2022年02月17日

令和4年司法試験の出願者数について(2)

1.今回は、明らかになった出願者数から、今年の司法試験についてわかることを考えてみます。以下は、直近5年の出願者数、受験者数、合格者数等をまとめたものです。

出願者数 受験者数 受験率
(対出願)
平成30 5811 5238 90.1%
令和元 4930 4466 90.5%
令和2 4226 3703 87.6%
令和3 3754 3424 91.2%
令和4 3367 ??? ???

 

短答
合格者数
短答
合格率
(対受験者)
平成30 3669 70.0%
令和元 3287 73.6%
令和2 2793 75.4%
令和3 2672 78.0%
令和4 ??? ???

 

論文
合格者数
論文
合格率
(対短答)
論文
合格率
(対受験者)
平成30 1525 41.5% 29.1%
令和元 1502 45.6% 33.6%
令和2 1450 51.9% 39.1%
令和3 1421 53.1% 41.5%
令和4 ??? ??? ???

2.まず、受験者数の予測です。これは、出願者数に受験率を乗じることで、算出できます。受験率は、直近では概ね90%程度です。一昨年は、出願後に新型コロナウイルス感染症の感染拡大が生じ、緊急事態宣言が発出されて試験日程が延期されるに至りました。一昨年の受験率が例年より低いのは、そうしたイレギュラーな事情によるものでしょう。昨年は、出願時点である程度状況がわかっていましたし、試験日程の変更もありませんでした。それで、受験率は例年並みに戻っています。今年も、同様に考えてよさそうです。そこで、受験率を90%と仮定して、試算しましょう。

 3367×0.9≒3030

 受験者数は、3030人と推計でき、昨年より400人程度減少するだろうということがわかります。

3.次に、短答合格者数です。現在の短答式試験の合格点は、論文の合格者数を踏まえつつ、短答・論文でバランスのよい合格率となるように決められているとみえます(「令和3年司法試験短答式試験の結果について(1)」)。そうだとすると、短答合格者数を考えるに当たっても、先に論文合格者数がどうなるかを、考えておく必要があるでしょう。
 司法試験の(論文)合格者数については、「1500人程度」という下限の目標値があります。これは、今でも撤回されてはいない数字です。

(「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定)より引用。太字強調は筆者。)

 新たに養成し、輩出される法曹の規模は、司法試験合格者数でいえば、質・量ともに豊かな法曹を養成するために導入された現行の法曹養成制度の下でこれまで直近でも1,800人程度の有為な人材が輩出されてきた現状を踏まえ、当面、これより規模が縮小するとしても、1,500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、更にはこれにとどまることなく、関係者各々が最善を尽くし、社会の法的需要に応えるために、今後もより多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況になることを目指すべきである

(引用終わり)

衆院法務委員会令和3年3月12日議事録より引用。太字強調は筆者。)

階猛(立憲)委員 合格者数については、過去、政府の決定で、千五百名を下回らないというのがあったと思っています。 私は、これ以上合格者の質の低下を招かないようにするためにも、千五百人という目標はもうやめるべきではないかと思っていますけれども、この点、大臣、いかがでしょうか。

上川陽子国務大臣 ただいま委員の方から、年間千五百人という新たな法曹ということでございましたけれども、これは、平成二十七年六月の法曹養成制度改革推進会議の決定におきまして、法曹人口の在り方については、法曹の需要また供給状況を含めて様々な角度から実施されました法曹人口調査の結果を踏まえた上で、新たな法曹を年間千五百人程度は輩出できるよう、必要な取組を進め、さらには、これにとどまることなく、社会の法的需要に応えるため、今後もより多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況となることを目指すべきとされているところでございます。
 法務省といたしましては、この推進会議の決定を踏まえまして、関係機関、団体の御協力を得ながら、法曹需要を踏まえた法曹人口の在り方について、必要なデータ集積等を継続して行っている状況でございます。
 しっかりとその質が担保されるように、こうした動きにつきましても注意深く対応してまいりたいと思っております。

(引用終わり)

 

 もっとも、一昨年、昨年と、合格者数は1500人を割り込んでおり、一昨年はぎりぎり「1500人『程度』」といえなくもない数字だったのに対し、昨年は「1500人『程度』」ということも難しい数字でした(「令和3年司法試験の結果について(1)」)。それでも、「1500人程度」という数字に意味があるとすれば、どのようなことなのか。それは、収容定員2300人を充足した場合に、法科大学院修了生の累積合格率7割を達成し得る合格者数としての意味です。

 

司法制度改革審議会意見書より引用。太字強調は筆者。)

 「点」のみによる選抜ではなく「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備するという趣旨からすれば、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるような仕組みとすることが肝要である。このような観点から、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が後述する新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである。厳格な成績評価及び修了認定については、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。

(引用終わり)

規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定)より引用。太字強調は筆者。)

  法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう努める

(引用終わり)

(「法曹人口の在り方に基づく法科大学院の定員規模について」より引用。太字強調は筆者。)

 累積合格率7割の達成を前提に、1,500人の合格者輩出のために必要な定員を試算すると、以下のとおりとなる。

○ 法科大学院では厳格な進級判定や修了認定が実施されており、これまでの累積修了率は85%であること。  
○ 予備試験合格資格による司法試験合格者は、平成26年は163名であるが、うち103名は法科大学院に在籍したことがあると推測されること。

 上記2点を考慮した計算式:(1,500 - 163) ÷ 0.7 ÷ 0.85 + 103 ≒ 2,350

○ さらに、法科大学院を修了しても司法試験を受験しない者がこれまでの累積で6%存在すること。 

 上記3点を考慮した計算式:(1,500 - 163)÷ 0.7 ÷ 0.85 ÷ 0.94 + 103 ≒ 2,493 

(引用終わり)

衆院文部科学委員会令和元年5月8日議事録より引用。太字強調は筆者。)

柴山昌彦文部科学大臣 収容定員の上限でありますけれども、現状の定員規模である二千三百人程度を想定しておりますが、この人数は、法曹養成制度改革推進会議の決定において、司法試験合格者数において当面千五百人程度は輩出されるよう必要な取組を進めること、また、法科大学院修了のうち、累積合格率でおおむね七割程度が司法試験に合格できるように充実した教育が行われることを目指すこととされていることを踏まえ、これらの目標を達成するために必要な法科大学院の定員規模を逆算というか試算をして設定したものであります。

(引用終わり)

 

 現在のところ、法科大学院は定員を充足できておらず、実入学者は2300人を大きく下回る状況が続いています。以下は、直近5年度分の実入学者数の推移です。

年度 実入学者
平成29 1704
平成30 1621
令和元 1862
令和2 1711
令和3 1724

 このような状況の下では、1500人も合格させなくても、累積合格率7割は優に達成可能です。一方で、1500人程度の合格者数を維持してしまうと、法科大学院修了生の累積合格率が9割を超え、試験としての選抜の実効性が疑われる結果となりかねません。 一昨年、昨年と合格者数が1500人を下回ったのは、こうした背景があったと思われたのでした(「令和3年司法試験の結果について(2)」)。そして、昨年の合格者数は、「1400人基準」によって説明でき(「令和3年司法試験の結果について(1)」)、直近の実入学者数が下げ止まりの傾向をみせている現状からすると、当面はこれが維持されるのではないか。これが、当サイトの立場でした(「令和3年司法試験の結果について(2)」)。

4.仮に、今年も「1400人基準」で説明できる合格者数になるとすると、下2桁の数字は、合格点前後の得点の人員分布という偶然によって決定されます。ここでは、1430人と仮定して、シミュレーションをしてみましょう。まず、短答合格率を昨年同様の78%として試算をすると、以下のようになります。

受験者数:3030人
短答合格者数:2364人
短答合格率(対受験者):78.0%
論文合格者数:1430人
論文合格率(対短答):60.4%
論文合格率(対受験者):47.1%

 昨年の論文合格率は、対短答で53.1%、対受験者で41.5%でしたから、特に対短答の論文合格率がちょっと高過ぎはしないか、という感じはするところです。そこで、論文の対短答合格率を、昨年と同水準の53.1%にすると、どうなるか。この場合、短答合格者数は2693人となりますから、まとめると、以下のようになります。 

受験者数:3030人
短答合格者数:2693人
短答合格率(対受験者):88.8%
論文合格者数:1430人
論文合格率(対短答):53.1%
論文合格率(対受験者):47.1%

 今度は、短答が9割近い数字になって、高すぎる、という感じです。そこで、両者の中間くらいの短答合格者数ということで、2500人にしてみると、以下のようになります。

受験者数:3030人
短答合格者数:2500人
短答合格率(対受験者):82.5%
論文合格者数:1430人
論文合格率(対短答):57.2%
論文合格率(対受験者):47.1%

 まあ、こんな感じかな、という雰囲気ですね。昨年同様、「1400人基準」で説明できる合格者数となった場合には、このようなバランスで落ち着きそうな感じです。
 この場合、短答・論文の難易度は、どのようなイメージになるのでしょうか。昨年の短答の合格点は99点ですが、仮に合格率82.5%だったとすると、法務省の公表する得点別人員調によれば、合格点は94点まで下がります。また、昨年の論文は、短答合格者2672人中1421人が合格したわけですが、仮に対短答合格率が57.2%であれば、1528人が合格する計算です。したがって、数字の上では、短答でいえば5点程度、論文でいえば107番程度、昨年より難易度が下がると考えることができるでしょう。

5.これだけだと、やや楽観的過ぎるのではないか、と感じる人もいるかもしれません。そこで、悲観的な数字として、短答・論文の合格率が、昨年と全く同じだった場合はどうか、考えてみましょう。昨年は、短答の受験者合格率は78.0%、論文の対短答合格率は53.1%でしたから、それを今年の出願者数をベースに試算すると、以下のようになります。

受験者数:3030人
短答合格者数:2364人
短答合格率(対受験者):78.0%
論文合格者数:1255人
論文合格率(対短答):53.1%
論文合格率(対受験者):41.4%

 短答・論文が昨年と同じ合格率だと、論文合格者数は1255人にまで減少してしまいます。これはしかし、あり得なくはない数字です。前記のとおり、現在のところ、合格者数は、法科大学院修了生の累積合格率7割程度を実現する一方で、選抜の実効性を損うほど高い累積合格率となることを忌避するという観点から決定されているとみえます。昨年の段階で、既に十分高い合格率だ、という認識が考査委員の間にあれば、これ以上合格率を上げるわけにはいかない、という判断もあり得るでしょう。もっとも、仮に1255人まで合格者数が絞られたとしても、短答・論文ともに、合格率は昨年と同じです。すなわち、ここまで絞られても、数字の上での難易度は昨年と変わらないということです。その意味では、昨年の合格レベルを目安にしていれば、問題なさそうだ、といえるわけです。とりわけ、論文式試験との関係では、昨年の合格者の再現答案のレベルであれば、今年も十分合格レベルといえそうだ、ということを意味する。再現答案を見る際には、参考になる情報ではないかと思います。

6.最後に、以上の試算に基づく推計の数字を、最初に示した年別の一覧表に書き込んだものを示しておきましょう。

出願者数 受験者数 受験率
(対出願)
平成30 5811 5238 90.1%
令和元 4930 4466 90.5%
令和2 4226 3703 87.6%
令和3 3754 3424 91.2%
令和4 3367 3030? 90%?

 

短答
合格者数
短答
合格率
(対受験者)
平成30 3669 70.0%
令和元 3287 73.6%
令和2 2793 75.4%
令和3 2672 78.0%
令和4 2500? 82.5%?
2364? 78.0%?

 

論文
合格者数
論文
合格率
(対短答)
論文
合格率
(対受験者)
平成30 1525 41.5% 29.1%
令和元 1502 45.6% 33.6%
令和2 1450 51.9% 39.1%
令和3 1421 53.1% 41.5%
令和4 1430? 57.2%? 47.1%?
1255? 53.1%? 41.4%?
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2022年02月13日

令和4年司法試験の出願者数について(1)

1.令和4年司法試験の出願状況(速報値)が公表されました。出願者は、3367人でした。以下は、直近5年の出願者数の推移です。

出願者数 前年比
平成30 5811 -905
令和元 4930 -881
令和2 4226 -704
令和3 3754 -472
令和4 3367 -387

 出願者は、昨年から387人減少しました。減少幅が縮まってきてはいるものの、それでも依然として大きな減少を続けています。仮に、毎年同じペースで減少を続ければ、8~9年で受験者数がほぼゼロになってしまいます。さすがにそれはない、というのが、直感的な結論です。実際のところはどうなのか、検討してみましょう。

2.そもそも、なぜ、司法試験の出願者は減少を続けているのか。従来は、法科大学院修了生の減少ということで、説明できました(※)。以下は、平成20年度以降の年度別の法科大学院入学定員数・実入学者数及び修了者数の推移です(「各年度修了者の令和3年までの司法試験合格状況」参照)。
 ※ 他に、予備試験合格者の増減も出願者の増減に影響しますが、ここ数年は大きな増減はありません(「令和3年予備試験口述試験(最終)結果について(1)」)。

年度 入学定員 前年比 実入学者 前年比 修了者数 前年度比
平成20 5795 --- 5397 --- 4994 +83
平成21 5765 -30 4844 -553 4792 -202
平成22 4909 -856 4122 -722 4535 -257
平成23 4571 -338 3620 -502 3937 -598
平成24 4484 -87 3150 -470 3459 -478
平成25 4261 -223 2698 -452 3037 -422
平成26 3809 -452 2272 -426 2511 -526
平成27 3169 -640 2201 -71 2190 -321
平成28 2724 -445 1857 -344 1872 -318
平成29 2566 -158 1704 -153 1622 -250
平成30 2330 -236 1621 -83 1456 -166
令和元 2253 -77 1862 +241 1307 -149
令和2 2233 -20 1711 -151 1403 +96
令和3 2233 1724 +13 --- ---

 これまで、入学定員、実入学者、修了者のいずれもが一貫して減少を続け、司法試験出願者減少の主な要因となっていました。それが、直近では下げ止まりの傾向にあることがわかります。令和3年度修了見込者の実数は不明ですが、上記の推移をみる限り、大幅に減っているとは考えにくいでしょう。
 したがって、直近の出願者の減少に関しては、「法科大学院修了生が減少したからだ。」という説明は難しいのです。

3.直近の出願者減少の主な要因は、司法試験の合格率の上昇にあります。合格率が上昇すると、不合格になって翌年受験しようとする滞留者が減少するので、出願者の減少要因となるのです。実際の数字をみてみましょう。ある年の滞留者については、前年の受験予定者から、前年の合格者数を差し引くことで、概数を求めることができます。ただし、5回目の受験生は翌年に受験することができないので、この数字からは除くことになる。こうして求めた直近5年の滞留者に関する数字をまとめたものが、以下の表です。

前年の
受験予定者数
(5回目を除く)
前年の
合格者数
(5回目を除く)
前年の
受験予定者ベース
の合格率
(5回目を除く)
前年の
受験予定者数
と合格者数の差
(5回目を除く)
前年比
(変化率)
平成
30
6195 1482 23.9% 4713 -1087
(-18.7%)
令和
5189 1452 27.9% 3737 -976
(-20.7%)
令和
4445 1413 31.7% 3032 -705
(-18.8%)
令和
3703 1393 37.6% 2310 -722
(-23.8%)
令和
3429 1374 40.0% 2055 -255
(-11.0%)

 合格率の上昇に伴い、滞留者(前年の5回目受験生を除く受験予定者数と合格者数の差)が急減に減ってきていることがわかります。高い合格率によって滞留者がどんどんはけて行き、再受験者が減っているというわけです。もっとも、合格率がこれ以上高くなると、法科大学院修了生の累積合格率が9割を超えてしまいかねません(「令和3年司法試験の結果について(2)」)。そのことからすれば、合格率の上昇も、そろそろ頭打ちとなるでしょう。それに伴って、滞留者の減少幅も小さくなるはずです。現に、直近の滞留者の減少幅は、それ以前と比較すると、かなり小さくなっています。今後は、合格率の上昇によって出願者がどんどん減るということにはならないでしょう。

4.上記のとおり、これまで存在した出願者の減少要因は、弱まっていく方向にあります。他方、来年から、在学中受験が可能となります。その影響で、来年は、出願者は増加に転じることになりそうです。

posted by studyweb5 at 10:45| 司法試験関連ニュース・政府資料等 | 更新情報をチェックする

2022年02月07日

「司法試験令和3年最新判例ノート 」を発売しました

 Amazonより、「司法試験令和3年最新判例ノート」を発売しました。
 本書はKindle用電子書籍ですが、Kindle以外のスマホ、タブレット端末やPCからも、下記の無料アプリを使って利用できます。

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【本書の概要】

1.本書は、令和3年に出された最高裁判例のうち、司法試験対策上重要と考えられるものを掲載したものです。

2.最新判例は、短答式試験において、その判示内容の正誤が問われることがあるだけでなく、論文式試験においても、事案や問題意識の類似した問題が出題される場合があります。論文式試験で最新判例を素材にした出題がされた場合、その判例を全く知らないと、これまでに考えたことのない論点を現場で考えることになります。頭の中が真っ白になって、時間をロスしたり、的外れな解答をしてしまいがちです。判例があることを知っていれば、現場での迷いが少なくなり、自信を持つことができるでしょう。答案構成に掛かる時間を節約できたり、精神的な負担を軽減することができるわけです。判例の内容を詳しく覚えていなくても、大体の問題意識を知っていれば、解答の方向性を誤る可能性は格段に低くなります。
 最新判例については、「しばらくは出題されないだろう。」と思っている人もいるようです。しかし、平成28年司法試験の刑事系第2問では、最決平27・5・25と類似の事案が出題され、同判例が判示した論点が直接に問われましたし、令和3年司法試験刑事系第1問では、最決令2・9・30と問題意識を共通にする出題がなされています。本書に収録した令和3年の判例との関係でいえば、令和4年の論文式試験で出題されてもおかしくないといえるでしょう。
 本書では、上記のような観点から、令和3年に出された判例のうち、一度目を通しておくと役に立つだろうと思われるものを選んで収録しました。憲法5、行政法3、民法8、商法2、民訴法3、刑法3、刑訴法3の合計27の判例を収録しています。各判例には、重要度に応じてAAからCまでのランクを付しました。もっとも、令和3年に関しては、AAランクに該当するものはありません。原則として法廷意見(多数意見)のみを収録していますが、特に重要なものについては、個別意見についても収録しています。

3.判例の原文には、本質的理解には必要のない細かい記述が含まれています。これは、内容の正確性、特定性を確保するために必要な記述です。しかし、そのような記述があるために、何度読んでも判旨の全体像が理解できないまま、挫折してしまう、ということが起きがちです。他方で、安易に要約されたものに頼っていると、原文に目を通していればしないような大きな誤解をしてしまうおそれがあります。そこで、本書では、骨格読み(スケルトン・リーディング)の手法を用い、基本的に原文をそのまま掲載しつつ、本質的理解に必要な部分に下線を付して太字とし、その部分だけを繋いで目を通せば、概要をつかめるようにしています。まずは下線・太字部分だけに目を通し、詳細が気になった場合に、前後を注意して読み直すと、効率良く理解できるでしょう。

4.最新判例については、「とにかくそんな判例がある。」ことを知ることが重要です。詳細な解説は、かえってその妨げとなるおそれがあります。「判例が言っていたのか、解説における学者の見解だったのかわからなくなった。」等というのは、詳細な判例解説を読んでしまったために生じる混乱です。もっとも、最新判例の中には、原文だけを読んでも受験生には意味がわかりにくいものもあります。そこで、本書では、適宜、参照条文・参照判例を付すとともに、判例自体の意味を理解するのに必要であると思われる点については、「※注」を付して、説明を補足しています。

5.判例を学習する際、ただ漫然と目を通しても頭に入ってこない、という人が多いと思います。与えられた文字を読む場合には、どうしても脳は受動的となり、活発に働かなくなるからです。これに対し、質問に対する答えを考える場合には、脳は解答を探そうと活発に働きます。そのため、急に理解が進むようになるのです。そこで、本書では、各判例の理解のポイントとなる部分について、一問一答形式のチェックテストを設けています。スマホやタブレット端末での操作になじむよう、問題の次のページに解答に対応する判示部分を再掲しています。直前に見たばかりの判旨でも、チェックテストで指摘されたポイントを意識していないと、頭に入っていないことに気が付くと思います。同時に、特定のポイントを意識して解答を考えてから同じ判旨を見ると、見え方が違うことにも気が付くでしょう。

6.論文対策として、多くの人が準備しているのが、論証です。論文式試験は、時間との戦いです。論証は、試験の現場で表現ぶり等に悩むことなく書けるように事前に準備しておくことによって、貴重な時間を節約するためのものです。最新判例の論証は、必須とまではいえませんが、あると便利であることも確かです。そこで、本書の末尾には、付録として、論証化して整理しておくと論文で役に立つと思われる判例について、判旨等を論証化した論証例集を収録しました。

7.なお、本書では、判決・決定のいずれにおいても、「判旨」と表記しています。「裁判所の判断の要旨」ないしは「裁判要旨」の略称と考えておけばよいでしょう。市販されているテキスト等の中には、決定の場合に「決旨」と表記するものがあります。これは、「判旨」とは判決の要旨を、「決旨」とは決定の要旨を指すと理解しているからです(このような用例によれば、命令の場合は「命旨」となるのでしょうか。)。しかし、そのような使い分けに意味があるとは思われません。決定のときに限って、判例を「決例」としたり、判示を「決示」などとしないのと同様です。最高裁のHPでも、「裁判要旨」の表記が用いられています。

8.本書が、受験生の方々の最新判例の学習に少しでも役立てば幸いです。

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