2021年09月30日

令和3年司法試験の結果について(10)

1.今回は、選択科目についてみていきます。まずは、選択科目別にみた短答式試験の受験者合格率です。

科目 短答
受験者数
短答
合格者数
短答
合格率
倒産 437 365 83.5%
租税 277 213 76.8%
経済 639 500 78.2%
知財 486 371 76.3%
労働 1009 831 82.3%
環境 143 102 71.3%
国公 46 35 76.0%
国私 355 255 71.8%

 短答は、選択科目に関係なく同じ問題ですから、どの科目を選択したかによって、短答が有利になったり、不利になったりすることはありません。ですから、どの選択科目で受験したかと、短答合格率の間には、何らの相関性もないだろうと考えるのが普通です。しかし実際には、選択科目別の短答合格率には、毎年顕著な傾向があるのです。
 その1つが、倒産法の合格率が高いということです。例年、倒産法は短答合格率トップで、今年も、短答合格率トップとなりました。このことは、倒産法選択者に実力者が多いことを意味しています。倒産法ほど顕著ではありませんが、労働法も似たような傾向で、今年も3位以下にかなりの差を付けて2位となりました。
 逆に、国際公法は、毎年短答合格率が低いという傾向があります。このことは、国際公法選択者に実力者が少ないことを意味しています。もっとも、今年に関しては、平均的な合格率となっています。国際公法ほど顕著ではありませんが、環境法も類似の傾向で、今年は最下位となりました。
 また、新司法試験開始当初は、国際私法も合格率が低い傾向だったのですが、次第にそうでもない、という感じに変わってきました。その原因の1つには、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えている、ということが考えられました。国際私法は、他の選択科目よりも学習の負担が少なく、渉外系法律事務所への就職を狙う際に親和性がありそうにみえる、ということが、その理由のようでした。しかし、近年は、再び短答合格率の低い科目となってきています。今年は、環境法に次ぐ低い合格率で、短答合格率が下から2番目に低い科目になるという結果は、3年連続です。このことは、予備試験合格者の科目選択の傾向に変化が生じた可能性を示唆しています。

2.論文合格率をみてみましょう。下記は、選択科目別の短答合格者ベースの論文合格率です。

科目 短答
合格者数

論文
合格者数

論文
合格率
倒産 365 202 55.3%
租税 213 109 51.1%
経済 500 277 55.4%
知財 371 193 52.0%
労働 831 455 54.7%
環境 102 44 43.1%
国公 35 19 54.2%
国私 255 122 47.8%

 論文段階では、どの科目を選択したかによる影響が多少出てきます。もっとも、各選択科目の平均点は、全科目平均点に合わせて、どの科目も同じ数字になるように調整され、得点のバラ付きを示す標準偏差も、各科目10に調整されます。ですから、基本的には、選択科目の難易度によって、有利・不利は生じないはずなのです(※)。したがって、論文段階における合格率の差も、基本的には、どのような属性の選択者が多いか、実力者が多いのか、そうではないのか、といった要素によって、変動すると考えることができます。
 ※ 厳密には、個別のケースによって、採点格差調整(得点調整)が有利に作用したり、不利に作用したりする場合はあり得ます。極端な例でいえば、ある選択科目が簡単すぎて、全員100点だったとしましょう。その場合、全科目平均点の得点割合が45%だったとすると、得点調整後は全員が45点になります(なお、この場合は調整後も標準偏差が10にならない極めて例外的なケースです。)。この場合、選択科目の勉強をたくさんしていた人は、損をしたといえるでしょうし、逆に選択科目をあまり勉強していなかった人は、得をしたといえます。もっとわかりやすいのは、ある選択科目が極端に難しく、全員25点未満だった場合です。この場合は、素点段階で全員最低ライン未満となって不合格が確定する。これは、その選択科目を選んだことが決定的に不利に作用したといえるでしょう。このように、特定の選択科目が極端に易しかったり、難しかったりした場合などでは、どの科目を選んだかが有利・不利に作用します。とはいえ、通常は、ここまで極端なことは起きないので、科目間の難易度の差は、それほど論文合格率に影響していないと考えることができるのです。

 論文合格率についても、かつては倒産法がトップになるという傾向が確立していました。ところが、平成26年に初めて国際私法がトップになって以降、この傾向に変化が生じました。以下の表は、平成26年以降で論文合格率トップとなった科目をまとめたものです。

論文合格率
トップの科目
平成26 国際私法
平成27 経済法
平成28 倒産法
平成29 国際公法
平成30 経済法
令和元 倒産法
令和2 労働法
令和3 経済法

 倒産法と経済法が比較的強いものの、必ずしも確立した傾向とまではいえないという感じです。また、今年のトップは経済法ですが、論文合格率は55.4%で、6位の租税法(51.1%)とそれほど差がありません。このように、上位に顕著な差が生じなくなったことが、最近の傾向です。
 一方で、下位については、例年、国際公法が圧倒的に論文合格率が低いという傾向ですが、今年は、かなり健闘しています。また、環境法は、国際公法と似た傾向で、今年は最下位でした。「国際」・「環境」というキーワードに惹きつけられやすい層というのは、忍耐強く司法試験の学習を続けていくには向かない人が多いのかもしれません。ブレが大きいのが国際私法で、かつては国際公法と同様に低い合格率でしたが、近年は、前記のとおり、大学在学中の予備試験合格者の選択が増えたことで、むしろ合格率上位のグループに属する傾向となっていました。ところが、一昨年から低い論文合格率となり、今年も含め、3年連続で非常に低い論文合格率となっています。短答の合格率も下がっているところからみて、予備組があまり選択しなくなったのでしょう。倒産法、労働法、経済法の強さと併せて考えると、予備組の選択傾向が国際私法から倒産法、労働法、経済法に移った可能性が高そうです。

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2021年09月26日

令和3年司法試験の結果について(9)

1.論文には、素点ベースで満点の25%(公法系及び刑事系は50点、民事系は75点、選択科目は25点。)未満となる得点だった科目があると、それだけで不合格になるという、最低ラインがあります(※1)。以下は、論文採点対象者に占める最低ライン未満者の割合(最低ライン未満者割合)等の推移です。全科目平均点の括弧内は、最低ライン未満者を含む数字です。年号の省略された年の表記は、平成の年号によっています。
 ※1 もっとも、実際には、最低ラインだけで不合格になることはほとんどありません(「司法試験論文式試験 最低ライン点未満者」の「総合評価の総合点を算出した場合,合格点を超えている者の数」の欄を参照。)。最低ラインを下回る科目が1つでもあると、総合評価でも合格点に達しないのが普通なのです。

最低ライン
未満者
割合
前年比 論文試験
全科目
平均点
前年比
18 0.71% --- 404.06 ---
19 2.04% +1.33% 393.91 -10.15
20 5.11% +3.07% 378.21
(372.18)
-15.70
(---)
21 4.68% -0.43% 367.10
(361.85)
-11.11
(-10.33)
22 6.47% +1.79% 353.80
(346.10)
-13.30
(-15.75)
23 6.75% +0.28% 353.05
(344.69)
-0.75
(-1.41)
24 8.54% +1.79% 363.54
(353.12)
+10.49
(+8.43)
25 7.62% -0.92% 361.62
(351.18)
-1.92
(-1.94)
26 13.4% +5.78% 359.16
(344.09)
-2.46
(-7.09)
27 6.78% -6.62 376.51
(365.74)
+17.35
(+21.65)
28 4.54% -2.24 397.67
(389.72)
+21.16
(+23.98)
29 8.71% +4.17 374.04
(360.53)
-23.63
(-29.19)
30 5.12% -3.59 378.08
(369.80)
+4.04
(+9.27)
令和元 7.63% +2.51 388.76
(376.39)
+10.68
(+6.59)
令和2 6.48% -1.15 393.50
(382.81)
+4.74
(+6.42)
令和3 8.57% +2.09 380.77
(367.55)
-12.73
(-15.26)

 今年は、最低ライン未満者割合が上昇し、過去の数字と比較すると、やや高めの水準であったことがわかります。
 最低ライン未満者数の主たる変動要因は、全科目平均点です。全科目平均点が高くなると、最低ライン未満者数は減少し、全科目平均点が低くなれば、最低ライン未満者数は増加する。全体の出来が良いか、悪いかによって、最低ライン未満になる者も増減するということですから、これは直感的にも理解しやすいでしょう。単純な例で確認すると、より具体的に理解できます。表1は、X年とY年で、100点満点の試験を実施した場合の受験生10人の得点の一覧です。

表1 X年 Y年
受験生1 60 70
受験生2 55 65
受験生3 50 60
受験生4 45 55
受験生5 40 50
受験生6 35 45
受験生7 30 40
受験生8 20 30
受験生9 15 25
受験生10 10 20
平均点 36 46
標準偏差 16.24 16.24

 25点を最低ラインとすると、最低ライン未満となる者は、X年は3人ですが、Y年には1人に減少しています。これは、平均点が10点上がったためです。表1では、得点のバラ付きを示す標準偏差には変化がありません。得点のバラ付きに変化がなく、全体の平均点が上昇すれば、そのまま最低ライン未満者は減少するということがわかりました。
 では、平均点に変化がなく、得点のバラ付きが変化するとどうなるか、表2を見て下さい。

表2 X年 Y年
受験生1 60 80
受験生2 55 70
受験生3 50 60
受験生4 45 50
受験生5 40 40
受験生6 35 30
受験生7 30 15
受験生8 20 10
受験生9 15 5
受験生10 10 0
平均点 36 36
標準偏差 16.24 27.00

 X年、Y年共に、平均点は36点で変わりません。しかし、最低ライン未満者は、X年の3人から、Y年は4人に増加しています。これは、得点のバラ付きが広がったためです。得点のバラ付きが拡大するということは、極端に高い点や、極端に低い点を取る人が増える、ということですから、極端に低い点である最低ライン未満を取る人も増える、ということですね。統計的には、得点のバラ付きが広がるということは、標準偏差が大きくなることを意味します。Y年の標準偏差を見ると、X年よりも大きくなっていることが確認できるでしょう。このように、得点のバラ付きの変化も、最低ライン未満者数を変動させる要因の1つです。ここで気を付けたいのは、論文の最低ライン未満の判定は、素点ベースで行われる、ということです。採点格差調整(得点調整)後の得点は、必ず標準偏差が100点満点当たり10に調整されます(※2)が、素点段階では、科目ごとに標準偏差は異なります。そのため、素点段階でのバラ付きの変化が、最低ライン未満者数を増減させる要素となるのです。もっとも、全科目平均点の変化と比べると、副次的な要因にとどまるというのが、これまでの経験則です。
 以上のことを理解した上で今年の数字をみると、今年は、全科目平均点が低下しています。したがって、最低ライン未満者割合が上昇するのは、自然なことです。逆にいえば、得点のバラ付きの影響は、それほど大きくなかったということになるでしょう。
 ※2 法務省公表資料では、得点調整後の標準偏差の基礎となる変数は、「配点率」とされているだけで、実際の数字は明らかにされていません。しかし、得点調整後の得点分布を元に逆算する方法によって、これが100点満点当たり10に設定されていることがわかっています。

2.以下は、平成26年以降における公法系、民事系、刑事系の最低ライン未満者割合の推移です。

公法 民事 刑事
平成26 10.33% 1.69% 1.59%
平成27 3.46% 2.76% 1.43%
平成28 1.01% 1.88% 0.73%
平成29 1.16% 3.78% 3.25%
平成30 2.23% 1.77% 0.89%
令和元 4.10% 1.58% 3.49%
令和2 2.07% 3.25% 1.03%
令和3 1.75% 6.66% 2.28%

 従来は、公法系で最低ライン未満者が多い傾向でした。特に、平成26年は異常で、実に受験者の1割以上が、公法系で最低ライン未満となっていたのでした。もっとも、漏えい事件(「これまでの調査及び検討の状況について」、「司法試験出題内容漏えい事案を踏まえた再発防止策及び平成29年以降の司法試験考査委員体制に関する提言」参照) を発端とする考査委員の交代の影響か、近時は、令和元年に4%程度となったことを除けば、おとなしい水準で推移しています。
 民事系は、3科目全て低い点数を取らなければ最低ライン未満とはならないので、最低ライン未満者は少なめの傾向ですが、最近では、平成27年、平成29年、それから昨年のように、数年おきに最低ライン未満者割合が高くなることがありました。しかし、それでも3%前後の水準にとどまっていました。それが、今年は6%を超える非常に高い水準です。これが、今年の特徴といえるでしょう。
 刑事系は、比較的最低ライン未満者が少なく、多い年でも4%を超えることはない、というのが、最近の傾向です。今年は、最低ライン未満者がやや多めの年となりました。

3.次に、今年の素点ベース、得点調整後ベースの最低ライン未満者数の比較を考えます。この両者を比較することで、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点(厳密にはこれを1科目当たりに換算したもの。以下同じ。)より高かったか、低かったか素点段階のバラ付きが大きい(標準偏差10を超えている)か、小さい(標準偏差10を下回っている)かをある程度知ることができるのです。
 そのことを、簡単な数字で確認しておきましょう。まずは、素点段階における各科目の平均点と全科目平均点との関係を考えてみます。100点満点で試験を行ったとした場合の、受験生10人のある科目の素点と、全科目平均点を45点とした得点調整後の得点を一覧にしたのが、以下の表3です。

表3 素点 調整後
受験生1 40 57.7
受験生2 37 54.7
受験生3 35 52.7
受験生4 32 49.7
受験生5 30 47.7
受験生6 27 44.7
受験生7 25 42.7
受験生8 22 39.7
受験生9 19 36.7
受験生10 6 23.7
平均点 27.3 45
標準偏差 10 10

  最低ラインを25点とすると、素点では3人の最低ライン未満者がいるのに、調整後は1人しか最低ライン未満の点数となる者がいません。これは、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より低かったために、得点調整によってその科目の平均点が全科目平均点に等しい値になるように全体の得点が引き上げられた結果、素点段階では最低ライン未満の点数だった者の得点が、最低ライン以上に引き上げられる場合が生じるためです。このように、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より低いと、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が減少するのです。
 もう1つ、例を挙げましょう。

表4 素点 調整後
受験生1 80 57.7
受験生2 77 54.7
受験生3 75 52.7
受験生4 72 49.7
受験生5 70 47.7
受験生6 67 44.7
受験生7 65 42.7
受験生8 62 39.7
受験生9 59 36.7
受験生10 46 23.7
平均点 67.3 45
標準偏差 10 10

 素点では最低ライン未満者は1人もいないのに、調整後は1人が最低ライン未満の点数になっています。これは、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より高かったために、得点調整によってその科目の平均点が全科目平均点に等しい値になるように全体の得点が引き下げられた結果、素点段階では最低ライン以上の点数だった者の得点が、最低ライン未満に引き下げられる場合が生じるためです。この場合には、成績表に表示される得点は最低ラインを下回っているのに、なぜか総合評価の対象となっているという、一見すると不思議な現象が生じます。このように、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より高いと、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が増加するのです。

 次に、素点のバラ付きとの関係をみていきます。100点満点で試験を行ったとした場合の、受験生10人の素点と、全科目平均点を40点とした得点調整後の得点を一覧にしたのが、以下の表5です。

表5 素点 調整後
受験生1 80 55.62
受験生2 70 51.71
受験生3 60 47.81
受験生4 55 45.85
受験生5 40 40
受験生6 35 38.04
受験生7 25 34.14
受験生8 20 32.18
受験生9 10 28.28
受験生10 5 26.32
平均点 40 40
標準偏差 25.6 10

 素点では3人の最低ライン未満者がいるのに、調整後は1人も最低ライン未満の点数となる者がいません。これは、素点段階の得点のバラ付きが大きかった(標準偏差が10を超えている)ために、得点調整によって標準偏差を10に抑えられてしまうと、平均点付近まで得点が引き上げられてしまうためです。このように、素点段階の得点のバラ付きが大きい(標準偏差が10を超えている)と、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が減少するのです。表3及び表4の場合とは異なり、一律の幅で得点が変動しているわけではないことに注意が必要です。バラ付きが調整される場合と、平均点が調整される場合とでは、作用の仕方が異なるのです。
 もう1つ、例を挙げましょう。

表6 素点 調整後
受験生1 40 50.4
受験生2 39 47.08
受験生3 38 43.77
受験生4 37 40.46
受験生5 36 37.15
受験生6 35 33.84
受験生7 34 30.53
受験生8 33 27.22
受験生9 32 23.91
受験生10 31 20.59
平均点 35.5 35.5
標準偏差 3.02 10

 表6では、表5とは逆に、素点段階では1人もいなかった最低ライン未満の得点となる者が、調整後には2人生じています。これは、素点段階の得点のバラ付きが小さかった(標準偏差が10より小さい)ために、得点調整によって標準偏差を10に拡大されてしまうと、下位者の得点が引き下げられてしまうためです。この場合にも、表4の場合と同様に、成績表に表示される得点は最低ラインを下回っているのに、総合評価の対象となっているという、一見すると不思議な現象が生じます。このように、素点段階の得点のバラ付きが小さい(標準偏差が10より小さい)と、得点調整後には最低ライン未満の点数となる者が増加するのです。
 以上のことを理解すると、素点段階の最低ライン未満者数と、得点調整後に最低ライン未満の点数となる者の数の増減を確認することによって、素点段階のその科目の平均点が全科目平均点より高かったか、低かったか、素点段階での得点のバラ付きが、標準偏差10より大きかったのか、小さかったのかをある程度判断することができることがわかります。

 そして、これまでの傾向から、得点調整をすると、ほとんどの科目で、最低ライン未満の得点となる者の数が増える、ということがわかっています(「平成30年司法試験の結果について(10)」、「令和2年司法試験の結果について(11)」)。上記の例でいえば、表4又は表6のパターンです。すなわち、素点の平均点が全科目平均点より高いか、素点の標準偏差が10より小さい。ほとんどの科目で素点の平均点が全科目平均点より高くなるというのは、全科目平均点という数字の性質上、考えにくいことです。そのため、これは、一般に、素点のバラ付きが小さい(標準偏差が10より小さい。)ことを示しているといえるでしょう。これは、ほとんどの科目で、受験生はどんぐりの背比べ状態であり、素点ではあまり差が付いていない、ということを意味します。
 それとの対比でいうと、得点調整によって最低ライン未満の得点となる者が減るというのは、例外的な場合です。かつては、公法系や倒産法でみられた特殊な傾向でした(「平成26年司法試験の結果について(10)」)。上記の例でいえば、表3又は表5のパターン、すなわち、素点の平均点が全科目平均点より低いか、素点の標準偏差が10より大きいという場合です。前者の場合には全体的に採点が厳しいというイメージ。後者の場合には、積極的に加点もするが、ミスがあれば厳しく減点されるというイメージです。合格を目指すという観点からは、どちらにしても、大きく減点されるリスクがあるという意味で、要注意ということになるでしょう。したがって、年ごとの結果をみる際には、得点調整によって最低ライン未満の得点となる者が減ったのはどの科目(系)だったか、ということが重要になるわけです。

 今年の数字をみてみましょう。法務省が公表する最低ライン未満者数は、素点段階の数字です。では、得点調整後の最低ライン未満者数は、どうやって確認するか。これは、各系別の得点別人員調を見ればわかります。得点別人員調は、調整後の得点に基づいているからです。このようにして、素点ベース、得点調整後ベースの最低ライン未満者数をまとめたのが、以下の表です。倍率とは、得点調整後の数字が、素点段階の数字の何倍になっているかを示した数字です。

科目
(系)
素点 得点調整後 倍率
公法 47人 102人 2.17
民事 178人 109人 0.61
刑事 61人 135人 2.21

 今年は、得点調整によって最低ライン未満の得点となる者が減った科目は、民事系でした。前記2のとおり、今年、最低ライン未満者が多く出たのも、民事系です。昨年も似た結果でした(「令和2年司法試験の結果について(9)」)が、今年は、より顕著になっています。仮にこの傾向が続くのであれば、何らかの採点傾向の変化があったとみることができます。採点実感を読む際には、この点に留意する必要がありそうです。

4.得点調整が行われると、具体的にどのくらい調整後の得点が変動するのか。これは、各科目の最低ラインとなる得点と、得点別人員調の順位を下からみた場合の最低ライン未満者数の順位に相当する得点を比較することで、ある程度把握することが可能です。例えば、公法系では47人の最低ライン未満者がいます。今年の論文の採点対象者は2672人ですから、下から数えて47位は、上から数えると2626位ですね。そこで、得点別人員調で2626位に相当する得点を見ると、39点です。こうして、素点の50点は、概ね得点調整後の39点に相当することがわかるわけです。このことは、得点調整がされると、概ね11点程度の得点が変動することを意味します。同様のことを民事系、刑事系でも行い、何点程度変動したかをまとめたものが、以下の表です。なお、 括弧書きは、1科目当たりに換算したものです。

科目
(系)
素点 得点調整後 得点調整
による
変動幅
公法 50点
(25点)
39点
(19.5点)
-11点
(-5.5点)
民事 75点
(25点)
83点
(27.6点)
+8点
(+2.6点)
刑事 50点
(25点)
39点
(19.5点)
-11点
(-5.5点)

 最低ライン付近の得点については、公法系・刑事系は素点段階が甘い採点なので、調整で減点がされ、民事系は逆に素点段階が厳しい採点なので、調整で加点がされている、という感じになっていることがわかります。得点調整でどのくらいの変動幅が生じているかについては、法科大学院や予備校等でもあまり説明がないだろうと思いますが、実際にはこの程度です。気にするべきは、得点の変動そのものではなく、前記3で説明したとおり、そこから読み取れる採点傾向です。

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2021年09月23日

令和3年司法試験の結果について(8)

1.ここ数年、司法試験の結果が出るたびに注目されるのが、予備組の結果です。今年は、予備試験合格の資格で受験した400人中、374人が合格受験者合格率は、93.5%でした。9割を超えたのは、これが初めてのことです。以下は、予備組が司法試験に参入した平成24年以降の予備試験合格の資格で受験した者の合格率等の推移です。元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。

受験者数 合格者数 受験者
合格率
前年比
24 85 58 68.2% ---
25 167 120 71.8% +3.6
26 244 163 66.8% -5.0
27 301 186 61.7% -5.1
28 382 235 61.5% -0.2
29 400 290 72.5% +11.0
30 433 336 77.5% +5.0
令和元 385 315 81.8% +4.3
令和2 423 378 89.3% +7.5
令和3 400 374 93.5% +4.2

 今年は、予備組の受験者数が昨年より23人減少しました。これは、昨年の予備合格者が一昨年より34人減少した(「令和2年予備試験口述試験(最終)結果について(1)」)ことによるものでしょう。
 予備組の合格率の推移は、基本的に、受験者全体の論文合格率の変動と相関します。以下は、受験者全体の短答合格者ベースの論文合格率及びその前年比との比較です。

予備組の
受験者
合格率
前年比 受験者全体の
論文合格率
前年比
24 68.2% --- 39.3% ---
25 71.8% +3.6 38.9% -0.4
26 66.8% -5.0 35.6% -3.3
27 61.7% -5.1 34.8% -0.8
28 61.5% -0.2 34.2% -0.6
29 72.5% +11.0 39.1% +4.9
30 77.5% +5.0 41.5% +2.4
令和元 81.8% +4.3 45.6% +4.1
令和2 89.3% +7.5 51.9% +6.3
令和3 93.5% +4.2 53.1% +1.2

 予備組は、短答でほとんど落ちないので、受験者全体の論文合格率との相関が高くなるのです。論文が受かりやすい年は、予備組の合格率は高くなりやすく、論文が受かりにくい年は、予備組の合格率は下がりやすいというわけです。

2.とはいえ、全体の論文合格率との相関性だけでは、93.5%という圧倒的な合格率の説明としては、不十分でしょう。どうして、ここまで圧倒的な合格率になったのか。まず、思い付くのは、「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けやすいからだ。」という仮説です。この仮説の意味は、以下のような単純な例を考えると、理解しやすいでしょう。

受験生 得点
A(予備) 100
90
C(予備) 80
D(予備) 70
E(予備) 60
50
G(予備) 40
30
20
10

 受験生AからJまでの10人が受験して、上位3人が合格(全体合格率30%)するとします。この場合、予備組は、ACDEGの5人のうち、AC2人が合格となるので、予備組の合格率は40%です。一方、予備組以外は、BFHIJの5人のうち、B1人が合格で、合格率は20%。これが、上位5人合格(全体合格率50%)となると、どうなるでしょうか。この場合、予備組は、ACDEGの5人のうち、G以外の4人が合格となるので、予備組の合格率は80%にまで上昇します。一方、予備組以外は、BFHIJの5人のうち、B1人の合格で、合格率は20%のまま。これが、「上位層が多いと、全体合格率上昇の恩恵を強く受けやすい。」ということの意味です。
 この仮説が正しいとすれば、同じく上位層が多いと考えられる上位ローの既修も、大きく合格率を伸ばしてくることでしょう。以下は、東大、京大、一橋及び慶応の法科大学院既修修了生の合格率等をまとめたものです。

法科大学院 受験者数 合格者数 受験者
合格率
東大
既修
108 73 67.5%
京大
既修
134 101 75.3%
一橋
既修
78 51 65.3%
慶応
既修
179 107 59.7%

 確かに、上位ロー既修はそれなりに高い合格率です。しかし、それほど大したことはない。予備組のような、圧倒的な数字にはなっていません。そこで、さらに令和2年度修了の既修に限った数字をみると、以下のようになります。

法科大学院 受験者数 合格者数 受験者
合格率
東大
既修
84 65 77.3%
京大
既修
101 86 85.1%
一橋
既修
65 46 70.7%
慶応
既修
111 76 68.4%

 令和2年度修了の既修に限れば、相応に高い合格率であることがわかります。以前の記事(「令和3年司法試験の結果について(6)」)でも説明したように、「既修」と「修了年度が新しい」という要素を兼ね備えていると、法科大学院修了生のカテゴリーの中では最強となるので、このような結果となるのです。このことから、「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けやすいからだ。」という仮説で、相当程度は説明できているといえるでしょう。もっとも、令和2年度修了の既修に限った数字と比較しても、予備組の合格率は異常に高い。その意味では、この仮説だけでは、まだ説明しきれていない部分がありそうです。

3.「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けやすいからだ。」という仮説だけでは説明できない部分。その謎を解く鍵は、予備組の年代別合格率にあります。以下は、予備組の年代別の受験者合格率等をまとめたものです。

年齢 受験者数 合格者数 受験者合格率
20~24 230 224 97.3%
25~29 59 57 96.6%
30~34 37 35 94.5%
35~39 24 20 83.3%
40~44 18 14 77.7%
45~49 10 80.0%
50以上 21 15 71.4%

 この数字だけを見ても、「ふーん。」という感じの人もいるでしょう。この数字の意味は、平成28年の結果と比較すると、よくわかります。以下は、その比較表です。参考のため、再下欄に各年の受験生全体の合格率を記載しています。

年齢
(最下欄を除く)
令和3年 平成28年
20~24 97.3% 94.2%
25~29 96.6% 72.7%
30~34 94.5% 43.5%
35~39 83.3% 45.6%
40~44 77.7% 23.6%
45~49 80.0% 22.5%
50以上 71.4% 31.4%
受験生全体
論文合格率
53.1% 34.2%

 20代前半だけをみると、平成28年当時から合格率は9割を超えており、今年とほとんど変わりません。しかし、それ以降の年代をみると、顕著な差があることに気が付くでしょう。平成28年当時は、年齢が高くなるにつれて、合格率の低下が顕著でした。とりわけ注目すべきは、40代以上の世代で、受験生全体の論文合格率を下回っていた、ということです。それが、今年の数字をみると、50代以上でも合格率が7割を超えており、受験生全体の論文合格率を大きく上回っていることがわかります。それだけでなく、前記2でみた令和2年度修了の既修と比較しても、一橋(70.7%)、慶応(68.4%)を上回っているのです。高齢世代の合格率上昇は、近年の傾向でした(「令和2年司法試験の結果について(8)」)。それが今年は、さらに顕著となった。この高齢世代合格率の顕著な上昇が、今年の予備組の圧倒的な合格率の要因となっているのです。高齢世代に上位層が多かった、というのは、従来の合格率の低さからちょっと考えにくいでしょうから、これは、「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けるからだ。」という仮説だけでは説明できない部分といえるでしょう。

4.高齢世代合格率の顕著な変化。その背後には、論文を攻略するための重要なヒントが隠れています。

(1)そもそも、従来、なぜ高齢になると合格率が急激に下がっていたのか。その要因は、2つあります。1つは、以前の記事でも説明した「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則です(「令和3年司法試験の結果について(6)」)。不合格者が翌年受験する場合、必ず1つ歳をとります。不合格を繰り返せば、どんどん高齢になっていく。その結果、高齢の受験生の多くが、不合格を繰り返した「極端に受かりにくい人」として滞留し、結果的に、高齢受験者の合格率を下げていた。これは、年齢自体が直接の要因として作用するのではなく、不合格を繰り返したことが年齢に反映されることによって、間接的に表面化したものといえます。
 もう1つは、年齢が直接の要因として作用する要素です。それは、加齢による反射神経と筆力の低下です。論文では、極めて限られた時間で問題文を読み、論点を抽出して、答案に書き切ることが求められます。そのためには、かなり高度の反射神経と、素早く文字を書く筆力が必要です。これが、年齢を重ねると、急速に衰えてくる。これは、現在の司法試験では、想像以上に致命的です。上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則とも関係しますが、論点抽出や文字を書く速度が遅いと、規範を明示し、問題文の事実を丁寧に書き写すスタイルでは書き切れなくなります。どうしても、規範の明示や事実の摘示を省略するスタイルにならざるを得ない。そうなると、わかっていても、「受かりにくい人」になってしまうのです。この悪循環が、上記のような加齢による合格率低下の要因になっていたのでした。

(2)では、最近になって、高齢世代の合格率が急激に上昇したのはなぜか加齢による反射神経と筆力の低下が生じなくなった、ということは、ちょっと考えられない。ですから、近年の高齢世代の合格率の急上昇は、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなかった、ということになる。平成29年の段階で、当サイトではそのような説明をしていたのでした(「平成29年司法試験の結果について(9)」)。その傾向が、どんどん強まってきているといえます。
 ではなぜ、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなくなったのでしょうか。当サイトでは、数年前から、上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が生じる原因が、答案の書き方、スタイルにあることを繰り返し説明するようになりました(「平成27年司法試験の結果について(12)」)。平成27年からは、規範の明示と事実の摘示に特化したスタイルの参考答案も掲載するようになりました。その影響で、年配の予備組受験生が、規範の明示や事実の摘示を重視した答案を時間内に書き切るような訓練をするようになったのではないかと思います。「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、どの部分に極端な配点があるかということについて、単に受験生が知らない(法科大学院、予備校等で規範と事実を書き写せと指導してくれない。)という、それだけのことによって成立している法則です。ですから、受験生に適切な情報が流通すれば、この法則はあまり作用しなくなる。正確な統計があるわけではありませんが、当サイトの読者層には、年配の予備試験受験生が多いようです。法科大学院や予備校の指導に疑問があって、色々調べているうちに当サイトにたどり着くケースが多いようです。その影響が一定程度あって、年配の予備組受験生については、正しい情報が流通するようになったのではないか。今年は、30代以上の受験生は110人で、そのうちの92人が合格です。この92人のうちの相当数が当サイトの影響を何らかの形で受けていたとしても、それほど大げさではないのかな、という気がしています。それはともかくとしても、一橋や慶応の直近修了の既修にすら勝てるレベルになったというのは、重要です。加齢による反射神経や筆力の衰えは、意識的に規範と事実に絞って答案を書くなどの対策をすることによって、克服できることを示しているからです。

5.最近では、法科大学院修了生の間でも、当サイトを通じて、規範の明示と事実の摘示の重要性を知る人が増えてきているようです。そうなると、この傾向は予備組だけに限らず、法科大学院修了生にも及ぶようになるでしょう。以前の記事で説明したとおり、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、修了生との関係では修了年度別の合格率に反映されます(「令和3年司法試験の結果について(6)」)。したがって、修了年度別の合格率に傾向変化が生じれば、その兆候を知ることができる背後にある要素が変動した場合にどの数字に現れるかを理解しておくと、一般的に言われていることとは異なる、とても興味深い現象を把握することができるようになるのです。

posted by studyweb5 at 05:08| 司法試験関連ニュース・政府資料等 | 更新情報をチェックする
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