2020年09月30日

令和2年司法試験論文式民事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から昨年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。

2.その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。

3.以上のことから、平成27年から昨年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、今年は、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしました。より実戦的に、現場で答案に事実を書き写している間に瞬時に思い付くであろう評価を付し、時間に余裕がありそうな場合には、規範の理由付けも付すこととしています。
 もっとも、現時点でも、規範の明示と事実の摘示に最も配点があるという傾向自体には変わりはないと考えています。また、規範の理由付けと事実の評価を比較すれば、後者、すなわち、事実の評価の方が配点が高いというのが、これまでの再現答案等の分析からわかっていることです。ですので、参考答案では、規範の明示と事実の摘示を最優先とし、次に事実の評価、それでもまだ余裕がありそうなら規範の理由付け、という優先順位を設け、それに基づいて論述のメリハリを付けることとしています。また、応用論点についても、現場でそれなりに気付くことができ、それほど頭を使うことなく、瞬時に問題意識に触れられそうなものについては、一言答案に触れていく、という方針を採用しました。

4.今年の商法は、基本論点かつ配点の高い設問1で差が付くでしょう。設問1は、事前に論証を準備していれば、それを並べて当てはめるだけで、大体答案になります。論証を覚えておいて、すぐ書けるかどうか。現場で考えているようでは、時間が足りなかったでしょう。「ロースクールで暗記はダメと言われたので、覚えませんでした。」は、司法試験では通用しません。設問2(2)は難易度が高く、配点事項が読みにくいので、捨てる感じになってもやむを得ないでしょう。設問2(2)は最後の設問なので、構成段階では無視し、設問1と設問2(1)をしっかり答案に書いて、残った時間で適当に何か思い付いたことを書く、というのが、実戦的な対応だろうと思います。設問2(2)で途中答案になっても、合否にはほとんど影響しないでしょう。よく、「途中答案でも大丈夫。」と言われることがありますが、大丈夫なのは、本問のように最後が捨問のようになっている場合です。
 参考答案は、設問1の書き出しがあまりに唐突に感じるかもしれません。その感覚は正しいのですが、自然で流れのよい文章にしようと現場で考え、時間をロスするくらいなら、唐突でもいいから単刀直入に書き出すべきです。今の司法試験は、国語の要素が強かったかつての旧司法試験(「令和元年予備試験口述試験(最終)結果について(2)」参照)とは、採点基準が違うのです。問題提起や論点間の繋ぎの文章は、それ自体に配点のある知識、事実の摘示等が含まれていない限り、直接の加点はないと思っておくべきでしょう。参考答案では、議決権行使の詐欺取消しにも触れています。これは、当サイトで論証を紹介していた(「論証例:議決権行使への意思表示、代理等規定の適用の肯否」)ので、せっかくなので書いてみるか、という程度のもので、書けなくても全く合否には影響しないでしょう。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」及び「論証例:議決権行使への意思表示、代理等規定の適用の肯否」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.非公開会社では、募集事項の決定に原則として株主総会特別決議を要し(199条2項、309条2項5号)、新株発行等無効の訴えの出訴期間が1年である(828条1項2号括弧書き、3号括弧書き)など、既存株主の持株比率の保護が重視されている以上、株主総会特別決議を欠くことは、新株発行等の無効原因となる(全国保証事件判例参照)決議取消事由があること自体が、適法な株主総会決議を欠くものとして新株発行等の無効事由となると考えられるから、非公開会社において決議取消判決がなくても新株発行等の無効の訴えによって争いうる
 他方、新株発行等の効力発生後は、その効力は新株発行等無効の訴えによってのみ争うことができる(828条1項2号、3号)以上、株主総会決議の瑕疵は上記訴えによってのみ争うことができ、株主総会決議の無効確認又は取消しの訴えは、訴えの利益を欠く(吸収説)
 以上から、Bは、新株発行無効の訴えを提起すべきである。なお、決議取消事由を新株発行等の無効の訴えによって争う場合には、決議の効力を早期に確定させる趣旨から、決議取消しの訴えの出訴期間(831条1項前段柱書)が経過するまでに訴えを提起する必要があるが、令和2年5月14日の時点で出訴期間は経過していない。

2.本件招集通知には「定款変更の件」及び「新株式発行の件」の議題の記載がなかった。Bは、招集手続が299条4項、298条1項2号に反する点で決議取消事由(831条1項1号)があると主張することが考えられる。

(1)本件定時総会には株主ABが全員出席した。
 招集手続の趣旨は出席機会の付与にあるから、全員出席総会においては招集手続を要しない(東和交通事件判例参照)。しかし、299条4項、298条1項2号の趣旨には議題の事前検討の機会の付与も含むこと、上記議題不記載はBが反対して計画が挫折する可能性が小さくなく、株主総会の場で何とかしてBの同意を取り付けるほかないとACDが考え、Bに事前検討の機会を与えないためになされたと考えられることを考慮すれば、議題記載が不要だったとはいえない。

(2)Bに事前検討の機会を与えないためになされた点から違反は重大であるし、出席株主議決権8万個のうち2万9000個を有するBが反対すれば特別決議(309条2項5号)は成立せず決議に影響を及ぼすから、裁量棄却(831条2項)の余地はない。

(3)よって、Bの主張は正当である。

3.Bは、Cから2万円という1株当たりの払込金額は中立的な専門機関が合理的な方法によって算定した評価額に相当する額である旨を説明されたが、実際には4万円であり、説明は虚偽であった。Bは、決議方法が199条3項に反する点で決議取消事由があると主張することが考えられる。

(1)「特に有利な金額」(199条3項)とは、公正な発行価額と比較して特に低い金額をいい、公正な発行価額とは、資金調達の目的が達成される限度で既存株主に最も有利な金額をいう(東急不動産事件参照)。非上場会社においては、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定された場合には、特別の事情のない限り、当該価額は、公正な価額ということができる(アートネイチャー事件判例参照)
 Aが、中立的な専門機関に対し、甲社の事業計画や財務状況を示す資料を提供して、本件優先株式について合理的な方法による評価額の算定を依頼したところ、本件優先株式の評価額は1株当たり4万円と算定されたから、公正な発行価額は1株当たり4万円であり、2万円という1株当たりの払込金額はこれと比較して特に低い金額であるといえ、「特に有利な金額」に当たる。

(2)314条の説明義務について、平均的な株主が決議事項について合理的な判断を行いうる程度の説明がなされたことを要するとされる(東京スタイル事件参照)。このことは、199条3項の説明義務にも当てはまる。
 中立的な専門機関が合理的な方法によって算定した評価額がいくらであるかは、有利発行の賛否を判断するための重要な事項であり、Cの説明はその額を2分の1に偽るものであったから、平均的な株主は合理的な判断を行うことができない。したがって、上記Cの説明は、同項に反する。

(3)よって、Bの主張は、正当である。

4.Bは、Cの虚偽の説明がなければ、賛成することはなかったと考えられる。Bとしては、詐欺による議決権行使であったとして、取り消す(民法96条1項)ことができ、本件決議1・2は不存在(830条1項)となると主張することが考えられる。

(1)議決権行使は議案に対する株主の意見表明であり、意思表示に準じて考えるべきであるから、その性質に反しない限り、 民法の意思表示、代理等の規定が適用される(アドバネクス事件高裁判例参照)。取引安全は民法96条3項により図ることができるから、同条1項の適用は議決権の性質に反しない。

(2)同条3項の第三者が登場すれば、その第三者に取消しを対抗できない結果、他の者との関係でも取消しの効果は否定される。
 Cの虚偽説明はACDの事前協議によるから、ACDは悪意である。PQは正しい評価額をAから告げられたか不明であるが、当初の打診から半額にするよう主張する一方で、その額の正当性を調査した形跡はないから、少なくとも過失がある。他にBの議決権行使が詐欺によることにつき善意無過失で利害関係を有するに至った第三者の存在を伺わせる事実はない。

(3)以上から、Bは、本件決議1・2に係る賛成の議決権行使を取り消すことができ、これにより、出席株主議決権8万個のうち賛成票はAの5万1000個にとどまることになるから、特別決議(309条2項5号)は成立しなかったこととなる(民法121条)。したがって、各決議は不存在である。

(4)よって、Bの主張は、正当である。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)一般に、株式併合により株主に不利益が生じるのは、併合により端数が生じる場合である(182条の4第1項、235条参照)。
 本件株式併合は、2株につき1株の割合でなされ、併合前のPの保有株式は5000株であったから、端数は生じない。したがって、Pには、端数が生じることによる不利益は生じない。

(2)もっとも、本件株式併合は、本件優先株式についてのみなされ、これに伴う配当優先額の調整がなされない。そのため、Pには、以下の不利益が生じ、又は生じるおそれがある。

ア.本件株式併合の効力の発生によって、Pの持株比率が18分の1(約5.5%)から34分の1(約2.9%)に低下する。これにより、従来行使できた株主総会招集請求権(297条)等の一部の少数株主権を行使できなくなる。

イ.各事業年度に受けるべき優先配当の額が250万円減少し、さらに分配可能額がある場合に本件普通株式の株主と共に受けることのできる配当の額が持株比率の低下に応じて減少する(454条3項)。甲社が解散した場合に分配を受けるべき残余財産の額も、持株比率の低下に応じて減少する(504条3項)。

2.小問(2)

(1)株式買取請求(116条1項3号イ)が考えられる。
 組織再編等において、企業価値の増加が生じない場合の「公正な価格」(469条1項柱書、785条1項柱書、797条1項本文、806条1項柱書)とは、組織再編等を承認する株主総会決議がなければその株式が有していたであろう価格(「ナカリセバ価格」)をいう(楽天・TBS事件判例参照)。株式併合によってシナジー等の企業価値の増加が生じることはないから、上記のことは116条1項3号イの場合にも当てはまる。
 Pは、本件決議3がなければ本件優先株式が有していたであろう価格での買取りを請求できるから、前記1(2)イの経済的不利益は相当程度回復できる。しかし、甲社から退出することとなり、前記1(2)アの不利益は回復できない。

(2)そこで、株式併合差止請求(182条の3)及びその仮処分(民保23条2項)の申立ては考えられるか。

ア.前記1(2)のとおり、Pが不利益を受けるおそれがある。

イ.株式併合の差止事由は法令・定款違反に限られ、著しく不公正な方法による場合を含まない(210条2号対照)。
 本件株式併合が法令・定款に違反すると認めうる事実はないから、差止事由がない。

ウ.よって、株式併合差止請求及びその仮処分の申立ての手段を採ることは考えにくい。

(3)本件決議3の取消訴訟(831条1項3号)を本案とする株式併合差止仮処分の申立てという手段についても、本件株式併合によってABが受ける利益は本件優先株式の数が減少することによって反射的に一般株主が受けるものであって、ABが特別利害関係株主に当たるということは困難であることから、これを採ることは考えにくい。

以上

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2020年09月27日

令和2年司法試験論文式民事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から昨年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。

2.その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。

3.以上のことから、平成27年から昨年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、今年は、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしました。より実戦的に、現場で答案に事実を書き写している間に瞬時に思い付くであろう評価を付し、時間に余裕がありそうな場合には、規範の理由付けも付すこととしています。
 もっとも、現時点でも、規範の明示と事実の摘示に最も配点があるという傾向自体には変わりはないと考えています。また、規範の理由付けと事実の評価を比較すれば、後者、すなわち、事実の評価の方が配点が高いというのが、これまでの再現答案等の分析からわかっていることです。ですので、参考答案では、規範の明示と事実の摘示を最優先とし、次に事実の評価、それでもまだ余裕がありそうなら規範の理由付け、という優先順位を設け、それに基づいて論述のメリハリを付けることとしています。また、応用論点についても、現場でそれなりに気付くことができ、それほど頭を使うことなく、瞬時に問題意識に触れられそうなものについては、一言答案に触れていく、という方針を採用しました。

4.今年の民法は、設問2(2)を素早く捨てる判断ができたかどうかで、差が付いたでしょう。問題文を一読した段階で、設問2(2)だけ異常に難易度が高いことに気が付いたはずです。しかも、配点を見れば、設問2は配点が低いこともわかる。そうであれば、設問2(2)は捨てる戦略を採るべきです。設問2(2)が難しいので時間を掛けて検討した、という人は、しっかり書けるはずの設問1と設問3が雑になりがちです。特に、時間不足で最後の設問3が書き切れなかった、という人は、明らかに戦略ミスといえるでしょう。
 捨てる戦略を採る場合、単純に白紙にするという方法もありますが、一応は形式的に問いに答えておいた方が、得点が高くなるというのが、これまでの経験則です。設問2(2)は、「B及びDが地役権設定契約の性質をどう捉え,それを踏まえて契約②の債権債務関係をどのように分析し,また,解除の制度趣旨についてどのような理解を基礎としているのかをそれぞれ発言者ごとに明らかにした上で」とわざわざ書いてあるのですから、これに形式を合わせて中身のないことを書く。参考答案は、「問いをもって問いに答える。」というテクニックを用い、この程度ならさほど時間を使わなくても誰でも書けるでしょう、という内容の解答を用意しました。これだけでも、白紙よりはかなりマシな点数が付くはずです。参考にしてみて下さい。論点としては、原因行為がない場合にも物権行為の独自性否定説を貫徹できるか、地役権の対価の法的性質、物権契約ないし片務契約の法定解除の可否といったところなのでしょうが、現場で書ける人はほとんどいないでしょう。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」及び「司法試験定義趣旨論証集(物権)【第2版】」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.追完不履行の填補賠償請求との相殺(505条1項)の主張

(1)契約①では、特に優れた防音性能が合意内容とされたが、それを備えていなかったから、品質に契約不適合(562条1項)がある。以前Aとの間でも同様のトラブルがあったから、引渡後に生じたもの(567条1項)でも、Bの帰責事由によるもの(562条2項)でもない。
 したがって、Bは、Aに対し、乙建物の修補を請求できる(同条1項本文)。

(2)「相当の期間」(541条本文)とは、追完に必要な期間をいい、催告の際に期間の明示がなくても、相当の期間が経過すれば解除できる(判例)。令和2年10月10日に防音性能の不備が判明し、BがAに催告したのに、同月30日に至ってもAから応答がない以上、相当の期間は経過した。
 Bが乙建物内でチェロの練習をする予定であったため特に優れた防音性能が合意内容とされたことに照らせば、不履行は軽微(同条ただし書)でない。
 したがって、同日までに追完不履行に基づく解除権が発生し、Bは、Aに対し、追完に代わる損害賠償を請求できる(415条2項3号)。

(3)追完に代わる損害賠償請求権と代金支払請求権は、いずれも履行期を経過しており、同時履行の関係にある(533条本文かっこ書)。
 双方の債権が同時履行の関係にある場合でも、相殺によって一方的に同時履行の利益をうばう結果とならない限り、相殺できる(判例)。
 Bは、追完があるまで代金全額について遅滞責任を負わず、他方、Aは追完につき既に遅滞に陥っている。したがって、Aからの相殺は、Bの代金残額の遅滞責任を発生させるため、同時履行の利益を一方的にうばうものとして許されないが、Bからの相殺を認めても、Aの同時履行の利益がうばわれることはない。したがって、Bは相殺できる。

(4)Bは、相殺をCに対抗できるか。

ア.填補賠償請求権は履行請求権が転化したものではなく、それとは独立に発生する別個の権利である。したがって、Bが追完に代わる損害賠償請求権を取得するのは、前記(2)のとおり、令和2年10月10日以降であるから、Cの対抗要件具備時(同年7月25日)より後である。

イ.もっとも、填補賠償請求権の発生原因である契約①は、Cの対抗要件具備より前に締結されており、契約①の締結時に不履行による損害賠償請求権と代金債務との相殺の期待があるといえるから、追完に代わる損害賠償請求権は、「前の原因に基づいて生じた債権」(469条2項1号)に当たる。

ウ.したがって、Bは、相殺をCに対抗できる。

(5)相殺により、Bは、追完に代わる損害賠償請求権との対当額について代金債務を免れる(505条1項)。

(6)よって、Bの主張は認められる。

2.代金減額請求(563条)の主張

(1)「相当の期間」(同条1項)については、前記1(2)で述べたことがそのまま妥当する。

(2)代金減額請求権は形成権であり、債務者に対する意思表示で効果が発生する。したがって、Bが、Aに代金減額の意思表示をした時に、減額の効果が生じる。

(3)「事由」(468条1項)には、抗弁発生の基礎を含む(判例)。以前Aとの間でも同様のトラブルがあったから、代金減額請求の発生の基礎となる防音性能の不備は、Cの対抗要件具備時より前に生じており、「事由」に当たる。したがって、Bは、代金減額請求をCに対抗できる。

(4)よって、Bの主張は認められる。

第2.設問2(1)

1.甲土地は、かつて、丙土地と一筆の土地でありDが所有していたが、分割されて袋地になり、DからAに売却された。したがって、Aは213条通行権を取得し、丙土地のみ通行でき、償金を支払う必要はなかった(同条1項)。

2.213条通行権は、特定承継があっても消滅しない(判例)。その対抗には、袋地の所有権登記を要しない。したがって、Bは、上記1の通行権をDに対抗できる。

3.210条通行権について、自動車の通行まで認めるかは、自動車の通行を認める必要性、周辺土地の状況、他の土地の所有者が被る不利益などを考慮する(判例)とされる。このことは、213条通行権にも妥当する。
 確かに、Dはc部分を花壇として利用したいにとどまる。しかし、甲土地は鉄道駅から徒歩圏内の住宅地にあり、Bは当初徒歩での通行路としてa部分を利用していたことを考慮すれば、Bの有する213条通行権は、a部分に限られ、c部分には及ばない。

4.よって、下線部㋐のBの発言は、a部分については正当であるが、c部分については正当でない。

第3.設問2(2)

1.Bは、地役権設定契約は設定者の債務を発生させないと捉え、それを踏まえて、契約②の債権債務関係は、Bが毎年2万円をDに支払う債務を負うが、Dは債務を負わないと分析し、解除の制度趣旨について専ら自分の債務を免れる点にあるという理解を基礎としていると考えられる。

2.Dは、地役権設定契約は設定者の債務を発生させると捉え、それを踏まえて、契約②の債権債務関係は、Bが毎年2万円をDに支払う債務を負う一方、Dは通行させる債務を負うと分析し、解除の制度趣旨について必ずしも自分の債務を免れる点に限られないという理解を基礎としていると考えられる。

3.Dは、契約②を解除できるか。

(1)地役権は物権であるから、設定契約によりDが通行させる債務を負うとはいえない。他方、要役地所有者が約束した対価を支払わない場合にも解除できないのは不当であるから、解除の制度趣旨は、必ずしも自分の債務を免れる点に限られないと考える。

(2)Dは、令和6年3月1日にBに支払を催告し、1週間以内に支払わなければ契約②を解除する旨の意思表示をしたが、同月8日を経過しても、Bは支払に応じなかったから、催告解除(541条本文)の要件を満たす。なお、Bの不払は2年以上におよぶから、軽微(同条ただし書)でない。

(3)よって、Dは、契約②を解除できる。

第4.設問3

1.Fは、Eの代理人として契約③を締結したが、そのための代理権授与はなかった。もっとも、FはEの妻である。
 761条は日常家事債務に係る夫婦の連帯責任を規定しているが、その前提として、日常の家事についての夫婦相互の法定代理権を認めている(判例)「日常の家事」(761条)とは、夫婦の共同生活に通常必要な法律行為をいう(判例)
 契約③は2000万円で丁土地を売却するもので、夫婦の共同生活に通常必要な法律行為ではない。
 したがって、「日常の家事」に当たらない。契約③は、Fの無権代理による。

2.一般に、法定代理にも110条は適用されるが、日常家事に係る法定代理権については、一般的に110条の表見代理を肯定すると夫婦の財産的独立を損なうから、相手方において、その行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信じるにつき正当の理由のあるときに限り、同条の趣旨を類推適用して相手方を保護すべきである(判例)
 確かに、Fは、Eの委任状・印鑑登録証明書をBに示し、Bに対し、Eが入院加療中で医療費が必要なこと、Eの親族の了解も得たことを話し、Bは、夫が入院加療中であるから妻が取引をするのは通常のことと考えた。しかし、上記各事情は、むしろ日常の取引でないことを示す事情であり、Bは、契約③が日常の家事としてされたと誤信したわけではない。そうである以上、上記正当の理由はない。
 したがって、同条の趣旨を類推適用してBを保護することはできない。

3.その後、Eが死亡し、Eの親族はFとGのみであったが、Fが相続を放棄したため、GがEを単独相続した(939条)。Gは、相続したEの地位に基づき、契約③の追認を拒絶できるか。
 自ら無権代理行為をしていない者は、原則として本人の地位に基づいて追認拒絶できるが、当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的な事情がある場合には、追認拒絶は信義則に反し、許されない(無権代理人以外の者が後見人に就任した事案に関する判例参照)
 Eの財産管理は事実上FがGに相談して行っていた。Gは売却に賛成し、売却金のうち200万円はGの事業資金としてG指定の銀行口座に振り込まれた。契約③締結の場にGも同席した。Gは不動産業者から丁土地を2600万円で売ってほしい旨の打診を受け、Bの請求を拒むに至った。以上から、当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的な事情がある。
 以上から、Gの追認拒絶は信義則に反し、許されない。

4.よって、契約③に基づくBのGに対する所有権移転登記手続請求は、認められる。

以上

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2020年09月24日

令和2年司法試験短答式試験の結果について(4)

1.司法試験の合否は、短答と論文の総合評価によって決まります。今回は、短答でどのくらいの点数を取ると、論文でどのくらい有利になるのか、すなわち、短答の論文に対する寄与度をみていきます。
 総合評価の計算式は、以下のとおりです(「司法試験の方式・内容等について」)。

 総合評価の得点=短答式試験の得点+(論文式試験の得点×1400÷800)

 これを見るとわかるとおり、短答の得点はそのまま総合得点に加算されますが、論文は800分の1400、すなわち、1.75倍になって総合得点に加算されます。したがって、論文の1点は、総合評価では、短答の1.75点に相当するわけです。
 総合評価に占める比重という点からいうと、短答は175点満点がそのまま総合評価の加算対象となるのに対し、論文は、論文段階では800点満点だったものが、総合評価では1400点満点となるわけですから、総合評価段階での短答:論文の比重は、1:8となります。論文は、憲法、行政法、民法、商法、民訴法、刑法、刑訴法、選択科目の8科目。1:8という比重からすると、短答は9個目の科目である、という位置付けも可能でしょう。無視できるほど小さくはないけれども、選択科目と同じくらいと考えると、あまり過大視もできない、という感じです。その意味では、「短答の勉強と論文の勉強」というように、短答と論文を対等に位置付けるのは、短答を過大視しているといえるでしょう。もっとも、「選択科目と同じ比重なんだから、選択科目と同じくらいの勉強量でいいや。」などと言っていると、短答段階で不合格になってしまいかねません。この辺りが、短答の学習計画を考える際の難しさといえます。
 とはいえ、上記の比重を考えると、少なくとも短答の合格ラインを安定して超えるレベルになって以降は、積極的に短答の学習をするメリットは薄そうだ、ということが感じ取れます。

2.短答と論文の比重という点では、短答の寄与度は低そうだ、という印象でした。ただ、短答は、論文と違って、高得点を取りやすいシステムになっています。このことを考慮して、もう少し具体的に考えてみましょう。
 論文で、満点の75%といえば、優秀の水準を意味します。これは、現実には取ることが極めて難しい点数です。これに対し、短答における満点の75%(概ね131点)とは、今年の順位にすると597位に相当します。今年は問題の難易度が高かったため、相当ハードルが上がっています(昨年は1497位)が、短答に自信のある人なら、不可能ではない点数です。また、論文には得点調整(採点格差調整)があります。これによって、強制的に、標準偏差が各科目の配点率(現在は10に設定されている。)に抑えられてしまいます。短答には、このような抑制機能を有するシステムはありません。このように、短答は、論文よりも稼ぎやすいといえるのです。
 ただし、短答で高得点を取っても、単純に総合評価でそれだけ有利になる、というわけではないことに注意が必要です。短答合格点未満の点数の人は、総合評価段階では存在しないからです。今年でいえば、93点未満の人は、そもそも総合評価の段階では存在しない。ですから、例えば、短答で150点を取ったとしても、総合評価で150点有利になるわけではないのです。有利になるのは、最大でも、150-93=57点だけです。しかも、それは短答ギリギリ合格の人と比べて、という話です。今年の短答合格者平均点である118.1点の人と比べると、150点を取っても、150-118.1=31.9点しか有利になりません。 しかも、総合評価の段階で、論文の得点は1.75倍になりますから、短答の得点を論文の得点に換算する場合には、1.75で割り算することになります。そうすると、短答における31.9点というのは、論文の得点に換算すると、18.2点程度ということになる。このように、短答は点を取りやすいとはいっても、それが論文に寄与する程度は、限定的なものになってしまうのです。

3.実際の数字でみてみましょう。短答でどのくらいの水準の得点を取れば、短答ギリギリ合格の人(93点)や、短答合格者平均点の人(118.1点)に対して、論文で何点分有利になるのか。以下の表は、これらをまとめたものです。

短答の
水準
得点 最下位
(93点)
との論文での差
短答合格者平均
(118.1点)
との論文での差
トップ 169 43.4点 29.0点
100番 148 31.4点 17.0点
500番 133 22.8点 8.5点
1000番 123 17.1点 2.8点
合格者平均
(1343番)
118.1点 14.3点 ---

 短答でトップを取ると、短答ギリギリ合格の人に、論文で43.4点のアドバンテージを取ることができます。これが、短答で付けることのできる最大のアドバンテージです。これは、どのくらい大きいのか。論文1科目100点満点との割合でみれば、全体の4割強に当たります。これはこれで、結構大きいという感じがするかもしれません。もっとも、論文は8科目ですから、各科目との関係で考えてみると、43.4÷8≒5.4。有利になるのは、5点程度です。トップを取って、しかも、短答最下位の人と比べても、この程度しか論文で有利にはならない、ということです。論文では、5点程度の得点は、重要な論点を1つ落としてしまったり、重要な当てはめの事実をいくつか落としてしまったりすると、ひっくり返ってしまうものです。
 現実に、上位を狙って勉強をして、それなりに安定して取ることができそうなのは、500番くらいだろうと思います。しかも、そのような上位を狙える人は、論文で短答最下位の人と合否を争うことは考えにくい。このように考えてみると、現実的に短答を勉強するメリットを考える場合に考慮すべきなのは、500番と短答合格者の平均との差ということになると思います。これは、たったの8.5点です。論文8科目で割り算をすると、1科目当たり1点程度。これが、現実的な短答の論文に対する寄与度なのです。

4.このように、短答の寄与度は、それほど大きくありません。ですから、「短答でぶっちぎりの得点を取って、逃げ切る。」などという戦略は、あり得ないのです。とはいえ、短答を軽視していいかといえば、そうでもない。その理由は2つあります。
 1つは、憲民刑3科目になってからの短答は、油断すると簡単に不合格になる、ということです。確実に短答をクリアするには、実際にはかなりの時間を投入する必要がある。上記の総合評価における寄与度は、あくまで短答に確実に受かることが前提だということを、忘れてはいけません。
 それからもう1つは、短答の知識が、論文を書く際の前提知識となる、ということです。短答レベルの知識があやふやな状態では、論文の事例を検討していても、正しく論点を抽出することができません。ですから、短答合格レベルに達するまでは、短答の学習を優先することに意味があるのです。
 以上のことからいえることは、「短答に確実に合格できる水準までは、短答の学習を優先すべきである。」ということと、「短答に確実に合格できる水準になったならば、短答は現状の実力を維持する程度の学習にとどめ、論文の学習に集中すべきである。」ということです。この優先順位に従って学習をするためには、できる限り早く短答の学習に着手する必要があります。短答の学習に着手する時期が遅いと、短答合格レベルに達する前に、論文の学習に着手せざるを得なくなってしまいます。そうなると、どちらも中途半端なまま、本試験に突入してしまう、ということになりやすい。短答の学習は、未修者であればローに入学してすぐに着手する。既修者であれば、法学部在学中にも、着手しておくべきでしょう。今年、短答で不合格になった人は、今すぐ着手しなければ、来年までに間に合いません。短答の知識は、定着させるまでにかなり時間がかかるものの、一度定着するとなかなか忘れない、というのが特徴です。今年の予備組の短答受験者合格率は、99.0%です。423人が受験して、4人しか落ちていない。このことは、一度実力を付ければ、短答は安定して結果が出せることを示しています。
 短答合格レベルに達するまでに必要な膨大な勉強量を確保し、やり抜く
。これは、司法試験に合格するための前提となる第一関門です。これをクリアした先にあるのが、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則のある恐怖の論文です。どんなに勉強量を増やしても、受かりにくい人は成績が全く伸びない。この論文の壁に苦しんでいる人にとっては、勉強量さえ確保できればクリアできる短答は、とても楽な試験だと感じられることでしょう。しかし、その勉強量の確保さえできない人も、実際にはかなりいるのです。

posted by studyweb5 at 04:42| 司法試験・予備試験短答式試験関係 | 更新情報をチェックする
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