条は自由競争を前提とし、登記を怠る者の要保護性が低いことを考慮すれば、単なる悪意者を排除すべき必要性は乏しいからである。
 したがって、Cは「第三者」に当たり、Dは、登記がないため所有権取得をCに対抗できない。

エ.以上から、上記請求を根拠とすることはできない。

(2)詐害行為取消請求を根拠とすることも考えられるが、詐害行為取消請求を根拠とする取消債権者名義への移転登記請求は、登記については債務者の受領拒絶、費消等のおそれはなく(不登法59条7号参照)、物権変動過程の忠実な反映という不登法の原則にも反するから、認められない(424条の9反対解釈)

(3)後記2の詐害行為取消請求によってAの登記を回復した後に契約③の履行請求権の行使として請求1を根拠づけることも考えられるが、詐害行為取消権が責任財産保全を目的とすることと矛盾するから、特定物債権の履行請求はできない(判例)

(4)よって、請求1は認められない。

2.請求2

 詐害行為取消請求(424条の6第2項)を根拠とすることが考えられる。

(1)甲土地は、Aが所有する唯一のめぼしい財産であったから、契約④によって無資力となる。契約④は、「債権者を害する」(424条1項)といえる。

(2)Aは、既に事業の不振により債務超過に陥っており、上記(1)を「知って」したといえる。

(3)填補賠償請求権は特定物債権が転化したものではなく、新たに独立して発生する金銭債権である(415条2項3号参照)から、特定物債権そのものは被保全債権とはならない。被保全債権は、Bへの移転登記によって契約③に係るAの債務が履行不能になった時に生じた填補賠償請求権(415条2項1号)である。同請求権は契約④の後に発生しているが、その主たる発生原因である契約③は契約④の前に生じている。
 したがって、上記請求権は、「前の原因に基づいて生じた」(424条3項)といえる。

(4)Bは契約④締結に当たり、Aへの事業支援を提案しており、Aの無資力を知っていた(424条1項ただし書)。Cは、契約③の存在やAが十分な資力を有していないことをBから説明を受けて知っていた(424条の5第1号)。

(5)Cは、Aに対する2000万円の支払請求権(425条の4第1号)との同時履行を主張できるか。
 債務者が反対給付を返還しない場合に責任財産が保全されない結果を避ける必要があり、悪意の転得者がリスクを負うのもやむをえないといえるから、424条の6第2項の請求が先履行であり、同時履行関係ではない。
 したがって、Cは同時履行を主張できない。

(6)よって、請求2は認められる。

第3.設問2

1.賃料請求しうるのは賃貸人である(601条)。㋐の根拠は、Gの賃借権には引渡しによる対抗力(借地借家法31条)があるから、契約⑦により、賃貸人の地位はHに移転する(605条の2第1項)という点にある。
 ㋑の根拠は、譲渡担保は同項の「譲渡」に当たらないという点にある。
 ㋒の根拠は、契約⑦は605条の2第2項前段の合意に当たり、賃貸人の地位はHに移転しないという点にある。

2.譲渡担保の法的性質は、担保権の設定と考える。
 
605条の2第1項の趣旨は、通常、賃貸人の債務を履行できるのは所有権者であり、所有権者であれば誰が履行しても支障がない点にある。したがって、「譲渡」とは所有権の移転をいう。
 そうすると、譲渡担保は、実行により所有権の移転が生じるまでは、「譲渡」に当たらない。
 以上から、㋐に対する㋑の反論は正当である。

3.契約⑦で、Fが乙建物の使用収益をするのは債務αの弁済期経過までとされる。しかし、譲渡担保が実行されるまで所有権移転が生じない以上、Fの使用収益権の有無は賃貸人の地位の移転が生じるか否かを左右しない。したがって、令和5年5月分と6月分とで違いはない。

4.なお、契約⑦は605条の2第2項前段の合意に当たらない。賃貸借の要素である賃料の定めがなく、「譲受人が譲渡人に賃貸する」といえないからである。したがって、㋒は反論として正当でないが、この点は結論を左右しない。

5.よって、令和5年5月分と6月分のいずれについても、請求3は認められる。

第4.設問3

1.㋓の根拠は、契約⑧は贈与者Kの死亡によって効力を生ずる死因贈与(554条)であり、N県に遺贈する遺言はこれと抵触するから、契約⑧は撤回された(1022条、1023条1項準用)という点にある。

2.Mからの反論として、遺贈は単独行為であるが、書面でされた死因贈与には契約の拘束力がある(550条参照)から、1022条、1023条1項はその性質に反し、準用されないというものが考えられる。

3.請求4の肯否

(1)1022条の趣旨は遺言者の最終意思尊重にある。死因贈与も死後に遺言者の真意を確認できず、その最終意思を尊重すべき点で、上記趣旨が妥当するから、方式に関する部分を除き、同条を準用できる(判例)。

(2)1023条1項の趣旨は、複数の遺言を巡る紛争防止と最終意思尊重にある。複数の死因贈与を巡る紛争防止の必要があり、最終意思を尊重すべき点で、死因贈与にも上記趣旨が妥当するから、同項を準用できる。

(3)契約⑧とN県への遺贈は同時に実現できないから、両者はその全部が抵触する。したがって、N県に遺贈する旨の遺言で契約⑧の全部を撤回した(1022条準用)とみなされる(1023条1項準用)。

(4)よって、請求4は認められない。

以上

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2022年05月19日

令和4年司法試験論文式公法系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.行政法は、憲法とは対照的に、受験生にとって取り組みやすいと感じさせる出題でした。もっとも、それだけに、雑に書けば評価を落としやすいでしょう。答案構成にそれほど時間が掛からない人が多かったでしょうから、文字数も普段より多めに書いておかないと、書き負けてしまいやすいといえます。
 設問1(1)は、オーソドックスな原告適格を問う問題ですが、参考とすべき判例(山岡町事件判例)を挙げているところが面白いところです。これは、単純に出題すると、原告適格を広く解釈する学説に立って簡単に原告適格を認めてしまう余地があったので、判例を前提にしつつ、判例があまり論理を明確にしていない部分を説明させる趣旨だったのでしょう。どの程度緻密に論理を展開できているか(法10条の2第2項1号、1号の2の事由と2号の事由の違い、生命・身体と財産権の違いを説明できているか。)、事実関係を的確に分析できているか(安易に土砂災害のおそれを認めてしまっていないか。)によって、差が付きそうです。
 設問1(2)は、簡単そうにみえて、工夫された難易度の高い問題です。多くの受験生が、「建築確認の場合となんにも違わないよね。」という趣旨の答案を書くでしょうし、それで結果的には合格レベルになってしまうでしょう。しかし、考査委員としては、建築確認の場合との違いを踏まえた論述を求めていたのだろうと思います。建築確認の場合に、「完成した建築物の建築基準関係規定適合性を左右しないから」という理由付けが用いられるのは、建築基準法9条1項が違法建築物に対する是正命令を定めているからでした。

 

(参照条文)建築基準法9条1項
 特定行政庁は、建築基準法令の規定又はこの法律の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については、当該建築物の建築主、当該建築物に関する工事の請負人(請負工事の下請人を含む。)若しくは現場管理者又は当該建築物若しくは建築物の敷地の所有者、管理者若しくは占有者に対して、当該工事の施工の停止を命じ、又は、相当の猶予期限を付けて、当該建築物の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる

 

仙台市建築確認事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 特定行政庁は、建築基準法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物又は建築物の敷地については、建築主等に対し、当該建築物の除却その他これらの規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる9条1項。以下この命令を「違反是正命令」という。)、とされている。……(略)……特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを基準とし、いずれも当該建築物及びその敷地が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準とするものでない上、違反是正命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量にゆだねられているから、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ建築確認が違法であるとして判決で取り消されたとしても、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではない。したがつて、建築確認は、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、当該工事が完了した場合においては、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない。

(引用終わり)

 

 本問では、どうか。開発許可を受けた開発行為に関する工事が完了した後に、土砂災害や水害のおそれが生じているような場合に、復旧を命じることはできるかという目で、森林法10条の3を読んでみましょう。

 

(参照条文)森林法10条の3
 都道府県知事は、森林の有する公益的機能を維持するために必要があると認めるときは、前条第1項の規定に違反した者若しくは同項の許可に附した同条第4項の条件に違反して開発行為をした者又は偽りその他の不正な手段により同条第1項の許可を受けて開発行為をした者に対し、その開発行為の中止を命じ、又は期間を定めて復旧に必要な行為をすべき旨を命ずることができる。

 

 「できないじゃん。」と思ったでしょう。これが、建築確認の場合との違いです。では、本問では訴えの利益が失われないとすべきなのか。会議録で、「取消訴訟係属中に林地の開発行為に関する工事が完了した事例に関する最高裁判決(最高裁判所平成7年11月9日第一小法廷判決・裁判集民事177号125頁)では訴えの利益が否定されています」とわざわざ記載されているのは、それでも判例の結論を採用できるように説明してね、という趣旨なのでしょう。この点について判示しているのが、都市計画法29条の開発許可に関する松戸市開発許可事件判例です。

 

(参照条文)都市計画法
29条1項 都市計画区域又は準都市計画区域内において開発行為をしようとする者は、あらかじめ、国土交通省令で定めるところにより、都道府県知事……(略)……の許可を受けなければならない。ただし、次に掲げる開発行為については、この限りでない。
 (各号略)

33条1項 都道府県知事は、開発許可の申請があつた場合において、当該申請に係る開発行為が、次に掲げる基準……(略)……に適合しており、かつ、その申請の手続がこの法律又はこの法律に基づく命令の規定に違反していないと認めるときは、開発許可をしなければならない。
 (各号略)

81条1項 国土交通大臣、都道府県知事又は市町村長は、次の各号のいずれかに該当する者に対して、都市計画上必要な限度において、この法律の規定によつてした許可、認可若しくは承認を取り消し、変更し、その効力を停止し、その条件を変更し、若しくは新たに条件を付し、又は工事その他の行為の停止を命じ、若しくは相当の期限を定めて、建築物その他の工作物若しくは物件(以下この条において「工作物等」という。)の改築、移転若しくは除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができる。
 一 この法律……(略)……に違反した者……(略)……
 二 (略)
 三 この法律の規定による許可、認可又は承認に付した条件に違反している者
 四 詐欺その他不正な手段により、この法律の規定による許可、認可又は承認を受けた者

 

松戸市開発許可事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 都市計画法29条ないし31条及び33条の規定するところによれば、同法29条に基づく許可(以下、この許可を「開発許可」という。)は、あらかじめ申請に係る開発行為が同法33条所定の要件に適合しているかどうかを公権的に判断する行為であって、これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有するものであるが、許可に係る開発行為に関する工事が完了したときは、開発許可の有する右の法的効果は消滅するものというべきである。そこで、このような場合にも、なお開発許可の取消しを求める法律上の利益があるか否かについて検討するのに、同法81条1項1号は、建設大臣又は都道府県知事は、この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこれらの規定に基づく処分に違反した者に対して、違反を是正するため必要な措置を採ることを命ずることができる(以下、この命令を「違反是正命令」という。)としているが、同法29条ないし31条及び33条の各規定に基づく開発行為に関する規制の趣旨、目的にかんがみると、同法は、33条所定の要件に適合する場合に限って開発行為を許容しているものと解するのが相当であるから、客観的にみて同法33条所定の要件に適合しない開発行為について過って開発許可がされ、右行為に関する工事がされたときは、右工事を行った者は、同法81条1項1号所定の「この法律に違反した者」に該当するものというべきである。したがって、建設大臣又は都道府県知事は、右のような工事を行った者に対して、同法81条1項1号の規定に基づき違反是正命令を発することができるから、開発許可の存在は、違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ開発許可が違法であるとして判決で取り消されたとしても、違反是正命令を発すべき法的拘束力を生ずるものでもないというべきである。そうすると、開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付もされた後においては、開発許可が有する前記のようなその本来の効果は既に消滅しており、他にその取消しを求める法律上の利益を基礎付ける理由も存しないことになるから、開発許可の取消しを求める訴えは、その利益を欠くに至るものといわざるを得ない。

(引用終わり)

(上記判例における藤島昭補足意見。太字強調は筆者。)

 本件は、開発許可がされ、工事完了により検査済証が既に交付された事案であるが……(略)……開発許可又は検査済証の交付を取り消すまでもなく、法81条1項1号に基づく違反是正命令を発することができるので、違反是正命令を発するについての法的障害を除去するために、開発許可及び検査済証の交付を取り消す必要があるとする考え方には賛成し難い。したがって、本件開発許可及び検査済証の交付の取消しを求める訴えは、その利益を欠くものといわざるを得ない。

(引用終わり)

 

 上記判例の考え方を本問に応用すれば、適切な解答になったのだろうと思います。
 設問2は、本件許可基準1-1-①関係、本件許可基準1-1-②関係、法10条の2第2項2号・本件許可基準4-1関係の3つについて答えればよい。これは、会議録から容易に読み取れるでしょう。
 本件許可基準1-1-①については、どうして法10条の2第2項各号の考慮要素になり得るのか。会議録で、「森林の保続培養」の意味がわざわざ書いてあることがヒントになっています。ここをクリアしたら、後は、裁量基準のき束の話を書いていけばよいのでしょう。設問2で一番比重が重く、ここは合否を分けそうです。
 本件許可基準1-1-②関係は、紀伊長島町水道水源保護条例事件判例を知っていますか、という、ただそれだけの問題でしょう。
 法10条の2第2項2号・本件許可基準4-1関係は、規定上は費用を考慮できるとは書いていないということがポイントです。これを踏まえた上で、裁量で考慮できる旨を解答すればよさそうです。ここは、単に、「実現には費用が掛かりすぎるから適法だ。」という感じに言い放つだけの答案が増えそうなので、それなりに差が付きそうです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(行政法)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1(1)

1.行訴法9条1項にいう法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分の根拠法令が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護する趣旨を含む場合には、このような利益も上記法律上保護された利益に当たる。そして、処分の相手方以外の者について上記の判断をするに当たっては、同条2項所定の要素を考慮すべきである(小田急線高架訴訟判例参照)

2.周辺住民が処分による法益侵害を受けるおそれを主張してその取消し等を求める場合において、処分の根拠法令及びその関係法令から、上記法益侵害が生じるおそれがある場合には当該処分をすべきでない旨の趣旨が読み取れるときは、当該法益は具体的利益として保護されているといえる(新潟空港事件、もんじゅ訴訟、小田急高架訴訟事件各判例参照)
 法10条の2第2項は、不許可事由として、土砂災害(1号)、水害(1号の2)、水確保の著しい支障(2号)のおそれを定めており、各号のいずれかに該当するときは許可すべきでない趣旨といえる。
 そうすると、上記各事由による法益侵害を受けない利益は、具体的利益として保護されている。

3.当該処分がされると上記法益を直接かつ著しい程度に侵害されるおそれのある者が一定範囲の周辺住民に限られるときは、上記法益は一般的公益の中に吸収解消させることが困難であるから、上記著しい法益侵害を直接的に受けるおそれのある範囲の住民の個別的利益を保護する趣旨を含む(上記各判例参照)
 土砂災害・水害の直接の影響は一定の限られた地域にのみ及ぶが、水源かん養機能に依存する地域は下流域全般にわたり広範である。また、生命・身体の安全の侵害は事後の金銭賠償になじまないから著しい程度といえるが、財産権侵害は事後の金銭賠償になじむから著しい程度とはいえない。
 したがって、同項は、土砂災害・水害の直接の影響を受ける地域の居住者の生命・身体の安全を個別的利益として保護する趣旨を含む。
 以上から、上記の者に原告適格が認められる。参考とする山岡町事件判例も、これと同旨である。

4.Eが居住するのは、D山から30km離れたC市外で、土砂災害・水害の直接の影響を受けない。土砂等の流失によりE所有の立木の育成に悪影響が生じるおそれはあるが、上記3のとおり、財産権侵害にとどまるから、原告適格を基礎づけない。
 よって、Eに原告適格は認められない。

5.Fは、本件開発区域の外縁から200メートル下流部の本件沢沿いに居住し、過去に数十年に一度程度の集中豪雨があった際、本件沢からの溢水等により、Fの住居も浸水被害を受けた。本件開発行為は山林の伐採、大規模な切土と盛土により合計200haの土地を造成するもので、山林の保水力が低下する。本件計画では工事が長期に及ぶ予定であるため、その間に集中豪雨により水害が発生する可能性は否定できない。したがって、Fは、本件開発行為による水害の直接の影響を受ける地域に居住する。
 よって、Fに原告適格が認められる。

第2.設問1(2)

1.参考とする仙台市建築確認事件判例は、建築確認は建築計画の建築基準関係規定適合性を判断するにすぎず、その取消しは完成した建築物の建築基準関係規定適合性に全く影響しないため、工事完了により建築確認の取消しを求める訴えの利益(行訴法9条1項)は失われるとする。これは、建築基準法に違法建築物に対する是正命令を認める規定があるため、建築確認の取消しを要しないことに基づく。

2.これに対し、法10条の3は、完了した開発行為によって10条の2第2項各号該当事由が生じた場合の復旧命令を直接には定めていない。そうすると、知事が各号該当性を看過して許可したときは、その許可を取り消さない限り復旧命令の対象とならないため、上記判例の趣旨が及ばないともみえる。
 しかし、法10条の3は、知事が適切に法10条の2第2項各号該当性を審査することを前提とする。客観的に各号に該当するのに知事が看過して許可した場合には、開発行為をした者は本来許可を受けるべきでないのに許可を受けた以上、「前条第1項の規定に違反した者」に当たり、復旧命令の対象となる。そうすると、復旧命令をすべきか否かは客観的に法10条の2第2項各号該当事由があるかによって判断され、開発許可の有効性に左右されないから、上記判例の趣旨が及ぶ。

3.よって、本件開発行為に関する工事完了後は、Fに訴えの利益は認められない。

第3.設問2

1.本件許可基準1-1-①関係

(1)違法事由の主張

ア.行政庁が公にした処分基準は、裁量権の行使における公正・平等な取扱いの要請や相手方の信頼保護等からその行政庁の裁量権をき束する(北海道パチンコ店事件判例参照)。このことは審査基準にも当てはまる。
 本件許可基準は、B県知事が定め、B県ウェブサイト等で公開している審査基準であり、B県知事の裁量権をき束する。

イ.本件開発行為の妨げとなる権利を有するのは、Eのみである。本件許可基準1-1-①が「3分の2以上」とするのは、本来、全員の同意が望ましいが、申請者に過度な負担を課さない趣旨であるから、端数は切り上げるべきである。そうすると、Eの同意書が添付されていなければ、「3分の2以上の者から同意を得ており」とはいえない。Eは説明会で反対意見を述べているから、「他の者についても同意を得ることができると認められる場合」ともいえない。
 したがって、本件許可基準1-1-①に反し、裁量逸脱の違法がある。

(2)反論

ア.法10条の2第2項柱書は「許可しなければならない」とし、効果裁量を認めない。他方、同項柱書は「認める」とし、各号該当性判断には水源の確保対策等の必要性や措置の妥当性評価等に関する専門技術判断、開発行為の利益と不利益の考量等の公益の考慮を要する。同条3項は要件裁量を前提とする留意事項の定めである。したがって、各号該当性の要件裁量は認められる。

イ.規則4条2号の趣旨は、開発行為が中途で挫折すれば森林の保続培養を害し、法10条の2第2項各号に該当しうる(同条3項)ため、権利者の相当数の同意により開発行為完了の確実性を担保する点にある。本件許可基準1-1-①は、相当数とは3分の2以上を指すとするが、権利者の母数が少ない場合に形式的に適用すると不合理である。また、開発行為完了の確実性を担保する要素は権利者の数だけでない。さらに、保続培養は、法10条の2第2項各号における森林機能の判断における留意事項にすぎない(同条3項)。
 したがって、形式的適用が不合理な場合には、同意した権利者の数以外の要素を考慮することも裁量範囲に含まれる。

ウ.確かに、本件許可基準は公にされているが、処分基準と異なり、審査基準は公にする義務がある(行手法5条3項、12条1項対照)一方、侵害留保の要請が及ばない(同法2条3号、8号ロ参照)から、形式適用が不合理な場合に個別事情を考慮して異なる判断をすることも許される。

エ.本件開発行為の妨げとなる権利者はEのみであり、形式的に3分の2以上の基準を適用するのは不合理である。所有林の大部分について妨げがなければ、完了の確実性が担保されるから、所有林面積の割合を考慮する。
 本件開発区域総面積の98パーセントがA所有林で、E所有林はわずかに2パーセントであるから、完了の確実性は担保されている。

オ.よって、裁量逸脱の違法はない。

2.本件許可基準1-1-②関係

(1)違法事由の主張

 本件認定により、開発行為は本件条例8条に抵触するから、本件許可基準1-1-②に反し、裁量逸脱の違法がある。

(2)反論

ア.条例において規制対象となる事業者との協議が重要な手続として位置付けられている場合には、条例制定前に申請手続を進めており、条例制定の契機となった事業者に対し、地方公共団体は、上記協議において適切な行政指導をし、その地位を害することのないよう配慮する義務がある(紀伊長島町水道水源保護条例事件判例参照)
 本件条例は、事業者との事前協議(7条1項)の上、審議会の意見を聴いて(同条3項)認定すべき旨を定めており、規制対象となる事業者との協議が重要な手続として位置付けられている。
 本件条例は、説明会に参加したC市担当者が規制が必要と考えたことから制定・施行にいたり、C市長が直ちに本件開発区域を含むD山林地を水源保護地域に指定し、公示したという経緯から、Aの本件申請を契機に制定されたといえる。
 そして、C市長が丁寧に協議を行い、Aの協力を得ることができれば、水道水源の枯渇という問題は生じないと考えられるのに、協議では各々の主張を言い合っただけで終わった。したがって、本件認定には、協議において適切な行政指導をし、Aの地位を害することのないよう配慮する義務を怠った違法がある。

イ.よって、本件認定は取り消されるべきものであり、本件許可基準第1-1-②に適合するから、裁量逸脱の違法はない。

3.法10条の2第2項2号・本件許可基準4-1関係

(1)違法事由の主張

 本件貯水池の容量が少なく、Fの生活用水に不足が生じるから、本件許可基準4-1を満たさず、法10条の2第2項2号に該当するから、裁量逸脱の違法がある。

(2)反論

 本件許可基準4-1は直接には費用について考慮すべき旨を定めていない。しかし、法10条の2第2項は、開発行為の利益と不利益の考量等の公益の考慮に基づく政策裁量を認めているから、同項2号該当性判断に当たり、費用対効果を考慮できる。
 Fが主張する容量の確保は技術的に難しく、実現には費用が掛かりすぎることを考慮すると、本件貯水池を設置すれば、本件許可基準第4-1の定める措置が適切に講ぜられることが明らかといえ、水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあるとは認められないから、法10条の2第2項2号に該当しないと判断することに裁量逸脱の違法はない。

以上

posted by studyweb5 at 11:55| 新司法試験論文式過去問関係 | 更新情報をチェックする
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