2021年08月25日

令和3年予備試験論文式刑事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。近時の刑事実務基礎は、事実認定・当てはめ重視の事務処理型の設問と、民事実務基礎のように端的に解答すれば足りる一問一答型の設問の両方が出題されます。事務処理型の場合でも、規範の明示より事実の摘示・評価が重視されやすい傾向です(規範の明示が特に要求される場合には、設問にその旨が明示されています。)。参考答案は、そのような傾向を踏まえ、事務処理型の設問については、事実の摘示・評価を重視した答案を作成することとしています。

2.今年の刑事実務基礎は、事務処理型の比重が大きい点が特徴です。公判前整理手続が出題されなかったことが影響しています。設問1と設問2については、問われていること自体は難しくありませんから、時間内にどれだけ事実を拾い、手際よく整理して書けたかで、評価が分かれるでしょう。すべての事実を具体的にそのまま摘示していてはパンクするので、重要性の低いものは、やや抽象化して書く等の工夫が必要です。設問3は、それぞれの措置の趣旨目的・機能に違いがあることを意識して端的に当てはめをしているかで、差が付くでしょう。被告人に顔を見られたくないのと、傍聴人に顔を見られたくないのとでは何がどう違うのか、被告人等がいる場所で証言できない場合とはどのような場合が想定されるか等を現場で考えてみる必要があります。条文の文言にあまりに忠実な当てはめをしているとパンクするので、ポイントに絞った書き方が必要です。設問4については、まず、刑訴規則199条の3、199条の12に気付くか。その上で、設問に「証人尋問に関する規制及びその趣旨に言及しつつ」とわざわざ書いてあるので、事前に覚えていなくても、趣旨を考えて書く必要があります。単純に川口強制わいせつ事件判例の当てはめとして考えると、本問ではWの公判廷供述では必ずしも明確でない位置関係を見取図を用いて具体的に指示してもらう趣旨で示そうとしているので、別紙見取図の写しのⓧⓦの記号部分が「既にされた供述と同趣旨」とはいえないから、ということになるわけですが、それでは本問の解答としては不十分でしょう。その場で趣旨を考えて、論理的にうまく繋げて書く必要があります。この部分は難易度が高いので、適切に解答できなくても合格答案だろうと思います。
 ※ 細かい話ですが、犯罪統計上、「凶悪犯」とは、殺人、強盗、放火及び強制性交等を指し、「粗暴犯」とは、暴行、傷害、脅迫、恐喝及び凶器準備集合を指すとするのが通例ですので、建造物等以外放火は、「粗暴犯」ではなく、「凶悪犯」に当たります。予備校等の答案例で、「放火は粗暴犯であり~」とするものを目にすることがありますが、適切ではないと思います(ほとんど成績には影響しないとは思いますが。)。ちなみに、知能犯とは、詐欺、横領(ただし、占有離脱物横領は含まない。)、偽造、汚職、背任等を指します(「令和2年における組織犯罪の情勢」100頁参照)。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問1

(1)Aは一人暮らしの独身で、貯金がない(⑬)ことから、逃亡のおそれ(207条1項本文、60条1項3号)があると判断されたと考えられる。身元引受人や定職があることは、逃亡のおそれを否定する方向の要素である。そこで、Aの両親に身元引受人となる意思があることを示すためⓐを、Aの勤務先に雇用継続意思があることを示すためⓑを、それぞれ添付すべきである。

(2)Aが犯行を否認していることに加え、VはAの元上司(⑩)で面識があり、WはAと面識はない(⑨)が、通勤に使う車をKに止めており、通勤場所もKから少し歩いた距離にある(②)ため、罪証隠滅(証人威迫)のおそれ(同項2号)があると判断されたと考えられる。そこで、身元引受人として監督するAの両親がAに事件関係者と一切接触させないことを誓約することで、上記のおそれがないことを示すため、ⓐを添付すべきである。

(3)被害が大型自動二輪1台の物損にとどまることに加え、身元引受人や定職があることは勾留の必要性(60条3項、87条1項参照)を否定する方向の要素となる。そのため、ⓐⓑを添付すべきである。

2.小問2

(1)Aは35歳で(⑬)、一般に両親の監督に服する年齢でなく、Aの父は70歳、母は65歳(同)と高齢で、監督の実効を期待しがたい。Aは、身長169cm、体重80kg(同)と大柄で、物理的にもAの逃亡・証人威迫を両親が制止できるとは考えにくい。

(2)Aは、前の勤務先を人間関係が嫌で辞め、今の会社に昨年12月に入社したばかりで(同)、長期安定の定職でない。Aの両親の収入は年金だけで(同)、Aの生活費を負担する余裕はない。

(3)被疑事実は放火という凶悪犯で、隣接住宅に延焼のおそれを生じさせた点で軽微とはいえない。

(4)以上から、前記1の各事実を考慮しても、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれ、勾留の必要性をいずれも否定できず、準抗告は棄却すべきである。

第2.設問2

1.Wは、短めの黒髪で眼鏡を掛けていない30歳代の男性20名(⑧)から、「この中に見覚えがある人がいるかもしれないし、いないかもしれない。」と告知され、Aである13番の男性を犯人と選別した(⑨)。特徴の一致する多数の写真から、特に誘導を受けることなく、「眉毛が太くて垂れ目」(同)と理由を明確に示して識別しており、高度の信用性がある。

2.ⓦⓧ間は6.8mで遮蔽物はなく、深夜でもⓦに立ったWが、ⓧに立たせた身長170cmの警察官の顔を識別できた(④)。天候(⑤)やWの視力等(⑮)は良好である。Wの目撃状況に信用性を疑わせる事情はない。

3.焼損態様(④)、ガソリンの検出(⑥)、車の所有者・使用者からAとみられる防犯カメラの人物の所持品、服装、行動等(⑦)、A方で発見された服(⑪)、Aの身長(⑬)が、W供述と概ね一致し、矛盾がない。

4.以上から、W供述の信用性が認められる。

第3.設問3

1.Wは、「復しゅうが怖い。Aに見られていたら証言できない。」と申し出ている。元上司の大型自動二輪を狙った放火で、Vに心当たりはない(③)ため、一方的な恨みによるとも考えられ、証言による報復のおそれは否定できない。Wは通勤に使う車をKに止めており、通勤場所もKから少し歩いた距離にある(②)。上記各事情により、WがAの面前で供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあり、AW間に遮へい措置を採ることが相当である。弁護人の出頭もある。
 以上から、157条の5第1項の要件を満たす。

2.Wは「人前で話すのも余り得意ではない」というが、27歳で一般に証言困難な年齢でないこと、傍聴人に知られることでWの名誉・プライバシーが害される事情はないことから、傍聴人との間の遮へい措置が相当とはいえず、同条2項の要件を満たさない。

3.Wは、加害者と同じ場所にいることで生じる恐怖心等(157条の6第1項1号2号参照)ではなく、単に「人前で話すのも余り得意ではない」というにとどまるから、同条1項3号の者に当たらない。

4.よって、AW間の遮へい措置のみを採るのが相当である。

第4.設問4

1.規則199条の12第1項は、供述明確化のための図面等の利用を認めている。その趣旨は、供述を明確化するためであれば、通常は証人に不当な影響を及ぼさない点にある。
 ④のうち、不同意とされたWによる現場指示説明部分は証拠採用されていないが、Wが犯行目撃時のAWの位置関係を供述した後に、供述明確化のため示すのであるから、同項により許される(川口強制わいせつ事件判例参照)とも考えられる。

2.しかし、主尋問では、原則として誘導尋問はできない(同199条の3第3項本文)。その趣旨は、誘導により証人が不当な影響を受け、証人が体験したとおりの事実を再現することが妨げられる点にある。
 検察官がWに別紙見取図の写しをそのまま示して尋問する場合、Wの供述する位置関係がⓧⓦのとおりであるかを問うことにならざるをえないから、誘導尋問となり、同項ただし書各号にも当たらず、許されない。そうすると、これをそのまま示すことは上記同199条の12第1項の趣旨にも反するから、裁判長としては、ⓧⓦの各記号を削除しない限り、同項の許可をすることはできない。

3.以上の理由から、㋔の釈明を求めた。

以上

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2021年08月19日

令和3年予備試験論文式民事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。しかし、民事実務基礎は、そのような事例処理型の問題ではありません。民事実務基礎の特徴は、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近いという点にあります。そのため、当てはめに入る前に規範を明示しているか、当てはめにおいて評価の基礎となる事実を摘示しているか、というような、「書き方」によって合否が分かれる、という感じではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか。単純に、それだけで差が付くのです。ですから、民事実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、民事実務基礎に関しては、生じにくい。逆に言えば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。
 上記の傾向を踏まえ、参考答案は、できる限り一問一答式の端的な解答を心掛けて作成しています。

2.今年の民事実務基礎は、概ね例年どおりの内容といってよいでしょう。ただ、要件事実が穴埋めではなく、全部書かせる感じになっていたので、より記憶重視になったという印象です。単に理解している、というだけではなく、記憶してすぐ書けるようになっておく必要があります。要求水準としては、「新問題研究要件事実」だけでは不十分で、「要件事実論30講」や「民事裁判実務の基礎(上巻)」くらいのレベルです。
 設問1小問(3)は、貸借型理論を採用する場合には賃貸期間の定めも記載することになりますが、現在の司法研修所は貸借型理論を採らない立場なので、賃貸期間の定めは書かないのが正解ということになるのでしょう。また、遅延損害金を請求しないので、「経過」ではなく、「到来」となる点に注意が必要です。小問(4)は、口述でいえば、「用意してある設問にあまりにスラスラと答えてしまった優秀な人に投げ付ける。」という感じの設問です。一種の費目限定型の一部請求(「令和2年予備試験論文式民訴法設問2の解説」も参照)になっているのがポイントなのでしょう。異常に難易度が高いので、普通の人であれば、解ける必要はないだろうと思います。口述だと、かなり優秀な受験生でも、以下のような感じになるでしょう。

 

主査「裁判所は、Pの主張した事実を抗弁として扱うべきですか?」

受験生「えー、P…?Xは原告ですので…抗弁?」

主査「うん、まあ原告が抗弁を主張するわけじゃないけど、ここではPの主張する事実が抗弁を構成するかどうか、言い換えれば、Yが援用すれば抗弁になり得るか、という視点で考えてみて下さい。」

受験生「あっはい。判例である外側説からは、総額の60万円から控除することになりますので、5万円を控除しても請求額を下回りません。なので、抗弁にはならないです。」

主査「なるほど。それを何という?」

受験生「主張自体失当です。」

主査「あなたはそう考えるわけですね。じゃあ、Yの側から12月分として5万円を支払ったという事実がさらに主張されたとします。このYの主張は抗弁になりますか?」

受験生「はい。先の5万円と合わせると10万円になりますので、控除して50万円となり、請求額を下回るので抗弁になります。」

主査「それを何といいますか。」

受験生「はい。合体抗弁です。」

主査「なるほど、そう考えるのですね。仮に、Pから7月分5万円の支払の主張がなくて、Yの側から12月分として5万円を支払ったという事実だけが主張された場合はどうですか?」

受験生「はい。その場合はやはり主張自体失当となります。」

主査「えっ、本当に?」

受験生「え…?あっはい…やはり5万円を控除しても請求額を下回りませんので…」

主査「でも、X側は12月分は10万円全額請求していますよね。おかしくないですか?」

受験生「えーと、はい。確かにそれは不合理です。ですので、先の答えは撤回して、12月分の支払を主張する場合は単独で抗弁となり得ると考えます。」

主査「えーそうなの?そしたら君が最初に言った外側説と矛盾しない?」

受験生「えー…確かに…外側説とは一貫しませんが…しかし…」

主査「うん。本件のように、外側説で一貫できない場合があるということだよね。後で勉強しておいて下さい。ところで、Pの主張は、今言った話とは別に、本件訴訟で意味を持ちますか?」

受験生「えー、Yの使用貸借の主張を否定する…」

主査「いや、それは本件契約書で立証するよね。5万円が賃料っていうのも契約書がないと立証が難しいだろうし。」

受験生「えーと…あー…時効の更新事由として…」

主査「本件では時効は全然問題にならないよね。」

受験生「あっ、Yがさらに7月分の弁済の主張をした場合には合体抗弁になります。」

主査「うん。それはそうだけど、抗弁の話はさっきしたからね。それとは別で。」

受験生「えー立証の問題でしょうか?それとも要件事実の…」

主査「訴訟物との関係なんだけどね。」

受験生「訴訟物…特定でしょうか?」

主査「そうそう。」

受験生「しかし…一部請求の場合、単純に分割請求できるので、一部弁済された事実は訴訟物の特定に不要では…」

主査「うん。よく勉強していますね。でも、本件でも同じに考えていいですか?7月から12月分までの合計60万円のうちの55万円を請求しているのだけれど。」

受験生「えー…??」

主査「7月から12月分までの合計60万円のうちの55万円って言われて、請求しない部分が何月分かわかりますか?」

受験生「あっ、訴求しない5万円が何月分か明示して特定する意味があります。」

主査「そうですね。はい、終わります。」

 

 設問2と設問3小問(2)は、債権法改正の条文が引けますか、というだけの問題ですが、設問3小問(1)(i)は、代物弁済の要件事実を、債権法改正後の諾成契約説で書かせるという点で、ちょっときつかったかな、という感じです。できなくても、それほど差は付かないでしょう。債権法改正は民法だけでなく、実務基礎や民事訴訟法でも普通に問われているので、直前期に改正関連の条文を確認したりするとよさそうです。
 最後の設問4は、例年、予備校等から単なる当てはめのような答案例が示されているのですが、これは事実認定の考え方を問う問題です(「平成29年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」、「令和2年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」も参照)。まず、差が付くのは、書証から認定できる事実、両供述で一致(不利益事実の自認を含む。)する事実等を示しているか。これは、司法研修所では、「動かしがたい事実の確定」等と呼ばれている作業です。設問で、「提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて」とされているのは、このことを指しています(逆にいえば、一方的に自己に有利な事実として主張されているものは、判断の基礎としてはいけない。)。本問の場合、例年とは違って、「XとYが本件賃貸借契約を締結した事実が認められないこと」、すなわち、本件賃貸借契約の締結について真偽不明にすれば足りる点に注意が必要です。本件契約書の成立の真正については、一段目の推定に対する反証をすることになりますので、これについても、盗用を疑わせる事実を示せば足りるわけです。この辺り、主張立証責任を踏まえた書き方がされているか、という点も、評価を分けることになりそうです。なお、例年、「答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。」とされていますが、1頁よりも多めに書くのが、上位合格者の傾向です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

 賃貸借契約に基づく賃料請求権

2.小問(2)

 被告は、原告に対し、55万円を支払え。

3.小問(3)

(1)Xは、Yに対し、令和2年6月15日、甲建物を、賃料月額10万円の約定で賃貸した。

(2)Xは、Yに対し、同年7月1日、上記(1)の賃貸借契約に基づき、甲建物を引き渡した。

(3)令和2年7月から12月までの各月末日は到来した。

4.小問(4)(i)

 金銭債権の数量的一部請求に対する債権の一部消滅の主張は、非請求部分を含めた債権全体に対するものとなる(外側説、判例)。このことは、1つの請求権に実質的な発生事由を異にする複数の項目がある場合には、同一の項目において妥当する。
 各月分の賃料は、同一の賃貸借契約を原因とするが、各月末の到来によって別個に発生するため、実質的な発生事由を異にする。Xは、8月から12月分までの各月分の賃料については10万円全額を請求し、7月分は、10万円全額のうちの5万円のみを請求する。そうすると、7月分の賃料についてYが5万円を支払った旨の主張は、7月分の賃料全体の額からこれを控除しても、請求額を下回らないから、請求の当否を左右しないものとして、主張自体失当となる。
 よって、設問の主張は、Yの援用の有無を問わず、抗弁として扱うべきでない。

5.小問(4)(ii)

 令和2年7月分から同年12月分までの賃料合計60万円のうち、訴求しない5万円が7月分に係ることを明示し、訴訟物を特定する意味がある。

第2.設問2

 仮差押えには弁済禁止効(民保50条1項)があるのに対し、債権者代位訴訟にはそれがない(民法423条の5後段)からである。

第3.設問3

1.小問(1)(i)

(1)Bは、Xに対し、令和2年8月1日、50万円を貸し付けた。

(2)Xは、Bとの間において、令和3年1月5日、上記(1)の貸金債務の支払に代えて、請求原因に係るXのYに対する合計60万円の賃料債権を譲渡する旨の合意をした。

2.小問(1)(ii)

 通知・承諾は譲受人が債務者に債権譲渡を主張するための対抗要件(467条1項)であって、債務者の側から譲渡人に対して主張する場合には必要でないからである。

3.小問(2)

 いまだ敷金返還請求権は発生しておらず(民法622条の2第1項各号参照)、相殺適状(同法505条1項)にないからである。なお、「相殺」の趣旨が敷金充当としても、賃借人からは請求できない(同法622条の2第2項後段)。

第4.設問4

1.本件契約書のY作成部分の成立の真正(民訴法228条1項)が認められれば、本件賃貸借契約は、処分証書である本件契約書によってされたといえ、同契約の成立が認められる。
 本人の押印(同条4項)とは、本人の意思に基づく押印をいう。Y名下の印影がYの印章によることは争わないから、その印影はYの意思に基づくものと推定される(判例)。
 もっとも、上記推定は、印章は厳重に保管され、みだりに他人に用いさせることはないという経験則に基づく事実上のものであるから、反証としては、印章の盗用を疑わせる事実の主張立証で足りる。

(1)Yの印章が三文判であることは、XY供述で一致し、事実と認められる。一般に、三文判は実印と比較して厳重に保管されるとはいえず、上記の推定力が弱い。したがって、盗用の機会があったという程度でも、盗用を疑わせる事実といえる。

(2)Xが週2日Y宅を訪れたことは、XY供述で一致し、事実と認められる。Xには、盗用の機会があった。

(3)したがって、盗用を疑わせる事実があり、上記推定は破られる。

(4)以上から、本件契約書の成立の真正は認められない。したがって、同書証から本件賃貸借契約を締結した事実を認定することはできない。

2.Yが、令和2年7月30日、Xに対し、5万円を支払ったことは、XY供述で一致し、事実と認められる。
 しかし、Yは、それが賃料の一部であることを否定する。令和2年末まで賃料請求がなかったことはXY供述で一致し、事実と認められる。このことは、上記支払が賃料の一部であったことだけでなく、そもそも賃料支払の合意の存在も疑わせる事実といえる。
 したがって、上記5万円支払の事実から、本件賃貸借契約を締結した事実を認定することはできない。

3.よって、XとYが本件賃貸借契約を締結した事実は認められない。

以上

posted by studyweb5 at 17:50| 予備試験論文式過去問関係 | 更新情報をチェックする

2021年08月13日

令和3年予備試験論文式刑訴法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.刑訴法は、論点があまりにも明白で、かつ、数も多くないので、丁寧な論述が必要になります。「なんだ簡単じゃん。」と思って雑に書いてしまうと、想像以上に評価を落とすでしょう。設問1は、その問い方から、準現行犯逮捕だけを検討すべきことが明らかで、現行犯逮捕や緊急逮捕は書いてはいけません。そのことは、以前の記事(「平成29年予備試験論文式刑訴法参考答案」)で説明しました。基本的には、淡々と要件の当てはめをすれば足りますが、逮捕時点の贓物所持がない(最判昭30・12・16)とか、時間的場所的接着性を容易に肯定し難く、何らかの補完要素が必要である、という若干の応用要素があります。後者については、単に犯人と被害品との特徴の一致等を指摘して、「犯人性が明白で誤認逮捕のおそれがないからこの程度でも接着性がある。」等と説明するだけでは不十分でしょう。そのことは、例えば、合理的な疑いの余地が一切ないほどの証拠があっても、1年後に無令状で逮捕できるかというと、それはできないということからも明らかです。時間的場所的接着性要件には、単に犯人性を推認させる要素(近接所持の法理が典型)としてだけでなく、捜査機関の濫用を防ぐ手続的な意味もあるわけですから、犯行からの連続性を基礎付ける要素が必要でしょう。例えば、和光大学内ゲバ事件控訴審は、以下のように説明します。

 

和光大学内ゲバ事件控訴審より引用。太字強調は筆者。)

 被告人らが発見されたのが、時間的には本件犯行終了後約一時間四〇分を経過した後であり、場所的にも右犯行現場から直線距離にして約四キロメートル離れた前記のE1入口バス停付近であったとはいえ、被告人らはいまだ警察の犯人検索網から完全に離脱したわけではなく、本件警察官らは、前記の無線情報やC2大学職員、他の警察官、タクシーの運転手等から得た情報、あるいは、犯人検索途中の道路脇に内ゲバ事件の犯人の物と思われるマスク、タオル、雨具等が遺棄されていた状況等から、犯人の通りそうな逃走経路を追跡、検索していた最中に、被告人らを発見したのであって、これらの事情にかんがみると、被告人らと本件内ゲバ事件との結びつきや時間的、場所的接着性に関する明白性も十分に認められ、前回条項にいう「罪を行い終ってから間がないと明らかに認められるとき」に当たるということができる。

(引用終わり)

 

 本問の場合、被害者の通報を受けて現場に臨場し被害状況を聴取した制服警官が、自らその足で犯人を捜索して発見に至っている点を指摘することになるのでしょう。「制服を着用したI署の司法警察員PとQ」という問題文の事情は、一応そのヒントということにはなるでしょう。

 

愛媛県警ウェブサイト「警察Q&A」より引用)

10 捜査の警察官(刑事)はなぜ制服を着ていないのですか。

刑事の仕事は、犯罪を捜査して犯人を捕まえることです。
刑事が制服を着ていると、警察官であることを犯人に知られてしまい、逃げられたり、証拠を隠されたりしてしまうおそれがあるため、刑事はスーツなどの私服で勤務しています。

(引用終わり)

 

 とはいえ、このような点は、合否を左右しないでしょう。誰もが指摘するような事実をきちんと拾っていれば、合格レベルだろうと思います。
 設問2については、理由付けも含めて論証をしたい
ところです。本問は比較的事案が単純で、答案構成にさほど時間がかからないはずなので、それなりの文字数を書きに行くべきです。理由付けは、現場で考えていては時間内に書き切れません。規範ほど厳密に覚える必要はありませんが、筆を止めずに書ける程度には、記憶しておくべきなのです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.準現行犯逮捕(212条2項、213条)が認められるためには、犯罪及び犯人の明白性、時間的場所的接着性(「間がない」)、時間的場所的接着性の明白性(「明らかに認められる」)、212条2項各号該当事実の逮捕者による認識、逮捕の必要性(199条2項ただし書準用)が必要である

2.Pら発見時に、犯人ら同様2人組で、犯人らと特徴が一致し、甲が被害品と特徴の一致するバッグを所持していた。特徴の一致につき、Vからの聞出しだけでなく、Pらが直接防犯カメラで確認した。Pが声をかけると、いきなり逃げ出した。Pらは制服着用で、「I署の者ですが」と言っており、相手を警官と認識して逃走したといえる。甲は、逃走中バッグを投棄し、適法な所持品であれば考えにくい態度といえる。
 以上から、212条2項2号、4号に該当し、Pらにその認識があるとともに、犯罪及び犯人の明白性がある。なお、逮捕時に甲はバッグを所持していないが、追跡開始時に逮捕の着手があり、その時に要件を充足すれば足りるから、この点は同項2号該当性を妨げない。

3.時間的接着性が認められるためには、最大でも数時間を超えてはならない。他方、場所的接着性は、少なくとも4キロメートル程度までは許容される(和光大学内ゲバ事件判例参照)
 確かに、Pらが追跡を開始して逮捕に着手した時に、犯行から既に約2時間が経過し、V方から直線距離で約5キロメートルも離れていた。時間・場所の双方において限界事例といえる。
 しかし、Pらは制服の司法警察員で、犯行直後に現場に臨場し、捜査担当部署に引き継ぐ前に、初動捜査として自ら犯人の行方を捜して甲らの発見に至っており、犯行から逮捕までに連続性がある。前記2の各事実は上記判例と比較しても犯人性の推認力が相当強い。住居侵入、強盗傷人という重大事件である。以上から、なお接着性を肯定できる。

4.Pらは、犯行から約20分程度で犯行現場であるV方に到着し、犯行時刻を防犯カメラで自ら確認したから、上記3の接着性はPらにとって明白といえる。

5.住居侵入、強盗傷人という重大事件で、逃走したことから逮捕の必要性がある。

6.よって、①の逮捕は、適法である。

第2.設問2

1.甲と、父親(30条2項)の依頼により弁護人となろうとするS弁護士(31条1項)は、接見交通権を有する(39条1項)。
 Rは司法警察員であり、接見等指定の権限を有する(同条3項)。

2.弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けるための最も重要な基本的権利に属するとともに、弁護人等からいえばその固有権の最も重要なものであるから、捜査機関のする指定は、あくまで必要やむをえない例外的措置である。したがって、「捜査のため必要があるとき」(39条3項本文)とは、捜査の中断による支障が顕著な場合、すなわち、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある場合のほか、間近い時に上記取調べ等をする確実な予定があって、接見等を認めたのでは、上記取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などをいう(杉山事件、浅井事件各判例参照)
 Rは、甲にナイフの投棄場所を案内させ、ナイフの発見、押収、甲を立会人とした実況見分を実施しようと考え、捜査員や車両の手配をし、午後5時頃、出発しようとしていたから、間近い時に上記実況見分等の確実な予定があって、接見等を認めたのでは予定どおり開始できなくなるおそれがある。
 したがって、「捜査のため必要があるとき」に当たる。

3.初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法34条の保障の出発点を成すものであるから、これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である。したがって、初回接見に対する接見指定をするに当たっては、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能な場合には、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、たとえ比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認めるべきであり、上記時点での接見を拒否し、初回接見の機会を遅らせたときは、被疑者の防御準備権を不当に制限するものとして違法となる(39条3項ただし書、第2次内田国賠事件判例参照)
 甲が案内した場所にナイフが存在したならばそのこと自体が重要な証拠となる。甲は共犯者の名前を黙秘し、甲供述によるとナイフでVを切り付けたのは共犯者であるため、ナイフは、指紋等から共犯者と犯行を結び付ける重要な証拠となりうる。ナイフの場所は甲だけが知っており、甲は、地図で説明できないが、近くに行けば案内できると供述したから、立会いは必要不可欠である。
 Sは、当日午後5時30分から30分間以外に時間が取れないとする。Rは午後5時頃に出発予定で、ごく短時間の接見でも30分ほど待機を要するため、逃走中の共犯者による隠滅などのおそれが増大するだけでなく、辺りが暗くなって案内、発見等が困難となるおそれがある。したがって、捜査に顕著な支障が生じるのを避けることができない。Rは、午後8時以降の接見は可能としたのに、Sは時間が取れないとして断っており、他に当日の接見が不当に拒絶されたと認めうる事情はない。
 Sは、翌日だと午前9時から接見の時間が取れるとし、Rはその時を指定したから、初回接見の機会を不当に遅らせたとはいえず、被疑者の防御準備権を不当に制限するとはいえない。

4.よって、②の措置は、適法である。

以上

posted by studyweb5 at 07:26| 予備試験論文式過去問関係 | 更新情報をチェックする
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