2020年10月29日

令和2年予備試験論文式行政法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から昨年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。

2.その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。

3.以上のことから、平成27年から昨年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、今年は、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしました。より実戦的に、現場で答案に事実を書き写している間に思い付くであろう評価を付し、時間・紙幅に余裕がありそうな場合には、規範の理由付けも付すこととしています。
 もっとも、現時点でも、規範の明示と事実の摘示に最も配点があるという傾向自体には変わりはないと考えています。また、規範の理由付けと事実の評価を比較すれば、後者、すなわち、事実の評価の方が配点が高いというのが、これまでの再現答案等の分析からわかっていることです。ですので、参考答案では、規範の明示と事実の摘示を最優先とし、次に事実の評価、それでもまだ余裕がありそうなら規範の理由付け、という優先順位を設け、それに基づいて論述のメリハリを付けることとしています。また、応用論点についても、現場でそれなりに気付くことができそうなものについては触れていく、という方針を採用しました。

4.今年の行政法は、比較的オーソドックスな出題で、実力が素直に結果に反映される問題だったといえるでしょう。設問1は、行政契約に関する問題を解いて、規範も含めて書き方を確認しておけば、特に困ることのない内容です。設問2は、処分性に関する問題を何問も解いていれば、「このパターンですよね。」という感じで解けるはずです。今年の問題が難しい、と感じたのであれば、それは単純に演習量が足りなかったということです。
 論文の場合も、短答の場合と同じように、書けなかった問題は繰り返し解いて、入手可能な問題は全問書けるようになることを目指すべきです。書けなかった問題には印を付けておいて、全体を解き終わった後は、印の付いているものを再度解く。今度は書けた、というのなら、印を消せばよいのです。もちろん、短答と違って論文では相当に時間が掛かりますから、通常はそこまで到達する前に合格してしまいます。しかし、学習の方向性としては、そうすべきなのです。なかなか受からない人は、一度解いて、「あー書けなかった。」と言って、次に解いたときに書けるようにするには何が必要かを確認しないまま、次の問題を解き、「あー書けなかった。」を繰り返す。これでは、いつまで経っても書けるようにはなりません。一度解いた問題をもう一度解くのはつまらない、というのはわかりますが、つまらないことをしっかりやり抜くことも、合格には必要なことなのです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(行政法)」に準拠した部分です(「処分性要件においてごみ焼却場事件判例を用いなかった理由」、「処分性要件と実効的な権利救済の合理性」も参照)。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.本件条項は、A市が行政主体としてBと締結する契約であるから、その性質は行政契約である。

2.行政主体と国民との間の行政契約は、国民との合意による以上、法律の根拠を要しない
 したがって、法及び条例に根拠規定がないことは、本件条項の効力を妨げない。

3.行政協定も行政契約の一種であり、相手方の任意の同意に基づく以上は、関係法令の趣旨に反しない限り有効である

(1)Bは、本件条項を含む開発協定の締結には当初難色を示したが、周辺住民との関係を改善することも必要であると考え、協定の締結に同意したから、任意の同意に基づく。

(2)関係法令上、事業や施設を任意に廃止することが業者の自由な判断に委ねられているときは、これを約束することが法の趣旨に反するとはいえない(産廃施設の使用期限に係る協定に関する判例参照)。このことは、新たに開発事業をする場合にも妥当する。
 本件条項は、Bが廃棄物処理事業に係る今後一切の開発許可(法29条)の申請をしない趣旨と理解できる。開発許可申請をするかは事業者の自由な判断に委ねられるから、これを約束することが法の趣旨に反するとはいえない。

(3)もっとも、行政契約にもその性質に反しない限り民法の一般原則が適用され、公序良俗(民法90条)に反するときは無効となる。
 本件条項は、将来の廃棄物処理事業に係る開発事業を禁止する効果を有し、一切の例外を認めない。法33条1項及び条例の定める基準に本件条項に関係するものが存在しないこと、本件条項は周辺住民の強力な反対を考慮したものであるところ、周辺住民の反対が将来鎮静化することもありうることも踏まえると、禁止の範囲が不当に包括的で、Bの利益を一方的に害するものといえる。したがって、本件条項は、公序良俗に反し、無効である。

(4)以上から、本件条項に法的拘束力は認められない。

第2.設問2

1.抗告訴訟の対象となる処分(行訴法3条2項かっこ書)というためには、民事訴訟との区別の観点から、法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行うものであること(公権力性)、紛争の成熟性の観点から、特定の相手方の法的地位に直接的な影響を及ぼすこと(直接法効果性)が必要である

2.本件通知には直接の法的根拠がなく、公権力性がないとのA市の反論が想定されるが、本件通知は条例4条の事前協議(以下、単に「協議」という。)に応じない旨のものであるから、同条を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行うものといえる。
 したがって、公権力性がある。

3.本件通知は意思の通知であり、直接法効果性がないとのA市の反論が想定される。
 確かに、本件通知は、協議に応じない旨の意思を通知するにとどまり、Bの法的地位に直接の影響はないともみえる。
 しかし、条例は、協議を欠く工事に対し、最終的には中止も命じうるとする(11条)。中止を命じうるのは、条例の仕組み上、その禁止が前提とされているからである。そうすると、協議の実質は、上記一般的禁止を解除する許可である。したがって、協議の申入れは開発事業に係る工事の許可申請であり、協議に応じない旨の通知は、その拒否処分となる。そうである以上、同通知は、特定の相手方の法的地位に直接的な影響を及ぼす。
 以上から、本件通知には直接法効果性がある。

4.本件通知の後続処分に対する取消訴訟が可能であり、本件通知を取消訴訟の対象とする合理性がないとのA市の反論が想定される。
 段階的処分において、どの段階の手続に処分性を認めるかを判断するに当たっては、実効的な権利救済の観点から、抗告訴訟の対象とすることに合理性があるか否かを考慮すべきである(土地区画整理事業計画決定に関する判例参照)

(1)確かに、開発不許可処分に対する取消訴訟が可能である。
 しかし、条例4条は法の委任によるものでなく、「この法律に基づく命令」に当たらないから、A市長は、協議がなくても開発許可をしなければならない(法33条1項柱書)。他方、開発許可がされても、協議がなければ条例10条1号の勧告を経て同11条の中止命令等を受けうることに変わりはない。
 したがって、開発不許可処分に対する取消訴訟によっては、本件通知の違法(本件条項の効力)を争うことはできない。

(2)確かに、条例11条の中止命令等に対する取消訴訟が可能であり、同訴訟において本件通知の違法を争うことができる。
 しかし、中止命令等がされるまで本件通知の違法を争えないとすれば、投じた費用が無駄になるかもしれないBは不安定な地位に立たされる。

(3)以上から、実効的な権利救済の観点から、本件通知を取消訴訟の対象とすることに合理性がある。

5.よって、本件通知は、取消訴訟の対象となる処分に当たる。

以上

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2020年10月27日

令和2年予備試験論文式憲法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から昨年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。

2.その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。

3.以上のことから、平成27年から昨年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、今年は、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしました。より実戦的に、現場で答案に事実を書き写している間に思い付くであろう評価を付し、時間・紙幅に余裕がありそうな場合には、規範の理由付けも付すこととしています。
 もっとも、現時点でも、規範の明示と事実の摘示に最も配点があるという傾向自体には変わりはないと考えています。また、規範の理由付けと事実の評価を比較すれば、後者、すなわち、事実の評価の方が配点が高いというのが、これまでの再現答案等の分析からわかっていることです。ですので、参考答案では、規範の明示と事実の摘示を最優先とし、次に事実の評価、それでもまだ余裕がありそうなら規範の理由付け、という優先順位を設け、それに基づいて論述のメリハリを付けることとしています。また、応用論点についても、現場でそれなりに気付くことができそうなものについては触れていく、という方針を採用しました。

4.今年の憲法は、公法系で時折出題される、規範構造読取り型の問題でした。同様の出題は、平成29年等にもされています(「平成29年予備試験論文式憲法参考答案」)。人権選択や論点抽出で迷いようがないので、当てはめで差が付く。その際に、問題文から規範構造を正しく読み取れたか。ポイントは2つです。1つは、問題文冒頭で示された立法事実から導かれる規制の必要性立法の規制範囲比較したときに、明らかな過剰包摂がある。すなわち、規制の必要性のない範囲が含まれているということ。もう1つは、同意を得れば取材できるというけれども、同意を得るために接触することもできないよね、ということです。「金庫を開ける鍵はある。しかし、その鍵は金庫の中にある。」というのと似ています。この点に気が付けば、捜査機関が同意について云々、ということの意味がわかるはずで、その点について適切に評価できれば上位でしょう。それ以外のことは、ほとんどどうでもいい。考査委員としては、この2つのポイントにどの程度気が付いたかで差を付けよう、と思っていたはずです。しかし、おそらくは、上記の2つに全く触れることのできない答案が続出するでしょう。その場合、合否は裁量点で決まることになってしまいます。字が丁寧か、文章が法律文の作法に従っていて、読みやすいか、ということが重要になってくる。汚い字で文法を無視して書き殴ったような答案が不利になるのは、このような場合です。ですから、刑事系のように書くべきことはわかっているけど、時間・紙幅が足りない、という場合には文字を崩し、多少文法は無視してガンガン書く。しかし、書くべきことが今ひとつしっくりこない、配点事項がわからないぞ、というときは、字を丁寧に、文章も法律文の作法に則って、わかりやすく書く。このような使い分けが必要だ、ということになるでしょう。
 上記のポイントは、気付いてしまえば難しいことではありません。参考答案を読んだ後で、改めて問題文を読むと、「なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。」と思うかも知れません。「自分の言葉で人権の重要性を語ればそれでよい。」のような誤解がある、事務処理型に慣れ過ぎている、あるいは、予備校答練でこの種の問題がほとんど出題されない、ということがあるのだろうと思います。いずれにせよ、過去問にはいくつかこの種の出題がありますので、過去問はきちんと解くべきなのです。
 参考答案中の太字強調部分は、現在制作中の「司法試験定義趣旨論証集憲法」の草稿に準拠した部分です。現在最終の校正段階にありますが、その過程で一部の判例の位置付け等について若干の再整理をすることになったため、完成にはもう少し時間が掛かりそうです。

 

【参考答案】

第1.事実の報道の自由は、純粋な思想等の表明ではないが、国政に関与するにつき重要な判断資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するから、21条1項で保障され、報道機関の報道が正しい内容を持つためには、報道のための取材の自由も、21条の精神に照らし、十分尊重に値する(博多駅事件判例参照)。「十分尊重に値する」とは、取材の自由自体は憲法上保障されない(石井記者事件判例参照)が、取材の制限は報道に事実上の支障を生じさせるため、精神的自由としての報道の自由の重要性に思いをいたし、憲法が許容するか慎重に吟味しなければならない(オウム真理教解散命令事件判例参照)という意味である
 設問の立法(以下、単に「立法」という。)は、犯罪被害者等の同意がある場合を除き、犯罪被害者等への取材等を禁止するから、取材の自由が制約され、報道に支障を生じさせる。

第2.取材の自由の制約の合憲性については、報道の自由に事実上の支障を生じさせることを踏まえて利益考量すべきであるから、制約の必要性と、取材の自由が妨げられる程度、報道の自由に及ぼす影響などを考量し、必要な限度をこえていないかで判断する(博多駅事件判例参照)

1.報道機関による取材活動については、取材対象者の私生活の平穏の確保の観点から問題があるとされ、とりわけ、特定の事件・事象に際し取材活動が過熱・集中するメディア・スクラムについて対策の必要があると指摘されてきた。中でも、取材活動の対象が犯罪被害者及びその家族等となる場合、それらの者については、何の落ち度もなく、悲嘆の極みというべき状況にあることも多いことから、報道機関に対して批判が向けられてきた。したがって、上記のような過熱・集中する取材活動を制約して犯罪被害者及びその家族等の私生活の平穏を保護する必要がある。他方で、上記メディア・スクラムの弊害のない取材等については、制約の必要性がない。
 立法では、「犯罪等」が取材の過熱・集中する事件・事象に限られておらず、「取材等」が私生活の平穏を害する態様等に限られていない。したがって、規制対象に必要性を欠くものが含まれる。

2.確かに、犯罪被害者等の同意があれば禁止対象とならない。しかし、同意を得るための接触も取材目的での接触であるから、「取材等」に含まれ、禁止されると考えられる。そうすると、犯罪被害者等の同意を得ること自体が事実上極めて困難となる。
 確かに、捜査機関は、捜査に当たる場合には、犯罪被害者等が取材等に同意するか否かについて確認し、報道関係者から問合せがあった場合には回答するものとするほか、犯罪被害者等が希望する場合には、その一部又は全員が取材等に同意しないことを記者会見等で公表することもできる。これにより、報道機関は同意の有無をある程度把握しうる。しかし、これでは報道機関が公権力である捜査機関を通じてしか同意の有無を確認できないことになり、捜査機関が適切に同意の有無を開示しないおそれや犯罪被害者等の不同意を誘導するおそれなどがあることも考慮すれば、取材の自由が妨げられる程度は極めて大きい。

3.犯罪報道において、その当事者である犯罪被害者等への取材は極めて重要であるから、上記2の取材の自由の制約が報道の自由に及ぼす影響は極めて大きい。

4.確かに、禁止違反により直ちに処罰されるわけではなく、取材等中止命令が発出されているにもかかわらず取材等を行った場合に初めて処罰される。また、犯罪被害者等は、取材等中止命令の解除を申し出ることができ、その場合、当該命令は速やかに解除される。しかし、犯罪被害者等の同意のない取材等が一般的に禁止され、違法と評価されることに変わりはなく、上記2・3の点を緩和するものとはいえない。また、犯罪被害者等が取材等の禁止を申し立てた場合にのみ禁止対象とするなど、より制限的でない有効な手段がありうる。

5.以上から、上記1の制約の必要がある範囲に限っても、立法による規制は必要な限度をこえており、取材の自由、ひいては報道の自由を侵害するものとして、21条1項に違反する。

第3.よって、立法は、違憲である。

以上

posted by studyweb5 at 22:38| 予備試験論文式過去問関係 | 更新情報をチェックする

2020年10月20日

令和2年司法試験論文式刑事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から昨年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。

2.その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。

3.以上のことから、平成27年から昨年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、今年は、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしました。より実戦的に、現場で答案に事実を書き写している間に瞬時に思い付くであろう評価を付し、時間に余裕がありそうな場合には、規範の理由付けも付すこととしています。
 もっとも、現時点でも、規範の明示と事実の摘示に最も配点があるという傾向自体には変わりはないと考えています。また、規範の理由付けと事実の評価を比較すれば、後者、すなわち、事実の評価の方が配点が高いというのが、これまでの再現答案等の分析からわかっていることです。ですので、参考答案では、規範の明示と事実の摘示を最優先とし、次に事実の評価、それでもまだ余裕がありそうなら規範の理由付け、という優先順位を設け、それに基づいて論述のメリハリを付けることとしています。また、応用論点についても、現場でそれなりに気付くことができ、それほど頭を使うことなく、瞬時に問題意識に触れられそうなものについては、一言答案に触れていく、という方針を採用しました。

4.刑訴法は、当てはめの要素が多いところは従来の傾向と変わっていませんが、法律構成が以前よりもシンプルになってきています。それだけに、規範が不正確だったり、当てはめの事実を引き負けてしまうと、自分では書けたつもりでも、予想外の点数差が付いてしまうでしょう。
 設問1は、知らない論点だと思った人は1人もいないと思いますが、規範を正確に書けない人は相当数いるはずです。この辺り、何となく「必要性・相当性とかテキトーに書いとけば規範になるんでしょ。」などと思っている人が多いようで、注意が必要です。本問のように論点がシンプルだと、規範の正確さは致命的な差になり得るのです。普段の演習で問題を解いていれば、本問のような事例は頻出でしょうから、復習の際に規範を確認しておいて、次に出たときは書けるようにしておくべきです。
 設問2小問1は、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向に沿う出題です。また、当サイトが「規範の明示と事実の摘示」に大きな配点があることを露骨に示すようになった結果、本当に規範と事実だけ書いて合格する答案が増えてきたようで、それに対する牽制という要素もあるようです。このような抽象論重視の出題に対しては、旧司法試験的な論証貼付けが有効です。刑訴に関しては早くからそのような傾向があったので、当サイトの論証集でも、この点はある程度フォローされています。参考答案をみれば、論証を貼り付けているだけであることがわかるでしょう。内容的には学部レベルの内容ですから、覚えていなくても書けるでしょうが、覚えていれば時間を節約できます。論証を覚える勉強がメインになってしまうと、論点抽出や当てはめの訓練が不十分になってしまいますから、それはそれで困りますが、補助的にやる分には、論証を覚える学習は効果的です。
 設問3も、事前準備をしていれば、単に論証を貼って当てはめるだけの問題です。ただ、最近では予備校ですら、「論証貼付け」を忌避する傾向があり、このような比較的出題が予想される事項についても、事前準備をするための教材を用意してくれていなかったりします。そのため、「何となく判例はあったと思うけど、規範は覚えてない。」という感じの人もいたでしょう。なので、ここでも規範の正確性で大きな差が付くでしょう。多くの人が、犯行手口には顕著な特徴がないと当てはめて終わりにしたでしょうが、本当は、個別の犯行自体に顕著な特徴がなくても、それが短期間に連続的に行われたことをもって、顕著な特徴があるという余地がないか、という論点の方が、考査委員がメインで聞きたい問題意識です。もっとも、ほとんどの人が触れていないでしょうから、合否に影響はないでしょう。とはいえ、事前に論証を準備していれば、これまた論証を貼るだけで点が取れてしまいます。論証を覚える学習は、適切な教材を用いれば、短い時間で網羅的に様々な論点をフォローできるので、補助的な学習法として効果的なのです(ただし、トータルの学習時間としては、問題を解く時間を十分に確保することが大前提です。)。よく、「予備校論証を貼り付けたけど落ちた。」という人の話が流布されたりしますが、それは、ほとんどの場合、「①使っていた論証がそもそも誤りや余事記載を含んでいた。」、「②論証を正確に覚えていなかった。」、「③問われてもいない論点の論証を貼り付けまくる等、不適切な貼り付け方をした。」、「④その後の当てはめが雑過ぎた。」のうちのどれかです。当たり前ですが、正確な判例の規範を貼り付けられたら、たとえそれが丸暗記だったとしても、考査委員は減点しようがありません(念のために付言すると、丸暗記は覚え方として効率が悪く、きちんと理解して覚えた方が記憶しやすいです。)。厳しい時間の制約の中で、現場で考えて書ける内容というのは限られています。事前に準備できるものは、できる限り準備しておくべきです。
 ただし、論証を覚える学習ばかりでは、時間内に答案を書き切ることができません。特に刑事系は、8頁書いて当たり前、というところがあり、参考答案も、1行30文字で8頁下段くらいの文字数です。8頁書くというのは、物理的にかなりハードルの高い作業ですが、答案構成時間を短縮化する等、試行錯誤をして自分に合ったやり方で工夫すれば、不可能ではありません。これは、普段の学習でしっかりやっておかないと、本試験当日に頑張ればできるというものではありません。だからこそ、論文対策の主要な学習時間は、時間内に書き切る訓練に充てるべきなのです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.任意同行及び任意の取調べは、強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法及び限度において許容される(高輪グリーンマンション事件判例参照)

2.任意同行及び任意の取調べが強制手段によるものか否かは、被疑者の意思を制圧するに至っているか、被疑者の行動の自由を侵害しているかという観点から判断する
 甲は、任意同行について、「協力します。」と言って明示的に同意した。Pは、取調べ開始前に、甲に黙秘権及び取調室からいつでも退去できる旨を告げた。甲は、取調べを拒否して帰宅しようとしたことはなく、仮眠したい旨の申出をしたこともなかった。取調べ中、取調室及びその周辺には、現に取調べを行っている1名の取調官のほかに警察官が待機することはなかった。
 以上から、甲の意思を制圧するには至っておらず、甲の行動の自由を侵害しているともいえない。したがって、強制手段によるものではない。

3.取調べは、約24時間にわたり徹夜で行われた。
 長時間にわたる取調べは、たとえ任意であっても、心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り許されない(平塚ウェイトレス殺人事件判例参照)。同判例は、被疑者から進んで取調べを願う旨の承諾を得ていたこと、取調べが長時間に及んだ原因が被疑者の自白が客観的状況と照応せず、虚偽を含んでいると判断されたためであること、被疑者が取調べを拒否して帰宅しようとしたり、休息させてほしいと申し出た形跡がないこと、事案の性質、重大性等の事情から、特段の事情があると判断しているから、上記に準じた事情が必要である
 確かに、甲は任意同行を求められた際、「早く犯人が捕まってほしいので協力します。」と言ってこれに同意した。取調べが長時間に及んだ原因は、甲が「やっていません。証拠があるなら見せてください。」などと言って否認したからである。甲は、取調べを拒否して帰宅しようとしたことはなく、仮眠したい旨の申出をしたこともなかった。P及びQは、甲からのトイレの申出にはいずれも応じたほか、朝食、昼食及び夕食を摂らせて休憩させた。甲の自白を内容とする供述調書を作成した後は、約10分で取調べを終了した。令和元年10月から11月にかけて、H市内で住居侵入窃盗事件が連続して発生しており、不安を感じた住民から早期の犯人検挙を求める要望が多数寄せられていた。甲がX方窓ガラスにガラスカッターを当てていたのを目撃した旨のWの供述がある。
 しかし、甲は「疑われるのは本意ではない」と言っており、嫌疑を恐れて消極的に任意同行の求めに応じたに過ぎないともいえる。甲は否認しただけで、虚偽の供述をしたわけではない。明示の申出がなくても、通常徹夜に及べば帰宅・就寝を望むはずであり、H警察署と甲方は徒歩10分程度であり、一時帰宅させるのは容易である。トイレや食事をさせることは当然のことである。本件住居侵入窃盗は、被害品が茶封筒入り1万円札10枚だけの軽微な事案である。甲がX方窓ガラスにガラスカッターを当てていたのを目撃した旨のWの供述は、後記第3のとおり、本件住居侵入窃盗の証拠となりえない。以上から、上記特段の事情はない。

4.のみならず、Qは、本件住居侵入窃盗が行われた同月3日の夜に甲が目撃されたという情報は得ていなかったにもかかわらず、甲に対し、「12月3日の夜、君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」と申し向けた。このような方法が社会通念上相当と認められないことは明らかである。

5.よって、下線部①の取調べは違法である。

第2.設問2

1.小問1

(1)自白法則(319条1項)の適用の在り方

 自白法則の趣旨は、無実の者に心理的強制を加えて虚偽の自白を引き出そうとすることを許さない点にある。したがって、被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、任意性(319条1項)が否定される(旧軍用拳銃不法所持事件判例参照)。この考え方に対し、証拠能力と証明力を混同するものであるという批判があるが、自白の内容について、それが虚偽であるか否かを個別具体的に判断するのではなく、類型的に虚偽の自白が誘発されるおそれのある状況であったか否かによって判断するのであるから、上記批判は妥当しない。
 自白採取過程に違法があるか否かによって判断する説(違法排除説)もあるが、「任意にされた」という319条1項の文言にそぐわないだけでなく、具体的な判断基準が明確でなく、また、判例が一般的な違法収集証拠排除法則を採用したことによって、学説としての存在意義を失ったといえるから、採用できない。
 自白の採取過程に黙秘権等の侵害があったか否かによって判断する説(人権擁護説)もあるが、黙秘権と自白法則を混同するものといえるだけでなく、黙秘権等の侵害の認定は内心に関わるものであり、具体的な判断が困難であるから、採用できない。

(2)自白に対する違法収集証拠排除法則の適用の在り方

 証拠の収集手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり(違法の重大性)、これを証拠として許容することが将来における違法捜査の抑制の見地から相当でない(排除相当性)と認められる場合には、その証拠能力は否定される(大阪天王寺覚醒剤所持事件判例参照)。
 自白採取手続に黙秘権侵害等の違法がある場合には、その違法に基づく違法収集証拠排除法則の適用を検討すべきである。自白採取手続自体は適法であっても、不任意自白を主要な疎明資料として発付された令状に基づいて強制処分がされたときは、その強制処分の違法に基づく違法収集証拠排除法則の適用を検討すべきである。

2.小問2

(1)自白法則の適用

 甲は、Qから「12月3日の夜、君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」と虚偽の事実を申し向けられ、長時間の取調べの結果疲労していたこととあいまって自白するしかないと思い込み、自白に至ったから、甲は心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれがあった。
 したがって、下線部①の取調べで得られた甲の自白には任意性が認められず、自白の証拠能力は否定される。

(2)違法収集証拠排除法則の適用

 前記第1のとおり、下線部①の取調べは違法であるから、その取調べで得られた甲の自白につき、違法収集証拠排除法則の適用を検討すべきである。
 下線部①の取調べの違法は、令状なく強制手段を用いたというのではなく、任意同行・取調べの限界を超えたというにとどまる。前記第1の4のQのうその内容も、甲が自宅から外出した点にとどまり、甲の犯行自体の目撃者がいるというものでないから、黙秘権の重大な侵害とまではいえない。したがって、令状主義の精神を没却するような重大な違法とまではいえない。
 したがって、同取調べで得られた甲の自白の証拠能力は否定されない。

(3)以上のとおり、下線部①の取調べで得られた甲の自白の証拠能力は、同取調べの違法に基づく違法収集証拠排除法則の適用によっては否定されないが、虚偽の自白が誘発されるおそれがある点から、自白法則によって否定される。このように、自白法則は違法収集証拠排除法則によって排除されない証拠についても、その証拠能力を排除しうる点に、独自の意義がある。

第3.設問3

1.Wの証人尋問の立証趣旨は、X方における甲の犯行の目撃状況から、甲が本件住居侵入窃盗の犯人であることを推認させようとする点にある。X方における事件は窃盗被害が発生しておらず被害届が提出されなかったために立件されていないが、住居侵入罪及び窃盗未遂罪を内容とする余罪(以下「本件余罪」という。)と考えることができる。

2.そこで、前科や余罪を犯人性の証拠とできるかを検討する。
 前科も1つの事実であり、前科証拠は、一般的には犯罪事実について、様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有しているが、前科、特に同種前科については、被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価に繋がりやすく、そのために事実認定を誤らせるおそれがあり、また、これを回避し、同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため、当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど、争点が拡散するおそれもあるから、実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許される。
 したがって、前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いるためには、前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから、それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであることを要する(葛飾区窃盗放火事件判例参照)。
 余罪についても、被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価に繋がりやすく、争点拡散のおそれがあることは前科証拠の場合と同様であるから、前科証拠に関する判例法理は、余罪の場合にも当てはまる(女性用物窃盗放火事件判例参照)。

 弁護人が関連性なしの異議を述べたのは、上記要件を欠く旨をいうものと考えられる。

3.Wの目撃に係る本件余罪に係る事実は、甲が、庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスにガラスカッターを当てていたというものである。
 民家の1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスをガラスカッターで割って施錠を外す手口は、ありふれたものである。
 甲がガラスカッターを当てていたクレセント錠近くの窓ガラスに、半円形の傷跡が残されており、その傷跡は一連の住居侵入窃盗事件の窓ガラスの割れ跡と形状において類似しており、本件住居侵入窃盗における窓ガラスの半円形の割れ跡は、甲方から発見押収されたガラスカッターにより形成可能であるが、同ガラスカッターは、一般に流通し、容易に入手可能なものであった。そうすると、一連の住居侵入窃盗事件、本件住居侵入窃盗及び本件余罪における窓ガラスの割れ跡は、一般に流通し、容易に入手可能なガラスカッターにより形成可能なものである。
 そうである以上、余罪に係る事実に顕著な特徴があるとはいえないし、それが相当程度類似しているとしても、それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるとはいえない。

4.令和元年10月から11月にかけて、民家の1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスが半円形に割られた上で施錠が外され、室内が物色されて金品が窃取される住居侵入窃盗事件が、連続して5件発生した。同年12月1日夜、本件余罪が発生し、同月3日に本件住居侵入窃盗が発生した。
 併合審理中の同種余罪が短期間に連続的に犯されたものであって、そのうちの重要部分が他の証拠によって立証されている場合には、個々の犯罪事実が特異でなくても、短期間に連続的に行われたことによって、「顕著な特徴」の要件を満たすと考えることができる(女性用物窃盗放火事件判例における金築補足意見参照)。
 しかしながら、その根拠は、併合審理中の同種余罪については、いずれにせよ同一裁判所において審理の対象となる以上、前科証拠の場合と比較して、人格的評価を低下させる危険性や争点拡散のおそれは小さいといえ、「顕著な特徴」の要件を緩和することができる点にあるから、併合審理されていない余罪には妥当しない。
 本件余罪は立件されていないから、上記の考え方によって「顕著な特徴」の要件を緩和することはできない。

5.以上から、本件余罪を甲が本件住居侵入窃盗の犯人であることを推認させる証拠とすることはできないから、Wの証人尋問は許されない。

6.よって、裁判所は、下線部②の請求を認めるべきでない。

以上

posted by studyweb5 at 09:05| 新司法試験論文式過去問関係 | 更新情報をチェックする
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