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2017年08月29日

平成29年予備試験論文式刑法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.今年の刑法は、書くべき事項が非常に多いというのが特徴です。上記(1)の基本事項だけでも、全部書こうとすると、4頁に収まらない。このような場合には、配点の高い事項に絞って書き、それ以外は敢えて落とす、というテクニックが必要です。ロースクール等では、「あれもこれも全部書け。」という指導がされがちで、刑法でも、「構成要件は必ず、絶対に、全部検討して下さい。罪刑法定主義ですからね。構成要件を全部検討しないで論点だけ書くような論点主義の答案は0点ですよ!」などと言われたりする。真面目な人は、これを真に受けて、常に構成要件を全部書こうとしたりします。今年の場合、それでは確実に途中答案になってしまったでしょう。
 また、このような書くべき事項が多い問題だと、上記(2)の規範の明示や、上記(3)の事実の摘示を省略して、幅広く論点を拾おうとする書き方をしたくなります。しかし、それは、現在の採点基準の下では、評価を下げている。では、どうするか。上記(1)の基本論点のうち、さらに配点が高そうな部分に絞って、上記(2)と(3)を守って書き、その他の論点は、思い切って落とすのです。配点が高いかどうかは、上記(2)と(3)との関係で理解することができます。すなわち、規範を明示して当てはめるような形で書くことになるか、当てはめで摘示すべき事実がたくさんあるかどうか。これらの点に着目して、配点の高そうなところを見切っていく。今回の参考答案は、普通に書くと確実に時間不足、紙幅不足に陥るような問題で、どのように省略して書けばよいか、という観点から、細かなテクニックも使いながら作成しました。

 まず、甲の罪責です。甲の罪責に関しては、前半(事例2に係る罪)と後半(事例3に係る罪)に分かれています。参考答案では、それぞれについて、「殺人未遂(199、203)」、「殺人」という見出しだけを付し、直ちに各論点の論述に入っています。本来であれば、以下のように書くべきです。

 

【論述例】

1.甲が、ワインの入った瓶にXを注入し、V宅宛てに宅配便で送った点について、殺人未遂罪(199条、203条)の成否を検討する。

2.甲が、乙に指示して、YをVに注射させた点について、殺人罪の成否を検討する。

 

 しかし、本問のように極端に忙しい問題では、こういった普通の書き方が致命的になります。この部分を丁寧に書いたからといって、点数にはほとんど影響はないのです。ならば、最小限度の文字数にとどめるべきでしょう。そうはいっても、罪名だけでは何がなんだかわからないわけですが、先を読めばわかるわけですから、問題なかろうというわけですね。条文番号を付しているのは、一応この点に配点があるようなので、とりあえず入れておいた、ということです。殺人の方に条文番号がないのは、殺人未遂のところで199条を引用しているので、もう必要はないだろうということですね。それから、「罪」と「条」を省略しています。ローの演習や答練でこれをやると、「きちんと書いて下さい。」と言われるでしょうし、ローの授業であれば、厳しく叱責されるかもしれません。採点実感等に関する意見でも、略記はやめてくれ、というものがあります。しかしながら、実際にこれをやって減点されているかというと、そうでもありません。漫然と「罪」や「条」を書いている人は、一度、時間を測って「罪」や「条」を1回ボールペンで書いてみましょう。数秒かかるはずです。それを、1つの答案で使った回数で掛け算すれば、どれほどロスしていたかがわかります。普段から時間が余る人は、別にここまでしなくてよいのでしょうが、毎回途中答案になってしまうような人は、こういったところも気にしてみるとよいでしょう。本来であれば、文字を丁寧に書いて、普通に合格できるのが理想ですが、考査委員が好んで時間勝負の問題を出してきて、それを許さないのです。毎年、真面目に勉強していて、実力もあるのに、時間が足りないという理由だけで不合格になってしまう人がいる。受験生としては、背に腹はかえられないという状況なのです。参考答案が、「甲の罪責」、「乙の罪責」ではなく、単に、「甲」、「乙」としか書いていないのも、同じ趣旨です。

 さて、 前半のXを注入したワインの送付については、実行の着手が問題になる。宅配業者を道具としているので間接正犯の認定も問題となるのですが、これはあまりに自明で、また、当てはめの事情も少ないことから、配点は少ないでしょう。参考答案では、間接正犯の認定は全く触れていません。
 実行の着手には、誰もが気付いたでしょう。ただ、実行の着手には、2つの区別すべき論点があります。不能犯と、実行の着手時期です。前者は、「結果が発生し得ない行為について、それでもなお未遂犯を成立させるべき余地はあるか。」という論点。後者は、「結果発生があり得た行為について、どの段階まで進展すれば着手があるといえるか。」という論点です。この点については、多くの人が無意識に区別しています。例えば、以下の事例は、不能犯を論じる問題だ、ということを、誰もが判断できます。

 

【事例】

 甲は、ベッドに倒れているVを射殺しようとしてピストルを発砲したが、その時点でVは死亡していた。

 

 既にVは死亡しているのですから、殺人の結果は発生し得ないわけです。しかし、具体的危険説によると、行為時において一般人もVが生きていると認識したであろうという場合には、未遂犯が成立することになり、客観的危険説によると、事後的にみて行為時におけるVの死亡について科学的不確実性が残る場合や諸条件の変動を考慮すると行為時にVが生きていた可能性が残る場合には、未遂犯が成立するのでした。これに対し、以下の事例では、同じく着手が問題になるにもかかわらず、多くの人が不能犯ではなく、実行の着手時期を論じます。

 

【事例】

 甲は、V宅に窃盗をするため、V宅に侵入したが、玄関に入った直後にVに発見されて逃走した。

 

 この事例をみて、具体的危険説の立場から、Vに発見されることを甲が認識し、一般人が予見可能であったかとか、客観的危険説の立場から、科学的不確実性や諸条件の変動可能性を考慮するとVに発見されない可能性が残っていたか、などと論じる人はいないでしょう。これは、V宅に侵入して窃盗をするという行為が、結果を発生させ得る行為だからです。このように、多くの人が、無意識のうちに、区別できているのです。ただし、この点の区別が曖昧にされて議論される場合もあります。例えば、以下の事例です。

 

【事例】

 甲は、Vを射殺しようとしてVに向けてピストルを発砲したが、銃弾はVに命中しなかった。

 

 この事例をみて、不能犯を論じる受験生は、あまりいないでしょう。当然、殺人未遂罪が成立するよね、と思うはずです。それは、ピストルを人に向けて発砲する行為が人を死亡させ得る行為であるという上記の区別を、無意識的に適用しているからです。ところが、上記事例も不能犯の議論の具体例として、提示されることがあります。それは、客観的危険説によれば、この場合も不能犯になってしまうはずだ、という文脈においてです。事後的、客観的にみると、Vに当たらないことまで考慮に入れることになるから、Vの生命に何ら危険は生じていないことになる、ということですね。しかし、その理屈が本当に正しいのなら、それは具体的危険説にも同様に当てはまってしまうでしょう。それは、以下の事例を考えればわかります。

 

【事例】

 甲は、Vを射殺しようとしてVに向けてピストルを発砲したが、銃弾はVに命中しなかった。甲はVに命中するだろうと考えていたが、一般人には、Vに命中しないと予見することは可能であった。

 

 そもそも、百発百中ということはあり得ないわけですから、外れることも通常は予見可能です。具体的危険説からも、これを基礎事情に加えざるを得ません。そうなると、客観的危険説に向けられる批判と同様のことが、当てはまってしまうのです。しかし、このことは、具体的危険説や客観的危険説が誤っているから生じている問題ではないでしょう。不能犯論が妥当しない事例に、無理に不能犯論を当てはめたからそうなっているだけの話です。そもそも、ピストルで人を撃つ行為は人の死亡結果を発生させ得る行為なのだから、不能犯論を当てはめるべき場面ではない。むしろ、実行の着手時期の問題、すなわち、ピストルで人を撃つ場合に、少なくとも弾丸を発射すれば、その時点で着手を認めるに十分な危険性を認め得るから、結果的にVに命中しなかったから危険が発生していなかった、などという余地はないと考えるべきなのでしょう。以下の事例を考えてみましょう。

 

【事例】

 甲は、窃盗をしようとしてV宅に侵入した上、室内にある金庫を発見し、施錠をこじ開けて金庫の扉を開けることに成功したが、警備員が駆け付けたため、何も取らずにそのまま逃走した。

 

 上記の事例では、少なくとも金庫を開けた時点において着手が認められるので、その後、結果的に逃走したのだから物を窃取される危険が発生しなかった、などという余地はないのです。また、警備員が駆け付けたことを基礎事情に加えるべきか、というような議論もしないのが普通です。前記のピストルの事例は、これと同じなのです(ピストル事例は、行為時に銃口がズレていた等の「行為時の事情」であるが、警備員が来たのは「行為後の事情」ではないか、と思うかもしれませんが、行為時に「金庫をこじ開ける時間が経過すれば警備員が駆け付ける状況であった。」という意味では同じです。)。
 さて、以上のことを理解して本問をみると、本問は不能犯を論じるような場面ではない、ということがわかります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

  劇薬Xの致死量(以下「致死量」とは,それ以上の量を体内に摂取すると,人の生命に危険を及ぼす量をいう。)は10ミリリットルであるが,甲は,劇薬Xの致死量を4ミリリットルと勘違いしていたところ,Vを確実に殺害するため,8ミリリットルの劇薬Xを用意して同瓶に注入した。そのため,甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていた劇薬Xの量は致死量に達していなかったが,心臓に特異な疾患があるVが,その全量を数時間以内で摂取した場合,死亡する危険があった

(引用終わり)

 

 ワインにXを8ミリリットル注入してV宅に送付する行為は、Vの死亡結果を生じさせ得る行為であったことがわかります。したがって、「結果が発生し得ない行為について、それでもなお未遂犯を成立させるべき余地はあるか。」という不能犯論を論じる余地はないのです。ここで、「Vにたまたま特異な疾患があったことが危険発生の原因なのだから、具体的危険説からは、行為者がその疾患を認識せず、一般人にも予見不能ならば、着手なしになり得るんじゃないの?」という疑問があるかもしれません。そのような疑問を持った人は、以下の事例で着手なしとする余地があるのか、考えてみるとよいでしょう。

 

【事例】

 甲は、倒れているVが既に死んでいると思い、土中に埋めた。しかし、当時まだVは生きており、土中に埋められたことによって窒息死した。Vがまだ生きていることは、一般人にも認識不可能であった。

 

 このような事例では、Vの死の危険のある行為であること、すなわち、着手は認めた上で、過失致死罪の成否について、過失の有無を検討するのが普通です。Vの死亡について予見可能性が全くないといえる場合には、過失も否定され、過失致死罪は成立しない、ということになるでしょう。具体的危険説の立場から、「甲がVの生存を認識しておらず、一般人にも認識不可能であったから、Vの生存は基礎事情から外すべきであり、甲には過失致死罪の実行の着手が認められない。」という議論はしないのです。不能犯論は、飽くまで、「結果が発生し得ない行為について、それでもなお未遂犯を成立させるべき余地はあるか。」という議論であって、「結果が発生し得る行為について、それでもなお未遂犯を否定すべき余地はあるか。」という議論ではないのです。仮に、「行為者が認識しておらず、一般人にも認識不可能な原因によって危険が発生する場合には、着手を否定すべきである。」という見解に立ってしまうと、因果関係の論点として有名な血友病事例や脳梅毒事例も、着手がないということになって、そもそも因果関係の段階にまで到達しないことになってしまうでしょう。
 こうして、本問では、不能犯ではなく、実行の着手時期を論じるべきことがわかりました。ここで、実行の着手時期についての判例の見解を確認しておきましょう。判例は、密接な行為を含む形式的客観説を採用しています(詳細は、「実行の着手について」参照)。そして、密接な行為といえるか否かの判断要素を示したのが、有名なクロロホルム事件判例(最決平16・3・22)です。

 

最決平16・3・22より引用、太字強調は筆者)

 実行犯3名の殺害計画は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上,その失神状態を利用して,Vを港まで運び自動車ごと海中に転落させてでき死させるというものであって,第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること,第1行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや,第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと,第1行為は第2行為に密接な行為であり,実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから,その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。

(引用終わり)

 

 上記引用部分を漫然と読むと、客観的な危険性をも基礎付けるかのように読めます。しかし、第1行為の客観的な危険性は、既に事実審段階で認定されています。

 

 (最決平16・3・22より引用、太字強調は筆者)

 1 1,2審判決の認定及び記録によると,本件の事実関係は,次のとおりである。

  (中略)

(5) 被告人B及び実行犯3名は,第1行為自体によってVが死亡する可能性があるとの認識を有していなかった。しかし,客観的にみれば,第1行為は,人を死に至らしめる危険性の相当高い行為であった

 (引用終わり)

 

 したがって、前記引用のうち「実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから」の部分は、この事実認定を確認したにすぎません。ですから、その前の考慮要素(必要不可欠性、遂行障害不存在、時間的場所的近接性)は、すべて「密接な行為」の判断要素だということになるわけです。 当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、これに対応した論証を用意していました。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

実行の着手の意義
重要度:AA
 実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有するものを行うことをいう。

構成要件該当行為と密接な行為の判断基準
重要度:A
 当該行為がその後の構成要件該当行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠で、当該行為に成功すればその後の構成要件該当行為を行うについて障害となる特段の事情がないと認められる場合であって、当該行為とその後の構成要件該当行為との間に時間的場所的接着性があるときは、当該行為は構成要件該当行為に密接な行為といえる(クロロホルム事件判例参照)。

(引用終わり)

 

 もっとも、これを本問に当てはめる際に注意する必要があるのは、本問は間接正犯による離隔犯の事例である、ということです。本題に入る前に、少し概念を整理しておきましょう。離隔犯とは、行為がされる場所と結果が発生する場所が離れている場合を指す用語です。例えば、東京でボタンを押すと、北海道のビルに仕掛けられた爆弾が爆発する、というような場合です。一方、間接正犯は、他者を道具として犯罪を実現する場合です。したがって、他者を道具として犯罪を実現し、かつ、行為がされる場所と結果が発生する場所が離れている場合には、それは間接正犯による離隔犯ということになるのです。ですから、「これは間接正犯であって、離隔犯ではない。」とか、「離隔犯であるから、間接正犯ではない。」とか、「間接正犯と離隔犯の区別が問題となる。」などという記述は、いずれも適切とはいえません。本問のように宅配業者を用いて毒入りの飲食物を送る場合についていえば、宅配業者を道具としていることから、間接正犯であることは明らかです。しかし、離隔犯であるかというと、厳密には、どの行為を実行行為と捉えるかによって、結論が分かれ得るということになるでしょう。行為者が宅配業者に物品を受け渡す行為が実行行為なら、その行為の場所と、配達先の場所は離れているので離隔犯です。しかし、届いた飲食物を被害者が飲食する行為や、宅配業者が被害者宅に届ける行為を実行行為と捉えるなら、行為と結果発生の場所は同じ被害者宅だから、厳密には離隔犯ではない、ということになる。現在、宅配事例が一般に離隔犯の典型例とされているのは、間接正犯について利用者標準説を採用していた団藤重光教授の体系書において、離隔犯と分類されていたことの名残りであろうと思います。単なる用語の問題ではありますが、混乱の多いところなので、注意したいところです。
 間接正犯における実行の着手時期については、利用者標準説と被利用者標準説があり、判例は、被利用者標準説であると評価されています。判例は、実行の着手について形式的客観説に立つのに、なぜ、被利用者標準説に立つのか。これを理解すると、形式的客観説の妙味と、判例の立場に基づく間接正犯と共謀共同正犯の理解が深まります。形式的客観説によれば、殺人罪における構成要件的行為とは、まさに殺す行為で、例えば、包丁で刺す行為などがこれに当たります。この理解からは、間接正犯とは、他人を道具として、その他人に構成要件的行為を行わせる犯罪形態である、と考えることになります。そうすると、間接正犯における実行の着手は、その他人のする構成要件的行為又はこれと密接な行為の開始時点ということになる。だから、被利用者標準説になる、というわけです。判例の結論を支持する学説の多くが、実質的客観説の立場から、危険性を実質的に判断して被利用者標準説に至っているのとは、思考方法が違うのです。ただ、一般的には、学説は、判例が自説と同じ思考、すなわち、実質的客観説に近い考え方によって、被利用者標準説を採用している、と説明しています。これは、「判例は自説と同じだ。」と言いたいためにこうなってしまっているのですが、司法試験の答案としては、一応これに沿う表現の方が無難でしょう。そのため、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、これを踏まえた論証にしています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

間接正犯における実行の着手時期
重要度:A
 結果発生に至る客観的な危険性が生じるのは被利用者の行為によるから、被利用者の行為に実行の着手を認めるべきである。

 

 それはともかく、上記の判例の理解によれば、間接正犯は、被利用者の行為をもって利用者の行為と擬制することのできる場合であり、共謀共同正犯は、実行正犯者の行為をもって、共謀参与者の行為と擬制できる場合であるということになります。このことは、それぞれの犯罪事実の記載の仕方からも、理解できることでしょう。

 

宇都宮地判平29・3・24より引用。太字強調は筆者。)

(主位的訴因を基にして認定した罪となるべき事実)

 被告人は,1型糖尿病に罹患していたA(当時7歳。以下「A」という。)の母親であるB(以下「B」又は「母親」ともいう。)から同児童が罹患している1型糖尿病について相談を受けるや,母親及び同児童の父親であるC(以下「C」又は「父親」ともいい,Bと併せて「両親」ともいう。)との間でその治療を引き受けることを約し,両親に対し,インスリンは毒であるとして同児童に対するその投与の中止などを指示していたものであるが,同児童が定期的にインスリンを投与しなければ死亡するおそれがあることを知りながら,被告人が同児童にインスリンを投与することなく同児童の1型糖尿病の治療ができるものと母親が信じて被告人の指示に従っていることに乗じ,かつ,同児童を保護する責任を有しており,悩みながらも被告人の指示に従うこととした父親と意思を通じた上,殺意をもって,平成27年4月5日頃から同月27日までの間,栃木県内又はその周辺において,両親に対し,メール又は口頭の方法により,同児童に対するインスリンの投与の中止等の指示に従うよう命じ,両親をして,同月6日午後4時36分頃の投与を最後に,それ以降,同児童にインスリンを投与させずにこれを放置させ,よって,同月27日午前6時33分頃,同県所在のD病院において,同児童を糖尿病性ケトアシドーシスを併発した1型糖尿病に基づく衰弱により死亡させて殺害したものである。

(引用終わり)

 

 間接正犯と共謀共同正犯がパラレルなものとして記載されていることがわかるでしょう。上記裁判例は、母親(B)を道具と認定し、父親(C)を共謀共同正犯における実行正犯と認定した点が特徴です。

 

宇都宮地判平29・3・24より引用。太字強調は筆者。)

 Bは,主治医からインスリンを投与しなければAが死亡する危険性があるとの説明を受けてはいたものの…1型糖尿病を完治させると断言する被告人を信じ切ってその指示に従ったものと認められる。息子の人生を守るため,1型糖尿病に罹患した息子を完治させたいとの思いから,これを実現できると言う被告人を信じようと考えた心情は,市民感覚としても十分に理解できる。すなわち,Bは,被告人の指示に従いさえすれば,インスリンを投与しなくても,Aの1型糖尿病が完治すると信じ込んでいた以上,その余の冷静で正常な判断が相当程度鈍った精神状況に陥っており,もはや被告人の指示以外の行動をとり難い心理状態にあったものと認められる。また,被告人にあっても,これまで確認してきたとおり,契約当初から自分の指示に従うよう約束させたり,折に触れて,自分の指示に従うよう,脅しめいた表現を織り交ぜながらBに申し向けたりしていたのであるから,被告人がBを自分の意のままに動くよう強いていたことは明らかである。
 このような本件当時のBの心理状態と被告人の意図に照らせば,Bは,Aにインスリンを投与させないとの被告人の意思を心理的抵抗なしに実現に移したものであると同時に,被告人にも利用意思があったものと認められる。
 したがって,Bはいわば道具であるとともに,被告人にもその旨の認識があった以上,Bとの関係においては,被告人にインスリン不投与という実行行為の間接正犯が認められる
 …他方,Cは…Aへのインスリンの不投与が治療であるか否かについて半信半疑であったこと,被告人の指示に従いたいとの妻であるBの強い思いを受け入れざるを得ずにAへのインスリン不投与を決断したこと,が認められる。そうすると,Cは,被告人の指示や言動による影響を相当程度受けてはいたものの,その程度はBほど大きくはなく,Aにインスリンを投与するとか,Aを病院へ連れて行くといった行動をとることは不可能ではなかったものと認められる。
 以上を踏まえると,被告人がBを道具として利用したと認定することはできるものの,Cを道具として利用したとまで認定することには躊躇を覚えざるをえない
 …被告人の上記指示は,Aへのインスリンの不投与という殺人の実行行為に対して初動的かつ主導的に強い影響を与えたものとして,正に正犯の行為と評価すべきである。また,Aにインスリンを投与しないとの被告人の指示は,Bを通じてCに伝わり,Cがその指示に従う決断をしたのであるから,順次共謀となる。そして,被告人は,インスリンの不投与という実行行為自体は行っていないから,Cとの関係で,共謀共同正犯となる

(引用終わり)

 

 話を本問に戻します。本問で、直接の構成要件的行為とは、何か。それは、Vが自らワインを飲む行為でしょう。すなわち、本問は、厳密には、宅配業者だけでなく、情を知らないVをも道具とするものだ、ということができます。このことは、以下のような事例が、被害者を道具とする間接正犯と理解されていることからもわかります。

 

【事例】

 甲は、Vの意思を抑圧し、Vに自ら服毒させてVを殺害した。

 

 さて、そうすると、本問では、Vは結局ワインを受け取らなかったわけですから、飲用に至っておらず、構成要件的行為の開始はない、ということになる。そこで、次に、密接な行為があるかを検討することになります。考えられるのは、宅配業者の行為です。これが、密接な行為というために必要な3つの要素を満たすかどうか、考えてみましょう。まず、「その後の構成要件該当行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠」といえるか。確実かつ容易にワインをVに飲ませるためには、V宅に届けることは必要不可欠といえるでしょう。次に、「当該行為に成功すればその後の構成要件該当行為を行うについて障害となる特段の事情がない」といえるか。これは微妙で、Vが受領したのであれば、その後にVが飲用するまでに特段の障害となる事情はなさそうですが、Vが受領していない本問では、まさにVが受領しないという事情が、Vの飲用に至るまでの障害として存在します。ですから、この点で、密接な行為の要件を満たさない、という余地はあるでしょう。もっとも、一度V宅にまで届ければ、仮に一時不在であっても、不在票を確認してその後に受領するのが通常であると考えれば、障害となる特段の事情はない、という評価も可能かもしれません。「当該行為とその後の構成要件該当行為との間の時間的場所的接着性」については、場所的にはV宅という点で接着性があるといえますし、時間的接着性についても、本問では、Vが飲みたがっていたワインであり、飲用に至るまでにそれほど大きな時間的間隔が生じるとも思えませんから、満たすといえるでしょう。以上のように、判例の枠組みに従えば、本問では、遂行障害不存在の要件をどう考えるかによって、結論が分かれることになりそうです。仮に、宅配業者がワインを持ってV宅前まで行った時点で着手ありと考えるなら、その後、宅配業者がV宅の郵便受けに不在連絡票を残してワインを持ち帰ったが、Vが同連絡票に気付かず、ワインを受け取ることはなかったという事情があったとしても、着手ありの結論を左右しないということになります。
 以上が、理論的な説明です。実戦的には、とても上記のような検討はできません。まずは、前記(2)の規範の明示です。ここでは、最低限、着手の一般的な規範と、間接正犯の場合を書く

 

(参考答案より引用)

 実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有するものを行うことをいう。間接正犯による場合には、結果発生に至る客観的な危険性が生じるのは被利用者の行為によるから、被利用者の行為に実行の着手を認めるべきである。

 

 本来であれば、「密接な行為」の規範も書きたいところですが、これは結構長いので、本問ではちょっと書く余裕はなさそうです。なので、強引にごまかして書く。どうするかというと、とりあえず当てはまる事実を列挙しておいて、規範をオウム返しにしてしまうのです。やってはならないのは、理論的なことを書いて、問題文の事実を省略してしまうことです。本問では、着手の当てはめに使う事実がかなりあります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲は,Vがワイン好きで,気に入ったワインであれば,2時間から3時間でワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を一人で飲み切ることを知っていたことから,劇薬を混入したワインをVに飲ませてVを殺害しようと考えた。甲は,同月22日,Vが飲みたがっていた高級ワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を購入し,同月23日,甲の自宅において,同ワインの入った瓶に劇薬Xを注入し,同瓶を梱包した上,自宅近くのコンビニエンスストアからVが一人で住むV宅宛てに宅配便で送った。劇薬Xの致死量(以下「致死量」とは,それ以上の量を体内に摂取すると,人の生命に危険を及ぼす量をいう。)は10ミリリットルであるが,甲は,劇薬Xの致死量を4ミリリットルと勘違いしていたところ,Vを確実に殺害するため,8ミリリットルの劇薬Xを用意して同瓶に注入した。そのため,甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていた劇薬Xの量は致死量に達していなかったが,心臓に特異な疾患があるVが,その全量を数時間以内で摂取した場合,死亡する危険があった。なお,劇薬Xは,体内に摂取してから半日後に効果が現れ,ワインに混入してもワインの味や臭いに変化を生じさせないものであった。
 同月25日,宅配業者が同瓶を持ってV宅前まで行ったが,V宅が留守であったため,V宅の郵便受けに不在連絡票を残して同瓶を持ち帰ったところ,Vは,同連絡票に気付かず,同瓶を受け取ることはなかった。

(引用終わり)

 

 本問を時間無制限にして、「着手の当てはめに関する事実にマーカーをして下さい。」というと、誰もが上記太字強調部分にマーカーをするものです。全然難しくない。しかし、これを時間内に答案に書き写せ、というと、途端にできなくなるのが、本試験の面白いところであり、恐ろしいところです。わかっていれば何も難しくない。以下のように開き直って書き写せばよいのです。

 

(参考答案より引用)

 実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有するものを行うことをいう。間接正犯による場合には、結果発生に至る客観的な危険性が生じるのは被利用者の行為によるから、被利用者の行為に実行の着手を認めるべきである。 
 Vはワイン好きで、気に入ったワインであれば、2時間から3時間でワイン1本(750mlの瓶入り)を一人で飲み切る。送られたのはVが飲みたがっていた高級ワイン1本(750mlの瓶入り)であった。Xの致死量は10mlであるが、甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていたXの量は8mlであり、致死量に達していなかったが、心臓に特異な疾患があるVが、その全量を数時間以内で摂取した場合、死亡する危険があった。Xは、体内に摂取してから半日後に効果が現れ、ワインに混入してもワインの味や臭いに変化を生じさせないものであった。以上から、被利用者である宅配業者がXの注入されたワインの入った瓶を持ってV宅前まで行った行為は、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有するものといえ、実行の着手がある。

(引用終わり)

 

 細かいテクニック的なことを説明すると、まず、「本件では」は、「これから当てはめに入りますよ」という合図としてあってもいいが、ないからといって減点されるわけではない。ならば、書かないでおこうというのが、今回の参考答案です。また、「劇薬X」は、「X」で特定できるので、「劇薬」は書かない。それから、問題文上、「ミリリットル」という記載は、そのまま書き写すのはロスです。「ml」でよい。それも、本番なら筆記体で1秒以内で書く。こんなものは、「致死量は10●であるが」でも意味は通じるのです。そういうものは意識して殴り書く。書く内容のメリハリも大事ですが、字の綺麗さのメリハリも重要です。もっとも、それ以外の部分を、適宜要約して短くしようとするのは、余程の上級者でない限り、オススメできません。やってみるとわかりますが、要約するには内容を理解して、文章を自分の頭で考えて再構成する必要がある。これは、意外と時間を使ってしまうものです。集中して考えていると、時間の経過を忘れます。ほとんどの場合、開き直って書き写した方が、結果的に早く書けることが多いでしょう。
 上記の参考答案は、結局のところ何が密接な行為なのか、間接正犯において被利用者標準説を採ることとどう整合するのか、どういう意味で客観的な危険性があるのかについて、全然書いていません。その意味で、不十分であり、不適切とさえいえるでしょう。しかし、配点のある事実は全部拾っている。よく勉強しているのに、受かりにくい人は、理論的なことを長々と書いて、上記の事実を答案に書こうとしません。「問題文を読めば自明だから」と思っているのですが、具体的事実が答案に書いてあることによって配点を取ることができるという採点方式になっているのですから、問題文の事実を書き写そうとしない限り、どんなに高度な理論を展開しても受かりません。逆に、上記の事実を全部書き写していれば、それ以外のことを書く余裕など、ないはずです。
 前記のとおり、本問では不能犯の議論はしない。そうすると、甲がVの特異な疾患について知っていた、という事実をどこで使うのか。これは、犯罪事実に関する行為者の認識に関する事実ですから、故意で書くのです。本問のように、被害者の死の認容があることは明らかであるが、その危険発生の機序に関する事実のうちの一部の認識を欠いている場合、というのは、結果が発生した場合の因果関係の錯誤に類似した応用論点です。しかし、実戦的には、一般的な故意の規範を明示して問題文の事実を列挙するだけで十分でしょう。意外と、この程度すら書けていない人は多いのです。

 

(参考答案より引用)

 故意が認められるためには、犯罪事実の認識・認容を要する。
 確かに、甲は、Xの致死量を4mlと勘違いしていた。しかし、Vの心臓には特異な疾患があり、そのことについて、甲は知っていた。甲は、Vを確実に殺害するため、8mlのXを用意して同瓶に注入した。心臓に特異な疾患があるVが、その全量を数時間以内で摂取した場合、死亡する危険があった。甲は、Vがワイン好きで、気に入ったワインであれば、2時間から3時間でワイン1本を一人で飲み切ることを知っていた。したがって、甲は、Vの死を認識・認容していたといえるから、故意がある。

(引用終わり)

 

 甲の罪責の前半部分は、理論的には、新しい未遂概念との関係が問われています。これまで、未遂とは、「結果が発生しなかった場合」と考えられてきました。しかし、実際には、法益侵害の危険性が生じて初めて着手が認められる。そうだとすると、未遂とは、「未遂結果が発生した場合」なのではないか。そうすると、既遂犯に妥当した議論が、そのまま未遂犯にも適用できそうだ、という話になってくる。今までは、未遂は結果不発生の場合なのだから、因果関係など論じる余地もないとされてきた。しかし、未遂とは「未遂結果が発生した場合」と考えると、「行為と未遂結果との間の因果関係」も観念できることになりますから、因果関係論が問題になり得ることになる。それでは、従来の因果関係論をそのまま妥当させるとどうなるか。おかしいのではないか。他にも、従来故意とは、(既遂)結果の認識だと思われていたが、「未遂結果の認識・認容」も観念できるのではないか。いや、それはおかしいのではないか。では、未遂の議論に従来の既遂の議論をスライドさせるには、どのような修正が必要か。そんな話です。しかし、そういったことを試験現場で考えているようでは、どんなに勉強しても受かるようにはなりません。

 甲の罪責の後半部分です。前半部分で毒が致死量に達しないから不能犯が問題になる、と思った人にとっては、ここでも同じく不能犯が問題になりそうですが、さすがにここでは書かない人の方が多いでしょう。不能犯が問題とならない理由は、前半部分で説明した内容と同じです。それから、前半同様、間接正犯の認定は配点は低いでしょう。参考答案は、これを当然の前提として全く触れていません。本問の場合は、乙の道具性について、わざわざ規範を挙げて当てはめるような事実がありませんし、結論が分かれ得るところでもありませんから、これでよいのです。大きな配点が発生するのは、乙が途中で気付いたのにそのまま注射したとか、乙は最初抵抗したけれども、甲に脅されてやむなく注射に至ったというような場合です。
 最も配点が高いのは、因果関係です。明らかに、因果関係の当てはめに使う事実がたくさんある。間接正犯の認定に紙幅を割いて、因果関係の検討が雑になれば、間接正犯を一切書かなかった答案と比較して、大きく評価を落とすでしょう。因果関係の判断基準として、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」は、以下のようなものを用意していました。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

因果関係の判断基準
重要度:AA
 因果関係は、条件関係を前提に、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである。

 

 これは、条件関係も書く場合は、このとおりでよいのです。しかし、本問のように条件関係が特に問題にならない場合には、「条件関係を前提に」の記述を省略して、以下のように書くべきです。

 

(参考答案より引用)

 因果関係は、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである。

(引用終わり)

 

 そもそも、危険の現実化を判断基準とする場合に、条件関係を検討する必要があるのか、というのは、1つの論点です。筆者は、理論的には、危険の現実化とは区別して別途条件関係を検討する必要はないと思っています(後記のとおり、危険の現実化という枠組みは合法則的条件関係の判断基準にすぎないのではないかと思っているからです。)。しかし、司法試験の答案をどう書くか、ということになると、話は別です。択一的競合や仮定的因果経過、不作為と条件関係など、従来から条件関係の項目で説明されてきた論点が問われた場合、とりあえずは条件関係の枠の中で解答した方が、書きやすいだけでなく、配点も取りやすいでしょう。ですから、そのような事例が問われた場合には、条件関係も書く。一方で、条件関係固有の論点がない場合には、条件関係の当てはめにはさほど配点はないでしょうから、場合によっては思い切って省略する。本問の参考答案は、その方針に拠っています。
 因果関係については、2つの点が問題となります。1つは、行為時に存在した被害者の特殊事情が相まって結果が発生した場合で、これは典型論点です。折衷的相当因果関係説によれば、Vの特異な疾患を甲が知っていたから、これを基礎事情に含めて因果関係を肯定することになります。では、危険の現実化という観点からはどうか。客観的事情を考慮して危険の現実化を判断するのだから、当然に因果関係が認められる(最判昭25・3・31)とも思えますが、実は論理必然ではありません。なぜかというと、被害者の疾患の危険が現実化したにすぎないのだ、という余地がある(「高められた一般的生活危険」の理論)からです。ここで考えるべきは、学説上、「危険の現実化説」といわれるものは、客観的帰属論的な発想に基づくものだ、ということです。客観的帰属論は、「生じた結果を誰に帰属させるべきか。」という規範的判断を重視する考え方です。その観点からは、行為と被害者の疾患の両者が相まって結果が発生した場合に、その責任を行為者と被害者のどちらに帰属させる「べきか」という規範的判断によって結論を出すべきだということになる。後は価値判断ですが、一般的には、これは行為者に帰属させるべきだ、と考えられているように思います。すなわち、「特異な疾患を有する者は、その疾患固有の危険について責任を負う立場にあるから、これを加害者に負担させるべきではない。」という価値判断ではなく、「特異な疾患を有する者は、その疾患固有の危険を現実化させるような加害を受けないことについても、法(例えば199条)の保護を受けるというべきだ。」という価値判断に立つということです。このことを、「被害者はありのままの状態で保護されるべきだ」などと表現します。「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、この考え方に沿った論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

被害者の特殊事情と危険の現実化
重要度:A
 被害者はありのままの状態で保護されるべきであるから、たとえ被害者の特殊事情が相まって重い結果が生じたとしても、行為の危険が現実化したといえる。

(引用終わり)

 

 この考え方によると、行為者の認識や一般人の認識可能性を問うことなく、因果関係を認めることになります。
 それからもう1つ。因果関係との関係で問題になるのは、乙の過失行為の介在です。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲は,同日午後1時30分,乙に対し,「VにB薬を6ミリリットル注射してください。私はこれから出掛けるので,後は任せます。」と指示し,6ミリリットルの劇薬Yを入れた容器を渡した。乙は,甲に「分かりました。」と答えた。乙は,甲が出掛けた後,甲から渡された容器を見て,同容器に薬剤名の記載がないことに気付いたが,甲の指示に従い,同容器の中身を確認せずにVに注射することにした

 (中略)

 乙は,Vの心臓に特異な疾患があることを知らず,内科部長である甲の指示に従って熱中症の治療に効果のあるB薬と信じて注射したものの,甲から渡された容器に薬剤名の記載がないことに気付いたにもかかわらず,その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において,Vの死の結果について刑事上の過失があった

(引用終わり)

 

 乙が中身を確認していれば、その時点で事件が発覚したはずで、乙がそのまま殺意をもってVに対する注射を強行するということにならない限り、Vの死の結果は発生しなかったでしょう。ですから、考えようによっては、Vの死の直接の原因は、乙の過失行為にあるといえなくもありません。このような過失行為の介在にもかかわらず、因果関係を認め得るのか、これが、因果関係に関するもう1つの論点です。いわゆる「行為後の介在事情」ということになるのですが、厳密には、本問においてこの表現が正確であるかは微妙です。間接正犯における着手時期は飽くまで被利用者の行為時であると考えると、本問の乙の過失行為は「行為後の事情」とはいえない、とも思えるからです。とはいえ、乙の過失行為があって初めて結果が発生したのに、結果をすべて甲に帰属させてよいのか、という問題状況は同じですから、これは用意した論証を書いて当てはめれば足りるでしょう。「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、類型ごとに規範を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

行為後の第三者の行為と危険の現実化
重要度:A
 行為自体に結果発生の危険があり、行為後の第三者の行為が行為者の行為に誘発されたと認められる場合には、当該第三者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても、行為の危険が結果に現実化したといえる。

(引用終わり)

 

 これを答案に用いると、以下のようになります。「当該第三者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても」に当たる問題文の事実を先出しにするのがコツです。

 

(参考答案より引用)

 甲から渡された容器に薬剤名の記載がないことに気付いたにもかかわらず、その中身を確認しないままVにYを注射したという乙の過失行為が介在しており、乙が中身を確認していればVが死に至ることはなく、乙の過失行為は結果発生の直接の原因であったともいえる。
 しかし、行為自体に結果発生の危険があり、行為後の第三者の行為が行為者の行為に誘発されたと認められる場合には、当該第三者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても、行為の危険が結果に現実化したといえる。
 甲は内科部長であり、甲は、乙のA病院への就職を世話したことがあり、乙が甲に恩義を感じていて、甲の指示に忠実に従うと考えられたことからすると、甲の乙に対する指示自体に結果発生の危険があり、乙の過失行為は甲の指示に誘発されたと認められるから、行為の危険が結果に現実化したといえる。

(引用終わり)

 

 理論的にいえば、ここは実行行為を特定してしまうと、論理的な整合性が取りにくいところです。仮に乙の行為を実行行為とするなら、「行為後の第三者の行為」というのは変ですし、甲の指示が実行行為なら、前半部分でなぜ宅配業者の行為に着手を認めたのか、ということになる。しかし、このような理論的なところは、現在ではあまり気にする必要はないでしょう。逆に、論理的な整合性を憂慮して、敢えてこの論点を落とした、ということの方が、マイナスが大きいでしょう。参考答案は、「甲の乙に対する指示自体に結果発生の危険があり」としているので、甲の指示を実行行為と捉えているようにも読めますが、よくわからない感じで書いています。これでよいのです。大事なことは、乙が薬の中身を確認していれば結果は発生しなかっただろう、という点を因果関係の議論として検討していて、それを解決する規範と当てはまる事実を答案に書き写していることです。本来であれば、「行為後の事情」の議論の本質は、「行為者の支配ないし利用可能性を離れた事情の介在」という点にあることから、間接正犯における「行為後の事情」には、「利用者の手を離れた後の被利用者に係る事情も含む」というように修正すべきなのでしょうが、そのような理論的なことは、どうせ誰も書けないのですから、無視しておけばよいのです。
 ところで、因果関係について、判例は何説なのか。現在のところ、判例は「危険の現実化説」であり、「客観的帰属論に近い」などと言われています。しかし、判例が客観的帰属論に特徴的な規範的判断をうかがわせる判示をしたことはないこと、条件関係について通説的な「あれなければこれなし」の公式(csqn公式)を明示的に判示したことがないことから、判例は今も昔も合法則的条件関係説(ドイツの通説)であり、その「法則」には経験則が含まれる、と考えれば足りるというのが、簡明な理解ではないかと思います。

 

最判昭25・3・31より引用。太字強調は筆者。)

 原判決の確定した事実によると被告人Aは被害者Bの左眼の部分を右足で蹴付けたのである。そして原審が証拠として採用した鑑定人Cの鑑定書中亡Bの屍体の外傷として左側上下眼瞼は直径約五糎の部分が腫脹し暗紫色を呈し左眼の瞳孔の左方角膜に直径〇、五糎の鮮紅色の溢血があると記載されているからその左眼の傷が被告人Aの足蹴によつたものであることは明かである。ところで被告人の暴行もその与えた傷創もそのものだけでは致命的なものではないが(D医師は傷は一〇日位で癒るものだと述べている)被害者Bは予ねて脳梅毒にかかつて居り脳に高度の病的変化があつたので顔面に激しい外傷を受けたため脳の組織を一定度崩壊せしめその結果死亡するに至つたものであることは原判決挙示の証拠即ち鑑定人C、Eの各鑑定書の記載から十分に認められるのである。論旨は右鑑定人の鑑定によつては被告人Aの行為によつて脳組織の崩壊を来したものであるという因果関係を断定することが経験則にてらして不可能であり又他の証拠を綜合して考えて見ても被告人の行為と被害者の死亡との因果関係を認めることはできないと主張するしかし右鑑定人の鑑定により被告人の行為によつて脳組織の崩壊を来したものであること従つて被告人の行為と被害者の死亡との間に因果関係を認めることができるのであつてかかる判断は毫も経験則に反するものではない。又被告人の行為が被害者の脳梅毒による脳の高度の病的変化という特殊の事情さえなかつたらば致死の結果を生じなかつたであろうと認められる場合で被告人が行為当時その特殊事情のあることを知らずまた予測もできなかつたとしてもその行為がその特殊事情と相まつて致死の結果を生ぜしめたときはその行為と結果との間に因果関係を認めることができるのである。

(引用終わり)

最決昭42・10・24(米兵ひき逃げ事件)より引用。太字強調は筆者。)

 同乗者が進行中の自動車の屋根の上から被害者をさかさまに引きずり降ろし、アスフアルト舖装道路上に転落させるというがごときことは、経験上、普通、予想しえられるところではなく、ことに、本件においては、被害者の死因となつた頭部の傷害が最初の被告人の自動車との衝突の際に生じたものか、同乗者が被害者を自動車の屋根から引きずり降ろし路上に転落させた際に生じたものか確定しがたいというのであつて、このような場合に被告人の前記過失行為から被害者の前記死の結果の発生することが、われわれの経験則上当然予想しえられるところであるとは到底いえない。したがつて、原判決が右のような判断のもとに被告人の業務上過失致死の罪責を肯定したのは、刑法上の因果関係の判断をあやまつた結果、法令の適用をあやまつたものというべきである。し

(引用終わり)

 

 判例は、予見可能性がないから基礎事情から外す、というのではなく、「行為から結果が発生することが、経験則に合致しているか」を問題にしています。このように、行為から結果が発生することが自然法則ないし経験則に合致しているかどうかという観点から条件関係を判断し、それが満たされる限り因果関係を肯定していると考えれば、判例は今も昔も条件説であり、何ら揺らいでいないということになる。「行為の危険が結果に現実化した」という近時の言い回しは、自然法則ないし経験則に合致していることを言い換えたものか、それを判断する一応の基準ということになるでしょう。とはいえ、現時点では、そこまで踏み込んだ理解を示す学説はあまりないようですから、答案では飽くまで学説のいう「危険の現実化説」という考え方に沿って検討する方がよいと思います(上記理解を示唆すると考え得るものとして、「刑法における因果関係理論(林陽一)」、「因果関係と客観的帰属(小林憲太郎)」がある。)。なお、折衷的相当因果関係説を採るべきでないことについては、過去の当サイトの記事(「折衷的相当因果関係説か危険の現実化説か」)を参照して下さい。
 もう1つ、後半部分で問題になるのが、因果関係の錯誤ですが、これについては、危険の現実化説を採りながら、「錯誤が相当因果関係の範囲にとどまる限り故意を阻却しない」などと書いてしまわないことが一応のポイントです(詳細は「危険の現実化説を用いる際の注意点」を参照)。とはいえ、書いてしまったからといって、それほど減点されるということもないでしょう。
 甲の前半の殺人未遂罪と後半の殺人罪の罪数は、どうなるのでしょうか。これについては、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」の規範が一応使えます。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

同一法益に対する包括一罪となる場合
重要度:B
 同一法益に対する同一の意思決定に基づく複数の行為が犯罪を構成する場合には、包括一罪となる。

(引用終わり)

 

 本問では、法益はいずれもVの生命で同一。では、同一の意思決定に基づくものといえるか、ということですが、問題文の以下の事実を引いて、同一であるとする余地は十分あるでしょう。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲は,同月22日,Vが飲みたがっていた高級ワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を購入し,同月23日,甲の自宅において,同ワインの入った瓶に劇薬Xを注入し,同瓶を梱包した上,自宅近くのコンビニエンスストアからVが一人で住むV宅宛てに宅配便で送った

 (中略)

 同月26日午後1時,Vが熱中症の症状を訴えてA病院を訪れた。公務員ではない医師であり,A病院の内科に勤務する乙(30歳,男性)は,Vを診察し,熱中症と診断した。乙からVの治療方針について相談を受けた甲は,Vが生きていることを知り,Vに劇薬Yを注射してVを殺害しようと考えた

(引用終わり)

 

 前半の行為からわずか3日後であること、前半の行為でも死んでいないことを知ったということが動機になって、後半の行為を考えたことからすれば、殺意は連続しており、両行為は同一の意思決定に基づくものだ、といえそうです。仮に、これを答案に書くとすれば、以下のようになるでしょう。

 

【論述例】

 同一法益に対する同一の意思決定に基づく複数の行為が犯罪を構成する場合には、包括一罪となる。
 本件で、Vの生命という同一法益に対するもので、甲がYを注射させる指示をしたのは、Xを注入したワインを送付してからわずか3日後に、Vが生きていることを知ったためであるから、同一の意思決定に基づくものといえる。したがって、包括して重い殺人罪のみが成立する。

 

 しかしながら、罪数処理に対して振られているであろう配点を考えると、これは明らかに書きすぎです。そこで、参考答案では、以下のように簡潔に書いています。

 

(参考答案より引用)

3.上記1の罪は、上記2と包括して評価すべきである。

 

 本問では、せいぜいこの程度でしょう。場合によっては罪数処理をしない、という方法も考えられるくらいです。

 さて、乙の罪責です。最初に検討すべきは、Vを死亡させた点に関する業務上過失致死罪でしょう。業務性については、何の問題もありません。また、問題文上、過失があることが明らかにされています。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 乙は,Vの心臓に特異な疾患があることを知らず,内科部長である甲の指示に従って熱中症の治療に効果のあるB薬と信じて注射したものの,甲から渡された容器に薬剤名の記載がないことに気付いたにもかかわらず,その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において,Vの死の結果について刑事上の過失があった

(引用終わり)

 

 したがって、後は、因果関係だけを検討すればよい(なお、甲の罪責の前半で不能犯を問題にするなら、ここでも不能犯が問題となり得ることになりますが、それが誤っていることは前に説明したとおりです。)。折衷的相当因果関係によれば、乙はVの疾患を知らず、Vの疾患は通常の診察では判明し得ないもの(事例1)であり、一般人にも認識不可能であったということから、基礎事情からVの疾患は除かれます。したがって、因果関係を否定するのが素直でしょう。他方で、「危険の現実化説」による場合には、甲との関係と同様の理由で、因果関係を肯定することになります。
 参考答案は、因果関係しか書いていません。余裕があれば、「業務」の意義を書いて当てはめもしたいところですが、本問では当てはめの事情は「医師」というだけですし、あまりにも結論が自明ですから、配点は低いはずです。ですから、本問では無視すべきでしょう(もちろん、余裕で書き切れる、という人は、書けばよいのですが。)。また、参考答案の「業過致死(211前)」という表記は、一般には、「ダメ」とされる表記法で、「業務上過失致死罪(211条前段)」とするのが本来なら正しい。ローの演習や答練で書くと、「このような略記はやめて下さい。」と言われるでしょう。しかしながら、これが「ダメ」である理由は、公用文の記載方法とは異なるというだけです。実際に答案に書いて減点されるかというと、そうでもないでしょう。例えば、民事系で、最後の科目を30分で解かなければならず、ほとんど読めないような字や略字だらけで書いた、という経験をした人は結構いると思いますが、そのような答案でも、普通に評価されています。普段から時間が足りている人ならともかく、例年時間不足で書き切れずに評価を落としているような人は、こういったところで1文字でも節約することが必要だろうと思います。なお、自分の六法に211条2項がある、という人は、自動車運転死傷行為等処罰法施行以前の古い六法を使っています。
 本問で、乙に過失があることが問題文に既に明記されているのは、受験生の負担を考えて、過失の当てはめまではしなくてよい、という考慮によるものだと思いますが、これは適切ではなかったと思います。なぜかというと、Vの死の結果について過失があるということは、Vの死について予見可能性があることが前提となるからです。この前提は、Vの疾患が通常の診察では判明し得ないものであったという問題文の記述とは整合し難いでしょう。Vの死について予見可能性があり、過失が認められるならば、折衷的相当因果関係説の立場から乙との関係でVの疾患を予見不能として基礎事情から除外することは難しいように思います。このことは、「帰責の範囲が広すぎる」という客観的相当因果関係説に対する批判への反論として、「予見可能性の有無は主観的帰属、すなわち、故意・過失の認定において考慮されるから、予見不能な結果を帰責することにはならない。」との主張がなされていることを想起すれば、理解しやすいでしょう。この点は、実戦的にはほとんど影響はないと思いますが、出題の不備であると思います。

 乙に関するそれ以外の罪責は、各論分野からの出題です。虚偽死亡証書作成罪(160条)及び同行使罪(161条1項)は、マイナーな犯罪ですが、現場で条文を発見するのは、それほど難しくなかったのではないかと思います。なお、答案では「虚偽診断書作成罪」と記載した人が多いと思いますし、参考答案でも敢えてそのような記載にしていますが、厳密には、死亡診断書は160条の「死亡証書」に当たりますので、罪名は「虚偽死亡証書作成」とするのが正しいでしょう(ただし、後記東京地判平13・10・9は、「虚偽診断書作成罪」と表記しています。)。また、乙が公務員でない医師とされているのは、公務員である場合には虚偽公文書作成罪となるからです(最判昭23・10・23)。それはともかくとして、意外と難しいのは、何をもって「行使」とするかです。

 

最大判昭44・6・18より引用。太字強調は筆者。)

 偽造公文書行使罪は公文書の真正に対する公共の信用か具体的に侵害されることを防止しようとするものであるから、同罪にいう行使にあたるためには、文書を真正に成立したものとして他人に交付、提示等して、その閲覧に供し、その内容を認識させまたはこれを認識しうる状態におくことを要するのである。

(引用終わり)

 

 上記判例をそのまま当てはめると、「他人に交付、提示等して、その閲覧に供し、その内容を認識させまたはこれを認識しうる状態におく」行為とは、本問では乙がVの母親Dに死亡診断書を交付する行為ということになりそうです。では、Dに交付した時点で行使となるかというと、そうではありません。なぜか。これを理解するヒントは、160条の文言にあります。

 

(刑法160条)
 医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、三年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。

 

 160条には、偽造罪において一般に存在する「行使の目的で」という文言がありません。それでは、行使の目的に相当するものがおよそ不要なのかというと、そうではなく、行使の目的に相当するものとして、「公務所に提出すべき」ことが要求されているのです。すなわち、虚偽診断書等作成罪における「行使」とは、「公務所に提出すること」ということになるわけですね(なお、公務所の定義については7条2項参照)。そうすると、本問では、情を知らないDがC市役所に提出した行為をもって、間接正犯による「行使」があった、と理解することになります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 乙は,同月27日午後1時,A病院において,死亡診断書用紙に,Vが熱中症に基づく多臓器不全により死亡した旨の虚偽の死因を記載し,乙の署名押印をしてVの死亡診断書を作成し,同日,同死亡診断書をVの母親Dに渡した。Dは,同月28日,同死亡診断書記載の死因が虚偽であることを知らずに,同死亡診断書をVの死亡届に添付してC市役所に提出した

(引用終わり)

 

 このような間接正犯による行使を記載した公訴事実の例として、東京地判平13・10・9において主張されたものがあります(判決は無罪)。

 

東京地判平13・10・9における主位的訴因の要旨より引用。太字強調は筆者。)

 被告人は、A病院泌尿器科医師であるが、平成八年三月二日に同病院に入院したBの治療に当たっていたところ、同月三日午前六時三〇分、同人が死亡したため、同日、同病院において、死亡届等に添付してC市役所に提出すべき同人の死亡診断書を作成するに当たり、同人の負傷の部位・程度等から、意図的に強度かつ多数回にわたる殴打等の暴行が加えられたものであり、同人が階段からの転落等によって負傷したために死亡したものではないことを認識しながら、死亡診断書の原因Ⅰ欄の(ア)直接死因欄に「急性心不全」、同欄の(エ)(ウ)の原因欄に「転倒、転落」、死因の種類欄に「外因死、不慮の外因死、転落・転倒」、外因死の追加事項の手段及び状況欄に「飲酒后、全身打撲の痛みで気付いた、階段からの転落か」などと虚偽の記載をし、もって、虚偽の死亡診断書一通を作成した上、同月四日、C市役所において、情を知らない第三者を介して、同市役所市民課市民係員に対し、右死亡診断書の内容が真実であるもののように装い、提出して行使したものである。

(引用終わり)

 

 少し前に、間接正犯の犯罪事実の記載において、道具となる他人の行為を利用者の行為と擬制する、という話をしましたが、上記の記載の仕方は、そのことがより理解しやすいものとなっています。Dを利用した間接正犯という点では、同時に公正証書原本不実記録罪も成立し得るわけですが、これは虚偽死亡証書作成罪及び同行使罪の行為類型が当然に含んでいることから、同各罪と包括して評価することになるでしょう。
 参考答案は、単に、「虚偽診断書作成(160)、同行使(161Ⅰ)が成立する。」としか書いていません。ここにそれほど大きな配点があるとは思えないからです。ここは、虚偽診断書等作成罪の存在自体を指摘できない人との間で差を付けることができれば、十分なところです。もちろん、理想形は、各構成要件を当てはめることですが、それをやってしまうと、より配点の大きい論点で規範の明示や事実の摘示ができなくなるでしょう。

 次に、問題文の以下の事実からすれば、証拠偽造罪(104条)も検討することになるでしょう。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 乙は,A病院において,Vの死亡を確認し,その後の検査の結果,Vに劇薬Yを注射したことが原因でVが心臓発作を起こして急性心不全により死亡したことが分かったことから,Vの死亡について,Vに対する劇薬Yの注射を乙に指示した甲にまで刑事責任の追及がなされると考えた。乙は,A病院への就職の際,甲の世話になっていたことから,Vに注射した自分はともかく,甲には刑事責任が及ばないようにしたいと思い,専ら甲のために,Vの親族らがVの死亡届に添付してC市役所に提出する必要があるVの死亡診断書に虚偽の死因を記載しようと考えた

(引用終わり)

 

 同時に自己の刑事事件に関する証拠でもある場合に「他人の刑事事件に関する証拠」に当たるか、というのはややマイナーとはいえ典型論点であり、「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」でも論証を用意していたところです。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

拠隠滅等罪(104条)における「他人の刑事事件に関する証拠」には、同時に自己の刑事事件に関する証拠でもある場合を含むか
重要度:B
 自己の刑事事件に関する証拠の隠滅等が不可罰とされるのは、自己のためにする隠滅等につき定型的に期待可能性が欠けることにあるから、他人の刑事事件に関する証拠が、同時に自己の刑事事件に関する証拠でもある場合には、専ら他人のために隠滅等を行った場合に限り、「他人の刑事事件に関する証拠」に含まれる。

(引用終わり)

 

 ただ、本問のように忙しい場合には、上記の規範部分だけ抜き出して書くべきでしょう。

 

(参考答案より引用)

 他人の刑事事件に関する証拠が、同時に自己の刑事事件に関する証拠でもある場合には、専ら他人のために隠滅等を行った場合に限り、「他人の刑事事件に関する証拠」に含まれる。

(引用終わり)

 

 犯人隠避罪(103条)が気になった人もいるでしょうが、本問では問われていないと思います。その理由は、「甲がまだ捜査の対象になっておらず、客体に含まれないから」ではありません。同罪の「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」とは、真犯人又は真犯人ではないが嫌疑を受けて捜査の対象となっている者をいいますから、真犯人については捜査の対象となっているか否かを問わず客体に含まれます。

 

最判昭28・10・2より引用。太字強調は筆者。)

 真に罰金以上の刑にあたる罪を犯した者であることを知りながら、官憲の発見、逮捕を免れるように、これをかくまつた場合には、その犯罪がすでに捜査官憲に発覚して捜査が始まつているかどうかに関係なく、犯人蔵匿罪が成立するものと解すべきであるから、原判決に所論の違法もない。

(引用終わり)

 

 本問で犯人隠避罪が問われていないと思うのは、同罪の行為定型から離れすぎている。すなわち、本問の乙の行為は、「隠避」させる行為とはいえないからです。「隠避」とは、蔵匿以外の方法により官憲の発見・逮捕を免れさせる一切の行為とされていて、「一切の行為」だから、なんでもアリだろうと思われがちです。しかし、「官憲の発見・逮捕を免れさせる」というのは、基本的には「逃げ隠れさせること」、すなわち、身柄確保を妨げるか、既にされた身柄拘束を免れさせる性質の行為でなければなりません。近時の判例でも、被疑者と口裏合わせをした虚偽供述をもって隠避させる行為に当たるとしたものがありますが、これも、飽くまで既にされた身柄拘束を免れさせるという点に着目したものです。

 

最決平29・3・27より引用。太字強調は筆者。)

 被告人は,前記道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであると知りながら,同人との間で,A車が盗まれたことにするという,Aを前記各罪の犯人として身柄の拘束を継続することに疑念を生じさせる内容の口裏合わせをした上,参考人として警察官に対して前記口裏合わせに基づいた虚偽の供述をしたものである。このような被告人の行為は,刑法103条にいう「罪を犯した者」をして現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為と認められるのであって,同条にいう「隠避させた」に当たると解するのが相当である(最高裁昭和63年(あ)第247号平成元年5月1日第一小法廷決定・刑集43巻5号405頁参照)。

(引用終わり)

 

 本問の場合は、単に犯罪自体の発覚を防ごうとするもので、甲の逃走を手助けするとか、捜査対象を甲から別の者に振り替えさせようといったものではありません。したがって、そもそも犯人隠避罪が問題になるような行為ではないのです。ですから、そもそも配点自体が振られていないのではないかと思います。参考答案は、そのような判断から、犯人隠避罪については何も触れていません。仮に、答案に書くとすれば、以下のように書けばよいでしょう。

 

【論述例】

 「隠避」とは、蔵匿以外の方法により官憲の発見・逮捕を免れさせる一切の行為をいう(判例)。
 虚偽の死因を記載したVの死亡診断書を作成する行為は、犯罪自体の存在が発覚しないようにするものであり、甲を官憲の発見・逮捕から免れさせる行為とはいえない。したがって、「隠避」させたとはいえない。
 以上から、犯人隠避罪は成立しない。

 

 罪数については、余裕がなければ書かない、ということでもやむを得ないかもしれませんが、数行分の配点はありそうなところですので、結論だけでも、参考答案程度には書いておくとよいでしょう。なお、参考答案では、「観念競」という記載をしていますが、これも本来であれば略記に当たり、避けるべき記載方法です。しかし、「観念的競合」と律儀に書いていて時間切れになるくらいなら、こういったところを節約した方がよいだろうということで、今回は敢えてそのような記載としています。
 参考答案の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」及び「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.甲

1.殺人未遂(199、203)

(1)実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有するものを行うことをいう間接正犯による場合には、結果発生に至る客観的な危険性が生じるのは被利用者の行為によるから、被利用者の行為に実行の着手を認めるべきである
 Vはワイン好きで、気に入ったワインであれば、2時間から3時間でワイン1本(750mlの瓶入り)を一人で飲み切る。送られたのはVが飲みたがっていた高級ワイン1本(750mlの瓶入り)であった。Xの致死量は10mlであるが、甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていたXの量は8mlであり、致死量に達していなかったが、心臓に特異な疾患があるVが、その全量を数時間以内で摂取した場合、死亡する危険があった。Xは、体内に摂取してから半日後に効果が現れ、ワインに混入してもワインの味や臭いに変化を生じさせないものであった。以上から、被利用者である宅配業者がXの注入されたワインの入った瓶を持ってV宅前まで行った行為は、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る客観的な危険性を有するものといえ、実行の着手がある。

(2)故意が認められるためには、犯罪事実の認識・認容を要する。
 確かに、甲は、Xの致死量を4mlと勘違いしていた。しかし、Vの心臓には特異な疾患があり、そのことについて、甲は知っていた。甲は、Vを確実に殺害するため、8mlのXを用意して同瓶に注入した。心臓に特異な疾患があるVが、その全量を数時間以内で摂取した場合、死亡する危険があった。甲は、Vがワイン好きで、気に入ったワインであれば、2時間から3時間でワイン1本を一人で飲み切ることを知っていた。したがって、甲は、Vの死を認識・認容していたといえるから、故意がある。

(3)以上から、殺人未遂が成立する。

2.殺人

(1)因果関係の有無は、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである

ア.甲から渡された容器に薬剤名の記載がないことに気付いたにもかかわらず、その中身を確認しないままVにYを注射したという乙の過失行為が介在しており、乙が中身を確認していればVが死に至ることはなく、乙の過失行為は結果発生の直接の原因であったともいえる。
 しかし、行為自体に結果発生の危険があり、行為後の第三者の行為が行為者の行為に誘発されたと認められる場合には、当該第三者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても、行為の危険が結果に現実化したといえる
 甲は内科部長であり、甲は、乙のA病院への就職を世話したことがあり、乙が甲に恩義を感じていて、甲の指示に忠実に従うと考えられたことからすると、甲の乙に対する指示自体に結果発生の危険があり、乙の過失行為は甲の指示に誘発されたと認められるから、行為の危険が結果に現実化したといえる。

イ.乙がVに注射したYの量は3mlであり、それだけでは致死量に達していなかった。Vは、心臓に特異な疾患があったため、Yの影響により心臓発作を起こし、急性心不全により死亡した。
 しかし、被害者はありのままの状態で保護されるべきであるから、たとえ被害者の特殊事情が相まって重い結果が生じたとしても、行為の危険が現実化したといえる

ウ.以上から、因果関係が認められる。

(2)因果関係に錯誤があっても、構成要件の範囲で主観と客観が一致すれば故意が認められるから、行為者の認識において法的因果関係を認め得る限り、現に生じた因果経過と一致しなくても故意を阻却しない
 甲は6mlのYを注射させる意思であったのに対し、現実に注射されたのは3mlであったが、甲の認識において法的因果関係を認め得る以上、故意を阻却しない。

(3)以上から、殺人が成立する。

3.上記1の罪は、上記2と包括して評価すべきである。

4.よって、甲は、殺人の罪責を負う。

第2.乙

1.業過致死(211前)

 確かに、乙は、Vの心臓に特異な疾患があることを知らなかった。しかし、被害者はありのままの状態で保護されるべきであるから、たとえ被害者の特殊事情が相まって重い結果が生じたとしても、行為の危険が現実化したといえる。したがって、因果関係が認められる。
 以上から業過致死が成立する。

2.Vの死亡診断書の作成について

(1)虚偽診断書作成(160)、同行使(161Ⅰ)が成立する。

(2)証拠偽造(104)

 Vの死亡診断書は、甲の罪の証拠であると同時に、乙の上記1の罪に関する証拠でもある。
 他人の刑事事件に関する証拠が、同時に自己の刑事事件に関する証拠でもある場合には、専ら他人のために隠滅等を行った場合に限り、「他人の刑事事件に関する証拠」に含まれる
 乙は、専ら甲のために作成したから、Vの死亡診断書は「他人の刑事事件に関する証拠」といえる。
 以上から、証拠偽造が成立する。

3.よって、乙は、①業過致死、②虚偽診断書作成、③同行使、④証拠偽造の罪責を負う。②③は牽連犯(54Ⅰ後)、これと④は観念競(同前)となり、①と併合罪(45前)となる。

以上

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