2020年11月30日

令和2年予備試験論文式刑事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。しかし、最近の刑事実務基礎は、民事実務基礎とほぼ同様の傾向となっており、そのような事務処理型の問題ではありません。すなわち、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近い。そのため、当てはめに入る前に規範を明示しているか、当てはめにおいて評価の基礎となる事実を摘示しているか、というような、「書き方」によって合否が分かれる、という感じではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか。単純に、それだけで差が付くのです。ですから、実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、実務基礎に関しては、生じにくい。逆に言えば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。

2.以上のようなことから、参考答案は、他の科目のような特徴的なものとはなっていません。ほぼ模範解答のイメージといってよいでしょう。

3.今年の刑事実務基礎は、近時の傾向どおりの問題だったといえるでしょう。ただ、設問1については、予備校等で適切な解説がされていないようなので、注意を要します。設問1は、小問(1)反対仮説を排斥できないことを示し、小問(2)では凶器の認定をした上で、近接所持類似の法理によって、その反対仮説を排斥できることを示すことが求められています。単に個々の事実をバラバラに取り上げて、当てはめのように評価して結論を出せばよいということではないのです。当サイトの参考答案と予備校等の答案例を比較してみると、その違いがよくわかるでしょう。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

(1)証拠⑤から、令和2年2月1日午後2時頃から午後9時45分頃までの間に犯人がVを殺害したと認められ、Aの指紋の付着は、同じ時間帯にAがV方を訪れたことを示す意味で、事件とAを結びつける事情である。

(2)もっとも、Aは、同年1月20日頃から毎日のようにV方の東隣店舗でVと面会しており、Aが犯行と無関係にV方を訪れたとしても不自然でなく、前記時間帯には7時間45分程度の幅があるから、AがV方を訪れて退去した後、入れ替わりに別の犯人がV方を訪れてVを殺害した可能性を排斥できない。

(3)よって、その推認力は限定的である。

2.小問(2)

(1)証拠⑩は、証拠⑨のナイフにVのDNA型と一致する人血が付着したことを示し、偶然にVのDNA型と一致する人血が付着する可能性は極めて低いから、証拠⑨のナイフは、V殺害の凶器と強く推認される。証拠⑪もこれを補強する。

(2)証拠⑦・⑧から、犯行当日午後9時にAが人をナイフで刺してそのナイフをM県N市O町の竹やぶに捨てた旨発言したことが認められ、仮に同発言が証拠⑨のナイフと別のナイフを指すとすれば、偶然同じ竹やぶに人を刺したナイフが複数捨てられたという可能性の乏しい推論となるから、これは証拠⑨のナイフの投棄場所を知っていたという意味で、事件とAを結びつける事情である。

(3)仮に、Aとは別の犯人がVを殺害したとすると、その日の午後9時までに犯人が同ナイフをAに交付したか、投棄場所をAに告げたことになり、かつ、AはCにその犯人を秘匿したことになる。しかし、それは抽象的で非現実的な想定にすぎない。以上から、前記1(2)の可能性を排斥できる。

(4)よって、Aの犯人性を十分に推認できる。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)手段 類型証拠開示請求(316条の15第1項)

(2)明らかにすべき事項(同条3項1号)

ア.同号イ

(ア)類型 同条1項6号

(イ)識別事項 午後6時頃のV方からの物音に関する供述を内容とする供述録取書

イ.同条3項1号ロ

 証拠⑮は、「殺すぞ」という発言の存在を立証しようとするもので、この事実はAの殺意を推認させる重要な間接事実である。その証明力を判断するには、犯行時刻とされる午後6時頃にV方からの物音に関する他の者の供述と矛盾等がないかを確認することが重要であるから、被告人の防御の準備のため開示が必要である。

2.小問(2)

 証拠⑥は、午後6時頃にV方から聞こえた男性の大きな怒鳴り声に関する供述を内容とする供述録取書であり、前記1(2)イのとおり開示の必要があることに加え、その内容に名誉・プライバシーに係る事実は含まれておらず、開示によって生じるおそれのある弊害は考えにくいことから、開示が相当である。

第3.設問3

1.検察官は、C供述中のAの発言である「人をナイフで刺してやった。」の部分から、Aの刺突行為を立証しようとしており、Cの直接体験しない事実を要証事実とするから、伝聞供述(320条1項)である(規則199条の13第2項4号、白鳥事件判例、生年月日に関する判例参照)

2.上記A発言部分は、Aに不利益な事実の承認(324条1項、322条1項本文)であり、友人に対する通話中の発言であることから任意性(同項ただし書)がある。

3.よって、裁判所は、証拠排除決定をすべきでない。

第4.設問4

1.勾留取消しを請求できる(87条1項)。もっとも、公訴事実が殺人でAは無職のため、逃亡のおそれ(60条1項3号)がなくなったと裁判所に認めさせるのは難しい。却下決定に対し抗告できる(420条2項)。

2.保釈を請求できる(88条1項)。権利保釈は認められない(89条1号)が、裁量保釈(90条)の余地がある。結審後は罪証隠滅のおそれがなく、父の葬儀に出席できないことは同条の社会生活上の不利益として裁量保釈を肯定する事情となると主張し、出席に必要な限度とするための条件(93条3項)を付されてもよい旨を説明すべきである。却下決定に対し抗告できる(420条2項)。

3.勾留の執行停止(95条)については、請求権はないが裁判所の職権発動を促す申立てができる。葬儀出席は「適当と認めるとき」に当たると主張し、出席に必要な限度の停止で足りる旨を説明すべきである。職権発動されないときの不服申立ての手段はない。

以上

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2020年11月26日

令和2年予備試験論文式民事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。しかし、民事実務基礎は、そのような事例処理型の問題ではありません。民事実務基礎の特徴は、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近いという点にあります。そのため、当てはめに入る前に規範を明示しているか、当てはめにおいて評価の基礎となる事実を摘示しているか、というような、「書き方」によって合否が分かれる、という感じではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか。単純に、それだけで差が付くのです。ですから、民事実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、民事実務基礎に関しては、生じにくい。逆に言えば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。

2.以上のようなことから、参考答案は、他の科目のような特徴的なものとはなっていません。ほぼ模範解答のイメージといってよいでしょう。

3.今年の民事実務基礎は、例年どおりの内容といってよいでしょう。ただ、背景の法律関係は案外複雑です。興味のある人は、AB間売買の虚偽表示は存在するか(仮にないとすればB名義の登記を申請する際の登記原因証明情報は何か。)、B名義登記の申請だけのために作成された売買契約書の法的性質について処分証書の意義に関する「記載された説」、「よってした説」の帰結に違いは生ずるか、94条2項は直接適用か、類推適用か(直接適用だと考えた場合、Yの相談内容やQの主張した抗弁事実と整合するか。)、虚偽表示が存在する場合に94条2項類推適用を主張することはできるか(仮にできないとすると、訴訟上、どのような問題が生じ得るか。)、本件第2訴訟はなぜB→Xの移転登記請求訴訟なのか(認容判決により実現できる登記の内容、Yに対する承諾請求訴訟の併合提起の要否、X敗訴の確定判決の既判力の作用の仕方について、A→Bの移転登記の抹消登記請求訴訟であった場合とどのような違いがあるか。)等を考えてみるとよいでしょう。
 最後の設問4については、例年、予備校等から単なる当てはめのような答案例が示されているのですが、これは事実認定の考え方を問う問題です(「平成29年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」も参照)。まず、差が付くのは、書証から認定できる事実、両供述で一致(不利益事実の自認を含む。)する事実等を示しているか。これは、司法研修所では、「動かしがたい事実の確定」等と呼ばれている作業です。設問で、「提出された各書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて」とされているのは、このことを指しています(逆にいえば、一方的に自己に有利な事実として主張されているものは、判断の基礎としてはいけない。)。次に、動かしがたい事実を前提に、両供述の信用性を評価して結論を出しているか(※)。ほとんどの場合、相手方供述のストーリーに決定的な欠陥があるので、その点を指摘できたかが重要なポイントとなります。
 ※ 厳密にいえば、直接証拠が何かによって構造が変わります。本問の場合、「Aと私は,口頭で,私がAから売買代金500万円で甲土地を買い受けることに合意しました。」という内容を含むX供述が直接証拠になるので、理論的にはその信用性が結論に直結します(Xの供述内容が真実であれば、直ちにAX売買が認定できる。)。もっとも、それはXの当事者としての主張そのものなので、必然的に被告Bの供述と矛盾・対立することになるでしょう。すなわち、X供述もB供述も信用できる(その内容が真実である。)ということはあり得ない。結局は、B供述との信用性の比較(どちらがより真実っぽいか。)という視点で検討することにならざるを得ないのです。

 今年の問題の場合、B供述は、本件預金通帳の内容と矛盾しないように、工夫したストーリーを展開しています(Xに立て替えてもらっていることになっているので、XがAに送金したことと矛盾しない。)。なので、本件預金通帳の記載内容を強調してAX売買を認定しようとするのは、この点を読み取っていないと評価されるでしょう。また、本件領収書については、その記載内容はむしろB供述と整合するので、記載内容ではなく、それをXが所持していた事実がX供述に整合する旨を説明する必要があります。このように、本問は、書証とされた文書の記載内容だけでは容易に決着が付かないように作られているのです。その点を理解した上で、B供述のストーリーに決定的な欠陥がないか、という視点から改めてB供述を見れば、多くの人が、「お前、その状況でどうして土地を買おうと思ったんだよ。」ということに気が付くでしょう。

 

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 私は,早速甲土地を見に行ったところ,立地もよく,XとAとの間でまとまっていた500万円という代金額も安く感じられたことから,私がAから甲土地を買うことにしましたもっとも,令和元年末に私の料亭が食中毒を出してしまい,客足が遠のいており,私自身が甲土地の売買代金をすぐに工面することはできなかったことから,差し当たり,Xに立て替えてもらうことになりました。

(引用終わり)

 

 立地がよく、代金額が安く感じられても、通常はとても土地を買おうと思う状況ではないでしょう。それでもなお、甲土地を必要とする特別の理由があれば別ですが、そのことについて、何も説明しようとしていないのです。これを、現場で読み取って、答案にうまく書くことができたか。これが、本来の出題趣旨でしょう。もっとも、単なる当てはめのように書く答案が続出するでしょうから、この点が直ちに合否を分けることはないだろうとは思います。いずれにせよ、毎年同じような問題が出題されているのですから、書証から認定できる事実・両供述で一致する事実等を前提に、両供述の信用性を評価するという手順で書けるよう、準備しておくべきです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

 所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権

2.小問(2)

 被告は、甲土地について、別紙登記目録記載の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

3.小問(3)

 登記手続を命ずる判決による登記申請の意思表示の擬制の効果は、判決確定時に生じる(民執法177条1項)からである。

4.小問(4)

① Xに対し、令和2年5月1日、甲土地を代金500万円で売った

② Y名義の抵当権設定登記がある

第2.設問2

1.小問(1)

① 抗弁として主張すべきでない。

② (a)の言い分は、「Aから甲土地を買ったのはXではなくB」とするから、請求原因(い)と両立せず、その積極否認となるからである。

2.小問(2)

(ⅰ)① 甲土地について、B名義の所有権移転登記があった

② Bが甲土地の所有者でないことを知らなかった

(ⅱ)抵当権設定契約が効力を有するには、被担保債権の存在が必要となる(付従性)からである。

第3.設問3

1.小問(1)

 令和4年12月1日弁済による更新(民法152条1項)の再々抗弁

2.小問(2)

 消滅時効完成後の債務承認は時効による債務消滅と相容れない行為であり、相手方に時効を援用しないとの期待を生じさせるから、消滅時効完成後に債務を承認した者は、信義則上、時効を援用できない(判例)
 令和7年12月25日弁済の主張は、消滅時効の完成する同月1日後の債務の承認としてBが信義則上時効を援用できないことを基礎付けるが、自ら債務を承認していないXが時効を援用できないことを基礎付けることはできない。したがって、同主張は、再々抗弁として主張自体失当である。

第4.設問4

1.通常信用性がある報告文書(類型的信用文書)については、特段の事情のない限り、記載内容どおりの事実を認定できる。

(1)預金通帳は、紛争当事者でない銀行が業務上機械的に記載するものであり、類型的信用文書である。本件預金通帳につき、特段の事情は見当たらない。
 したがって、本件預金通帳の記載から、令和2年5月20日にXがAに500万円を送金した事実が認められる。

(2)領収書は、金銭授受とほぼ同時に作成され、自己に不利益な事実を認める点で、類型的信用文書である。
 しかし、本件領収書はPが提出しており、名義人Bではなく、Xが所持したと認められる。なぜXが所持したかにつき、B供述に合理的説明がない。このことは、Bが固定資産税を納付した事実を疑わせる特段の事情といえる。
 したがって、本件領収書の記載から直ちに上記事実を認めることはできない。

2.X供述は、前記1(1)の認定事実及びXが本件領収書を所持した事実と整合し、甲土地購入の動機についても、老後は故郷に戻りたいので、自宅を建築するための土地を探していた旨具体に説明しており、B供述もこれを認める。

3.これに対し、B供述は、甲土地購入の動機につき、立地がよく、代金額が安いというにとどまり、甲土地を何に利用するか具体の説明がない。Bが自認するとおり、Bは売買代金を工面できない状況であった。その状況で土地を購入するのは通常でないから、特別の理由が必要であるところ、B供述には何ら合理的説明がない。

4.以上から、X供述は信用できるが、B供述は信用できない。

5.よって、XがAから甲土地を買った事実が認められる。

以上

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2020年11月21日

令和2年予備試験論文式刑訴法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から昨年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。

2.その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。

3.以上のことから、平成27年から昨年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、今年は、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしました。より実戦的に、現場で答案に事実を書き写している間に思い付くであろう評価を付し、時間・紙幅に余裕がありそうな場合には、規範の理由付けも付すこととしています。
 もっとも、現時点でも、規範の明示と事実の摘示に最も配点があるという傾向自体には変わりはないと考えています。また、規範の理由付けと事実の評価を比較すれば、後者、すなわち、事実の評価の方が配点が高いというのが、これまでの再現答案等の分析からわかっていることです。ですので、参考答案では、規範の明示と事実の摘示を最優先とし、次に事実の評価、それでもまだ余裕がありそうなら規範の理由付け、という優先順位を設け、それに基づいて論述のメリハリを付けることとしています。また、応用論点についても、現場でそれなりに気付くことができそうなものについては触れていく、という方針を採用しました。

4.今年の刑訴法は、旧司法試験時代を思わせる単一マイナー論点型でした。最判平15・10・7を知っているかという、それだけの問題と感じさせます。このような問題の場合は、時間・紙幅に余裕があるわけですから、規範の理由付けや事実の評価も書くことになるでしょう。マイナー論点とはいえ、論証を準備していた人はそれなりにいただろうと思います。また、詳細な論証を覚えていなくても、一事不再理効の趣旨から公訴事実の同一性の規範を導くことは不可能ではないでしょうし、審判対象が訴因であることから訴因を対照する、という規範を導くことも可能だったのではないかと思います。一般論・抽象論の部分で、差が付くことになりそうです。
 後段の当てはめでは、常習傷害における常習性の意義が一応問題になるわけですが(暴力的習癖が認められる場合であっても、その発現と認められない偶発的犯行については常習傷害を構成しない(大阪高判昭41・2・5等)。)、もちろんそんなものは知っているはずがないそれでも、両訴因を比較すれば、「事件①と事件②って態様が随分違うよね。」ということはすぐ気付いたはずです。事件①の常習性とは、自宅で交際相手とちょくちょく口論とかになってつい手を出してしまうという常習性だろう(「近しい女性を対象とする粗暴犯の常習性」を認めた近時の裁判例として、福岡高判平30・9・27参照) 。その常習性が事件②に現れているといえるのか違うだろう(厳密には実体判断に伴ってその点も審理すべきというのが上記最判平15・10・7の趣旨だとは思いますが。)。本問ではそれなりに答案構成に時間を掛けることができるでしょうから、ある程度落ち着いて考える時間があります。事件①と事件②の違いを活かすとすればどのようなことが考えられるかという視点で考えれば、それなりに正解に近い方向性で解答することは可能だったろうと思います。
 なお、事件①の判決確定後に事件②が発覚した点については、検察官の同時処理を重視する説に配慮した事実関係ですが、判例・通説からは公訴権濫用の考慮要素(消極方向)となり得ます。もっとも、公訴権濫用の場合には、裁判所は公訴棄却判決(338条4号)をすることになります。本問の弁護人は免訴を主張しているので、これは本来解答にはそぐわない。なので、書くとしても、参考答案のように、「添える」感じで書くべきでしょう。本問の場合、通常の受験生は書くことがあまりないでしょうから、時間が余るようなら一応書いた方がよいと思います。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.前段

1.弁護人の主張の趣旨は、①事件の確定判決の一事不再理効が②事件に及ぶため、裁判所は、免訴判決をしなければならない(337条1号)という点にある。

2.一事不再理効は、起訴状記載の訴因と公訴事実の同一性が認められる範囲において生じる一事不再理効の根拠は、被告人を再度の訴追による二重の危険から解放することにある(憲法39条後段)ところ、検察官は公訴事実の同一性が認められる範囲において訴因変更が可能であり(312条1項)、被告人は、その範囲において有罪判決を受ける危険を負担したといえるからである

3.公訴事実の同一性(312条1項)とは、公訴事実の単一性又は狭義の同一性があることをいう公訴事実の単一性は、実体法上一罪であるか否かによって判断する
 弁護人は、②事件は既に有罪判決が確定した①事件とともに常習傷害罪の包括一罪を構成すると主張しているから、広義の公訴事実の同一性のうち、公訴事実の単一性が問題となる。
 訴因制度を採用する現行法において、審判対象は訴因であり、検察官は一罪の一部を起訴することもできると考えられる以上、一事不再理効の範囲の判断における公訴事実の単一性の判断についても、前訴と後訴の訴因のみを対照して行うべきである(八王子常習特殊窃盗事件判例参照)
 ①・②事件の訴因はいずれも単純傷害罪であり、併合罪(刑法45条前段)の関係に立つと考えられ、両罪が常習傷害罪の包括一罪を構成するとうかがわせる要素はないから、両罪の公訴事実の単一性を認めることはできない。
 以上から、①事件の確定判決の一事不再理効は、②事件に及ばない。

4.なお、検察官が恣意的に事件を分割した場合には公訴権濫用の問題が生じうるが、②事件は①事件の判決確定後に判明したから、検察官が濫用的に事件を分割して起訴したとは認められない。

5.よって、裁判所は、免訴判決をすべきでなく、実体判断をすべきである。

第2.後段

1.①事件の訴因が常習傷害罪の事実であることから、②事件の訴因がその常習傷害罪の一部といえるかを判断する。
 確かに、犯行日は、①が令和元年6月1日で、②は同年5月15日と近接している。
 しかし、犯行場所は、①がH県I市内の自宅であるのに対し、②はJ県L市内の路上であり、被害者は、①が交際相手の乙であるのに対し、②は見ず知らずの通行人丙であり、暴行態様は、①が顔面を平手で数回殴るなどであるのに対し、②は顔面、頭部を拳骨で多数回殴るなどであり、傷害の程度は、①が加療約5日間を要する顔面挫傷等であるのに対し、②は加療約6か月間を要する脳挫傷等である。
 ①事件の常習性は、軽微な家庭内暴力が習慣化したものと考えられる。これに対し、②事件は、路上において偶発的に生じたものと考えられ、相手を死亡させかねない重大な傷害事件である。そうすると、②事件を①事件の常習性の現れとみることは困難である。したがって、②事件が①の常習傷害の一部を構成すると認めるに足りないから、両罪の公訴事実の単一性を認めることはできない。
 以上から、①事件の確定判決の一事不再理効は、②事件に及ばない。

2.公訴権濫用の問題が生じないことは、前段同様である。

3.よって、裁判所は、免訴判決をすべきでなく、実体判断をすべきである。

以上

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