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2017年06月29日

平成29年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、優秀・良好のレベル(概ね500番より上の順位)に達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は6頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に7頁、8頁まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、7頁、8頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.刑事系は、上記のことが特に当てはまる科目です。例年、問題文に、「具体的事実を摘示して」とか、「具体的な事実を摘示しつつ」という文言が入っています。これは、「具体的な事実の摘示それ自体に配点があるので、具体的な事実を摘示しないと点が付きませんよ。」ということを、受験生に注意喚起する趣旨で記載されているのです。ですから、前記の(3)に、特に意識をする必要がある。これは、受験テクニック的に言えば、「問題文を書き写せ。」ということを意味しています。「甲は、~と言った。これに対し、乙は、~と答えた。」と問題文に書いてある場合に、「本問の甲と乙のやり取りからすれば、○○の共謀が認められる。」などと省略してはいけません。「甲は、~と言った。これに対し、乙は、~と答えた。したがって、○○の共謀が認められる。」というように、きちんと書き写さなければならないのです。このことを、多くの人が知らないので、自分ではきちんと当てはめをしているつもりなのに、全然点が付かない、ということが起こるわけですね。このように、具体的事実を答案できちんと摘示しなければならない一方で、答案を書く時間は限られています。刑事系に関しては、8頁でも全然足りない、というようなこともよくあります。それなのに、書く速度が遅くて5頁程度しか書けないと、かなり不利になる。このことは、知っておくべきことでしょう。刑事系では、特に「速く書く。」ということを意識しなければならないのです。
 内容的には、例年どおりの他論点型、事例処理型です。そして、論点の数が多すぎて、普通に気付いたものに全部触れると、必然的に時間が足りないようになっています。やってはいけないのは、できる限り多くの論点を拾い、その代わりに前記(2)や(3)を省略する、という書き方です。これをやってしまうと、他の人より論点は拾っているのに、なぜか最低ラインに近いような信じられない点数に沈むことになります。では、どうすればよいか。ここで、前記(1)を、特に意識する必要があります。誰もが書くであろう基本論点に絞って、前記(2)の規範の明示と、前記(3)の事実の摘示をしっかり守って書く。この意識を持てるかどうかということが、まずは重要です。
 本問の場合、甲の罪責と乙の罪責で分けて書くか、行為ごとに分けて書くか、迷うところです。大事なことは、「一瞬で決める。」ということです。このようなことは、多くの場合、一長一短です。どちらで書いたからといって、極端に有利になったり、不利になったりすることはない。むしろ、迷っている時間のロスの方が、大きいのです。普段の演習で、経験的にこのような事例だとこちらの方が書きやすかった、というような感覚があるはずです。その感覚に従って、瞬時に決める。参考答案では、行為ごとに分けて書く方針によっています。これは、行為ごとに独立した犯罪が多いこと、Aに対する暴行罪、傷害罪の処理について、甲乙をまとめて書く方が文字数の節約になるのではないか、という感覚によるものです。ですが、甲と乙で分けて書いたとしても、重複を避ける書き方は可能ですから、何ら問題はないでしょう。
 甲が、本件クレジットカードで腕時計X及び腕時計Yを購入した点は、クレジットカード詐欺の論点なのですが、「承諾を得て他人名義のカードを用いる場合」であることに注意する必要があります。支払能力がないことを知りながら自己名義のカードを用いる場合や、盗取等によって不正取得した他人名義のカードを用いる場合とは違うということです。「名義人による使用と同視し得る特段の事情」の有無が問題になる点が、承諾を得て他人名義のカードを用いる場合の特殊性でした。「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」では、それぞれの類型に分けて論証を用意しています。論証を使う場合に気を付けたいのは、本問のような他論点型の場合には、理由付けや細かい考慮要素まで書いていられない、ということです。例えば、「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」では、以下のような論証になっています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

クレジットカード詐欺(承諾を得た他人名義カードの使用)
重要度:A
 会員規約上、他人への譲渡、貸与等は許されておらず、加盟店規約上、加盟店は利用者と名義人本人との同一性を確認すべきものとされており、利用者が名義人本人でない場合には、名義人の承諾の有無にかかわらず、加盟店は取引をしてはならない以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの使用者とその名義人との関係、当該カードの使用についての承諾の具体的内容、当該カードの使用状況等の諸般の事情に照らし、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。

(引用終わり)

 

 何よりも大事なことは、「規範を明示する。」ということです。その意味では、事前に論証全体を覚えていた場合でも、全部を書いていては書ききれない、という場合には、規範部分だけを抜粋して書く必要があるのです。上記の論証で規範部分といえば、「他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても…当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。」という部分でしょう。ですから、その部分だけを抜粋して書く。それから、「会員規約上、他人への譲渡、貸与等は許されておらず、加盟店規約上、加盟店は利用者と名義人本人との同一性を確認すべきものとされており、利用者が名義人本人でない場合には、名義人の承諾の有無にかかわらず、加盟店は取引をしてはならない以上」の部分については、本問ではこれに当たる具体的な事実が問題文上に明示されています。

 

(問題文より引用)

 B信販会社の規約には,会員である名義人のみが利用でき,他人への譲渡,貸与等が禁じられていることや,加盟店は,利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている。

(引用終わり)

 

 このような場合には、普段覚えている部分をそのまま書き写すのではなく、問題文の事実と置き換えておく。そうすると、以下のようになるでしょう。

 

(参考答案より引用)

 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。
 本件で…

(引用終わり)

 

 「本件で」が2回出てきて気持ち悪い、と思う人は、感覚としては正しいのですが、司法試験ではマイナスの感覚です。確かに、規範と当てはめの階層が明快でないということはいえますが、これで減点されたりすることは、まずありません。このようなことで迷ってしまい、時間をロスすることのマイナスの方が大きい。ですから、ここは迷わず上記のような書き方をすべきです。それから、上記は欺く行為該当性の議論です。欺く行為については、規範として、以下のものを覚えているでしょう。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

詐欺罪(246条)における欺く行為の意義
重要度:A
 詐欺罪(246条)における欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。

(引用終わり)

 

 これとうまく連結させることも、現場で瞬時に判断する必要があります。クレジットカード詐欺の論証では、「クレジットカードの正当な使用権限を偽る」ことをもって欺く行為としているのですから、「財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項」とは、クレジットカードの正当な使用権限を指すことになる。そこで、以下のように書いて連結させるわけですね。

 

(参考答案より引用)

 欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。クレジットカード取引においては、その使用権限の有無は財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項といえる
 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる。

(引用終わり)

 

 論文試験でなすべき最低限の「現場思考」とは、基本的に、このような論証等を使いこなすための思考です。本質に遡って考えたりするのは、超上位を狙うレベルの人がやればいいことです。参考答案では、「甲とAは勤務先会社の同僚にすぎず、Xは甲が欲しかった限定品の腕時計で、Yは甲の交際相手へのプレゼントであるから、Aによる使用と同視しうる特段の事情があるとはいえない。」としています。これはつまり、「甲がAの同居の親族で、Aが欲しいものをAに命じられて甲が買いに行ったような事例とは全然違いますよね。」ということです。「だったらきちんと答案でそう書けばいいじゃない。」という意見もあるかもしれませんが、それは、そんなことを書いていては簡単に時間切れになる試験であることを知らない人の意見です。
 売上票用紙についての有印私文書偽造罪については、以下の論証を用意しているはずです。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

承諾がある場合の作成者
重要度:B
 他人名義の使用について当該名義人の承諾がある場合には、その文書に表示された意思及び観念は承諾した名義人に由来するといえるから、当該意思及び観念の主体である作成者は名義人である。もっとも、当該文書の性質上、名義人以外の者の作成が許されないときは、承諾によって意思及び観念の帰属を変更できない以上、物理的に文書に記入した者が作成者となる(交通反則切符の供述書に関する判例参照)。

(引用終わり)

 

 これについても、理由付け部分を除いて規範部分を抜粋するとともに、偽造の規範と連結させる。そうすると、以下のようになるでしょう。

 

(参考答案より引用)

 偽造とは、権限がないのに他人名義の文書を作成することをいい、その本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることにある(再入国許可申請書偽造事件判例参照)。他人名義の使用について当該名義人の承諾がある場合であっても、当該文書の性質上、名義人以外の者の作成が許されないときは、物理的に文書に記入した者が作成者となる(交通反則切符の供述書に関する判例参照)。

(引用終わり)

 

 参考答案の当てはめには、「売上票用紙の署名は自署とされている。」という記述があります。これは、問題文の以下の部分に対応しています。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 その際,甲は,Cに対し,A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上,Cの求めに応じ,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは,その署名を確認し,甲がA本人であって,本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ,甲に対して,腕時計Xと腕時計Yを合計60万円で売却した。

(引用終わり)

 

 通常は、問題文の事実は、なるべくそのまま書き写すべきです。その方が考える時間を必要としないので速く書けますし、誤った要約をしてしまう危険も避けられるからです。その意味では、上記の部分は、「売上票用紙に「ご署名(自署)」欄とされているから」とする方がよいのかもしれませんが、これではさすがに伝わらない。これを、「売上票用紙の署名は自署とされている。」に書き直す判断には、それほど時間を要しないでしょう。このように、多少の置換えを行う方がよい場合もあるのです。なお、この部分の意味は、「自署というのはその場で本人が書くという前提なんだから、本人から権限を付与された他人が来て代わりに書くことを予定してないでしょ。」ということです。「だったらきちんとそう書けばいいじゃない。」という意見については、前に説明したとおりです。さて、多くの人が、有印私文書偽造罪、同行使罪、詐欺罪の成立を肯定しただろうと思いますが、その罪数関係はどうなるでしょうか。「牽連犯に決まってるだろ。」というのが、普通の反応です。参考答案も、そのように書いています。ところが、それは必ずしもそうではないのです。通常、有印私文書偽造罪、同行使罪、詐欺罪の3罪が牽連犯とされるのは、「通例順次手段結果の関係にある」からです(細かい話をすると、3罪以上の場合に「順次」を付けます。)。これは要するに、「偽造して、その文書を見せて、それで相手を騙すから」ということですね。このように、偽造→行使→詐欺の順序が前提になっているわけです。ところが、本問の場合には、そのような順序になっているでしょうか。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲は,本件クレジットカードを腕時計Xを購入するためだけに利用するというAとの約束に反すること,今後,Aに合計60万円を支払うことができる確実な見込みがないことをそれぞれ認識しつつ,同日午後3時15分,応対した同時計店店主Cに対し,腕時計Xと腕時計Yの購入を申し込んだ。その際,甲は,Cに対し,A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上,Cの求めに応じ,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは,その署名を確認し,甲がA本人であって,本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ,甲に対して,腕時計Xと腕時計Yを合計60万円で売却した。

(引用終わり)

 

 本問では、「A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した」時点で、欺く行為に着手している、と考えるのが普通でしょう。すなわち、本問では、詐欺→偽造→行使の順序になっている。これでは、「偽造・行使が手段で、その結果が詐欺である。」とはいえないのではないか(※1)。一連の行為を1個の行為とみて観念的競合とする考え方もあり得るでしょうが、それは偽造と行使につき、その場で書いてすぐ渡す場合も別個の行為とされていることと整合的といえるか、難しい気もします。もっとも、だからといって併合罪になる、というのは、さすがに罪が重くなっておかしい。
 ※1 一般に、手段結果の関係の有無は、両罪の罪質に着目して抽象的に判断されるので、個別具体の事例において手段結果の関係にあることは不要ではないか、と思うかもしれません。しかし、両罪の罪質から抽象的に判断して手段結果の関係にあれば直ちに牽連犯となると考えてしまうと、住居侵入と窃盗は、およそいかなる場合でもすべて牽連犯となってしまいます。例えば、甲宅からはるかに離れた場所で甲から財布を窃取し、その数か月後に、前の窃盗とは全く無関係な事情で甲宅に侵入したような場合には、住居侵入と窃盗が牽連犯にならないことは明らかです。このように、牽連犯となるためには、両罪の罪質上抽象的にみて通例手段結果の関係にあることに加え、具体的な犯行がそのような手段結果の関係にあることをも要するのです。すなわち、具体的な犯行が手段結果の関係にあったとしても、両罪の罪質上抽象的にみて通例手段結果の関係にない場合には牽連犯となりませんが、そのことは、両罪の罪質上抽象的にみて通例手段結果の関係にありさえすれば、具体的な犯行が手段結果の関係になくても牽連犯となることを意味しないのです。

 実は、詐欺罪が既遂に達した後に偽造及び行使がされた事案について、包括一罪になるとした高裁判例があるのです。

 

東京高判平7・3・14より引用。太字強調は筆者。)

 所論は、要するに、原判決は、原判示第一の詐欺と同第二の有印私文書偽造、同行使を併合罪として処理しているが、実質的にみるならば、右有印私文書偽造、同行使、詐欺は密接不可分で順次手段結果の関係にあるからそれらは牽連犯として処断されるべきであり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである
 そこで検討すると、一般的には有印私文書偽造、同行使、詐欺との間には順次手段結果の牽連関係があると認められるが、本件の事実関係においては、欺罔されたEの担当者からC支店のG名義の普通預金口座に約五〇億円が振込送金され、Aが同普通預金口座から五〇億円を同社名義の通知預金に振り替えた後に同人においてC支店長名義の質権設定承諾書を偽造してこれをEの担当者であるMに交付して行使しており、詐欺が既遂に達してから偽造質権設定承諾書を行使していることが認められるから、偽造有印私文書行使が詐欺の手段となっているとはいい難く、両者を牽連犯とするのは相当でない
 ところで、一般に銀行預金を担保として第三者から融資を受ける場合には、当該第三者に質権設定承諾書を交付し、その後融資金の交付を受けるのが通常予想される形態と考えられる。ところが、本件においては、融資金が銀行預金の原資となっている関係で、まず融資金が入金されて預金に当てられてこれに関する質権設定承諾書が作成され、それが融資先に交付されているのである。しかし、元々(偽造)質権設定承諾書の交付は、融資金の入金(騙取)につき必要不可欠なものとして、これと同時的、一体的に行われることが予想されているのであって、両者の先後関係は必ずしも重要とは思われないところである。事実、本件と同様の不正融資事件において、事務処理の都合等から融資金の入金前に預金通帳等を作成して質権設定承諾書を偽造し、これを交付するのと引き換えに不正融資金が振込入金された事例もあることは当裁判所に顕著な事実であり、かつその場合には、当然のことながら、有印私文書偽造、同行使、詐欺とは順次手段結果の関係にあり結局一罪であるとして処断されているのである。そして、右の場合と偶々その担当者の事務処理の都合等から偽造質権設定承諾書の交付と振込入金との時間的先後が逆になった本件のような場合とで罪数処理に関する取り扱いを異にすべき合理的な理由を見い出し難いことからすると、偽造有印私文書行使罪と詐欺罪との法益面での関連性が必ずしも強くないことを考慮に入れても、両者は包括一罪として処断するのが相当と解される。そうすると、原判決には、偽造有印私文書行使罪と詐欺罪を併合罪として処理したことについて法令適用の誤りがあり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、控訴趣意中量刑不当の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

(引用終わり)

 

 「詐欺が先行しているから牽連犯にはならないが、同時的・一体的に行われるものについて、偶然先後が変わっただけで併合罪となり、罪が重くなるというのもおかしいから、包括一罪にしておこう。」ということです。上記高裁判例の事案と異なるのは、偽造及び行使の段階でいまだ詐欺が既遂になっていないこと、クレジットカード詐欺の場合には、通常本人を装ってカードを渡す行為が売上票への署名よりも先行する(カードを読取機に挿入すると売上票が出てくる仕組みになっているから。)のであり、偶然の事情で時間的先後が変わるということはあまりない、ということです。偽造及び行使の段階でいまだ詐欺が既遂になっていない以上、なお詐欺は偽造及び行使の結果といえる、と考えれば、牽連犯を維持することになるでしょう。他方、クレジットカード詐欺においては通常詐欺の着手が先行する以上、牽連犯とすべきではないとしつつも、購入申込みと売上票の署名及び交付が同時的・一体的に行われることに着目して重い併合罪とすべきでないと考えると、上記高裁判例と同様、包括一罪とすべきことになるでしょう。さらに、クレジットカード詐欺においては、詐欺の着手から商品の交付を受けるまでの間に売上票の偽造及び行使が包摂されることになるから、1個の欺く行為の一部として偽造及び行使があるといえ、観念的競合になる、という考え方もあり得るように思います。通常、偽造と行使が別個の行為とされていることとの整合性については、欺く行為に包摂されたことにより、通常と異なる扱いになるのだ、と説明すればよいでしょう。いずれにせよ、このようなことは、現場で考えてはいけないことは明らかです。
 もう1つ、現場で考えてはいけない論点は、甲が「腕時計Xを買うほかには絶対使わない。」と約束したのに、腕時計Yも買ってしまった点に関するAに対する罪です。横領か背任だろう、というところまでは思い付くでしょうが、そこから先がやたらと難しい。重い横領から検討してみましょう。客体は何か。カードではないでしょう。カードはきちんと返却しており、領得したわけではないからです。そうなると、腕時計Xのための10万円の処分しか許されていなかったのに、腕時計Yのためにさらに50万円についてまで処分した、という点を問題にすべきこととなります。ここで、それなりに勉強している人であれば、横領罪における占有は法律上の支配ないし処分可能性を含む概念であるから、Aの預金に処分可能性があるとして、預金を客体とすることを考えるでしょう。それで書いても、点は付くと思います(ただし、他の基本論点に同じ文字数を割いた方がもっと点が取れる。)。横領で構成する場合には、補填意思との関係で、いわゆる穴埋め横領も、問題となり得るでしょう。とはいえ、厳密には、本問の場合に預金の占有を肯定して横領を成立させることはできないと思います。その理由は、事例演習教材にそう書いてあるから、ということではなく、本問がクレジットカードの事案だからです。通常、預金の占有が成立するとされるのは、キャッシュカードが交付され、暗証番号も教えてもらっている事案ですね。それと、どう違うのか。キャッシュカードが交付され、暗証番号も教えてもらっていれば、それだけで預金を引き出すことができます。すなわち、預金の処分可能性がある。しかし、クレジットカードを交付されただけで、直ちに預金を下ろすことができるでしょうか。普通はできませんね。クレジットカードというのは、基本的に商品購入の際の決済手段にすぎません。クレジットカードを用いて、直接預金を引き出すことはできないのです。最近では、クレジットカードにキャッシュカードの機能が付いたものもありますが、その場合でも、暗証番号は必要になります。だから、クレジットカードを交付されたにとどまる本問では、Aの預金について処分可能性があるとはいえないので、預金の占有を認めることができないのです。こうして、横領の成立は否定されます。そうなると、背任ということになる。しかし、甲は、Aの「事務処理者」なのか。とりわけ、「他人の」事務といえるかが問題となるでしょう。本問では、「腕時計Xしか買わない。」という約束は、甲自身がAに対して負担する義務にすぎません。「他人(本問のA)の負担する義務を代わって履行する。」という通常の理解からは、「他人の」事務とはいえないことになるでしょう。したがって、背任罪も成立しない、と考えるのが、素直だろうと思います。本問で背任を肯定する余地があるとすれば、それは2項横領的な背任であることを強調する考え方でしょう。ここで参照すべきは、事例演習教材、ではなく、二重抵当に関する最判昭31・12・7です。

 

最判昭31・12・7より引用。太字強調は筆者。)

 論旨第一は、背任罪の成立要件たる事務は他人の事務であることを要件とする。しかるに本件第一番抵当権者たるべきAに対する被告人の抵当権設定の登記義務は設定者である被告人固有の事務であつて他人の事務ではないのに、原審が被告人の所為を背任罪に問擬したのは刑法二四七条の解釈適用を誤つた違法があり、且つ憲法三一条、一一条違憲の判決であると主張するしかし抵当権設定者はその設定登記に関し、これを完了するまでは、抵当権者に協力する任務を有することはいうまでもないところであり、右任務は主として他人である抵当権者のために負うものといわなければならない。この点に関する原判決の判示はまことに正当である。所論はひつきよう登記義務の性質に関し独自の見解を主張するものであつて、違憲の主張はその前提を欠く、論旨は採用できない。

(引用終わり)

 

 この判例については、2項横領的な背任について、「他人の」の要件を緩和したものだ、とする理解もされているところです。このように理解した上で、「クレジットカードの貸与を受けた者は、貸与者に不測の財産上の損害を与えないよう、貸与者のためにカードを適切に管理する事務をなすものといえる。」などと考えれば、「他人の」事務に当たると考えることが一応できるでしょう。その上で、「財産上の損害」はあるといえるか。背任罪は全体財産に対する罪ですから、本問のように信販会社に対する債務を負担する一方で、甲に対する請求権を取得している場合には、財産上の損害はないようにも思えます。これについては、経済財産説に立った上で、甲に対する請求権の支払の確実性が高くないことを指摘すれば、クリアできそうです。このようにして、背任罪の成立を肯定することも、一応可能でしょう。なお、既遂時期をXY購入時とみるか、引落時とみるか、という点も、厳密には論点です。いずれにしても、こんなことを現場で考えて書いているようでは、なかなか受かるようにはならないと思います。参考答案も、この点は全く無視しています。この点に1文字でも割くくらいなら、その時間を他の基本論点の論述に充てるべきです。
 甲及び乙が、Aに対して2回の体当たりをした上、押さえ付けた行為についてみていきましょう。ここは、最も差が付くところです。正当防衛の各要件の検討は、誰もが、書こうと思えば書ける前記(1)の基本論点といえる典型的な場面です。ですから、前記(2)の規範の明示と、(3)の事実の摘示をきっちりと守る。これが守れないというだけで、信じられないほど評価を落とすでしょう。規範の明示については、誤解の多いところです。以下のような書き方は、規範を明示したとはいえません。

 

【論述例】

 「急迫」といえるか。Aは、甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出し、甲と乙の体当たりにより路上に尻餅を付いたが、すぐに立ち上がり、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙が再び正面からAに体当たりしたところ、Aが路上に仰向けに倒れたが、倒れたAは立ち上がろうとした。以上から、侵害が現に存在するか、その危険が切迫しているといえ、「急迫」といえる。

 

 「侵害が現に存在するか、その危険が切迫している」と書いてあるから、規範を明示しているじゃないか、と思うかもしれませんが、これでは規範の明示があったとは判定されません。規範を明示した、というためには、具体的な事実の検討に入る前に、一般論として、規範を示す必要があるのです。例えば、以下のような書き方です。

 

(参考答案より引用。太字強調は筆者。)

 「急迫」とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 本件で、Aは、甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出し、甲と乙の体当たりにより路上に尻餅を付いたが、すぐに立ち上がり、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙が再び正面からAに体当たりしたところ、Aが路上に仰向けに倒れたが、倒れたAは立ち上がろうとした。以上から、侵害が現に存在するか、その危険が切迫しているといえる。従って、「急迫」といえる。

(引用終わり)

 

 ロースクールなどでは、「法的三段論法を踏まえなさい。」という言い方をしていると思いますが、それは、上記のように「まず一般論として規範を明示しろ。」ということです。これをやっているか、やっていないか、というだけで、びっくりするほど点数が変わる。この点は、旧司法試験と新司法試験とで、評価の仕方が劇的に変わった部分です。このことを知らない人は、「同じ文言を繰り返しているだけで意味ないじゃん。」と考えて、省略してしまう。その発想でいると、周りより明らかに自分の方が書けているはずなのに、なぜか自分だけ極端に点数が低い、と感じることになります。そのような人は、この部分を修正するだけで、劇的に得点が改善する。ただ、上記の書き方は、文字数を多く必要とします(なお、正当防衛の規範を覚えていない、というのは論外です。)。そこで壁になるのが、「文字を書く速さ」です。これが劣っていると、規範を明示する書き方では書き切れなくなる。そのような理由で規範の明示を省略せざるを得ないという人は、使うペンの種類や書く姿勢、手の動かし方などを徹底的に考え直し、とにかく速く書く訓練をすべきでしょう。そうしないと、どんなに法的な知識、理解が豊富でも、規範を明示して書けないので受からない、ということになってしまいます。同様のことが、前記(3)の事実の摘示にもいえることです。本問で、わざわざ登場人物の年齢、性別、身長及び体重が問題文に記載されています。過去問を解いていれば、これは当てはめで使うのだろう、とすぐに気付けたはずです。過去問は、このような出題のクセを捉えるために、解くのです。そして、当てはめで使う場合には、最低限、これを答案に書き写す必要がある。例えば、以下のように書きます。

 

(参考答案より引用。太字強調は筆者。)

 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 本件で、28歳の男性で、身長170センチメートル、体重65キログラムのAに対し、28歳の男性で、身長165センチメートル、体重70キログラムの甲と、25歳の男性で、身長175センチメートル、体重75キログラムの乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

(引用終わり)

 

 「全然評価がないじゃない。」と思うでしょう。それに対しては、「書き切れるもんなら書けばいいじゃない。」という回答になります。例えば、以下のような書き方は考えられるでしょう。

 

【論述例】

 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 本件で、28歳の男性で、身長170センチメートル、体重65キログラム標準的な体格の若いAに対し、Aと同じ28歳の男性で、身長165センチメートル、体重70キログラムほぼAと同等な体格の甲と、25歳の男性で、身長175センチメートル、体重75キログラムややAより若く大柄であるものの、圧倒的に体格で勝るとまではいえない乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

 

 このように事実に1つ1つ評価を付していくと、文字を書く速さが普通の人は、確実に時間切れになります。だから、まずは事実の摘示だけは最低限やるようにする。それで余裕が出てきたら、評価も付していくとよいでしょう。「事実をバカみたいに書き写すからそうなるんだ。いきなり評価を書けばいい。」という人は、以下のように書くでしょう。

 

【論述例】

 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 本件で、標準的な体格であるAに対し、ほぼAと同等な体格の甲と、ややAより大柄であるものの、圧倒的に体格で勝るとまではいえない乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

 

 これは、想像以上に評価を落とします。問題文に、「具体的な事実を摘示しつつ」と書いてあるのは、そういう意味なのです。このような書き方をするくらいなら、「事実をバカみたいに書き写す」方がはるかに点が取れる。これが、今の司法試験です。「そんな採点はおかしい。」と思うかもしれませんが、文句を言ったから採点方法が変わるわけではありません。自分の答案スタイルの方を変えるしかないのです。一応、この採点方法の背後にある理由ないし思想を考えてみると、「規範に当てはまる具体的事実を答案上明示していない以上、法的三段論法を理解しているとはいえない。また、評価をいきなり書いても、どの事実を評価したのかわからないから、得点を付与する対象とすることはできない。その評価を基礎付ける事実を答案上に明示して初めて、得点を付与する対象とすることができる。」ということでしょう。もっとも、このような考え方の当否を考えても、意味のないことです。
 さて、体当たりと押さえ付け。ここまでは正当防衛でしょう。しかし、その後に乙が石で殴ったのはいけません。ここで、正当防衛となることが明らかな押さえ付けまでの行為と、その後の石殴打は、一体の防衛行為といえるのか。ここは、参照できそうな2つの判例があります。

 

最決平21・2・24より引用。太字強調は筆者。)

 所論は,本件傷害は,違法性のない第1暴行によって生じたものであるから,第2暴行が防衛手段としての相当性の範囲を逸脱していたとしても,過剰防衛による傷害罪が成立する余地はなく,暴行罪が成立するにすぎないと主張する。
 しかしながら,前記事実関係の下では,被告人が被害者に対して加えた暴行は,急迫不正の侵害に対する一連一体のものであり,同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるから,全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪の成立を認めるのが相当であり,所論指摘の点は,有利な情状として考慮すれば足りるというべきである。

(引用終わり)

最決平20・6・25より引用。太字強調は筆者。)

 第1暴行により転倒した甲が,被告人に対し更なる侵害行為に出る可能性はなかったのであり,被告人は,そのことを認識した上で,専ら攻撃の意思に基づいて第2暴行に及んでいるのであるから,第2暴行が正当防衛の要件を満たさないことは明らかである。そして,両暴行は,時間的,場所的には連続しているものの,甲による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で,明らかに性質を異にし,被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態にある甲に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることにもかんがみると,その間には断絶があるというべきであって,急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに,その反撃が量的に過剰になったものとは認められない。そうすると,両暴行を全体的に考察して,1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく,正当防衛に当たる第1暴行については,罪に問うことはできないが,第2暴行については,正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって,これにより甲に負わせた傷害につき,被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。

(引用終わり)

 

 「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、上記各判例に対応した論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用)

防衛行為の1個性
重要度:A
 急迫不正の侵害に対する反撃として複数の暴行を加えた場合において、単独で評価すれば防衛手段としての相当性が認められる当初の暴行のみから傷害が生じたとしても、同暴行とその後の防衛の程度を超えた暴行とが一連一体のものであり、同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるときは、全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪が成立し、傷害が生じた経緯は有利な情状となるにとどまる(判例)。

同一の防衛の意思に基づくものといえない場合
重要度:B
 時間的、場所的に連続して暴行を加えた場合であっても、相手方が更なる侵害行為に出る可能性のないことを認識した上、防衛の意思ではなく、専ら攻撃の意思に基づき相当に激しい態様の暴行を加えたときは、当初の暴行と侵害行為終了後の暴行の間には断絶があるから、急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに、その反撃が量的に過剰になったものとは認められず、両暴行を全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当ではない(判例)。

(引用終わり)

 

 上記のうちの、どちらを使うべきかポイントになるのは、侵害が継続しているかどうかです。最決平21・2・24の事案は、侵害が終了しているとはいえないが、後続の暴行が質的に過剰である場合。一方、最決平20・6・25は、後続の暴行の時点では侵害が終了していて、後続の暴行だけを単独でみると過剰防衛にもならない場合です。

 

最決平21・2・24より引用。太字強調は筆者。)

 原判決は,上記折り畳み机による暴行については,被害者の方から被告人に向けて同机を押し倒してきたため,被告人はその反撃として同机を押し返したもの(以下「第1暴行」という。)であり,これには被害者からの急迫不正の侵害に対する防衛手段としての相当性が認められるが,同机に当たって押し倒され,反撃や抵抗が困難な状態になった被害者に対し,その顔面を手けんで数回殴打したこと(以下「第2暴行」という。)は,防衛手段としての相当性の範囲を逸脱したものであるとした

(引用終わり)

最決平20・6・25より引用。太字強調は筆者。)

 甲は,その場にあったアルミ製灰皿(直径19㎝,高さ60㎝の円柱形をしたもの)を持ち上げ,被告人に向けて投げ付けた。被告人は,投げ付けられた同灰皿を避けながら,同灰皿を投げ付けた反動で体勢を崩した甲の顔面を右手で殴打すると,甲は,頭部から落ちるように転倒して,後頭部をタイルの敷き詰められた地面に打ち付け,仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなった(以下,ここまでの被告人の甲に対する暴行を「第1暴行」という。。)
 被告人は,憤激の余り,意識を失ったように動かなくなって仰向けに倒れている甲に対し,その状況を十分に認識しながら,「おれを甘く見ているな。おれに勝てるつもりでいるのか。」などと言い,その腹部等を足げにしたり,足で踏み付けたりし,さらに,腹部にひざをぶつける(右ひざを曲げて,ひざ頭を落とすという態様であった。)などの暴行を加えた(以下,この段階の被告人の甲に対する暴行を「第2暴行」という。)が,甲は,第2暴行により,肋骨骨折,脾臓挫滅,腸間膜挫滅等の傷害を負った。

 (中略)

 そうすると,両暴行を全体的に考察して,1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく,正当防衛に当たる第1暴行については,罪に問うことはできないが,第2暴行については,正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって,これにより甲に負わせた傷害につき,被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。

(引用終わり)

 

 本問の場合、押さえ付けられた後のAについて、侵害の継続があるといえるか。侵害の継続について想起すべきは、最判平9・6・16です。

 

最判平9・6・16より引用。太字強調は筆者。)

 Bは、被告人に対し執ような攻撃に及び、その挙げ句に勢い余って手すりの外側に上半身を乗り出してしまったものであり、しかも、その姿勢でなおも鉄パイプを握り続けていたことに照らすと、同人の被告人に対する加害の意欲は、おう盛かつ強固であり、被告人がその片足を持ち上げて同人を地上に転落させる行為に及んだ当時も存続していたと認めるのが相当である。また、Bは、右の姿勢のため、直ちに手すりの内側に上半身を戻すことは困難であつたものの、被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であったものと認められる。そうすると、Bの被告人に対する急迫不正の侵害は、被告人が右行為に及んだ当時もなお継続していたといわなければならない。

(引用終わり)

 

 上記判例のうち、「加害の意欲は、おう盛かつ強固」という部分は、本問でも同様といえそうです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者)

 甲は,仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり,Aの両足首を,真上から両手で力を込めて押さえ付けた。乙は,仰向けに倒れているAの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり,Aの両上腕部を,真上から両手で力を込めて押さえ付けた。しかし,Aは,身体をよじらせながら,「離せ。甲,お前をぶん殴ってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と甲を大声で罵り,更に力を込めて体をよじらせた。乙は,Aのその様子を見て,甲がAから殴られるのを防ぐためには,Aを痛めつけて大人しくさせるしかないと考えた。

(引用終わり)

 

 しかし、上記判例の「被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であった」といえるかというと、明らかに判例の事案よりも、Aが再度攻撃することは困難でしょう。

 

最判平9・6・16より引用。太字強調は筆者。)

 被告人は、肩書住居の文化住宅A二階の一室に居住していたものであり、同荘二階の別室に居住するB(当時五六歳)と日ごろから折り合いが悪かったところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階の北側奥にある共同便所で小用を足していた際、突然背後から末広に長さ約八一センチメートル、重さ約二キログラムの鉄パイプ(以下「鉄パイプ」という)で頭部を一回殴打された。続けて鉄パイプを振りかぶったBに対し、被告人は、それを取り上げようとしてつかみ掛かり、同人ともみ合いになったまま、同荘二階の通路に移動し、その間二回にわたり大声で助けを求めたが、だれも現れなかった。その直後に、被告人は、Bから鉄パィプを取り上げたが、同人が両手を前に出して向かってきたため、その頭部を鉄パイプで一回殴打した。そして、再度もみ合いになって、Bが、被告人から鉄パイプを取り戻し、それを振り上げて被告人を殴打しようとしたため、被告人は、同通路の南側にある一階に通じる階段の方へ向かって逃げ出した。被告人は、階段上の踊り場まで至った際、背後で風を切る気配がしたので振り返ったところ、Bは、通路南端に設置されていた転落防止用の手すりの外側に勢い余って上半身を前のめりに乗り出した姿勢になっていた。しかし、Bがなおも鉄パイプを手に握っているのを見て、被告人は、同人に近づいてその左足を持ち上げ、同人を手すりの外側に追い落とし、その結果、同人は、一階のひさしに当たった後、手すり上端から約四メートル下のコンクリート道路上に転落した。Bは、被告人の右一連の暴行により、入院加療約三箇月間を要する前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等の傷害を負った。

(引用終わり)

 

 上記判例では、攻撃者は凶器の鉄パイプを持ったまま、手すりに前のめりに乗り出したというだけで、すぐに体勢を立て直せる状況です。本問では、Aは凶器を持っていないし、体重70キログラムの甲が、仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり、体重75キログラムの乙が、Aの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり、Aの両上腕部を、真上から両手で力を込めて押さえ付けている、という状況です。この状況で、Aが甲及び乙を振り払って再度攻撃に及ぶのは、相当困難でしょう。これならば、甲及び乙としても、周囲に助けを呼ぶとか、携帯電話やスマホなどで警察に通報することが可能ではないか。少なくとも、石で殴らなければ、「間もなく態勢を立て直した上、再度の攻撃に及ぶことが可能であった」とまでは、容易にはいえない(石で殴らなくても、再度の攻撃は困難であった。)ように思います。ただ、若干気になるのは、問題文の以下の部分です。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Aは,同日午後8時10分,甲が同店から出たことに気付いて怒り,同店から出て甲を追い掛け,同日午後8時15分,人気のない暗い路上で,乙と歩いている甲に追い付いた。Aは,甲に対して,「こそこそ逃げやがって,この野郎。」と言いながら,甲の顔面を殴ろうとして,右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出した。

(引用終わり)

 

 当時は夜間であり、現場は人気のない暗い路上であった。そうだとすると、助けを呼んでも簡単には人が来る感じではなかった、という評価も可能でしょう。また、甲及び乙が携帯電話やスマホを持っていた、という事実も、問題文上はありません(※2)。そのような点を重視すれば、侵害の継続を認めることも不可能ではないだろうと思います。参考答案は、侵害の継続を否定して最決平20・6・25に沿った検討をした上、防衛行為としての一体性を肯定しています。他方、侵害の継続を肯定して最決平21・2・24に沿った検討をした場合でも、防衛行為の一体性は肯定するのが自然でしょう。結論的には、いずれも乙は過剰防衛ということになる。もっとも、前者では侵害の継続がないことから量的過剰となり、後者では侵害の継続があることから質的過剰となる点が異なります。
 ※2 ここは、「問題文に書いていない以上、持っていないと考えるべきだ。」という考え方も、「現代人なら普通、携帯かスマホを持っているのだから、問題文に『当時、携帯電話、スマートフォン等を所持していなかった。』と書いていない以上、持っていると考えるべきだ。」という考え方も、両方あり得ます。問題文に明記されていない事実の存在を肯定する後者の考え方に違和感を持つ人もいるかもしれませんが、そのような人は、「甲、乙、Aについて、問題文に『当時、服を着ていた。』という事実が記載されていない以上、甲、乙、Aはいずれも全裸であったと考えるべきだ。」という主張の当否を考えれば、納得できるのではないかと思います。服を着るのと比べると、携帯、スマホを持ち歩くことはそこまで一般的ないし確実とはいえない、という点をどう考えるかによって、考え方が分かれ得るところでしょう。

 では、甲との関係ではどうか。共同正犯と量的過剰について参照すべきは、最判平6・12・6です。

 

最判平6・12・6より引用。太字強調は筆者。)

 本件のように、相手方の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、相手方からの侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察するのが相当であり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであって、共謀の成立が認められるときに初めて、侵害現在時及び侵害終了後の一連の行為を全体として考察し、防衛行為としての相当性を検討すべきである。

(引用終わり)

 

 Aの侵害の継続が否定される場合には、上記判例がそのまま当てはまると考えることができます。「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」では、上記判例に対応した論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」より引用。太字強調は筆者。)

共同正犯と防衛行為の量的過剰
重要度:A
 急迫不正の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察すべきであり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであって、共謀の成立が認められるときに初めて、侵害現在時及び侵害終了後の一連の行為を全体として考察し、防衛行為としての相当性を検討すべきである(判例)。従って、上記新たな共謀が否定されるときは正当防衛となり、肯定されるときは過剰防衛となる。

(引用終わり)

 

 参考答案は、これに依拠しています。他方、Aの侵害の継続を肯定した場合には、どうか。この場合は、上記判例の趣旨が、侵害終了後になお一部の者が暴行を続けた場合だけでなく、侵害継続中に一部の者が質的に過剰な反撃をした場合にも及ぶのか、ということを考えることになるでしょう。上記判例の趣旨を、「正当防衛が成立する部分に関する共同正犯関係は違法ではないのだから、その後の過剰防衛部分について、新たに共同正犯関係が成立することを要するとするものだ。」と考えるなら、侵害継続中に一部の者が質的に過剰な反撃をした場合にも及ぶ、ということになるでしょう。このように考えれば、結局、侵害の継続を否定した場合と同じ処理になります。結論的には、新たな共謀は認められないとして、甲との関係では、正当防衛が成立する、ということになるでしょう。
 最後に、財布の持去りです。これが、一見簡単なように見えて、真面目に考えるとかなり厄介です。真面目に考えてしまうとどうなるか、ということを検討してみましょう。まずは、直接持ち去った甲について、窃盗罪を検討するのが筋でしょう。客観的構成要件該当性は、問題なく認められそうです。では、故意はどうか。一見すると、「意思に反する占有移転の認識があるのだから問題ない。」ようにも思えます。しかし、ここで注意すべきは、甲及び乙の主観においては、「Aは既に死んでいる。」ということです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

  甲と乙は,Aが全く動かなくなったためAから離れた。甲は,乙から,右手に持った石でAの顔面を殴ったことを聞いた。甲と乙は,鼻から血を流して全く動かないAの様子を見てAが死んでしまったと思った。甲は,乙に対して,「Aは結婚して妻も子供もいるのにどうしよう。」と言った。乙は,近くに人がいないことを確認した上,甲に対して,「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った。甲は,乙に対して,「そうしよう。」と答えたものの,「財布は捨ててもいいが,もったいないから中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考えていた。

(引用終わり)

 

 仮に、Aが甲及び乙の認識どおり死亡していた場合に窃盗罪が成立しないとすれば、甲及び乙は窃盗に当たる事実を認識していないことになりますから、事実の錯誤があることになる。そこで、Aが死亡していた場合に窃盗罪が成立し得るのか、という点を検討する必要があるのです。死者の占有の論点ですね。ここは、判例のあるところでした。

 

最判昭41・4・8より引用。太字強調は筆者。)

 披告人は、当初から財物を領得する意思は有していなかつたが、野外において、人を殺害した後、領得の意思を生じ、右犯行直後、その現場において、被害者が身につけていた時計を奪取したのであつて、このような場合には、被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうものというべきである。そうすると、被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害したものというべきであるから、右奪取行為は、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪を構成するものと解するのが相当である

(引用終わり)

 

 上記の判例は、「被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害した」としているところから、「殺害直後の殺害者との関係に限り生前の占有を保護する趣旨の判例である。」と理解するのが一般です。「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」でも、そのような趣旨の論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

死者の占有
重要度:A
 一般に、死者には占有の事実も占有の意思もないから、死者の占有を認めることはできない。もっとも、殺害直後の殺害者との関係では、被害者の生前の占有はなお保護に値するから、その限度で被害者の占有を認めることができる(判例)。

(引用終わり)

 

 さて、甲の主観において、甲自身は「殺害直後の殺害者」なのか。故意犯としての殺人の場合のみならず傷害致死の場合も、ここでの「殺害者」といってよいか、という問題もありますが、それはひとまずクリアするとしましょう。甲及び乙の認識上、Aの死因は、乙が石でAの顔面を殴ったことにあります。そして、この点について、甲及び乙に(甲乙の主観においても)共犯関係はない。だとすると、甲自身は、「殺害直後の殺害者」には当たらないと考えるのが素直でしょう。ただ、財布の持去りについては甲乙間に共謀がありそうだ。「殺害直後の殺害者」の地位は、一定の犯罪行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位又は状態といえますから、65条の身分です(※3)。そうすると、甲乙間に窃盗罪の共謀が成立するのであれば、65条1項(※4)によって、甲の主観においても、甲に窃盗罪が成立するということになるのです。
 ※3 このことは、殺害直後の殺害者の財物取得を幇助した者には占有離脱物横領の幇助ではなく、窃盗の幇助が成立するだろう、ということを想起するとわかりやすいでしょう。
 ※4 甲が「殺害直後の殺害者」に当たらない場合には占有離脱物横領となることに着目すれば、2項もないわけではないでしょう。

 そういうわけで、甲乙間の共謀について検討してみましょう。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 甲と乙は,Aが全く動かなくなったためAから離れた。甲は,乙から,右手に持った石でAの顔面を殴ったことを聞いた。甲と乙は,鼻から血を流して全く動かないAの様子を見てAが死んでしまったと思った。甲は,乙に対して,「Aは結婚して妻も子供もいるのにどうしよう。」と言った。乙は,近くに人がいないことを確認した上,甲に対して,「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った甲は,乙に対して,「そうしよう。」と答えたものの,「財布は捨ててもいいが,もったいないから中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考えていた。

(引用終わり)

 

 問題文の甲乙のやり取りは、窃盗罪の共謀なのか、それとも、器物損壊罪の共謀なのか。ここで、不法領得の意思が問題になることは、多くの人が気付いただろうと思います。具体的には、強盗と見せ掛ける意思であった場合に利用処分意思があるといえるかが、ここでの検討課題です。利用処分意思は、判例上、「経済的用法に従い利用・処分する意思」と定義されていますが、現在では、これは厳密な意味における経済的用法である必要はなく、物の効用を享受し得る何らかの用途であれば足りるとされています。

 

(東京地判昭62・10・6より引用。太字強調は筆者。)

 窃盗罪が成立するためには、他人の占有を奪取する時点において、行為者に不法領得の意思が存在することが必要であり、判例(大判大正四年五月二一日刑録二一輯六六三頁、大判昭和九年一二月二二日刑集一三巻一七八九頁、最判昭和二六年七月一三日刑集五巻一四三七頁参照)によれば、不法領得の意思とは、「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」をいうと解されている。この点につき、検察官は、不法領得の意思とは所有者ないし正当な権限を有する者として振る舞う意思を指し、判例のいう「経済的用法」の要件はその典型的な場合をいうのであつて、右文言に拘泥したり、これを厳密に解すベきではない旨主張している。たしかに、文字どおりの意味での「経済的用法」である必要はないと解されるが、そもそも不法領得の意思が判例上必要とされるに至つた理由が、前記引用の判例によつても明らかなように、一つには毀棄・隠匿の目的による占有奪取の場合を窃盗罪と区別するためであることや、刑法が窃盗罪と毀棄罪の法定刑に差を設けている主たる理由は、犯人の意図が物の効用の享受に向けられる行為は誘惑が多く、より強い抑止的制裁を必要とする点に求めるのが最も適当であることを考えると、不法領得の意思とは、正当な権限を有する者として振る舞う意思だけでは足りず、そのほかに、最少限度、財物から生ずる何らかの効用を享受する意思を必要とすると解すべきである(なお、検察官の指摘する最判昭和三三年四月一七日刑集一二巻一〇七九頁も、被告人が投票用紙を同用紙として利用する意思であつたことを重要な事実として判示している。)。

(引用終わり)

最決平16・11・30より引用。太字強調は筆者。)

 本件において,被告人は,前記のとおり,郵便配達員から正規の受送達者を装って債務者あての支払督促正本等を受領することにより,送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ,債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま支払督促の効力を確定させて,債務名義を取得して債務者の財産を差し押さえようとしたものであって,受領した支払督促正本等はそのまま廃棄する意図であった。このように,郵便配達員を欺いて交付を受けた支払督促正本等について,廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかった場合には,支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできないというべきであり,このことは,郵便配達員からの受領行為を財産的利得を得るための手段の一つとして行ったときであっても異ならないと解するのが相当である。

(引用終わり)

 

司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」では、これに対応した論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」より引用)

経済的用法とはいい難い場合の利用処分意思の肯否
重要度:A
 判例が利用処分意思を要求した趣旨は、毀棄罪より重い処罰の根拠が利欲犯的性格に求められる点にある。そうだとすると、厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受し得る何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認め得る(支払督促正本廃棄事件判例参照)。

(引用終わり)

 

 これを素直に当てはめれば、強盗と見せ掛けるために財布を持ち去って捨てる行為は、財布から何らの効用も享受するとはいえないので、利用処分意思がない、ということになるでしょう。このように考えれば、甲乙間に窃盗罪の共謀はないことになる。参考答案は、そのような筋道で書いてあります。しかしながら、以下の問題文の事情からすれば、この結論には異論の余地があります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者)

 甲と乙は,そのまま甲宅へ向かい,同日午後8時30分,甲宅に到着した。乙は,同日午後9時,帰宅するために甲宅を出た。甲は,同日午後9時5分,甲宅において,上着ポケットにしまったままの現金入りの同財布を取り出して現金4万円を抜き取り自分のものとし,同財布は甲宅の押し入れ内に隠した

(引用終わり)

 

 実は、物取りを装う事例について、下級審裁判例の結論は分かれているのです(不法領得の意思を肯定したものとして、東京高判平12・5・15。否定したものとして、釧路地判平14・3・18。)。そこでポイントとなっているのは、潜在的な利用可能性があるか否かです。

 

釧路地判平14・3・18より引用。太字強調は筆者。)

 窃盗罪など領得罪の成立には,他人の占有を奪取する際,行為者において不法領得の意思が必要であり,その内容としては,権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用しまたは処分する意思をいうと解される。
 不法領得の意思は,その有無によって,窃盗罪などの領得罪と毀棄・隠匿罪とを区別するためのものであるから,「経済的用法に従った利用または処分」とは,単に,当該物の経済的価値に着目して当該物が本来想定されている利用方法や交換価値の実現のみをいうものではなく,例えば性的な興味から下着を持ち去る場合のように当該物自体から生じる何らかの効用を利用・享受することを指すものと解すべきであるが,毀棄,隠匿を目的とする場合のように当該物の占有が奪取された状態を利用・享受しようとするに止まる場合は,不法領得の意思が欠けるというべきである。
 本件について検討すると…逃走の際,洗面室内の多数の洗濯物が目に入り,とっさに,下着を持ち出すことで下着泥棒の犯行に見せかけ,被告人の現金窃取目的のI方への侵入行為を隠蔽しようと考え,下着類を持ち出したこと,これら下着類は逃走後,N港にあるゴミステーションに捨てるつもりであったことがそれぞれ認められる。これに加え,証拠(略)によれば,被告人は,前記下着類の持ち出しの際,持ち出す下着を特に選ぶこともなく,女性用下着を適当に持ち出そうとしたこと,実際に持ち出した下着類には,J及び被害者らの下着が含まれているところ,被告人が下着や幼女に対する性的な興味を有することを示す証拠はないこと,判示第2の犯行後,I方から逃走するため前記1階8畳間の出窓から屋外に出た際,同犯行に使用した前記文化包丁を手に持ったままであり,これを同人着用のジャンパーのポケットに入れようとしたが,そのポケットに入っていた下着類が邪魔になったため,これを取り出してI方の南西側隣家の石油タンクの下に投棄したことがそれぞれ認められる。これらの各事実によれば,被告人は,これら下着類を,それまでの同人の犯行を隠蔽する目的で持ち出したのであり,持ち出した下着類は,逃走後直ちに投棄することを意図しており,実際にI方から退出後直ちにこれら下着類を投棄したものであって,I方から下着類が奪取されたという状態を利用しようとしたものということはできるが,これら下着類自体から生じる何らかの効用を利用・享受する意思があったとは認められず,同人に不法領得の意思を認めることはできない
 検察官は,物取りの犯行と見せかけるために金品の占有を奪取した事案について不法領得の意思の存在を認めた判決(東京高裁平成12年5月15日判決)を引用して,本件においても,下着泥棒による犯行に見せかけるために下着類の占有を奪取した被告人には不法領得の意思が認められるべきであると主張するしかし,前記判決の事案は,主として被害者への報復目的で殴打した後,物取りの犯行を装うため現金等入りのバッグを持ち去ったほか,放火目的で被害者経営の店舗に侵入した後,同様に物取りの犯行を装うため現金入りの財布,貴金属を持ち去り,持ち出した金品のうちバッグ等は投棄し,貴金属は自宅の庭に埋め,現金は自宅で保管したというものであって,現金窃取の目的による住居侵入後,下着泥棒の犯行を装うためにその場にあった女物の下着を適当に選んで持ち出し,その後程なくこれらの下着を投棄した本件とは事案を異にするものであるから,検察官の主張は採用できない。

(引用終わり)

 

 理論的には、このように事後的な事情をもって不法領得の意思の肯否が左右されると考えてよいかは問題です。不法領得の意思は主として事前判断としての行為規範の問題なのか、事後判断としての評価規範の問題なのか、それとも、単に事後の事実から行為時の主観を推認しているにすぎない(「捨てないで自宅に保管しているんだから、行為時に専ら物取りを装う意思であったとは推認できない。」という意味。)といい得るのか、といった問題点はあるのでしょう。それはともかくとして、直ちに捨てずに自宅に保管しておいた場合のように、潜在的な利用可能性が残る場合には、不法領得の意思は否定されない、という見解を採用するならば、本問でも不法領得の意思を肯定する余地が出てくることになります。もっとも、本問の場合には、甲と乙の内心に食い違いがあり、乙は、甲が現金入りのまま財布を捨ててくれると思っていたわけですから、上記見解を前提にしてもなお、乙については不法領得の意思が否定されるとも考えられ、そうである以上、共謀の肯否の検討においても、窃盗罪の共謀の成立は認められない、という考え方も、十分成り立ち得るように思われます。いずれにせよ、このようなことは、よく勉強していて知っていたとしても、現場で考えてはいけないことです。
 さて、甲及び乙の窃盗罪の共謀を否定した場合でも、器物損壊の限度で共謀を肯定できないか、という問題は生じます。部分的犯罪共同説(最決平17・7・4)の立場からは、窃盗と器物損壊に重なり合いがあるか、という観点から検討することになる。窃盗の保護法益について所持説を採る立場からも、究極的な保護法益として物の所有権が含まれると考えることができますから、広い意味での財産権を保護法益とする器物損壊との間で重なり合いを肯定することは可能でしょう。こうして、乙との関係では、器物損壊罪の限度で共同正犯が成立することになるのです。
 ここで、何のために共謀の成否を検討していたか、思い出しましょう。甲及び乙の主観において、甲はAの「殺害直後の殺害者」とはいえないので、65条の適用を考えていたのでした。ここまでの検討によれば、どうやら甲乙間に窃盗の共謀を認めることは難しそうです。こうして、結局、甲には窃盗罪の故意がなく、抽象的事実の錯誤によって、占有離脱物横領罪が成立するにとどまるという結論になるのです。しかし、現場でこんなことを書いた人は、1人もいないでしょう。現場の対応としては、死者の占有自体を無視するか、甲が殺害直後の殺害者に当たることを前提に、あっさり窃盗罪を肯定すべきだろうと思います。
 それから、甲に占有離脱物横領罪又は窃盗罪を肯定する場合には、その成立範囲も問題です。財布については不法領得の意思がない、と考えるなら、現金4万円についてだけ占有離脱物横領罪又は窃盗罪が成立し、財布については器物損壊罪が成立するにとどまる、ということにもなりそうです。しかし、一般に、中の現金を抜き取って財布を捨てるつもりで、他人の財布をスリ取るような場合であっても、財布も含めて窃盗罪が成立すると考えるのが普通です。そうだとすれば、本問でも、財布も含めて占有離脱物横領罪又は窃盗罪を成立させることになる。以上のように、この財布の持去り部分は、一見した時の印象以上に複雑で、厄介な内容です。これらを、真面目に検討しているようでは、受かるようにはなりません。参考答案は、最低限、誰もが気付くであろう不法領得の意思だけを取り上げています。それでも、全体としてはかなりの文字数になります。上位を狙うのであれば、死者の占有についても、触れたいところでした。死者の占有が行為者の主観の中で問題となる事例は、旧司法試験過去問にも出題されています。強盗を装うというところまで同じなので、これを解いていた上位者は、比較的容易に気が付いたでしょう。

 

(旧司法試験昭和63年刑法第2問)

 甲は日頃恨みを抱いていたA女を痛めつけようと考え、夜間路上で待ち伏せした上、手拳で同女の顔面を強打したところ、同女は転倒し、後頭部を路面に打ちつけて失神した。これを見た甲は、同女が死んでしまったものと誤信し、強盗による犯行に見せかけるため、同女のハンドバックを持ち去り、付近の河中に投棄した。甲の罪責を論ぜよ。

 

 ただ、受験生の多くが旧司法試験過去問を解いているかというと、実際にはそれほどでもないでしょう。ですから、現場で死者の占有に気付き、しかも時間内にまとめ切れた人は、少ないだろうと思います。そのことからすれば、上位を狙うのでない限り、これは無理をして書きに行くほどの論点でもないように思います。書くとしても、甲が殺害直後の殺害者に当たることを当然の前提として、できる限りコンパクトにまとめて書くべきでしょう。
 参考答案は、点が付く部分に特化して書いています。「唐突だ。もっと前提となる問題提起があった方がいいのに。」、「もっと接続詞を多用した方が読みやすいのに。」、「もっと項目間のつなぎの文章があれば論理性が明確になるのに。」などと思うかもしれませんが、そのように思ったときには、その部分を改善するために掛かる時間と、それによって増える得点がどのくらいか、ということを考えるべきです。参考答案では、「従って」が連続で出てくる部分があります。このような場合、多くの人が、「もっといい接続詞はないか。」などと考えて、手が止まる。しかし、それはほとんど無駄な時間です。途中答案になる人は、知らず知らずのうちに、このような細かいロスを積み重ねていることが多いので、一度考えてみるとよいでしょう。
 なお、参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」及び「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.甲が、本件クレジットカードでXとYを購入した点につき詐欺罪(246条1項)を検討する。

1.欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。クレジットカード取引においては、その使用権限の有無は財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項といえる。
 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている以上、他人名義のクレジットカードの使用は、たとえ当該カードが不正に取得されたものでないとしても、当該カードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き、クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして欺く行為に当たる
 本件で、甲とAは勤務先会社の同僚にすぎず、Xは甲が欲しかった限定品の腕時計で、Yは甲の交際相手へのプレゼントであるから、Aによる使用と同視しうる特段の事情があるとはいえない。
 従って、A本人であると装う行為は、欺く行為に当たる。

2.錯誤は、当該錯誤がなければ、交付又は処分行為をしなかったであろうという程度に重要なものであることを要する
 本件で、Cは、甲がA本人であるとの錯誤に陥っており、その錯誤がなければXとYを売却しなかったであろうといえる。従って、錯誤がある。

3.詐欺罪の因果関係が認められるには、欺く行為による錯誤、それに基づく交付又は処分行為による財物の占有又は財産上の利益の移転という一連の因果経過が必要である
 本件で、甲は、Cに対し、A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上、Cの求めに応じ、B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは、その署名を確認し、甲がA本人であって、本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ、甲に対して、XとYを売却した。以上から、上記一連の因果経過がある。

4.詐欺罪は個別財産に対する罪であるから、加盟店がカード会社から立替払いを受けられるか否かは詐欺罪の成否に影響しない。

5.以上から、詐欺罪が成立する。

第2.売上票用紙の有印私文書偽造罪及び同行使罪(159条1項、161条1項)を検討する。

1.偽造とは、権限がないのに他人名義の文書を作成することをいい、その本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることにある(再入国許可申請書偽造事件判例参照)他人名義の使用について当該名義人の承諾がある場合であっても、当該文書の性質上、名義人以外の者の作成が許されないときは、物理的に文書に記入した者が作成者となる(交通反則切符の供述書に関する判例参照)
 本件で、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることが定められており、売上票用紙の署名は自署とされている。従って、文書の性質上、名義人以外の者の作成は許されない。従って、名義人であるAの承諾があっても、甲が作成者となり、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽るものとして、偽造に当たる。

2.事実証明に関する文書とは、実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書をいう(判例)
 本件で、クレジットカードの名義人本人であることは実社会生活に交渉を有する事項といえるから、署名欄のある売上票用紙は事実証明に関する文書に当たる。

3.「行使」とは、真正文書として認識可能な状態に置くことをいう(偽造免許証携帯事件判例参照)。Cに売上票用紙を手渡す行為はこれに当たる。

4.以上から、有印私文書偽造罪、同行使罪が成立する。

第3.甲及び乙が、Aに体当たりし、Aを押さえ付けた点と、乙が石でAの顔面を殴った点について、暴行罪(208条)、傷害罪(204条)を検討する。

1.暴行とは、人の身体に対する不法な有形力の行使をいい、性質上傷害の結果を惹起すべきものであることを要しない
 本件で、正面からAに2回体当たりし、仰向けに倒れているAを押さえ付ける行為は、人の身体に対する不法な有形力の行使として、暴行に当たる。

2.共謀に基づいて実行行為を分担した場合には、共同正犯が成立する(実行共同正犯)。
 本件で、甲は、乙に対して、「一緒にAを止めよう。」と言い、乙は、「分かった。」と答えた。甲は、乙に対して、「一緒にAを押さえよう。」と言い、乙は、甲に対して、「分かった。俺は上半身を押さえるから、下半身を押さえてくれ。」と答えた。これらは、上記1の暴行の共謀といえる。
 従って、甲乙は、上記1の暴行につき共謀に基づいて実行行為を分担しており、共同正犯関係が成立する。

3.上記1の暴行につき正当防衛(36条1項)の成否を検討する。

(1)Aが甲の顔面を殴ろうとした行為は、「不正の侵害」といえる。

(2)「急迫」とは、侵害が現に存在するか、その危険が切迫していることをいう
 本件で、Aは、甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出し、甲と乙の体当たりにより路上に尻餅を付いたが、すぐに立ち上がり、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙が再び正面からAに体当たりしたところ、Aが路上に仰向けに倒れたが、倒れたAは立ち上がろうとした。以上から、侵害が現に存在するか、その危険が切迫しているといえる。従って、「急迫」といえる。

(3)「防衛するため」というためには、防衛の意思、すなわち、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態が必要である
 本件で、甲は、Aから殴られると考え、これを防ぐため、乙は、甲がAから殴られるのを防ごうと考え、Aに体当たりした。甲は、しばらくAを押さえ付けておけばAが落ち着き、Aから殴られることもなくなるだろうと考え、乙は、甲がAから殴られるのを防ごうと考え、Aを押さえ付けた。以上から、甲及び乙は、侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態にあった。従って、「防衛するため」といえる。

(4)「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)
 本件で、28歳の男性で、身長170センチメートル、体重65キログラムのAに対し、28歳の男性で、身長165センチメートル、体重70キログラムの甲と、25歳の男性で、身長175センチメートル、体重75キログラムの乙が、2回体当たりしてAを路上に尻餅を付かせ、路上に仰向けに倒れさせ、立ち上がろうとしたAを押さえ付けただけであるから、防衛手段として必要最小限度のものといえ、相当性を有する行為といえる。従って、「やむを得ずにした行為」といえる。

(5)以上から、上記1の暴行に正当防衛が成立する。

4.もっとも、その後、乙が、石でAの顔面を殴っている。

(1)Aは、乙に石で顔面を殴られたことから、全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負ったから、傷害罪の構成要件に該当する。

(2)体重70キログラムの甲が、仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり、体重75キログラムの乙が、Aの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり、Aの両上腕部を、真上から両手で力を込めて押さえ付けていることからすれば、上記行為時には、侵害は既に終了していたといえる。

(3)時間的、場所的に連続して暴行を加えた場合であっても、相手方が更なる侵害行為に出る可能性のないことを認識した上、防衛の意思ではなく、専ら攻撃の意思に基づき相当に激しい態様の暴行を加えたときは、当初の暴行と侵害行為終了後の暴行を全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当ではない(判例)
 本件で、確かに、直径10センチメートルの丸形、重さ800グラムの石で顔面を殴る行為は、相当に激しい態様の暴行である。しかし、乙は、Aが身体をよじらせながら、甲を大声で罵り、更に力を込めて体をよじらせた様子を見て、甲がAから殴られるのを防ぐためには、Aを痛めつけて大人しくさせるしかないと考えたのであり、相手方が更なる侵害行為に出る可能性のないことを認識した上、防衛の意思ではなく、専ら攻撃の意思に基づいて暴行に及んだとは認められない。
 従って、乙との関係では、上記1の暴行と一体の防衛行為と評価すべきである。

(4)以上から、乙との関係では、防衛行為は量的に過剰であるから過剰防衛(36条2項)となる。

5.急迫不正の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察すべきであり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであって、共謀の成立が認められるときに初めて、侵害現在時及び侵害終了後の一連の行為を全体として考察し、防衛行為としての相当性を検討すべきである(判例)。従って、上記新たな共謀が否定されるときは正当防衛となり、肯定されるときは過剰防衛となる。
 本件では、甲は、乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識していなかったから、新たな共謀が成立したとはいえない。
 従って、甲との関係では、上記1の暴行の点のみが問題となり、正当防衛が成立する。

6.以上から、乙には傷害罪が成立し、任意的減免の対象となるが、甲には犯罪は成立しない。

第4.甲がAの財布を持ち去った点について、窃盗罪(235条)を検討する。

1.4万円の現金入りの財布を甲の上着ポケットにしまい、甲宅へ向かったことは、「窃取」に当たる。

2.窃盗罪が成立するには、故意のほかに、不法領得の意思、すなわち、権利者を排除して自己の所有物とする意思(権利者排除意思)及び経済的用法に従い利用・処分する意思(利用処分意思)が必要である(教育勅語事件判例参照)
 本件では、甲は、「財布は捨ててもいいが、もったいないから中の現金はもらい、借金の返済に使おう。」と考えていたから、権利者排除意思と利用処分意思があり、不法領得の意思が認められる。

3.以上から、甲には窃盗罪が成立する。

4.乙に共謀共同正犯は成立するか。

(1)共謀共同正犯が成立するには、自己の犯罪としてする意思(正犯意思)、意思の連絡(共謀)及び共謀者の一部による犯罪の実行が必要である
 本件で、乙は、甲に対して、「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った。甲は、乙に対して、「そうしよう。」と答えた。これを窃盗の共謀と評価できるか。
 厳密な意味での経済的用法でなくとも、犯人が効用を享受し得る何らかの用途に用いる意思であれば利用処分意思を認め得る(支払督促正本廃棄事件判例参照)。しかし、強盗と見せ掛けるために財布を捨てる場合には、財布から何らの効用も享受しない以上、利用処分意思は認められない。
 そうすると、上記の甲乙のやり取りをもって、窃盗の共謀と評価することはできない。

(2)従って、乙に共謀共同正犯は成立しない。

第5.よって、甲は、詐欺罪、有印私文書偽造罪、同行使罪、窃盗罪の罪責を負い、前三者の罪は牽連犯となり(54条1項後段)、窃盗罪とは併合罪(45条前段)となる。乙は、傷害罪の罪責を負い、任意的減免の対象となる。

以上

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