2021年07月28日

令和3年予備試験論文式民法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.民法は、設問1の後半(本件賃貸借契約の解除)と設問2小問(1)の出来で、合否が分かれるでしょう。ここは、事前準備があれば無難に書けるところなので、規範を明示できなかったり、事実の摘示が雑だったりすると(設問2小問(1)については、契約後に補充される酒類とそれ以外の酒類の区分による特定も必要です。)、予想外に評価を落とすでしょう。
 設問1の前半(本件ワイン売買契約の解除)については、債権法改正前と履行不能の説明の仕方が違うので、案外難しいのかな、と思います。注意したいのは、本件ワインは制限種類物ではない、ということです。制限種類物となるのは、「倉庫Xにある甲100個のうちの20個」というような場合です。この場合、倉庫X以外の場所に保管されている甲を1個持ってきて、「これは目的物に含まれますか?」と問われれば、「違います。」と断言できる。これが、『制限』種類物としての本質です(なお、倉庫Xの甲が全部滅失した場合に当然に履行不能となるかは、債権法改正後は微妙な問題です。)。他方、倉庫Xのうちの甲を1個取り出して、「これは目的物に含まれますか?」と問われても、「わかりません。」と答えるほかはなく、倉庫Xにある甲が20個滅失しても、それだけでは履行不能とはならない。これが、制限『種類』物としての本質でした。これを理解した上で本件ワインについて考えると制限『種類』物としての本質を欠いていることがわかるでしょう。ただし、だからといって、「特定物だから」というのが本問におけるスマートな説明になるかというと、おそらくそうではない、というのが、債権法改正後の世界でした。
 設問2小問(2)は、金属スクラップ事件判例があるところです(ただし、譲渡担保と所有権留保の先後、譲渡担保設定契約後に目的物となる範囲、譲渡担保の対抗要件の方法、継続的売買か否か等が異なります。)。もっとも、譲渡担保・所有権留保の領域では、「判例の結論よりも、法的性質論からの論理一貫性を重視する。」というのがポイントです。判例は、事案によって所有権的構成に親和的なものと、担保権的構成に親和的なものとがあります。これらを整合的に説明しようとする学説もありますが、現時点では答案に書くのはやや難しいという感じです。事案によって所有権的構成と担保権的構成を使い分けるという方法は有力で、本問では、譲渡担保を担保権的構成で、所有権留保を所有権的構成で考えれば判例と同じ結論となるでしょう。ただ、そのように考えていると、どの構成を採るべきかで毎回悩むことになりますし、事案をミックスされた場合に対処に困ることがあります。当サイトとしては、今のところ、素朴な担保権的構成をベースにして、シンプルな論理を示して解くと決めておいた方が、わかりやすいし、汎用性があると思っています。参考答案は、そのような考え方で書いています。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(物権)【第2版】」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.本件ワイン売買契約

(1)Aは、無催告解除(542条1項1号)を主張する。

(2)本件ワインは滅失していないから履行不能でないとの反論が考えられる。
 履行不能かは、本件ワイン売買契約及び取引通念に照らして判断する(412条の2第1項)。
 Aは、Bとの交渉の際に、高級ワインの保存に適した冷蔵倉庫を購入・賃借する等を伝えており、飲用不適のワインをそのまま引き渡せば足りるとするのは取引通念にも反するから、飲用に適する品質は契約内容に含まれる。本件ワインが飲用不適なほど劣化し、同種同等のワインは他に存在しない以上、契約内容に適合する履行は物理的に不可能であり、履行不能となる。上記反論は失当である。

(3)Aに冷蔵倉庫を確保できなかった帰責事由(543条)があるとの反論が考えられる。
 本件ワイン売買契約上、引渡日まで甲で保管するとされていた。Aが冷蔵倉庫を確保していても、本件ワインの劣化は避けられない。したがって、Aに帰責事由はない。上記反論は失当である。

(4)落雷が原因であり、Bには帰責事由がないとする反論が考えられる。
 解除の趣旨は、責任追及ではなく、契約の拘束力からの解放であるから、相手方の帰責事由は解除の要件でない。上記反論は失当である。

(5)よって、Aの主張は認められる。

2.本件賃貸借契約

(1)本件ワイン売買契約に解除原因がある以上、本件賃貸借契約も解除できるとの主張に対し、本件賃貸借契約に解除原因がない以上、解除できないとの反論が考えられる。

(2)同一当事者間の複数契約について、ある契約の解除原因を理由に他の契約をも解除できるかは、目的が密接に関連するか、全体の目的を達しうるかで判断する(リゾートマンション事件判例参照)。
 賃貸開始日が本件ワイン売買契約の引渡日で、AはBに当面の保管場所と伝え、賃貸期間も1年と短期で、Bは本件ワイン以外の酒類を全て搬出したから、本件賃貸借契約の目的は、専ら本件ワインの保管にあり、両契約の目的は密接に関連する。本件ワインが飲用不適なほど劣化した以上、もはや甲で保管する意味はなく、本件賃貸借契約だけでは、全体の目的を達しえない。
 したがって、本件ワイン売買契約の解除原因により、本件賃貸借契約も解除できる。上記反論は失当である。

(3)よって、Aの主張は認められる。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)ア.構成部分の変動する集合動産であっても、種類、所在場所、量的範囲を指定するなどの方法によって目的物の範囲が特定される場合には、1個の集合物として譲渡担保の目的とすることができる(ネギフレーク事件判例参照)。範囲の特定には、目的物とそれ以外の物とを明確に区別する適切な措置が講じられることを要する
 本件譲渡担保契約時の目的物は独立した建物である丙内の全ての酒類として特定され、契約後に補充される酒類についても、丙に多くの棚があり、Aは注文があると注文の品を取り出して配送していたから、取り出したその棚に補充する等の措置により補充品とそれ以外が明確に区別される限り、目的物の特定がある。

イ.通常の営業のための譲渡は認められており(合意②)、公序良俗(90条)にも反しない。

ウ.したがって、同契約は有効に成立する。主張②は失当である。

(2)集合動産譲渡担保は、集合物を構成する動産について占有改定があれば対抗力が生じ、その後は、集合物としての同一性が損なわれない限り、新たに構成部分となった動産を包む集合物について対抗力が及ぶ(判例)
 本件譲渡担保契約時に丙内の全ての酒類に占有改定がされる(合意①)から、対抗力が生じ、同契約後に補充される酒類も前記(1)アの措置により集合物としての同一性を保持するから、上記対抗力が及ぶ。主張①は認められる。

(3)よって、Cは、同契約の有効性を第三者に主張できる。

2.小問(2)

(1)譲渡担保・所有権留保の法的性質は、いずれも担保権の設定と考える。本件ウイスキー売買契約に所有権留保特約がある(条項②)ため、本件ウイスキーが合意②の譲渡に応じて補充されたもの(合意③)であれば、Cの譲渡担保との競合が生じる。

(2)所有権留保と譲渡担保を共に担保権の設定と考えると、競合する担保権の優劣の問題となるから、先に対抗要件を備えた者が優先する

ア.所有権留保を担保権の設定と考えると、買主による担保権設定は一種の物権変動となるから、対抗要件として引渡しを要する(178条)。もっとも、留保当事者間の合理的意思から、明示の引渡しがなくても、黙示の占有改定(183条)を認定すべきである
 本件ウイスキーは、丙搬入時(令和3年10月20日)に担保権としての留保所有権に係る黙示の占有改定があったと認定でき、その時に対抗力が生じる。

イ.他方、前記1(2)のとおり、本件譲渡担保契約に係る担保権の対抗力は、同契約時(令和3年10月1日)に生じ、その後に搬入された本件ウイスキーにも及ぶ。

ウ.したがって、先に対抗要件を備えたCの譲渡担保が優先する。主張③は失当である。

(3)よって、Dは、Cに本件ウイスキーの所有権を主張できない。

以上

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2021年07月22日

令和3年予備試験論文式行政法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.行政法は、設問1はほとんど知識で勝負が付く感じですが、設問2は現場での頑張り次第です。事前準備が全くなくて、設問1がどうにもならなかった人も相当数いそうですが、それでも設問2で頑張れば、ギリギリなんとかなるでしょう。その意味では、設問2での頑張りが合否を分けそうです。
 なお、設問1で、本件条件を本件許可の付款であると考えるということは、本件条件を本件許可の一部と考えることを意味しますから、重ねて処分性を検討することは無意味です。このことは、付款に公定力が認められる(例えば、本件条件の瑕疵を争うには、当然無効の場合を除き、取消訴訟によらなければならない。)とされる理由が、主たる処分の一部であることにあったことを想起すれば、気付きやすかったでしょう。本件条件の取消訴訟は、本件許可の一部取消訴訟であり、その請求の趣旨及び認容判決の主文は、「本件許可のうち、『積替え・保管施設への搬入は、自ら行うこと。また、当該施設からの搬出も、自ら行うこと。』とする部分を取り消す。」という感じになるわけです。
 それから、本件許可の取消判決の効果を考える場合、行訴法33条2項の文言を見て適用できるか迷った人もいるかもしれません。

 

(行訴法33条2項。太字強調は筆者。)
 申請を却下し若しくは棄却した処分又は審査請求を却下し若しくは棄却した裁決が判決により取り消されたときは、その処分又は裁決をした行政庁は、判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分又は審査請求に対する裁決をしなければならない。

 

 本問の場合、申請に対する許可がされているので、却下にも棄却にも当てはまらないようにみえますが、本件許可に本件条件が付されたことは申請の一部棄却となるので、同項を普通に適用できるのです。このことは、条件付認容判決(例えば引換給付判決)が一部認容判決であることを考えると、理解しやすいでしょう。同じ理由で、本件許可の取消しの訴えの利益は当然に認められることになりますから、答案で積極的に書く必要はありません。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(行政法)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.行政行為の付款とは、行政行為の効果を制限し、又は義務を課すために付加される従たる意思表示をいう。条件とは、行政行為の効果を将来の不確実な事実の発生にかからせる付款をいい、負担とは、行政行為に付随する特別の義務を課す付款をいう
 本件条件は、本件許可に係る積替え・保管のための搬入・搬出の方法に係るから、独立の処分でなく、本件許可に従たる意思表示であり、付款である。搬入・搬出を自ら行うことは、本件許可の効果を左右しないから条件でないが、特別の義務といえ、負担である。

2.取消対象として、本件許可と本件条件が考えられる。

(1)本件許可を取り消す判決が確定すると、本件許可は効力を失い、判決の趣旨に沿った新たな許可がされる(行訴法33条2項)までは、Aは、積替え・保管ができない。

(2)付款に瑕疵がある場合において、付款のない行政行為とすると目的を達しえないときは、付款の瑕疵は行政行為自体の無効・取消原因となるが、なお目的を達しうるときは、付款のない行政行為として有効である
 本件条件は、本件許可の効果を左右せず、他者搬入・搬出による積替え・保管も性質上可能であるから、本件許可は、本件条件がなくても、なお目的を達しうる。
 したがって、本件条件に瑕疵があり、これを取り消す判決が確定しても、本件許可は、本件条件のないものとして有効であり、Aは、他者搬入・搬出も含めた積替え・保管ができる。

3.付款の瑕疵が行政行為自体の取消原因となる場合には、当該行政行為の取消訴訟を提起すべきであるから、付款のみを対象とする取消訴訟は、訴えの利益を欠き許されない。他方、行政行為自体の取消原因とならない場合には、行政行為の取消訴訟を提起することはできないから、付款のみを対象とする取消訴訟を提起できる
 前記2(2)のとおり、本件条件の瑕疵は本件許可自体の取消原因とならないから、本件条件を対象とする取消訴訟を提起できる。

4.以上から、本件条件の取消訴訟を提起すべきである。

第2.設問2

1.裁量の有無は、国民の自由の制約の程度、規定文言の抽象性・概括性、専門技術性及び公益上の判断の必要性、制度上及び手続上の特別の規定の有無等を考慮して個別に判断すべきである(群馬バス事件判例参照)
 法14条の4第11項の条件は収集運搬業者の職業の自由を制約しうるが、同項はその内容について、「生活環境の保全上必要な」とするにとどまり、生活環境への影響につき専門技術性・公益上の判断が必要で、制度上・手続上の特別の規定もない。
 以上から、条件の内容形成について知事に裁量があり、違法となるのは裁量逸脱濫用となる場合(行訴法30条)、すなわち、事実の基礎を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠く場合である。

(1)本件申請書類に他者搬入・搬出の記載は不要であったが、Aは担当者に他者搬入・搬出も目的と明確に伝えて事前協議を行い、高額な費用を投じて積替え・保管施設を設置した。知事は、事前協議事項について担当課の審査を経て、Aに適当と認める旨の協議終了通知を送付した。それにもかかわらず、何らの補償もなく本件条件を付したことは、行政上の信義則(禁反言ないし矛盾挙動の禁止)に反し、社会通念上著しく妥当性を欠く。

(2)近隣の県では本件条件のような内容の条件は付されていないのに、B県においてのみ本件条件が付されたのは平等原則に反し、社会通念上著しく妥当性を欠く。

2.他者搬入・搬出をしていた別の収集運搬業者の積替え・保管施設において廃棄物飛散などの不適正事例が社会問題化したことを受け、その性状(法2条5項)を踏まえ、責任の所在を明確にし、飛散などを防止するため、本件申請直前に従来の運用を変更したのであり、やむをえない事情変更に基づくから信義則に反しないし、合理的理由があるから平等原則にも反しないという反論が想定される。

3.しかし、飛散などは、許可にあたり法施行規則第10条の13第1号イヘ、同2号イの基準の充足を適切に判断し、許可後に同基準を充足しない状況が生じても、必要な措置(法4条2項)をとることで防止できたはずである。上記不適切事例は、知事が上記権限行使を怠ったことで生じたといえ、他者搬入・搬出は原因でない。
 不適正事例で飛散などが生じた要因は保管量増加と保管期間長期化であり、責任は積替え・保管を行う業者にあることが明らかで、責任所在明確化は他者搬入・搬出を認めない理由にならない。
 以上から、上記反論は失当である。

4.よって、本件条件には裁量逸脱濫用の違法がある。

以上

posted by studyweb5 at 22:57| 予備試験論文式過去問関係 | 更新情報をチェックする

2021年07月18日

令和3年予備試験論文式憲法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.憲法は、前半(広告物掲示の原則禁止)と後半(印刷物配布の原則禁止)とで、頭の使い方が違うのがポイントです。前半は、物量重視の事務処理型憲法論として評価し得る要素がてんこ盛りなので、それをできる限り詰め込んで書く特定の論点、例えば、内容規制か内容中立規制か、というようなことを大展開してしまうと、総合で評価を落とすことになりやすいでしょう。後半は、昨年も出題された規制構造読取り型で、量より質が問われます(「令和2年予備試験論文式憲法参考答案」)。今年は、昨年よりもさらに単純かつ露骨になっています。問題文の「C地区の整備が進み多くの観光客が訪れるようになると,観光客を目当てにして,C地区の歴史・伝統とは無関係の各種のビラが路上で頻繁に配布されるようになり,Dらは,C地区の歴史的な環境が損なわれることを心配するようになった。」という立法事実を読んだときに、観光客目当てのビラとは具体的にどんな感じのビラなのか、想像してみるとよいでしょう。多くの人が、以下のようなものをイメージするはずです。

「直輸入!肉汁溢れるアメリカン・ビーフ!」
「赤字覚悟の激安居酒屋!このチラシをお持ちになれば生ビール一杯無料です!」
「お茶目なメイドがあなたをお出迎え。」
「冷やし中華はじめました。」

 このような具体的なイメージを持った上で、担当者Eの説明を読めば、「はぁ?この人何言っちゃってんの?」と思うでしょう。
 一方で、以下のようなビラは、けしからんので罰金刑です。

「C地区の歴史環境を維持・向上させるための市民運動の取組みを紹介します。」
「路上にゴミを捨てないで!環境美化に御協力下さい。」

 このようなビラは、たとえ店舗関係者が配ったとしても、自己の営業を宣伝するものではないので、規制を免れることはできません。「何これ?メチャクチャじゃん。」と思ったなら、それを憲法論として構成すれば、答えになります。参考答案は、判例の枠組みを用いて合理的関連性の問題としていますが、「過剰包摂かつ過小包摂」と構成することも可能でしょう。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(憲法)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.広告物掲示の原則禁止

1.広告物掲示によって自らの思想等を外部に表明することは、「表現」(21条1項)に当たる。商業広告は商品・サービスに関する情報伝達であり、純粋な思想等の表明ではないが、消費者の知る権利に奉仕するから、21条1項で保障される。判例も、これを前提とする(適応症広告事件、風俗案内所規制条例事件各判例参照)。したがって、商業広告も含め、広告物掲示の禁止は、特別規制区域で掲示しようとする者の表現の自由を制約する。

2.許可要件が広告内容に関わるものの、規制目的は歴史環境の維持・向上にあり、意見表明そのものの禁止をねらいとしない間接的・付随的制約である。その合憲性は、目的が正当か、手段と合理的関連性があるか、得られる利益と失われる利益の均衡を失しないかで判断する(猿払事件、戸別訪問禁止事件、寺西判事補事件、広島市暴走族追放条例事件各判例参照)

(1)上記目的は公共の福祉に適合し、正当である(景観利益に関する国立マンション事件判例参照)。

(2)歴史環境を向上させるものに限り許可をすることで、上記目的は促進されるから、合理的関連性がある。

(3)確かに、許可制とすれば、歴史環境を損なう広告物掲示を事後規制より確実に防止できるし、許可の有無で判断できるため罰金刑を受ける広告物かが明確になる。向上させるもののみ許可すれば、維持にとどまるものにも許可するより、歴史環境の向上に資する。特別規制区域の新たな広告物が対象となるにとどまり、既存の広告物や他の手段による意見表明は規制されない。店舗営業者の商業広告も規制される反面、印刷物配布を許容する配慮がある。
 しかし、行政による発表前審査の特質を有し、網羅性一般性を欠くため検閲(21条2項前段)に当たらないとしても、表現に対する事前抑制は、公の批判の機会を減少させ、広範にわたりやすく、濫用のおそれがあるうえ、抑止効果が大きいから、厳格かつ明確な要件の下でのみ許容される(北方ジャーナル事件判例参照)。歴史環境を損なう広告物が掲示されても、事後に撤去させることで回復可能であり、許可制とすることで得られる利益は、上記撤去までの掲示を防げるにすぎない。歴史環境を維持する広告物は、掲示されても歴史環境を損なわないから、許可しないことで得られる利益は、歴史環境向上をうながす程度にとどまる。指定の想定されるC地区で既に看板等の7割程度が街並み全体に違和感なく溶け込んだ江戸時代風となっており、さらなる向上を必要とする具体的事情はうかがわれない。歴史環境向上という許可要件は、環境概念自体が不明確なだけでなく、テーマ、形状、色などから総合的に判断されるため、申請者の事前予測や不許可理由の妥当性判断が著しく困難で、濫用のおそれや抑止効果が特に大きい。
 以上から、得られる利益に比して失われる利益が大きく、均衡を失する。

3.よって、表現の自由を侵害し、21条1項に違反する。

第2.印刷物配布の原則禁止

1.前記第1の1から2(1)までに述べたことは、印刷物配布の禁止にも当てはまる。

2.路上は伝統的に表現のための場所(パブリックフォーラム)とされ、印刷物配布のような簡便有効な手段の規制は、少数者の意見が社会に伝達される機会を実質上奪う結果となりうる(吉祥寺駅ビラ配布事件における伊藤正己補足意見参照)から、関連性が合理的かは慎重に判断する。
 Eは、特別規制区域内の店舗関係者が自己の営業を宣伝する印刷物を例外とした趣旨について、C地区の歴史・伝統に何らかの関わりがあり、C地区の歴史環境を損なうとはいえないからと説明する。しかし、観光客を目当てにして、C地区の歴史・伝統とは無関係の各種のビラが路上配布されたことが問題視されたという立法事実からすれば、店舗関係者が自己の営業を宣伝する印刷物は、観光客を目当てにするあまり歴史・伝統と無関係なものになりやすく、むしろ規制を必要とする典型的な類型である。他方、上記以外の印刷物で歴史環境を損なうとはいえないものや、かえって向上させるものがありうるが、そうしたものは例外なく規制対象とされている。そうすると、規制目的と規制対象の関連性について、首尾一貫した合理的な説明ができない。
 以上から、目的と手段の合理的関連性は認められない。

3.よって、表現の自由を侵害し、21条1項に違反する。

以上

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